3 初めての手紙
きらびやかな椅子に座り、こちらを睨みつけている両親。
その姿を見て「そもそもどうやって王位継承権を放棄すればいい?」という問題が頭の中に浮かび上がってきた。
あの様子では「王位継承権いらないんだけど……」「あ゛?何言ってんだ?」となる未来しか見えない。
「では、ご武運を。」
メイドが去っていく。きっと、事前に言われていたのだろう。多分、今から始まるのは、両親の説教だ。
恐る恐るレッドカーペットを進み、両親の椅子の前で跪く。
「あぁ、クラウス?一体私達に何の用なのですか?」
どうせまた面倒ごとを持ってきたのだろうう、と母上はひじ掛けを人差し指でトントンと叩き、早くしろとせかす。
対して、豊かな恰幅の父上は、厳しい顔をするだけで、何も言おうとはしていなかった。
あぁ、研究したいと言った時のことが思い出される。
「はっ、母上。実は、私、とある方に恋愛的な意味ではない興味が湧きまして。婚約している身でありながらもその方と文通することを許して欲しいのです。」
研究にしか興味のなかった私が社交に手を出そうとしているように感じたのだろう。母上の機嫌が少し良くなった。
「それで?まぁ、相手次第よ。」
「エスターライヒ家のマリーという少女です。」
被せるようにしていったその言葉に、場の空気が三段ほど冷えるのを感じた。
母上の顔が段々と苦々しげなものへと変わっていく。
これは、まだギリギリセーフ。
「直接の面識はありませんが、聡明な少女だという噂をかねがね聞きます。また、エスターライヒ家はご存じの通り男爵です。私達とは違った立場からの意見を頂戴したく存じます。また、文通という形は、不貞の疑いが欠けられにくい、母上が会話内容を把握しやすい、という点で優れていると考えられます。いかがでしょう?」
母上の顔を覗き込むようにして期限をうかがう。
「……まぁ、及第点ね。研究の時も思ったけれど、クラウスの口は本当によく回るわね。まぁ、いいわ。恋仲にはならないように私が監視できるものね。ただし、その少女に出す手紙には偽名を使いなさい。まさか、クラウス・ローゼンで出すつもりだったわけじゃないわよね?」
……ソ、ソーデスネー。王家の立場からしたら王太子が男爵家の子供と手紙のやり取りしてるってバレるのはデメリットでしかないからなぁ。
思わず少し目が泳いでしまった気もするが、顔を伏せ、表情を母上から隠しごまかす。
「は。もちろんでございます。では、私はこれにて。」
そう言い、退出する直前、チラッと玉座の方を見た。物憂げにこちらを見つめる母上と、威厳をたっぷりと持ち、険しい表情をしているままの父上はとても対照的で笑ってしまったのは自分だけの秘密だ。
◆◇◆
さて。マリーに手紙を書く許可は貰ったが、どうやって本題を伝えようか。うーん。とりあえず、初心者向けの暗号でも送ってみるか?いや、それでは母上にバレる危険性が……。
結局、王位継承権の放棄は話題に出すことすら出来なかったが、マリーとの文通の許可を貰えた私は、自室へと戻り、その手紙の内容に悩んでいた。
暗号を彼女へ送るのは決定なのだが、正直彼女の知能がどのレベルなのかが分からない。先程、母上に「聡明な少女だという噂を聞く」とか言ったが、あんなのでまかせだ。あの処刑場での理知的な瞳を信じてそう言ってみただけで、彼女がどの程度まで暗号を把握しているのかが分からない。
そんな風に悩んでいたところ、マリーが部屋に紅茶を運んできた。
「殿下、たまには休んだ方がいいんじゃないですか?まだ5歳なんですし。」
そう言われ、自分がまだ王立学園にすら通っていない子供だったことを思い出す。
確か、私が処刑されたのがちょうど王立学園卒業の年だから、高等学年6年生の18歳の時だ。
そして、私が研究に手を出し始めた時期とソフィーと婚約した時期がほぼ同時で5歳。黒ローブの男が接触してくるのが6歳……。
そうか、整理して考えてみると、後、猶予は一年しかないのか。
……頑張らなくてはな。
そう思い、ふと、机の端に寄せられた書類に目が行く。
はて、これは何の書類だったかとその内容を読んだ瞬間、自分がこの時期何を研究していたのかを思い出した。
それは、過去の時間において成果を結ぶことは無かったが、実現すれば私達の復讐がとてもやりやすくなる研究。
――変身魔法についての研究。これを隠れ蓑に、手紙を書くことにした
結果、こうなった。ドール・フェイクは異国の言葉で偽物の人形。まぁ、モールスについては言うことはない。彼女も、さすがにモールスくらいは嗜んでいるだろう。あのモールス鳥についての論文は、研究者ならば好奇心を注がれないわけがないからな。
……少し不安だが、まぁ、きっと彼女なら大丈夫だろう。何となく、彼女は私と同類な気がするから。
ちなみに、周りの枠に忍ばせたメッセージは意訳すると「私はクラウスだ。この手紙を使って作戦を立てよう。いい返事を待っている。」というものだ。
母上にはバレませんようにと祈りながら、この手紙をマーシャに渡し、手紙がマリーにわたるように手配させた。
さぁ、ようやくマリーと作戦会議が出来そうだ。
モ、モールスは常識だから……(震え声)
この世界でのモールスは、モールス鳥という鳥の鳴き声という設定です。ちょっと難易度上げすぎ感が否めない……マリーは果たしてこれ、読めるんでしょうか?
(モールス解読したいという方は、左上から紙を時計回りに回すように外側から読んでみてください。居る気がしませんけど。もしも要望があったら、原文をどこかに載せますよ~)
感想下さい!待ってます!