【世界終末より二十七日目 天気:雪】街のお菓子屋さんでマカロンを買ってもらいました。
人の営みが消えた街の夜は暗く、寒い。
俺は降り始めた雪をやり過ごすため、路地裏の空き店舗に入った。
「ここは何ですか」
連れの幼女が問うので、雪を払ってやりながら俺は店内を見渡した。
「洋菓子店だな。もう潰れているようだが」
「お菓子屋さん」
幼女は曇ったショーケースに手を当てて中を覗き込んでいる。
色鮮やかなマカロンのサンプルが視認できた。
AIによって完全管理された店舗は、店主がいなくても決済を受け付けるようだ。
小さな菓子箱が、無事に取り出し口から出て来る。
俺は包みを開き、中のマカロンをひとつ取って少女に渡した。
幼女はそれを両手で持って、小さなひと口をかじった。
「……甘いです……体内でセロトニン分泌を検知しました」
俺は煙草に火を点けながら幼女に言った。
「人は昔、そうした状態を美味しいだとか、幸せだとか、言葉にしたらしい」
幼女はもうひと口、マカロンをかじった。
「これはおいしいです」
こちらを見て、嬉しそうに目を細めた。
「わたしはしあわせです」
俺は黙って紫煙を屋外へ吐き出した。
小さな物音に、幼女の方を見る。
手元から食べかけのマカロンが落ちていた。
「……」
俺は煙草を踏み消し、落ちたマカロンを口に運んだ。
糖質、タンパク質――成分は理解できるが、美味しさというものは感じない。
俺に必要なのは、脳内キャッシュをパージさせる煙草の煙だけだ。
幼女は動きを止めていた。
義体の内部動力源が尽きたらしい。俺は彼女のまぶたをそっと手で下ろす。
人類は絶滅した。
統合AIが、あらゆる可能性において人類は世界滅亡の原因になるという演算結果を示した。
当時、全人類は電脳化されていたが、管理AIが即座にそれら全ての電脳を抹消したのだった。
目の前にいる幼女は、たまたまスタンドアローンの義体に電脳を移していた。
義体に合わせて精神年齢が下がっているが、彼女の中にいる電脳が恐らく唯一と言ってもいい人類の生き残りだ。
外からヘリの爆音が聞こえてきた。追手が近付いているらしい。
俺は幼女の義体を背負いあげた。
この先に充電所か、替えの義体があればいいのだが。
AIの俺が、滅ぶべき人類を救おうとしているのは愚かなことかも知れない。
それでも――。
甘いお菓子を食べて笑顔になるような存在が、世界を滅ぼすとはどうしても思えないのだ。
AIにしては非論理的な思考だろう。
「行こう……マスター」
しかし、俺にはそれが正解であるという結論しか出せないのだった。
なろうラジオ大賞3 応募作品です。
・1,000文字以下
・テーマ:お菓子
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