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わたしの大好きな地味メガネ先輩~エリカのラッピーな王城生活~

作者: hiyori

リハビリの箸休め拙い作品です。

「ジョン先輩!おはようございます。今日も一日よろしくお願いします!エリカ・アンデルセンは今日も先輩の為に頑張ります!」


「おはようございます。いや……僕の為じゃなくて、国の為に働いてください。あとそこ邪魔になりますからどいてください」


ジェムサルド王国、王城の中の一室。

ここは王国内の財務科の部屋の入口。

毎朝一時間前に部屋に到着、部屋を掃除し、ジョン・スミスのデスクを綺麗な布で拭いた後、今日も1輪の花を花瓶に挿す。そして始業する30分前に現れるジョンを部屋の入口で待ち挨拶をする。

これがエリカ・アンデルセン伯爵令嬢18歳のルーティンである。


「あああああ今日も朝一番にジョン先輩に話しかけられてスーパーハイパーラッピーなエリカです!そのちょっとうんざりしてるジト目も最高です!ああああああん……姿絵にしたあああああい!」


「だからそのラッピーとはなんなんですか」


「ラッキーでハッピー!だからラッピーなんですよぉぉ!何度言ったらわかってくれるんですか?てかジョン先輩がラッピーの意味をわたしに問いかけてくれるという事実だけで今年一年生きていけるっ!神様っ!ありがとうございます!」


入口で身悶え、ドアを叩き割りそうなくらいバンバン叩いているのがまさか伯爵令嬢とは思えないが、間違えなく彼女は伯爵家のご令嬢である。


「…………」


そしてそんな彼女を一目見て、無表情でデスクに座り、昨年末の帳簿のチェックをし始めたジョン・スミスは20歳に成り立ての財務科の文官であった。くすんだ茶色の前髪は顔のほとんどを隠し、分厚いメガネで瞳を隠し、首まできっちり閉めた釦に、皺のないスラックス。地味な顔立ちとその真面目そうな出で立ち、そしてその見た目通りの真面目な働きぶり。そこから彼は「地味メガネ」と呼ばれている。それは決して好意的な渾名ではない。しかしエリカ・アンデルセンはその地味メガネ先輩ことジョン・スミスを敬愛し、尊敬し、愛している。


◆◆◆◆◆


昼休み、ジョンはデスクで食事は取らずいつもどこかへ去っていく。本当は追いかけ回したいエリカではあるが、職場以外でのプライベートな部分を必要以上に詮索することはしない。それは全てジョン先輩へのリスペクト。ジョン先輩の愛ゆえである。


「まーたあなた、スミス先輩に付きまとっているわけ?ほんと飽きないわね〜」


呆れた様にエリカを見つめるのが同期のイリェル。


「まぁまぁ、スミス先輩を追っかけ回してるエリカ見てるの楽しいしいいじゃん。今日も頑張ってんな〜って、今じゃ財務科のアイドル?いや、犬?」


そして同じく同期のルードはケラケラと笑っている。


お姉さん気質の面倒みの良いイリェルと、朗らかでムードメーカーのルード、そして暴走娘のエリカは仲良し同期の3人組である。ジョンがいなくなった後の職場の隅っこでこうして3人でランチをとるのがいつものルーティンである。


「ジョン先輩の犬になって、ジョン先輩のおうちでヨシヨシされたいし、ジョン先輩のお手手でエサを貰いたいし、なんならそのお手手まて舐め回したいし、夜はジョン先輩のベットで寝て、ジョン先輩の匂いをくんかくんかしたいしぃ……!」


エリカは首輪をして、ジョンの後を追いかけ回しながら、しっぽをぶんぶん振り回しながら、言葉通りジョンの犬になる妄想をしながらうっとりとしている。もちろん手に持ったハムとチーズのパニーニを口に含むのも忘れない。


ジョンに褒められたいと、昼食を抜いて仕事をしていたエリカが体調を崩した際に。しっかりと昼食を取らないと、仕事に差し障るのでやめなさいと愛しのジョンに指摘されたからである。


「あぁだめだわ、こりゃ」

「なんでそんなにスミス先輩のことが好きかね。今、巷では第2王子のリュシード様やら、公爵家の嫡男のジェイデン様やら、若い女の子がキャーキャー言ってる人がたくさんいるのになぁ……」

「あら、そんなこと言ったら……バカルード!」


「王子様?小公爵様?そんなことどうだっていいの!ジョン先輩のこと、そんなに知りたいのなら教えてあげるねっ!」


妄想の世界から舞い戻ってきたエリカはふたりの手をギュッと握りしめながらキラキラとした瞳であの日のこと思い出した。


「あれはですねぇ……」


通算212回目のエリカのジョン先輩との出会いのエピソード語りのはじまりはじまり。

イリェルとルードは諦めたように遠い目をしながら祈った。


((スミス先輩助けて!!!!))


☆☆☆☆☆


半年前、王立学園を卒業したエリカ達は王城の財務科に配属された。午前中はオリエンテーションを受け、財務科のドアを上司が開いた時だった。


そこに居たのは……ジョン……ではなく、とある領主の男爵であった。彼は数週間前に脱税で財務科が摘発したばかりの男であった。が、しかしそんなことはエリカ達には知る由もない。


「お前らが!お前らのせいで!俺の人生はメチャメチャだ!殺してやる!お前ら全員殺してやる!」


完全に八つ当たりである。目をギラつかせながら刃物を振り回す男と、遠巻きに怯える財務科の職員。ドアを開いたタイミングも、勤務を開始した日も、財務科に配属されたことも、なんともアンハッピー。


イリェルとルードはその場からダッシュで退散したものの、間の悪いエリカはその場から動けなくなってしまい、これまたアンハッピーなことに、例の男爵に捕まって人質にされる。


(あぁ、わたしの人生はこれで終わり。頑張って王立学園に滑り込んで王城で就職出来るなんてラッキーと思っていたけど、そんなにラッキーなことはつづかないものね。お父様、お母様、お兄様、お姉様、今まで本当にありがとうございました……)


エリカは覚悟をして目を閉じた。

その瞬間、ドゥンと鈍い音して、エリカを捕まえていた男爵は脱力し、その場に倒れ込んだ。自由になったエリカが振り向くと、そこにはジョン・スミスが立っていた。


後ろから男爵を拘束した上、手刀で気絶させたジョンは心配そうにエリカに手を差し伸べた。


「大丈夫ですか?」


メガネの奥で輝く優しそうな瞳。さらさらの茶色の髪。見た目の割にゴツゴツした手をギュッと握りしめると、緊張のせいか足元がよろめき、ジョンの胸元に倒れ込んだエリカは、ジョンから柔らかに薫るシトラスを全力で嗅ぎながら決意した。


(こんな素敵な人に出会えるなんて、なんてラッキーでハッピーなのかしら。私は、この方の為に生きていこう!)


エリカ・アンデルセンの初恋。

エリカ・アンデルセンとジョンとの出会いである。



◆◆◆◆◆


「ジョン先輩、頼まれていた資料出来ましたっ!」


終業の30分前、エリカは前年度分のとある領の小麦の輸出入の資料を完成させて指導係のジョンに提出した。

エリカは、あくまでも仕事の延長線でしかジョンにまとわりつかないと決めているので、こうした機会でもなければジョンに話しかけられない。


なので、必死で難しい仕事にも立ち向かっている。

但し、仕事中にジョンの姿をじっと眺めては(エリカのジョン先輩観察日記)にその日のジョンがどれだけ素晴らしかったか、どんな服を着ていたか、どんな言葉をかけられたかをカリカリと書き出したり、姿絵をスケッチしたりはしている。


「アンデルセンさん。お疲れ様です。昨日頼んだばかりなのに早いですね」

「はいっ!ジョン先輩に頼まれたので!」

「そうですか……では確認しますので」

「はいっ!」

「…………」


資料を手にしたジョンが椅子の向きをエリカから自身のデスクへ戻す。チラリとエリカの方を向くと……そこには明らかにしょんぼりしたエリカがしおしおと立っている。


垂れ下がった耳と力なく揺れるフワフワしっぽが財務科の職員全員に見えた。


「……あー、スミス。アンデルセンにアレやってあげなさい」

財務科長のフィルハートは遠い席からジョンに声をかける。


「ジョン君、やってあげてよ!」

「エリカが可哀想だろ」

「そうだそうだ!!!」


財務科の他のスタッフからもあちらこちらから声がする。

アレとはエリカが望んでやまないジョン先輩からのなでなでである。


観念したジョンは席を立って、エリカの前に立つ。


「アンデルセンさん。頑張りましたね。」


なでなでなでなで……


ジョンの大きな掌がエリカの頭を撫でると、エリカはいつだって幸せな気持ちに包まれる。


「ふふ……えへへ……ラッピーです。今日は、ジョン先輩になでなでして貰えました!エリカのジョン先輩観察日記に書かなくっちゃ」


ふと、チラリと見上げるとジョンは少しだけ口角をあげて微笑んでいるのがわかる。


「……なんで、貴女はこんな男に懐いてしまったんでしょうね」


「え?どうしてですか?ジョン先輩は世界で一番かっこいいし、優しいし、お仕事は丁寧で完璧だし、私を守ってくれるし、ふわっと薫ってくる匂いもメチャメチャにいい香りだし、いつも素っ気ないのに、私が仕事で落ち込んでたらそっとキャンディとかクッキーをデスクに置いておいてくれるし……それに……」


うっとりした表情のエリカは、この半年間のジョンとの思い出を振り返る。素っ気ないようで、誰よりも努力をし、周りの状況を鑑み、そっとフォローする。地味メガネと他の科ではジョンを蔑んでいるが、財務科の中でそんなことをいう者はいなかったし、勿論エリカもそんなことを思ってはいない。こんなに素敵な人の素敵なところに気づかないなんて王城の人の目は節穴だと常々思っていた。


「あ……いや……はぁ……もういいです。わかりましたからもうやめていただいていいですか?」


ジョンはなでなでしている手の反対側の手で顔を覆っている。

大きな手からチラリと見える顔が紅色に染まっている。


「えぇ〜!!??まだまだありますよ!3日前に総務のリットンさんが失くした書類を昼休みに探してあげていただけでなく、見つけた書類をこっそり総務課のデスクに置いてあげていたって聞きましたし、妊娠初期のミランダ先輩のお仕事の量をこっそり減らしてあげてたでしょう?コレ!こっそりってとこがポイントです!ジョン先輩は誰にも気づかないかもしれなくても、思いやりと優しさを誰かに与えられる素晴らしい人です!」


「だから!もうわかりましたから!やめてくださいっ!」

「えぇ〜まだまだあるんですよ?」


その後も愛しのジョンエピソードを語りたいエリカと、羞恥に染まったジョンの攻防が繰り広げられていた。

それを財務科の職員は生温〜く見守っていたのである。


それから数日後、その日も当然のようにエリカはジョンの出勤前には登城した。昨日までのジョン先輩観察日記をペラペラと捲りながらニヤニヤとする顔をなんとか引き締めようとするがなかなか治らなくて困る。これもエリカのルーティン。

いつものジョンの出勤時間は午前8時。

1分も早くは来ないし、1分も遅くは来ない。

しかし、今日は既に8時2分。

エリカしか気づかないが、ジョンに何かあったのかもしれないというセンサーがビンビンに反応した。日記を急いで閉じて走り出す。


「ジョン先輩ジョン先輩ジョン先輩!」


財務科のドアを開けて、キョロキョロと周りを見渡す。そして通用口の近くで、あの忌まわしい男の声に気づく。


「摘発しただけでは飽き足らず!王城で私をお前如きが捕縛したせいで!私は領を追われ、領主の座は弟に譲ることになったのだ!お前のせいで……」


対するジョン先輩は怯えることも無く、堂々とその場から動くこともない。


「摘発されるような悪事を働いただけではなく、王城であんな騒ぎを起こした自分自身の身を振り返ることはしないのか?セイドリック・ドルトン。いや、今はただのセイドリックか。今日は鉱山への出立日と聞いています。もう愚かな事をするのはやめなさい」


悪人に対峙するジョン先輩もなんて素敵なの!とエリカは走りながら思ったが、それよりもセイドリックが持っているナイフが目に付いた。ジョン先輩をあんなやつの餌食にはさせない。あんなに素敵なジョン先輩にはこれから素敵な人生が待っているのだから。


ナイフを振りおろすセイドリック、しかしその前には手を広げてジョンの前に立つエリカがいた。セイドリックが刺したナイフはエリカの胸元に突き刺さっている。あまりの衝撃にエリカは息もできなかった。


「エリカッ!なんで君がここにっ」

「……ジョン先輩が無事で良かったぁ……」


体を抱きしめられると、それだけで幸せなのに、ジョンはエリカの名前まで呼んでくれている。


「大丈夫か?エリカ!しっかりしろ」

「ど……どちらかというと、ジョン先輩にエリカと呼ばれたのでそっちが嬉しくて……動悸が……」

「いやだ!エリカ!しっかりしてくれ!ルード!イリェル!どこにいる?エリカをっ!」


ジョン先輩が泣いている。いつの間にかジョン先輩のメガネはどこかに飛んでしまっていて、下から見上げるジョン先輩の顔はあまりにも綺麗な気がしたけれど、ジョン先輩の涙が顔に沢山落ちてきて、私は最後までちゃんと先輩の顔を見ることが出来なかった。


ルードやイリェルの声も聞こえるけれど、もう瞼が重くて……ごめんね。返事もできないけれど、私の人生はラッキーでハッピーだったわ。だってジョン先輩の胸の中で……死ねるんだもの。



……………………

………………………………

…………………………………………


「……エリ……」

「…………カ……おき……て……」


「エリカ!いいの?ジョン先輩のメガネなしバージョン見れなくてもいいの?早く起きなさい!」


……………………イリェルの声がする。


見たいよ……もっとちゃんと見たいし……姿絵をスケッチしたい……


「今なら制服じゃない私服のジョン先輩が見れるぞ」


………………………ルード……なんでそんなに嬉しそうなの?


ってかなにそれ、超見たい。ジョン先輩の私服ってどんなの?ジョン先輩なら真っ白なシャツにシンプルなベージュのパンツも素敵……あっでもダサい私服の先輩も可愛いがすぎるんだけど……?


「エリカ……早く起きろ。ちなみにここは俺の私室だ」


!!!!!

はぁ!?!?

ジョン先輩の私室ですっててえええええええええ!

起きます起きます起きます起きます!

今すぐ早急に起きます!


目を開けて飛び上がると、そこに居たのは、メガネがないジョン先輩……?だけど、髪の毛がプラチナブロンド……瞳の色も紺碧で……ん?……あれ?


「エリカ……心配した……」


抱き締めてくれるジョン先輩から香るシトラスが、間違えなくジョン先輩と教えてくれる。けれど、こんなに甘い、優しい声で私を呼んでくれる……この方は本当にジョン先輩なの?


「私……あの人に刺されたのよね?ここは天国なの?ジョン先輩に抱き締めてもらいながら死んでしまったのでは無いの?」


不思議そうに首を傾ける私の前に現れたのはイリェルとルード。イリェルはそっと皮の装丁の日記を差し出した。


〝ジョン先輩観察日記〟


皮は刃物で突き刺したような傷が残されている。

これが無ければ刃物が心臓に突き刺さって死んでいただろう。


「良かったぁ……エリカ……!それが無かったら死んでしまっていたのかもしれないのよ……!」


ポロポロと涙を流すイリェルの涙をルードが手で拭っている。


「エリカのジョン先輩への愛が命を救ったみたいだな!」


そう言うルードの顔にも涙が浮かんでいて、皆に心配をかけたことを実感した。


「エリカ、ここは天国ではない。王城の私の私室だよ。私の本当の名前は、リュシード・ジェムサルド。この国の第2王子だ。騙してしまい申し訳ない」


巷で噂の第2王子がジョン先輩……。

頭の中がグルグルしていて目が回りそう。倒れそうな身体をジョン先輩はしっかりと支えてくれた。


「今から4代前、立太子した第1王子は傲慢で粗暴、国民や婚約者さえ顧みない最低な男だった。その男は王家の夜会で婚約者を虚偽の罪で国外追放した。でもまぁそんな悪事もその時の第2王子が黙っているわけもなく、逆に第1王子の罪を明らかにして追放した。ちなみに第1王子の婚約者を第2王子が娶ったから安心してくれ。そこからだ。王家の者は、成人から2年は平民として働き、世の中のことを知る必要があると決められた。ジョン・スミスは私の仮の姿だったわけだ」


「ちなみにイリェルとルードは私の側近というか幼馴染だ。全く今回は役に立たなかったがな」


しょんぼりしたイリェルとルードが小さくなっている。


「エリカ……昨日で私の財務科での勤務は終わりだった。本当は何も言わずにジョン・スミスは辞任していなくなるだけだった。でもエリカには伝えたいと思った。エリカの好きな地味メガネのジョンでは無くなるけれど、これからも一緒にいてくれないか?」


「勿論ですっっっ!どんな姿でも、ジョン先輩がジョン先輩だから全く問題なしですっっ!王子様みたいなジョン先輩も素敵です!スケッチしたいっっっ!」


ジョンを抱き締め返したエリカは、ただただ幸せだった。


だからまさか第2王子妃になるなんて……

まさか財務科長のフィルハートが国王陛下だったなんて……

財務科の繁忙期にはジョン(リュシード)と共に財務科でまた働くことになるなんて……


まーったく思ってもいない。

それでもエリカのラッキーでハッピーな王城生活は、少しだけ形を変えて続くのであった。



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