ロジクス3 エテルの方が一枚上手
イライラした様子で自分の部屋に戻ってきたロジクスは荒々しく椅子に座った。同じ部屋であるトータはその様子を物珍しそうに見つめる。
「なんだ、珍しいな。人形みたいに無表情か相手をイラつかせる笑い方しかしないのに」
「喧嘩売ってんのかお前は。その通りだから否定はしねえけど」
「お姫様にフられたか?」
「喧嘩売られたから買っちまった。馬鹿か俺は」
「へー?」
興味津々といった様子でトータが身を乗り出してくる。入学式のイベントで宝探しをやるのが毎年恒例。それをエテルはあっさりと見つけた。しかし彼女が魔法を解いたときに妙な気配を感じたのだ。
ロジクスの魔法の成績は真ん中くらい、優秀でもなければ成績が悪いわけでもない。得意分野と不得意分野があるごく普通の成績である。その中でも得意なのは魔法の性質を見抜くこと。それなのにエテルが使ったのは自分が全く知らない、感じたこともないおかしな魔法だった。
――なんだあれは? 本当に魔法か?
コーヒーですと言って差し出されたのが焦げたパンだった、くらい衝撃だった。知らない魔法というより違和感が大きい。
「魔方陣が存在しない」
「はあ? ありえないだろそんなの」
「だからおかしいんだよ、言っちまえば感覚で魔法を使ってるようなもんだ」
魔法を使うときは必ず魔方陣が一瞬でも現れるものである。魔方陣が見えてしまえば相手に魔法がばれるので、それを隠す魔法ももちろん存在する。そういった気配が全く感じずに何かをしたという気配だけを感じた。
ちょうどそこには教師もいなかったし見ている者もいなかった、おそらく気づいたのは自分だけだ。本来だったらつつくべきではなかったかもしれないが、不測の事態が起きたので自分も慌ててしまった。
生まれつき持っている魔法とは違う自分の特技。影を操りエテルを探ろうとした。しかしエテルには何故か使えなかった。使えなかった、というより使ったら弾かれたのだ。
あり得なかった、この存在に気づいている者は誰一人いない。教師だってこの能力を見抜いていないというのに。だからさりげなく近寄って怪我はないかと声をかけたのだが。
「怪我はないわ。影に妙なちょっかいをかけてきた馬鹿がいたから、軽く振り払っておいたけど」
お前だろと言われているのはすぐにわかった。美しい顔立ちをしているので冷めた表情はまるで人形のように不気味で冷たい。一瞬圧倒されそうになったことに苛立ちを覚えた。
(気圧された? 俺が。ざけんな)
珍しく頭に血が上り彼女に近寄って小さな声で囁く。
「妙な力を使ったのはお互い様だ。魔法じゃないものを使ってイベントを突破する一年は初めてだな。魔女か何かなのか?」
は、と鼻で笑って睨みつけてくる彼女に踵を返す。
「誰に言ってもどうせ信じないだろうから言うつもりはねえよ。ただ、先輩への言葉遣いには気をつけな。どこで誰が見聞きしてるかなんてわからないだろ。優秀だから明日から戦場へピクニックなんてことにならなきゃいいけどな?」
最大限の皮肉を言ってその場を後にした。思い返すとイライラしてくる。彼女は間違いなく実力が遥か上だ、魔法やよくわからない力においても絶対にかなわない。おかしなちょっかいと言っていたが影を通して魔法を使う特性も見抜かれただろう。
本来であれば飛び級、特待生クラスの扱いで上級生になってもいいくらいの実力なのだ。それなら近づくべきではなかったのに喧嘩を売った。いつもやり過ごすのに珍しく自分から種をまいてしまったのだ。裏の世界で生きる者は自ら目立つ行動をするべきではないと物心ついた時から叩きこまれていたのに。
「クソが、何なんだあいつのあの力」
「もしかしたら……本当に現実味が増してきたんじゃないか?」
「何が」
「魔術」
その言葉にロジクスは目を見開く。
「お姫様が使ったのが魔法じゃなくて、この世から消えてしまったと言われている魔術だとしたら。お前にわからなかったのも無理はないし、もっと実力のある教師や上級生たちが気づかなかったのも頷ける」
「それは、まあ。アホらしい話だと思ってたけど目の当たりにするとそんなもんがあるのかなと思っちまうな」
「そしたら彼女がこの学校に来たのも潜入捜査かもしれないぜ? 地下に封印された魔術を自分のものにしに来たとか」
それは、ロジクスにとってとても魅力的な展開だ。退屈が嫌いなロジクスにとってこんなに面白い事は無い。
「火遊びはほどほどにしないととんでもないことにはなりそうだが。クソみたいに退屈な毎日にちょうど飽きてきたところだ。ちょっと面白そうだな」
魔術が地下に隠されているのではないかというのと同じくらいに、エテルの正体が気になる。もしも本当に彼女が「魔術師」だというのなら、それを周りにバレないように隠す術はうまいはずだ。
あまり他人と信頼関係がないロジクスと、これから優等生として他の生徒に触れていくであろうエテル。二人の言うことなら絶対に彼女の言う方が信頼されるに決まってる。今更ロジクスが何かを画策したところでエテルにとって障害はないずだ。だからこそ、ロジクスは動きやすい。
「楽しい学校生活が始まる前に、色々と楽しんでおかなくちゃってことだな」
「俺はともかくロジクスは完全に目をつけられたんだろ」
「そこはうまくやる。ベタベタくっついているだけがやり方じゃない。入学イベントはとりあえず終わりだ、この後立て続けに行事が詰め込まれてるからあの女も動きやすいだろ」
行事に参加をしながら自分の調べたいことを探っていくはずだ。普通はやらないだろうと思うようなものに参加したら、それは間違いなく何か目的があって行動していると思ったほうがいい。
「さて、お姫様には存分に踊ってもらおうかな」
影の魔法が使えないのは彼女だけ。それなら彼女の周りの人間には使えばいいだけだ。
(もちろんそんなことをすればばれるが。やり方はいくらでもある)
影の魔法のことは悪友であるトータにも話していない。お前何やってんだよ、という展開にならないように気をつけなければ。トータとは言いたいことを言い合える仲だが、彼の性格もよくわかっている。ロジクスの能力がわかったら絶対に悪用するために関係性を変えてくるはずだ。悪友から、搾取する側に。つかず離れずの丁度いい距離感を楽しみたいのでそれは絶対にしたくなかった。