ラム3 微妙な人間関係
優秀なものは周りから尊敬や信頼をされるが、それ以上にうまくこき使われる存在でもある。そんなものたちに囲まれて生きてきたのであろうエテル。魔法学校に来たのもきちんと魔法を学び直すという目的もあるのだろうが、真実を見るには魔法学校で様々なことに触れたいからだと彼女は言った。
私設の魔法学校は資金集めの為住民や国に「良い事をしている」とアピールするための活動が多い。それに優秀な生徒は王都へ推薦をする。戦争で活躍できそうな人材の育成に余念がない。
つまり学校はこの国の動きそのものを内側から知る絶好の場所だ。それでいて地域住民が魔法使いをどう見ているかもわかる。そういったことも全て含めて勉強したい。エテルもまた真剣にそう語った。
「改めてよろしくエテル。僕の名前大々的に張り出してあったからわかっただろ?」
「わかったけど、できればちゃんと自己紹介してほしい」
「確かに。僕はラム=シュードマリスだ」
「私はエテル。シュードマリスって一番多い苗字ね。偉大な賢者だっけ」
「三百年前の英雄だね。子孫っていうわけじゃない。苗字がない身分の人たちが英雄にあやかって勝手に名乗るのが流行った。その子孫ってところだろう」
「そこまで魔法の才能があるんだったら直系の子孫かもしれないでしょ。今更だけど、あなた先輩だから敬語のほうがいいですか?」
「必要ないよ。敬語っていうのは相手を敬う気持ちがある相手にやればいい。年上だからとか、そういう理由で使うものじゃない。他の人から都度注意されるのが面倒だから他の人がいる時だけ頼んだ」
「わかった」
ラムは十日間の謹慎処分なのでおそらく奉仕活動はその後だろうという事だった。入学式はめちゃくちゃになってしまったが、おそらく代わりのオリエンテーションが何らかの形で行われる。今のうちに一年生同士の友達と交流を深めてくれと言うとラムは自分の部屋へと戻っていった。その途中、男子寮入り口の近くにはシャロンが立っていた。
「まさかこんな手段をとるなんて、まったくもう」
「黙っていてくれてありがと」
シャロンが「それは違う」と言ってしまっていたら全てが台無しだった。彼女も強制的に共犯となってしまった。
「僕は奉仕活動に参加するから、その間の学生会とか頼んだよ」
「任せて。どうせ準備していたことを進めるだけだから。指示は?」
「ないかな、みんな優秀だから」
ラムを慕って集まったメンバーたちだ、各自役割はよくわかっている。
「みんなあんまり心配はしてなかったよ。ラム、最近睡眠時間を削って勉強したりイベントの準備したりしてたでしょ。寝不足で頭がぼんやりしてたんじゃないかとか、謹慎期間中こそゆっくり休ませてあげなきゃみたいな感じでやる気が出てた」
「頼もしいメンバーばっかりだな」
笑いながらそう言って寮の中に入っていった。中からは「待ってたぞ主役!」とお調子者の友人たちが笑いながら取り囲んでいる。大事にはなったが彼を心から心配し、ねぎらっている者ばかりだ。成績上位を狙っている性格の悪い奴らなどは皮肉や悪口も言っていたようだが、そういうことを気にするラムではない。
「さて、私も後片付け手伝わなきゃ」
折れてしまったシンボルツリーは薪として使われることとなった。魔法のなかでも「切断」を得意とする生徒は少ない。普通の人の倍以上この魔法が使えるシャロンは適任だ。
「それにしても。とっさにあの不完全な魔方陣をよく作ったもんだわ」
教師たちに説明した魔法陣はあの場で即描いたとしか思えない。それはつまり、あのシンボルツリーの属性が水だとラムは気づいていたのだ。それは相手の能力がわかる特別な魔法を持っているからというだけではない。彼の感じ取る力がずば抜けて高いからだ。感じる能力が高いから相手の魔法の力が分かるのかと思ったがそういうわけではないらしい。要するにこの二つを重ねがけで持っているため今回の属性違いにも気づいたのだ。
とても優秀な人物、父は彼を絶対に自分が推薦して国の魔法剣士養成学校への推薦を進めようとしている。自分にとって利点しかないから、要するに利用しようとしているわけだが。自分も父の推薦でその学校に行くことができる。
――家柄がどうのじゃなく。同等以上の力を持つ者として認めてもらいたいんだけど。
そう思い続けてもうすぐ三年目。人が良さそうに思えて警戒心が強い彼に信頼してもらえるまで、嘘や隠し事はしない方が良い。生い立ちが貧しく苦労していたのは知っている。だから一定の金や権力があるものたちをあまりよく思っていないのもわかっている。誠意を見せなければあっという間に壁を作られてしまう。
ラムとシャロン、この二人の能力はトップクラスで双璧とまで言われている。このままいけば二人で王立魔法学校への飛び級進学が目に見えていたのに。今年入ってきたあの凄まじい力を持つ一年。彼女の存在が波風どころかとんでもない嵐を巻き起こしそうで胸がざわついてしまう。
「馬鹿ね、そもそも私たちに特別な関係なんてないのに」
ぽつりとつぶやくその声は物悲しい。