国際的有名ゲームキャラデザイナーと素人執筆者が久々に会った話
過ぎ去った正確な年月は敢えて伏せますが、その膨大な時間は一瞬で消え失せた。そんなお話。
「で、何を注文します?」
「そーだなぁ、アメリカじゃ食べられなかったからカツ煮定食かな…」
高校時代は健啖だった先輩は、流石に大食すると翌日まで引きずる、と年相応の発言をしながら唐揚げ二個付きセットを指差して当時の片鱗を見せたのだが、
「…まあ、そうは言っても流石に多いかな…?」
されど多少の迷いはあるようだ。ならば稲村某は、場の空気を読んで社会人の嗜みを見せるべきだろう。
「じゃ、手っ取り早く俺も同じのにします」
「ぅえっ!?」
おいおい、何を張り合ってるんだ稲村某。だがそれはそれとして、結局自分は全て平らげる事が出来なかった。それは決して量が多かったからでは無く、味に不満があった訳でも無い。ただ、募る話に夢中で食べる暇が無かったのだ。
長い別離の果てに、久し振りの再会を果たした先輩と俺は、昼食を取りながら話そうと和食レストランに入った。昼過ぎに入ったその店と、次に行った喫茶店も含め、酒も飲まずに四時間もぶっ通しで話すとは、その時は思ってもいなかったが。
…世間には【タイムカプセル開封】というイベントが有るそうで、小学校の校庭の片隅に埋めたそれを成人式の日に掘り返し、中身を眺めて昔話に花を咲かせるらしい。らしい、というのは小学六年生の三学期に引っ越した結果、稲村某はタイムカプセルに何も入っていないので成人式をスルーしたからだ。まあ、そんな事情はさておき、今回はそんなタイムカプセルを開けるような、至極私的な話題なので適当に読み進めて貰えれば幸いである。
さて、そもそも先輩とは一体誰か。
いや、別に隠しだてする必要も無い。稲村某が在籍していた高校の、漫画研究部の元部長である。稲村某が新入生として入学した際、最初に仲良くなった同級生に「見に行きたいから一緒に行ってくれ」とせがまれ、気付けば場の勢いに圧されて二人揃って入部していたのである。経緯はうろ覚えだが、そんな感じだった。そしてその漫画研究部には、いつもやたらとテンションの高い部長が居たのだ。それが先輩である。
漫画研究部に入部はしたが、実はそれまで漫画は読んでも描いた事の無い稲村某。よしんば上手くなれればよかろう、と軽い気持ちで放課後の部室(教室を借りて部活動に使っていた)に出向き、部活動に参加したのだが…
…その当時、部長の彼は受注したドラクエ公式攻略本の挿し絵を部活動中に描いていたのだ。丸ペンの穂先をインクに浸し、サラサラと筆を進めては水性サインペンで彩色しながら。至って普通の高校生が、平凡な宿題を終わらせるように。
そんな様子を目の当たりにした稲村某は、心の中で呟いたのだ。
…なんだ、ただの神じゃないか、と。
それまで漫画は、特殊な技能を身につけた一部の人間しか描けないと思っていた稲村某(高一)の目の前で、先輩はウヒョヒョと笑いながら雑談しつつ、サラサラと筆を停める事も無くラスボスの第二形態を描いていたのだ。そりゃ神にしか見えなくて当然である。
思い起こしてみれば、終始こんなヒトであった。様々なエピソードには事欠かない。例えば部員全員で八王子のダイエ○のゲームコーナーで、当時人気だったベラボーマ○をプレイした後、その隣のテーブル席でTRPGのD&Dをやったり、またある時はあきる野市(当時は武蔵五日市)の旅館に夏休み合宿と称して泊まりでD&Dをプレイしたり、かと思えば部室で放課後にD&Dをしたり…あれ? ちょっと待てゲームばっかりだ。まあ、いいか。
と、ほんの数ヶ月前まで中学生だった稲村某にしてみれば、雲の上の存在に等しい技量と才能を有した先輩と日々接し、少しでも得られる物が有れば良かれと部室に通った一年は、あっという間に流れ…当然ながら三年生の先輩は卒業する事になった。そして部活動の集大成として制作した同人誌が残り、末席ながら稲村某もその中に僅かながら爪痕を残しつつ…部長だった先輩と離ればなれになった。
そして、二年になった稲村某は…漫画研究部から離れていった。
有らん限りの情熱と憧れを胸の内に秘め、夢中になって傾倒していた漫画への情熱は、部長と別れた瞬間、波打ち際で作り上げた砂山が押し寄せる潮に押し流されるように、儚く消え去ってしまった。それからは、筆を取る事も無く、ただデザイン科で求められる提出物を作る為のみの日々だった。そして、自分も三年生になり、高校を卒業した。結局、稲村某は先輩が居たから漫画研究部に通っていただけで、彼が居なくなったそこには魅力を見出だせなかったのだ。
それから長い月日が過ぎた。
稲村某が小説を書き始めたのは、様々な偶然とゲスな打算が生み出した結果である。宝くじが当たれば儲かる、に近い動機で始めたので、先輩の背中を眺めながら創作に打ち込んでいた頃の純粋な情熱とは程遠い。しかし、大きな空白期間を経て得られたときめきは、紛れもない本物だった。無からストーリーを夢想し、キャラクターを作り上げ、物語を紡ぐ。気付けばあっという間に一年、二年と時が過ぎていった。
そして、去年の半ばに漫画研究部の部員だった友人から「Twitterで先輩のアカウントを見た」と報せを受け、気付けば自分の本名を明かしてでも思い出して貰おうと必死になっていた。その結果、長い空白期間を経て、無限に広がる電子の海の中で再会を果たしたのだ。
そして昨日、その空白を埋めるべく久々に顔を合わせた。片道二時間以上、一般道をひた走り、実家付近で車から電車に乗り換えて東京都立川市の駅ビル構内で待ち合わせたのだ。
そして、互いの姿を確認した瞬間、冷静さを保ちながら一瞬で空白期間は消え去った。たった一年間の先輩後輩の間柄の頃へ、絡んだ縄が解けるように戻ったのだ。まるで互いが現在の中年男性の中に、青年だったあの頃のまま転移したように。
育った環境も、積み重ねた人生の歩みも、況してや培ってきた様々な技量や年月も、全く違う先輩と稲村某である。しかし、しかしである。聞けば結婚した期日は違えど娘の歳は同じ(向こうは二人こちらは独りっこだが)で、彼も自分も一年生の時に年上の女性と【友達以上恋人未満】の間柄を経て相手の卒業を機に別離を迎える等、今になって互いに情報交換し合った末、
「だよねぇ~!」
「ですよね~!」
と、妙な連帯感に浸る中年男性の二人。当時は知り得る訳もないが、今になって確かめれば不思議な程、様々な共通点が発覚し思わず笑ってしまう。しかし、全く悪い気にはならなかった。
冒頭のカツ煮定食もすっかり冷め、普段なら一瞬でやや薄めの割り下を吸った衣と共に残りのカツを平らげた筈だが、稲村某の脳内に空腹感は無かった。誠に異例である。
互いに高校を卒業して別々の道を歩んだが、先輩は今日までひたすらフリーランスのまま、漫画家として、ゲームキャラデザイナーとして邁進した。稲村某はバイク便ライダーになって六年半働き、結婚を機にスーパーの鮮魚担当を経て飲食業に従事した。職業的に重なり合う事も無く、住む場所も互いに離れたまま、数十年が経過した。
そんな二人が久々の再会で互いの身の上話を打ち明け合いつつ、先輩のアメリカ行脚話(当地で開催されたポケモン関連イベントにイラストレーターとして五泊七日で招かれたのだ)を経て二軒目の喫茶店に到着した稲村某と先輩は、それから恐竜と創作についてひたすら話した。いや恐竜の話なんて一度も出てなかったじゃないか、と不粋な突っ込みは無用である。先輩は恐竜のラプトルが、五才の時から好きだったから仕方がないのだ。
創作の話題は尽きなかった。
稲村某が小説を書く原動力にしているのは、常に【自分にしか描けない世界を形にする為】だと説明すれば、先輩も児童向け作品やゲームキャラ製作が多く、連載漫画よりそうした発表作品で商業的成功が目立ってはいるが根底は同じだと相槌を打つ。無論、稲村某は金銭的な見返りを何も得ていない素人である。しかし、創作という題材に垣根は無い。自分の考えた何かが形成出来て、それを読者やプレイヤー達が共通認識した瞬間、作者は作品を通じて自らの妄想を具現化させる。それは正に字や絵の境界線を超越し、そして国境や分野すら氷解させるのだ。
「…で、貴方が来ると知ってイタリアから来ました! って言いながら(ポケモンの)超レアカードを出すんだよ!! そりゃ失礼ないように、こっちもサインだけじゃって襟を正しちゃうよね~!」
実に多彩なゲーム各種に、古くから関り合いを持ってきた先輩である。その様々なエピソードは門外漢の稲村某からみても、全てが面白かった。残念ながら、ここでその全てを披露する事は出来ない。チラッと一部だけで、本当に済まないと思う。
…しかし、しかしである。
今回、延々と超絶自分事をネタに書いてしまったが、先輩も稲村某も、話の末に出した結論は全く同じだった。喩えどれだけ間が空こうと、創作は続けていく事で意味が生まれ、理由なんて後から幾らでも付けられるのだ。好きで始めた事ならば、死ぬまで続けて構わない、と。
あ、そうそう。稲村某がえちぃな奴を書いてTwitterに上げると、児童書籍やゲームキャラを描いてる先輩は、なかなかイイネ! が押せないそうだ。そりゃそうだ、○○がイイネ! を押しましたと表記されるからなぁ。押し難くかろうて…。
因みに当時の面子で既知の間柄は、あと一人しか居ません。みんな何をしてるのやら…。




