革命の火を守る ~拷問に打ち勝った話~
この短編は、架空の王国とその周辺地域を舞台に、王権を覆す革命計画に参加する青年が、王政側に捕えられ、拷問を受ける物語です。「残酷シーン有り」としましたが、最も残酷な拷問は、実際には登場しません。責める役人が、脅し文句として語るだけです(聞くだけでもゾッとしますが…)。
青年が受ける暴力と拷問、身体へのダメージを詳しく描いていますが、「残酷」だけの小説ではありません。苦痛と恐怖、絶望にさいなまれながら葛藤する青年の心情を丁寧に描きました。それでも故郷のため、仲間のために耐え忍び、極限状態の中でも機転をきかせて目的を達成しようとする強さと健気さ、そして、折れそうな心の本音と、父親の前で見せる子どもらしさに触れ、あなたもきっと この15歳の青年を愛おしいと感じることでしょう。
愛情あふれる父親と交わされる親子の情、思い・思われる仲間との強い繋がりが、悲劇の中にも温かく浮かび上がり、泣けます! 筆者自身も、毎日推敲し、声に出して読み返しながら、何度でも、何度でも、心地良い涙を流しております。
そして最後には救いも…、希望も…???
…きっと少しだけ明るい気持ちで読み終えていただけると思います。
革命の火を守る ~拷問に打ち勝った話~
ライバ族の青年サントウは、今、ダシュダ王国 王都にある、国王直轄の監獄に到着した。
手錠をかけられ、2人の役人に両腕を掴まれている。
「オレは何もしていないぞ! いったい何の罪だ!」
ダシュダ王国軍の総司令官であり、国の治安維持も司るダイザルの前へ引き出されたサントウは、役人の手を振りほどき、司令官へ詰め寄ろうとした。しかし、役人たちは、より強く掴んで離さず、暴れるサントウをおとなしくさせようと、彼の腹に思い切りひざ蹴りを加えた。サントウは たまらず腹を押さえ、床に へたり込んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
青年サントウにとって司令官ダイザルは、忘れもしない 父の仇である。こんな所で、こんな形で再会したくはなかった!
今から数か月前、ダイザル率いるダシュダ王国軍は、国外に広がる森や平原に遠征し、そこにある いくつもの少数民族、先住民族の村を襲撃し、有無を言わさず占領したのだ。
あの日、何の前触れもなく、サントウが生まれ育ったライバ族の村にもダシュダ王国の軍隊が押し寄せた。
サントウの父は、この小さな村の村長であった。温厚な村長と、彼を慕う村人たち。生まれて間もなく母を亡くしたサントウだったが、優しい父と村人に囲まれ、すくすくと育った。長として人々の悩みを聴き、揉め事を解決し、公平に、誠実に役割りを果たしていく父の姿を見て、サントウにも倫理観や正義感が自然に育まれてきたが、若さゆえか、こうと思ったら あと先考えずまっすぐ行動してしまう危うさもある。サントウは、そんな青年であった。
生まれてから、15歳のその日まで、自然豊かなライバ村には、絵に描いたように美しく平和な時間が流れてきた。それが突然、悪夢のようなダシュダ王国軍の襲撃で、何もかも変わってしまったのだ。信じられない光景であった…。村中の家が みるみる武装兵に征圧されていく。
サントウの父は抵抗し、抗議した。すると、司令官ダイザルは彼の言葉を最後まで聞きもせず、銃弾を浴びせた! あまりに突然の別れであった…倒れる父にサントウが駆け寄り、抱きかかえたが…、受けた銃弾が多すぎて、父は死を覚悟するいとまも無く、息子に何か言い遺す余裕も無く、ただ1度「…サン!…」と名を呼ぶだけで精いっぱいだった。こうしてサントウの腕の中で父が息絶えると、サントウはわけもわからず叫びだし、村人が止める間もなくダイザルに突進した。何の勝算も無かったが、身体が勝手に動いていた。すかさず銃を構える兵士を制止したダイザルは、殴りかかるサントウの拳を難なく よけ、一瞬で殴り倒した。そして起き上がれないように足で踏みつけながら数人の兵士を呼び寄せると、もう死ぬかと思うほど激しく袋叩きにさせた。親子共々、見せしめにされたのだった。
なすすべもなく、村はダシュダ王国の支配下に置かれた。村に留まり 占領を続ける王国の兵士たちは、少数民族であるライバ族を見下し、奴隷のように扱っている。いや、虫ケラのように、と言ったほうがいい。気に入らないというだけで殺された者も居る。ダシュダ人よりひと回り小柄で、顔つきも肌の色も違うライバ族を、人間と思っていないようだ。この村の豊かな実りは搾取され、村人たちは飢えに苦しみながら働かされている。やがて袋叩きの怪我から回復したサントウは、父の仇を取りたい、虐げられた村を何とかしたいと考えるようになった。そして、ある日、警備兵の目を盗んで村を抜け出すと、ダシュダ王国の王都へ入り、その方法を探し始めた。
一方、王都では、王族とその家臣たちが、自国民をも理不尽に虐げていた。その圧政に苦しむダシュダ国民の中に、革命を起こして王族の支配を打ち壊したいと考える若者たちが居た。新しい、理想の国づくりを目指す彼らは、周辺の少数民族とも対等に手を携えていきたいと考えており、サントウを仲間に迎え入れた。サントウも、彼らの考え方に感動し、一緒に革命を起こして理想の国を作ろうと希望に燃えるようになっていった。
しかし、慎重に考えを隠して暮らしていた革命家たちと違い、新参者のサントウは用心が足りなかった。感情のまま身体が動いてしまう性格も災いし、少数民族を見下す王国の役人に腹を立てて小競り合いを起こし、革命思想にも感づかれ、捕えられてしまったのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
役人に腹を蹴られ、床にうずくまったサントウにダイザルが近づき、かつてのように彼を足で踏みつけながら答えた。「革命を計画している罪だ、知らないとは言わせないぞ。おまえは革命家の一味だろう!」
「ライバ族の分際で、我が国に潜む革命分子と結託し、ダシュダ国王に楯突こうとは、笑止千万! 大体それは革命などという大層なものではない、ただのクーデターだ。最初から武力で襲いかかるなど、野蛮なクーデターなのだよ!」
踏まれた屈辱と相まって、今の言葉はサントウの怒りに火をつけた。「は!?武力で襲いかかるのが野蛮だと? …それはそうだが、キサマにだけは言われたくないぞ!!! 笑わせるのもいいかげんにしろよ!!! いったい どの口が言うんだ!!!」
身をよじり、ダイザルの靴の下から抜け出したサントウは、彼を睨みつけて更に続けた。
「最初から武力で襲いかかろうなどと、この国の革命家たちは誰も考えていなかったぞ!おまえ等とは違う! 何とか話し合いで政治を変えさせようと、王家へ再三の申し入れをしている。ところが おまえたちは、取り合わないどころか、申し入れた者たちをことごとく捕らえて処刑してきた。公正な裁判も無しにだ。内容を変えたり、王に直訴したり、どうやっても同じことだった。既にどれだけの仲間が犠牲になってきたか…! だから もう 武力を蓄え、王族とお前たちを抑えてから、新しい国を作るしか無い。武力は、仕方なく使うんだ! そうしなければ何も始まらないから!」
そこまで言ってサントウは、ハッとして固まった。しまった…!!!
怒りのあまり、自分が置かれている状況に思い至らなかったのだ。密かに活動している革命家の中で ただ一人 王政側に捕らえられているという状況を…!
革命的な思想を持っているというだけでは、この国の革命家と繋がっている証拠にはならなかったのに!……オレは自分からペラペラと…!!!
ダメだ…、完全にバレた! もう「この国の革命家など知らない」とシラを切る事は出来なくなってしまった! なんて愚かなんだオレは!!!…あんな簡単な挑発に乗ってしまうとは…!!! いや、挑発されているという自覚さえ無かった…
急に黙り込んだサントウに、
「それで? その『革命家の仲間たち』とやらは どこにいるんだね?」
ダイザルが勝ち誇ったように笑っている。
まずいぞ これは…。奴らはオレから情報を引き出す気だ。拷問される!…何をされるかわからないぞ!
どうする? 逃げ出す道は無いか? 手錠をかけられて多少走りにくいが、オレは足が速い。もし最初に振り切れたら、逃げ切る自信はある。
出口はどっちだ? オレは この建物を知らない。ならば もと来た道を辿るしかない…、あっちだ、まず アイツと アイツをかわせば、抜けられる!
パッと走り出す!そして、人の手を上手くすり抜け、振り下ろされる槍も よけ、威嚇射撃にも怯まずかなり進んだのだが…、1人の兵士が、遠くから彼の足に向かって槍を投げて来た。槍は足に刺さらなかったが、両足の間に滑り込んだ、槍と足がもつれ、彼は勢いよく転んでしまった。すぐに立って走り出そうとしたが、槍を投げた兵士が追いつき、後ろから飛び蹴りを喰らわせた。
あえなく倒されたサントウを、ダイザルが再び踏みつけようと足を上げた。サントウは、そうはさせるか!とばかりに、ダイザルの足に食らいつき、噛みついた。せめて父の仇に一矢報いたい!
「ええい!ライバ族のガキが!」ダイザルは、食いついているサントウを振り払うように彼の頭を蹴り飛ばし、横向きに倒れたサントウの胸を、靴のかかとで思い切り踏んだ。
サントウの耳に「ボキッ」という音が聞こえた。数本の肋骨が、1度に折れたのである。同時に強烈な痛みに襲われ、彼は悶え苦しみだした。今しがたの逃走劇で息が上がっており、どうしても大きく荒く呼吸してしまう。息を吸う度に彼の胸は大きく膨らみ、骨折箇所が大きく動き、激痛が繰り返された。
痛い!…痛い!…痛い!……ダメだ…、もう逃げられない…!!!どうする?…どうする?…どうする?…サントウは、痛みの中で、ただぐるぐると考えていた。
肋骨を1本折っておく事は、これから始まるであろう拷問の効果を高める。常に胸の痛みを加えられるからだ。肋骨骨折は、普通に呼吸するだけでも痛み、深呼吸、咳、くしゃみなどで激痛を生じるものだ。拷問を受ければ息が荒くなり、身をよじり、時にビクっと反り返る。その度に胸に起こる痛みは大きい。夜も痛みは続き、耐え難くなれば、情報を吐くまでの時間を短縮できるというわけだ。
ただし、複数箇所の肋骨骨折は、肺の損傷や機能不全、胸腔内の出血などにつながり、口を割らないうちに死なせてしまうリスクがある。だから骨折は1箇所のみ、しかも出来れば完全に切り離されず「ひび」が入っているくらいが安全である。罪人を苦しめるにはそれで充分だ。ダイザルもそれを目論んでいたのだが、サントウに不意打ちで噛みつかれて 反射的に反撃を繰り出し、心ならずも左胸の肋骨を複数本、完全に 折ってしまった。これは失敗だ…とくに左胸は危険である。下手に動かせば 折れた肋骨が心臓を傷つけ、即、死に繋がる可能性がある。したがって、今後 彼を責める時は慎重に左胸を避けなければならなくなった。革命家の正体を掴みあぐねている王家にとって、サントウは貴重な情報源であり、死なれては困る。
今までは、王政に反対する者を捕え、見せしめに処刑すれば、反対勢力はおとなしくなると考えていた。そして幾度もそうしてきたのだが、それは逆に、王家を倒さんとする革命の火種を燃え上がらせる結果になってしまった。もはや、いつ反乱が起きるか分からない気配だ。このまま捨て置くわけにはいかない。一刻も早く革命計画の全貌を掴み、こちらから乗り込んで完全に潰さなければならない! しかし気配はあっても、どうしても実態が掴めないのだ。革命家たちをよく知るこの若造を捕えられたのは、またとないチャンスだ。何としても情報を吐かせる!それまでは生かしておかなければ!
彼の左胸を殴ったり圧迫したりしないよう、全ての警備兵と看守に通達が出され、サントウの左胸にも「ココを殴るな」と書いた布が貼られた。それゆえ、監獄の管理者たちの暴力は、いきおい腹部に集中されるようになった。
革命家の正体や、武器・弾薬の在処など、すぐにでも知りたい! さっそくサントウの尋問が開始された。正直に吐けば釈放してやると言われても、もちろんサントウは何も言わず、すぐに拷問の準備が始まった。サントウは暴れて抵抗したかったが、折れた肋骨が痛くてほとんど動けないでいるうちに、上半身は裸にされ、アルファベットのYの文字のように両腕を上げて立たされ、そのまま手錠と足かせで壁に貼り付けられてしまった。もう動けない…。
両手両足を拘束され、これから何をされても、もう逃げる事も よける事もできない!…生かすも殺すも半殺しにするも、相手の思うがまま…、自分の運命が、悪意を持った目の前の敵に完全に握られている…こんなに絶望的に弱い立場に立つのは生まれて初めてだ、こんなに恐ろしい事は無い…! サントウは、どうしようもなく心まで相手の思うままにされそうな感覚に襲われていた。押し寄せる恐怖で、心が弱くなっていくようだ…。ダイザルは長くて太い鞭を持ち、部下2人が こん棒を構えて彼の前に立った。3人掛かりで責めようというのか?!…… ダイザルは鞭を思い切り床に打ちつけてみせた。ヒュッという風切り音に続いて「バシッ!!!」と 大きい音が響き、サントウの身体が「ビクッ」っと反応してしまった。
そこでダイザルは、本当に吐く気はないのか?と再度尋ねる。サントウは、恐怖と緊張で自然に呼吸が荒くなる。肋骨をかばって浅く、速く呼吸しながら、怯える心を隠すように歯を食いしばり、固く口を結ぶと、鋭い目で、ダイザル、左の部下、右の部下を順々に睨んだ。そして、キッパリと首を横に振った。
自分がヘマをして捕まったことで、仲間に迷惑はかけたくない。革命の邪魔もしたくない。王国の圧政に苦しむ故郷の村を思えば、サントウ自身も、どうしても革命を成功させたい! こうなったらもう仕方がない!!! 怯える心を奮い立たせ、何があっても耐えようと決めたのだった。
部下2人が張り切って責め始めた。こん棒で殴り、突く…。
痛い!痛い!覚悟はしていたが、やはり痛い!!!これが『拷問』か…! 痛みに任せて思いきり叫び、存分に深呼吸が出来れば、少しは痛みを受け流せるかもしれないが、肋骨の痛みを抑えるためには それが出来ない! サントウは、声を上げる事も、大きく呼吸する事も我慢し、ただ静かに うめき続けた。しかし、それでは だんだん酸欠になってくる…そして、結局 は激しく喘ぐことになり、左胸に起こる激痛にも 耐えなければならなかった。
2人で代わる代わる 打ったり突いたりしてくる こん棒は、一撃だけでも痛いのに、その痛みが消えないうちに、次が、また次が来る!息をつく暇も無く、右胸、腹、脇腹、そして手足にも…。足の向こうずねなど、一度打たれたら その痛みは永久に続くかと思われる…! 全身に痛みがどんどん増えていくようだ…、それに伴い、不安も大きくなっていく……オレは本当に これを耐え続けられるだろうか?!……。
背中側を責めるため、胸を壁に付けて後向きに貼り付けられると、ダイザルの鞭が鋭い音を鳴らして襲いかかった。これは、打たれるというより、まるで切り裂かれるような痛みだ!
最後に焼きごても使われた。熱い焼きごては、胸に押し当てられると ジュウッという音と煙を上げ、一気に深い火傷を負わせた。殴られても鞭打たれても、声を抑え、うめき声、喘ぎ声を漏らすだけだったサントウだが、焼きごてを当てられると 監獄中に響く大声で叫び、失神した。その声は、太く、獣が吠えるような叫び声であった。耐え難い痛みにはこのような声が出るものだと知っているダイザルは、「よし、明日も焼きごてを効果的に使ってやろう。」と思いながら、この日の拷問は終えた。
いったん拷問が始まると、必要な事を全て白状するまで、夜も壁から外してもらえない。拷問中と変わらず貼り付けたまま、放置される。折れた肋骨は呼吸に伴って常に痛む。それに加えて、こうして静かに放置されると、全身に負った様々な痛みも、あらわに感じられてくる。打撲、鞭跡、火傷、そして食い込む手錠で傷つけられた手首の痛みも…。
手首の傷は なかなか深刻だった。金属製の手錠は、拷問中にもがいても、左右に殴られても、腹を殴られて前かがみになっても、失神しても、繰り返し 繰り返し食い込み、傷を深くしていく。激しい拷問を受ければ、苦痛で まともに立っていられなくなる事が多々あり、その度に手だけでぶら下がってしまうのだから、手錠によるY字型の拘束は、手首への負担が大き過ぎる! 既に傷ついた同じ場所に、何度でも体重をかけて手錠が食い込むのだから!……しかし、拷問中はその手首の痛みに気付かないほど、拷問の痛みと肋骨の痛みが激しかった!…そして、今日の拷問を終えた今、初めて手首に酷い傷を負っていることに気づいた。出血し、その血が腕を伝って流れ落ちてきていた。
痛い…、痛い…、痛い痛い痛い痛い……立たされているのも辛い…。脱力すれば 手首の傷に手錠が食い込んでしまうので、どうしても足でしっかり立っていなくてはならない。…そして手首の傷は、腕の重さをかけるだけでも痛いので、傷に手錠が当たらないよう、高い場所にある金具を手で握って、上げている腕の重さを支えた。…これでは眠れない…眠れない夜は長い!……あぁ…床で横になりたい…!!!
…それでも疲労から眠気が訪れ、時折ウトウトと眠った。しかし、やがて手足の力が抜けていき、膝がカクンとくずおれると、手首にガッと手錠が食い込み、その痛みで目が覚めてしまう。目が醒めれば、また身体中の痛みを思い出す…。眠ろう…とにかく眠れるだけ眠ろう!起きている限り辛いから…とにかく意識を無くしていたい!!!
しかし…、拷問中の囚人を貼り付ける壁は、檻の中ではなく共通の広場にあり、その横には「どうぞご自由に殴ってやってください」と張り紙が貼られている。そして通りすがりの警備兵や看守が、気晴らしに殴っていくのだ。夜中、束の間うたた寝をしていると、わざと殴って起こす奴も居る。
夜は休ませてくれと頼みたいが、そんな事を言ったところで「休みたいなら白状しろ」と言われるだけだし、ついでに5〜6発、余計に殴られるのがオチだ。
そして朝が来れば、また拷問の地獄が始まる…。
朝になってみると、昨夜には無かった大小のアザが、全身に無数に現れていた。打たれてから時間が経つうちに内出血が進んだのだ。くっきりと濃い赤紫。軽く押すだけでも痛いこれらの場所にも、こん棒や鞭が、繰り返し、繰り返し、容赦なく打ち込まれていく…。そして、最後には焼きごても!
それでもサントウは、次の日も、その次の日も、口を割らず耐え抜いた。仲間を裏切ることは出来ない! あのアジトは完璧だ。オレさえ黙っていれば絶対に見つかりっこないんだ! オレさえ口を割らなければ、きっと革命は成功する! だから…!!!!!
それに、父さんの仇のダイザルに屈するのも嫌だ!
しかし…、焼きごては恐ろしい!!!
最初の日にその恐ろしさを覚えたサントウに、次の日からダイザルは、焼きごてを手にすると、しつこいほど時間をかけて恐怖を煽ってきた。近づけただけでも熱気を感じる焼きごてを、何度も身体や顔に近づけては白状するよう迫る。時には、一瞬だけ軽く触れてすぐに離してみたり…サントウは恐怖に震え、叫び、哀れなほど激しく喘ぎながらも、吐かずに耐えていると…、最後には 脅しに使って冷めてきた焼きごてを、わざわざ熱したての新しいものに替えて、ついにジュウッと焼かれ、絶叫して気を失うのだった。火傷の面積が増え過ぎると命に関わるので、生かしておきたい囚人に多くは使えず、焼きごては1日1回に限られていたのだが、その1回をダイザルは実に効果的に使っていたのだ。
鞭打ちも、日に日に痛みがひどくなっている……オレが口を割らないから、ダイザルは鞭を振るう力をどんどん強めているんじゃないだろうか?
そう、最初は ミミズ腫れののちにアザになるだけだった鞭打ちだが、次第に皮膚が擦り切れ、引き裂かれ、血が流されるようになってきたのだ。もう、うめき声では済まない、打たれるたび、叫ばずにはいられない! 叫びすぎて声も枯れてきた…。こうなると鞭打ちの痛みは、もはや打たれる時だけではない。破れた皮膚は、後からも激痛をもたらした。壁に触れても、少し動くだけでも…!
酷くなったことは まだある。立ち方だ。最初は腕を上げて足は揃えて、Yの姿勢で貼り付けられていた。しかし、2日目の拷問が終わると、夜に放置する前に、足も広げて、X の姿勢に変えられたのだ。サントウは、何の意味があるのか???と思ったのだが、その意味は間もなく解った。足が全く休めなくなったのだ。足を揃えて立っている時には、体重を片足だけでも支えられるので、自覚は無かったが、体重をかける足を時々変えて、片足ずつ休ませていたのだった。ところが、足を開いてしまうと、片足に乘ることが出来なくなる。すると、両足とも、全く休めなくなってしまったのだった。それ以来、立っている辛さが倍増した…。初めに半日、翌日は丸一日責め続けても口を割らないサントウに手を焼いたダイザルは、少しでも苦しみを増やして、早く我慢の限界を迎えさせたいと考えたのだ。夜の間にも苦しんでくれれば、手間も省ける。
いったい いつまで耐え続けなければならないのか?…それは…口を割らない限り 終わることは無い…そして、今より更に辛くなることはあっても、楽になることは無いだろう……それを考えてしまうと心が折れそうになるので、サントウは、「先の事は考えない! ただひたすら 今を耐える!!!」 それだけを考えて耐えてきた……それでも……それでも もう耐えられない! 立ち続けるのも、もう限界だ!…そう思ったサントウは、ダイザルに話しかけてみた。
「いったい…、いったい いつまで続けるつもりなんだ? オレは、いくら責められても、決して仲間を売らないぞ! もう、無駄な事はやめないか? オレなんか当てにするより、自分たちで町じゅう探した方が早いんじゃないのか?」
探されても見つかる心配は無い、だから拷問を休んで探しに行ってほしいのだ。放免してもらえるとは思っていない、探して見つからなければ また拷問されるだろう。…だとしても、1日でもいい、拷問を休んでくれたら……次の拷問を少しでも先延ばしにできれば それだけでもいい……目先の ほんの少しの時間稼ぎでも、得られるなら すがりたい!……それくらい辛いのだ…!
「そうか、よく解った。」ダイザルは低く落ち着き払った声で言った。「このような拷問をいくら続けても、お前は口を割らないと言うのだな。だから、もうやめろと。」
サントウがうなづく。
「よろしい、ならばもうやめよう。今まで通りの拷問はな。」
え…?
「今日までは、おまえが口を割り、晴れて釈放となれば 五体満足で暮らせるように、回復可能な怪我に留めてやろうと考えていたのだよ。様々な苦痛を与え、傷跡は残しても、機能的な後遺症は残さない。なんと慈悲深い配慮だ! しかし、それでは口を割らないとおまえが宣言するなら、次へ進むしかあるまい。」
「町じゅう探すなど、もうとっくにやっているさ。それでも見つからないのだから、もう お前だけが頼りなのだよ。しかも我々には時間が無い。次へ行くぞ。そして、何としても吐いてもらおう!」
何だ?何だ?何の話だ??? サントウは恐ろしくなり、話しかけた事を後悔した。これは とんでもない藪蛇だったのではないか???!!!
…しかし、もう手遅れだった!
「その場の痛みさえ 耐え忍んでやり過ごせば済むと思っているから、お前は口を割らないのだろう。それでも ここまで粘るとは、なかなかの根性だと思うがな。」
「しかし、明日からは そうはいかないぞ。白状しなければ手足を切断してやる。目もえぐり取ろう。人間は、手足も、目も、1度失えば再生できない。切っても切っても生えてくるトカゲのしっぽとは違うからなぁ。おまえ、生き残る可能性を考えれば、手足も、目も、失いたくはないだろう? それを次々に失っていくとしたら、どうする? 果たしておまえは、それでも口を割らないと言うか?」
「痛みも生半可ではないぞ。これを耐えきれる者など居ない。さすがのおまえも、早く死なせてくれ、どうか ひと思いに殺してくれと懇願するだろう。もはや生きる望みは消え失せ、とにかく一刻も早く、死んで楽になりたいと思うようになるのだよ。だが、口を割らない限り、決して死なせはしない。生きたまま、手の指の先、足の先から、少しずつ切り刻んでいく。命に別状ないやり方で、確実に止血しながらな。指が、手が、そして 腕が、足が、だんだん短くなっていくのだよ。」ダイザルは、サントウの指、手、腕を次々に強く握り、足の向こうずねを蹴りながら脅し、次には腹を優しくポンポンと叩きながら言った。
「今までのように体幹は責めない。だから、意識はハッキリして、末端の痛みを存分に味わうのだ。しかも、スパっと斬り落としてはやらないぞ。ノコギリで挽いて切断する。どんなに頑固な強者でも、ここまでくれば大抵は口を割る。」
「ノコギリ挽きでどうやって止血するかって? それは不思議だなぁ、指先ならまだしも、腕や足の太い所に来れば、挽いている途中で血が噴き出してしまうよなぁ。」
「そこは、おまえの好きな 焼きごて の登場だ。そう、おまえが初めて大声で叫んだのも、気絶したのも、焼きごてだったな。よほどお気に召したと見える。その焼きごてだよ。適度な温度で切り口を焼けば止血できる。そこでだ! ノコギリ自体を焼きごてにするのだ。解るか? 焼きごて同様の高温に熱したノコギリを使えば、斬ると同時に止血も完了。止血しながら斬り進める。だから どんなにじっくり時間をかけて挽いても出血無し。名付けて、『灼熱のノコギリ挽き』だ! 途中で冷めないよう、ノコギリには常に火を当てて熱し続ける。良いだろう?」
サントウは、話を聞いているだけでも恐怖に身体がこわばり、震え始めていた。
「これは、どうしても口を割らないやつを落とすための、最終手段だ。確実に情報を得られる最終手段を、我々は持っているのだよ。」
「脅しではないぞ。ひとつ、参考になる体験をさせてやろう。我々の本気を、身体で感じ取ってくれたまえ。」
「釘とペンチだ。」ダイザルは部下に命じると、サントウの右手を壁から外し、その手首を自分の左手でガッチリ掴んだ。
「何をするんだ?」そう言うサントウの声は震えている。
それには答えず、ダイザルは不気味に笑いながらサントウの指を優しく撫てた後、指先をつまんで潰すように力を込めた。サントウがうめき声を漏らしたところで、釘とペンチが届けられた。するとダイザルは、サントウの手の 先の方をしっかり掴み、釘を取ると、人差し指の爪と肉の間に突き刺した。サントウが叫ぶ! ダイザルは釘を1度引き抜き、場所をずらして再び深く突き刺す、サントウが再び叫び声を上げ、息も絶え絶えになりながら激しく身体を震わせていると、「まだだ!」と言って釘を引き抜き、道具をペンチに持ち替えた。サントウは恐怖に満ちた目でそれを見つめながら、必死でダイザルの手から自分の手を抜こうともがいた。が、すごい力だ、どんなに暴れても、ダイザルのグリップから手を抜く事は出来ない。ダイザルはペンチで爪を掴み、剥がしにかかった。しかもゆっくりと。サントウは、むちゃくちゃに絶叫し、気を失った。
再び起こされてみると、右手の人差し指には爪が無くなっていた。血が滴り、激しく痛む。
「どうだ?指先を責められた感想は?」ダイザルが尋ねるが、サントウは痛みと恐怖で、ただガタガタと震えている。
「ふん、ショックで声も出ないようだな。これが昔ながらの 『拷問』 というものだ。覚えておけ。明日からは、白状しない限り、今以上の痛みが永遠に続く事になるぞ!」
「どうだ? 白状する気になったか? 全てを話してくれれば、新たな拷問の話は全部 取り消しだ。そして、釈放してやる。今なら五体満足のまま、自由の身になれるぞ! 指も まだ詰めてはいない。爪を1枚剥がしただけだ。爪なら元通り生えてくるだろうよ。」
サントウは、空中を見つめてガタガタ震えるばかりだ。
「そうだ、指先の傷も消毒してやろう、化膿してはいけないからな。」
爪を剥がされた指先が蒸留酒に浸された。沁みる!!!まるで拷問の続きだ。蒸留酒は焼きごての火傷にも、鞭で出血するようになってからは背中にも掛けられている。そのおかげで傷が悪化しないのかもしれないが…、この消毒作業も、少なからずサントウを苦しめている。
消毒でいっそう指先の痛みが増したサントウは、ショックと恐怖で気が遠くなっていくのを感じていた……が、ダイザルに頬を平手打ちされて我に返った。「おい、寝るんじゃないぞ!」
「しっかり起きて、明日からの身の振り方を考えるのだ! これでもダンマリを続けるか否か、一晩よーく考えるんだな。」
「明日の朝、もう一度聞く。吐く気になったら、朝一番に全ての情報を教えてくれたまえ。楽しみにしているぞ。あっはっはっは…」
呆然として、震えが止まらないサントウを残し、ダイザルは笑いながら立ち去っていった。
……………………………………………………
今、サントウは片手だけ いつもの高さに吊るされ、爪を剥がされた手は低い位置に付け替えられている。指先の怪我というのは、心臓より低くすると、血流が増え、痛みを強く感じる。ダイザルはそこまで計算しているのだ。人差し指の先が心拍に合わせてズキンズキンと痛む。その手を高く上げれば痛みを和らげられるのだが、低い位置に繋がれていて上げられない。彼は 強い痛みにさいなまれながら考えた。
大変だ!……明日になったら、オレはきっと口を割ってしまう。革命家たちの正体、隠れ家、武器・弾薬の隠し場所……オレは全部知っている。それをしゃべれば、仲間たちが長年かけて起こしてきた革命の火を、オレが消してしまう! 後から来たオレのせいで、これまでの全てが水の泡になってしまう!!! 王家の圧政もそのままだ…。全ての仲間たちは一網打尽に捕まり、殺される、そんなのは絶対にダメだ!!! …だが、明日からやると言われた拷問は、今までとは全然違う。考えただけでも身の毛がよだつ…! 嫌だ…嫌だ…絶対に嫌だ……!!! 耐えられるはずが無い…!
どうする?!
どうしたらいいんだ……?!?!?!
……今夜中に死んでしまおうか…!? そうだ、それしか、もう道は無い!…明日の拷問が始まってしまったら最後、死にたくても「決して死なせはしない」というのだから…、逃げ道はどこにも無くなる! どこまでも切り刻まれ、焼かれ、苦しみ抜いて死んでいくなんてごめんだ!!! 同じ死ぬなら、今 死んだ方がマシだ。迷いは無い! 絶対に、朝まで生きていてはダメだ!…生きて朝を迎えてはダメだ!!!
…しかし、こうして拘束されていたのでは、自殺ができない……。ならばどうする!? 夜に殴ってくる看守を挑発して、死ぬまで殴らせるか…? 生きるのに必要な何かの臓器が破裂したり、ダメになるまで殴られたら、死ねるんじゃないか? …それはそれで辛いだろうが、ハッキリした意識の中で手足をノコギリ挽きされるよりは…ずっとマシだと思う! 身体を殴られるのには もう慣れたし。
今日も夜勤の警備兵ブソが来ている。ここへ来る奴らの中でも、アイツが一番 暴力的だ。毎晩よく殴ってくれる。殴る力も1番強くて、痛い!!! 気が荒く、手が早い。他のやつと喧嘩しているのも見た事がある。上手く誘って、なるべく怒らせるような事も言って、そうしたら きっと…。
だが…ああ…嫌だなぁ…アイツにめちゃくちゃ殴られるというのも……嫌だなぁ……腹…痛いよなぁ……
いやいや、ためらってる時間は無い! 早く始めなければ朝までに死ねなくなる! 殴られてすぐに死ねるとは限らないし…。
…さあ、行くんだ!サントウ!覚悟を決めろ!!!
「おい、…腹が痛いんだ、朝まで横になって休ませてくれないか?」サントウは苦しそうに声をかけた。
おや?いつも強気なコイツが、憎っくきオレに頼み事をするとは……、さては、ついに弱気になってきたのか? これは もしかして、吐かせるチャンスなのでは??? ダイザルさんが責めてもいっこうに口を割らない しぶといコイツを、オレの手で吐かせたら、お手柄じゃないか! 昇進まちがいなしだ!
狙い通り食いついてきた! 「腹が痛いだと? どれ、この辺りか?」 ぐっと拳を押し込む。サントウが声を上げると、「そうか、ここかぁ!!!」と集中的に殴り始めた。
始まったっ!…もう…このまま…死ぬまで…耐えなければ!!!
「ううっ…、やめろ…、やめてくれ…、」 サントウが、悶えながら、喘ぎながら、哀れに懇願すると、プソの期待は更に高まる。
狙い通りだった。狙い通りなのだが…、サントウは、「手足のノコギリ挽きよりは体幹を殴られる方が良い」と考えた自分の甘さを思い知らされる事になる…。
殴ってくる相手の動きを見てしまうと、反射的に腹筋に力が入り、内臓を守ってしまう。これでは死ねないと思ったサントウは、ゆっくり息を吐いて身体の力を抜き、いつ殴られるか分からないように目を閉じた。すると、抵抗なく深く食い込む拳が 確実に内臓を傷つけ始め、サントウは今まで経験したことの無い痛みに襲われた。身体の奥深くを撃たれるような重い痛み……そして、損傷した内臓を更に重ねて殴られると、それは想像を遥かに超える痛みであった。やがては血を吐き、血尿を漏らし、囚人服のズボンが赤く染まった。
サントウは、何度も意識を失い、叩き起こされ、自分がまだ生きている事を知って落胆し、焦る!… ああ、オレは まだ生きているのか…こんなに血を吐いて、血尿を流しても、まだ死ねないのか…?、内臓は まだ死ぬほど壊れていないのか?こんなに痛いのに…。出血は、致死量を超えていないのか?! まだなのか…?!、まだなのか?!……早く死ななければ、恐ろしい朝が来てしまう!! 何より、この痛みが!!! もう耐えられない…!!!
「うぅ!、父さん…!父さん…!助けて…!」サントウは涙を流し、搾り出すように言った。そして「早く迎えに来てくれ!」と言いたかったが、その言葉は飲み込んだ。このまま殴り続けたら死んでしまうかもしれないと、ブソに気づかせてはならない。情報を得ないまま殺してしまっては重大な過失になると気づき、彼が攻撃の手を緩めたりしたら、死ねなくなってしまう。だからサントウは、どんなに弱っても、身体は元気な素振りを見せなくてはならなかった。精神は最悪に弱っているように見せながら、つまり 今の弱気をありのままさらけ出して「吐かせるチャンス」だと思わせながら、身体だけは元気で、死の気配など無いと思わせる必要があった。だから、悲鳴は出来るだけ強く、渾身の力を振り絞って泣き叫んだ。
悲痛な叫び声が、繰り返し監獄中に響きわたる。眠りを妨げられ「うるせーぞ!」と怒鳴っていた囚人たちが、いつもと違って弱気なサントウの様子に興味を持ち始めた。
「おいおい、めそめそ泣いて父親を呼んでいるぞ。しぶといアイツが、ついに折れるのか?」
「ついに重大な秘密が明らかに?!」 1人が芝居がかった口調で言い、笑いが起きた。
「しかし…、アイツに吐かせようとする奴らがよぉ、『革命』とか何とか言ってなかったか?」
「ああ、言ってたな。革命といえば…王家を倒すものだろう?…だとすれば、ここも襲われるんじゃないか?もしここが襲われたら、混乱に紛れてオレたち、脱獄のチャンスじゃないのか???」
「おお、それは良いな!革命、起きてほしいなぁ!」
「でも、アイツが秘密を吐いちまったら、革命の計画が潰されるんじゃないか?」
「それなら吐かない方が良いじゃないか!」
「おーい! ライバ族! しっかりしろ! 吐くんじゃねぇぞ〜!」
それを聞いたブソが、「誰だ?!誰が言った?!」と、振り返って囚人たちを睨みまわす。囚人たちが慌てて目を逸らす。
いつも面白半分に、ヤジを飛ばしながら拷問を見物している囚人たちが、すっかり静かになり、固唾を飲んで成り行きを見守っている。
サントウの方へ向き直って ブソが言う、「ぎゃあぎゃあ泣きやがって、ザマァねえな。いつもの強気はどこへ行った? え? もう床に下ろして休ませてほしいのか?」
「ああ。」
「もう勘弁してほしいのか?」
「ああ、頼む、もう、やめてくれ、助けてくれ…!」
途切れ途切れに、なさけなく、哀れっぽく、しかし饒舌に、サントウは懇願する。言葉も、吐息も、泣き声も、小刻みに震える。
「ならば吐け! 」 言いながら傷ついた腹にググッと拳をめり込ませる。サントウはうめきながら息を詰まらせている。 「洗いざらい吐いてしまえば、ゆっくり休ませてやるし、医者も呼んでやるぞ。そして、釈放だ!」
ブソがその拳を離すと、サントウは更に増した腹の痛みに喘いでいる。
ブソは、俯くサントウの顎を掴んで、自分の方へ顔を上げさせた。
「さあ言え! 革命家のリーダーは誰だ?! メンバーは誰だ? アジトは どこだ? 武器・弾薬はどこにある? 言えば楽になるぞ。もう誰もおまえを殴らない。全ての苦痛から解放されるぞ!」
「うう…、あぁ…、言えない…、言えない…、言えないんだ…!」
涙声だ。
「それが言えたら…、どんなに…いいか……」
「ええい、なぜだ?! なぜそこまで粘るのだ?! ?! ?!」
ブソはもどかしさに苛立ち、激しく殴った。「吐け!」「吐け!」「吐かないか!」
胃の辺りを殴られ、サントウがうめきながら嘔吐した。赤黒い嘔吐物…また吐血だ。それはサントウには、死が近づいているという希望を抱かせる。
幸い、ブソのほうは吐血を気に留めていない様子だった。囚人が殴られて血を吐く事など珍しくもないのであろう。顔を殴られて口の中を切っても血を吐き出すし、とにかく、血を見る事には慣れているのだ。血尿も然りだ。
それより、「吐け」と言ったタイミングで吐いたので、「そっちじゃないだろう!!!ふざけてるのか?!」と怒り狂ってサントウの顔を殴り、腹に強烈な蹴りを入れた。そう、サントウ自身もその絶妙な「言葉の一致」に気づいており、苦しみ嘔吐しながらもブソを見上げて、少し笑って見せたのである。蹴りはみぞおちに命中し、サントウはしばらく呼吸が出来なくなった。声も出せず、ただ目を見開き、必死に息を吸おうとする…。
やっとのことで呼吸を取り戻したサントウは、腹痛と共に便意を感じた。そこで、便所に行きたいとブソに告げた。小便は 激しい責め苦に いつのまにか失禁していたが、大便は漏らしたくないと考える気力が、サントウには まだ残っているらしい。そして壁から外してもらったのだが、外されたとたん床にうずくまり、立てなくなってしまった。早く便所へ行かなければ漏れそうなのに! 腸を殴られて下痢を起こしたようだ。下腹がゴロゴロ鳴っている。しかし腹が痛すぎてどうしても立てない、ブソがむりやり引き起こしても、1歩も動けず、また床に突っ伏してしまう。ついに我慢できず、その場に漏らしてしまった。
くっせぇなぁ! 漏らすんじゃねぇぞ! ブソは床にうずくまるサントウを見下ろし、大きく足を上げると、勢いをつけて背中を踏みつけた。サントウはブソを見上げると、「誰のせいで便所へ行けなかったと思っているんだ、こんなに、立てないほど囚人を痛めつけるなら、立てなくても…動けなくても…清潔に、用を、足せるように……設備を整えろ!!!」と、苦しい息の中で必死に悪態をついた。
「口の減らないヤツめ!肝心な事はしゃべらないくせに!!!」ブソがサントウの脇腹を蹴り上げた。腹を抱えてうつ伏せにうずくまっていたサントウは、横向きに床へ転がった。なんとも蹴りやすい位置に転がっている。ちょうど背中が壁に着いているので、前から蹴れば 1ミリも後ろへ逃げられず、ブソの蹴る力が100%サントウの内臓や骨を直撃する体勢だ。偶然にも、早く死にたいサントウにとって理想的な体勢が整った!
「くだらない事をしゃべる元気があるなら、さっさと革命のアジトを吐きやがれ!この、この、このー!」
ブソは苛立ちにまかせて激しく蹴り続ける。あまりに立て続けに蹴られ、サントウは息を吸いこむ暇も無く、ただ短いうめき声を繰り返し漏らしている…。
意識して力を抜かなくても、もはやサントウの腹筋には力が入らない…。抵抗が無く柔らかい腹にブソの靴の先が繰り返し めり込む。
臓器からの出血が腹腔内に溜まり始めたか、いくらか腹が膨れてきている。膨れた腹を蹴れば、周囲の臓器が圧迫され、更に傷つく…
ブソは足先に感じるサントウの身体の弾力に快感を覚えながら、夢中で蹴り続けた。もはや腹も胸も区別なく…。
……蹴りが左胸に入った時、折れていた肋骨が、ついにサントウの心臓を貫いた。
その衝撃も、サントウには、嵐のように降り注ぐ無数の激痛の1つでしかなかったが…、心臓が機能を失うと、サントウの身体には血液が巡らなくなった。そして、次第に意識が遠のいていった。
……………………………………………………
次に気づくと…
ああ、オレはまた目覚めてしまったか……、あれ???痛くない……手錠は???…足かせは???……手足が空を切った。何も触れる物がない。
…サントウは空中に浮いているのだ。
見ると、床に横たわった あざだらけで 血まみれの人間を、ブソが蹴っている。ぐったりとしたそれは、蹴られると、意思を持たない物体のように、ただビクン、ビクンと波打っている。
「あれは……オレだ…あんなにひどい姿だったんだなぁ………これが臨死体験か?上から自分が見えるという…。しかし、オレはもう戻らないぞ!戻ってたまるか!…ふぅ…やっと死ねる、ついに死ねる…、よかった、終わった、やっと終わった…!」
ブソが、サントウが動かない事に気づき、気絶から起こそうとしている。呼んでも たたいても起きないので、脳に血流を増やそうと足を持ち上げてみたりしている。
無駄だ、オレは死んだ。独断で拷問し、情報を得ないまま殺してしまったな。しかも、ダイザルが新たな拷問の予告でオレを縮み上がらせ、確実に情報が取れそうな朝を目前にしてだ。奴がどんな罰を受けるのか楽しみだな。散々オレをいたぶってきた報いを受ければいい!
その時だ、サントウの耳に、懐かしい声が聞こえてきた。
「サン!」
「父さん?…父さん!」
紛れもなく、亡くなった父だった。泣き腫らしたような目をしているが。
「オレを迎えに来てくれたのか?」
「…いや、そうじゃない、私は ずっとここに居たのだ、死んでから今まで、おまえの傍を離れた事は無いんだ。1人残してしまったおまえの事が心配でな。おまえがここに捕まってからもずっと。……しかし私は、どうすることも出来なかった…、なんとか守れないかと 拷問されるおまえに覆いかぶさってみたが、こん棒も、鞭も、焼きごても、何もかも私をすり抜けておまえに届いてしまった…私には何の痛みももたらさない、ひたすらおまえだけを傷つける…! もう私には、この世のものに触れる事は どうしても出来ないんだな…すまない…、私の胸の中で…おまえがあんなに苦しんでいたのに…何も出来ないなんて!!!やはり違う世界に来てしまったのだと実感した…。傍に居るようで、全く居なかったんだ! そして、おまえが痛めつけられるたびに、おまえが悲鳴を上げるたびに、…おまえが血を流すたびに、…胸が潰れそうだったよ…。代われるものなら代わってやりたかった! …おまえが私の名を呼んで助けを求めた時など…本当に……!!!」
父は涙を流しながら言った
「サン、よく頑張ったな。」
その言葉を聞くと、サントウの中で張りつめていたものがプツリと切れ、ワッと泣き
出した。
「痛かった、痛かった…、痛かったよ〜!あああああ~!」
「ああ、そうだろう、そうだろう!」
二人は宙に浮いたまま、抱き合って泣いた。
「父さん…父さん!…会いたかった…会いたかったよぉ~!」
死んだ父親に再会できた喜びと、もうこれ以上 拷問を受けなくてよいという安堵から、涙が溢れて止まらない。
「もう…もう…拷問を受けなくていいんだな。もう、ずーっと父さんと一緒に居られるんだな。」
「ああ、ああ、その通りだ。」
「ほんとに…、ほんとに痛かったんだ…、痛かったんだ……」子どものように泣きじゃくる。
「痛かった……痛かった…!」
しゃくりあげながら、泣き続けながら訴える、
「痛かった…!、痛かった…! いつまでも、いつまでも続くんだ…、明日も、あさっても、もっと、もっと痛くなる…、もっと、もっと恐ろしい痛みが来る…!、必ず来るんだ、逃れられない……! …怖かった…、怖かった…!…怖かったぁぁぁ…!!!うああああーーー!!!」
「おお、おお、もう大丈夫だ!サン!」
「……あ、いや… 『大丈夫』ではないな、死んでしまったのだから…、」
「すまない! サン! 本当にすまなかった! 私が不甲斐なく殺されてしまったばっかりに、くっ!…おまえが、こんな目に…!!!」
「おまえが無事に釈放される事をずっと願ってきた。おまえさえ助かるなら、もう何もかも白状してしまえば良いと思った。聞こえないと解っていても、もういい!吐いてしまえと何度おまえに呼びかけたことか……。ついに身体から抜け出してしまったおまえを見た時は、死んでいる私に会ったら、おまえの死が確定してしまう気がして、とっさに身を隠してしまったよ、そしてなかなか声を掛けられなかった。生きてほしい、生きてほしい!、…しかし今戻ればもっと酷い目に遭うと思うと、もう……どうしたら……ほんとに…、すまん!…」
サントウが、徐々に落ち着きを取り戻しながら、語り始めた。
「いや、父さん、そんなに悪い事ばかりじゃなかったよ、父さんが死んで、ダシュダの王都へ来て、真剣に国を良くしようと考える仲間たちに出会った。革命の仲間たちだ。ソウマ、カゼキ、ユウジン、レオ、…父さんも、見てたなら知ってるよね? みんないいやつだ。オレたちライバ族の事も、当たり前のように同じ人間だと思ってくれてる。ダシュダ人にも ああいういう人間がいるんだな。やつらとたくさん語り合って、オレは、いろいろ考えるようになった。国とは何か?民族とは何か?…理想の政治についても。やつらは、違う民族で無理にひとつの国を作る必要は無いと言った。少数民族でも、独立して小さな国を作れば良い、いや、国なんて呼ばなくても、今まで通りの村として、どこの国にも属さず暮らしていけば良いと。そしてオレは、この人たちに賭けてみようと決めたんだ。オレも一緒に革命を起こす。…いや、それはもう、出来なくなってしまったが。やつらがきっとやってくれる。…いっしょには…出来なくなってしまったが………。…それにオレは…父さんの仇も取れなかったな…ごめん…、」
「何を言うんだ、おまえは立派に仇を取ってくれたじゃないか。」
「え?」
「理不尽な王家を退け、国民の手で政治を行う。そして、もう私たちのような虐げられた人間が居なくなるようにする、それが、これから起きようとしている革命なのだろう? その革命の火を消さないように、守り通す事、それこそが仇打ちだよ。おまえは立派に守り通した。たった一人で、こんなに酷い目に遭いながら…、よくぞやり遂げてくれた! 革命の火を守ったという事は、これから先の、この国の全ての国民、全ての周辺民族の自由を守ったという事だ! すごいじゃないか! 立派な息子だ! 誇りに思うぞ!」
「そうか…、そうだな、どんなに責められても口を割らない、それがオレの革命、それがオレの戦いだったんだな。……まぁ、そもそも捕まらなければよかっただけの話だが…。」
「ああ、仲間たちはどうしているだろう? オレを探しているだろうか? 会いたいな…」
「夜も明けてきた。ここを去る前に会って来るといい。向こうからはおまえが見えないと思うがな。おまえが私に気づかなかったように。」
その時、監獄がにわかに騒がしくなった。
「襲撃だ〜!」
何か爆発音も聞こえる。銃声も…。
「え?…まさか、革命???」
革命の決行は、まだまだ先の話だと思っていた。彼らは、まだ新体制の準備が出来ていないと言っていたから。武力が充分揃ったとしても、革命後の新体制がちゃんと決まらないうちに王家を倒してしまったら、国が混乱してしてしまう。最初が肝心だ!着実に計画しなくては!…そう言っていたから。
しかし、決行が早まったのか???
サントウの仲間たちが駆け込んできた。
「サントウだ、サントウが居るぞ!」
「怪我をしているのか?!」
「大丈夫か?! サン!」
「サン! おい! しっかりしろ!!!」
「あ……息をしていない!…脈は???……脈…脈…無い…無い…無い!!!」
「しかしまだ温かいぞ! 蘇生出来るんじゃないか?!」
彼らは人口呼吸と心臓マッサージを始めた。
「サン!サン!生きろ!生きろ!目を覚ませ!!! 戻って来い!!!」
「ああ、ああ、戻りたい! アイツらと一緒に革命を成功させて、新しい世界を生きてみたい! 嫌だ、嫌だ死にたくない!!! 父さん、オレを身体に戻してくれよ!」
「ああ…そうしてやりたいが…、どうだろう…、お前の身体は…」
そう、サントウの心臓には折れた肋骨が刺さっているのだ。これで心臓マッサージをしても どうにもならない。更に破れるばかりだ。それでなくても心肺停止から相当の時間が経った。脳も、身体中の細胞も、もう蘇生の可能性は極めて低い…。もとよりブソの暴行で、多くの内臓に ひどい損傷を受けている…それだけでも既に致命傷だ。とても生きられる身体ではない…
サントウに、生き返る道は残されていなかった。
恐ろしい拷問から逃れ、父親に再会した、その安堵と喜びの涙から一転、サントウはすさまじい後悔にさいなまれ、また泣いた。
今度はさめざめと涙を流し、肩を震わせる。…ああ!悔やんでも悔やみ切れない…!!! 昨夜は ただおとなしく朝を待てばよかったんだ。そうすれば…朝には仲間が助けに来たじゃないか!…そうと知っていたら…知ってさえいたら……!!!
仲間たちも、ついに蘇生を諦め、サントウの遺体にすがって泣き出した。
そして、泣きながら、彼の身体を丁寧に洗い始める。持ち帰って葬るためだ。便所へ行けなかった あの時の汚れも、すっかりきれいに。
ああ…サン!…サン!…こんなにアザだらけになって…。拷問されたのだな。
これは火傷か? 酷い火傷だ。焼きゴテだろうか?
背中は血まみれじゃないか、鞭で打たれたような跡だが…、いったい どれだけ打ったらこんなになるんだ?!ひどいなぁ!
…爪も剥がされている、…なんてむごいことをするんだ…!!!
…このボロボロの手首はどうしたんだ?…そうか、あれか。この手錠で あそこに吊るされたんだな。…そうして死ぬまで責められたのか…?!
サントウが貼り付けられていた辺りの床には、鞭打たれた血が飛び散り、吐いた血と血尿が血の海のように溜まり、恐ろしい有り様だった。
監獄の床は白っぽい色をしており、床に落ちた血の色がよく目立つ。意図してかどうかわからないが、こうして血に染まった床は、新たに収監されて来る囚人たちを恐怖に落とし入れるのに 大いに役立っていた。囚人服が白っぽいのも、地獄の演出にひと役買っている。汚れが目立ち、より悲惨に見える。サントウが着ていた囚人服も、血と汚れでグシャグシャだ。
…サン!おまえは…おまえは…それでもオレたちの事をしゃべらなかったのか!!! 死ぬまで拷問されても、なお…
ごめんよ! ごめんよ〜!!!
あと半日、いや、数時間でも早く、朝を待たずに突入していたら、きっとサントウは生きていた…あと数時間早く来れば、助けられたのに……!!!…サン!…サン!!!……仲間たちにも後悔の嵐が吹き荒れる……
やがて作業を終えると、彼らは、遺体のサントウを連れて、トボトボと帰って行く。
「おいおい待ってくれよ、オレはここにいるぞ、オレはここだ! それじゃない! おい、ソウマ! カゼキ! ユウジン! レオ! 待てよ~! 置いていかないでくれよ〜!」
泣いても、叫んでも、彼らには届かなかった…。
父が、サントウの肩を抱いて言った。
「サン、このままでは心残りだろう。彼らと一緒に行けばいい。革命後の世界も見届けたいだろう? 彼らと会話は出来ないし、政治に参加する事も出来ないが、そばで見守る事なら出来る。霊感の強い者が居れば、あるいは おまえに気づいてくれる事もあるかもしれん。」
「1人ではさびしかろう。私も残るよ。おまえの仲間たちがどんな国を作るのか、2人で見届けようじゃないか。」
「良いの?」
「良いさ。魂は自由気ままだ。どこに居ようが構わない。」
完