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ホラー短編

幼稚園バス

古いトンネルは怖い。



 その日、片桐は県境を越えて、注文された品物を顧客のところに届けに行った。

 県境を越えると言っても、今では高規格なバイパスが出来ている。

 山を貫くトンネルが開通したおかげで、山の向こうに行くのはそれほど億劫なことではなくなった。

 

「昔は1時間以上かかった峠越えが、今じゃあ30分だからな」


 片桐はハンドルを握りながら呟いた。

 会社に入った頃、この峠越えの配達は社内でも嫌がる社員が多かった。

 

 見通しの悪いカーブ。

 荒れた路面。

 小さな落石や倒木などは日常茶飯事。

 

 ましてや積雪の心配がある冬季になれば、誰も行きたがらないのは当然である。

 そんな中、片桐だけは率先してこの配達に手をあげた。

 元々こんな道が好きだったこともあるし、ハンドルを握っている方が性に合っていたということもある。

 事務の仕事があまり好きではなかった片桐にとっては、時間のかかる配達の方が気が楽だった。


「帰りは久しぶりに旧道を通って帰るか」


 そんなことを呟きながら、片桐は綺麗で明るいトンネルを通り抜けた。

 


 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 

 得意先に着くと、担当者に品物を確認してもらう。

 

「はい、確かに」


「ありがとうございます」


「あのトンネルが出来たので片桐さんも楽になったでしょ?」


「そうですね。時間が半分になりましたから。でも、そんなに早く会社に戻りたくもないですが」


「あはは、そりゃそうですね。僕も会社にいるよりハンドル握ってた方が気が楽ですもん」


「ですよね。まあ、帰りはのんびり旧道で帰りますよ」


 そんな会話をして、片桐は得意先を出た。

 近くの喫茶店で珈琲を飲みながら軽く休憩を取る。

 時間は夕方4時をまわったところだ。

 おそらく会社に戻るころには陽も落ちているだろう。

 

「旧道を通ると、途中で真っ暗になるな」


 この配送が嫌われている原因のひとつが、帰りの峠越えで陽が落ちることだった。

 山では陽が落ちるのが早い。

 いくら新しいバイパスが完成したとはいえ、暗い道を運転するのを好む者などいない。

 得意先の都合で納品時間が午後3時以降と決められているので、どうしても帰りは暗い夜道を運転しなければならないのだ。

 

「今日はまっすぐ帰るか」


 片桐は珈琲を飲み終えると、代金を払って店を出た。

 

 

  ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

 

 

「おや」


 もう少しでトンネルというところで、片桐は道路に設置された電光掲示板を見た。

 

 『トンネル内 故障車あり』

 

「まじかよ」


 新しいトンネルとはいえ、トンネル内は2車線である。

 もし、途中で故障車が立ち往生しているとすれば、トンネル内で渋滞していることも考えられる。

 

「どうする……」


 ガソリンはまだ半分以上残っている。

 

「仕方ない、旧道を迂回するか」


 片桐はトンネルに向かう途中の分岐点で左にハンドルを切った。

 旧道である。

 すでに辺りは暗くなっていた。

 いくつかのカーブの向こうに赤いテールランプが見える。

 同じことを考えていたドライバーが他にもいたようだ。

 片桐は少し安心し、慎重にハンドルを握った。

 

 しばらくして、片桐は赤いテールランプが見えなくなったことに気づいた。

 

「ずいぶん飛ばしてるな」


 山道に慣れた片桐の運転はけして遅くはない。

 それなのに、自分を置いていく車のスピードに片桐は少し驚いた。

 だが、田舎ではまれにとてつもないスピードで山を駆け抜ける軽トラックもいる。

 地元の道に慣れたベテランドライバー。

 大方そんなところだろうと片桐は思った。

 

 あたりは完全に暗闇になり、前にも後ろにも車の気配はない。

 何度も通った旧道とはいえ、さすがに少し不安になってくる。

 そんなことを思った矢先、片桐はいつもと様子が違っていることに気づいた。

 

「ガードレールがない……」


 いつもの旧道なら、渓谷に落ちないためのガードレールが延々と続いているはずだ。

 しかし、ヘッドライトに浮かび上がる道には、ガードレールが見当たらない。

 

「道を、間違えた?」


 そんなはずはない。

 旧道は一本道だ。

 ましてや途中に分岐点などはなかった。

 間違えるはずなどない。

 片桐は不安になりながらアクセルを踏む。

 

「トンネル?」


 そんな片桐の前に、突然トンネルが現れた。

 おもわずブレーキをかけて車を止める。

 

「こんなところにトンネルが……」


 何度も通った旧道にはトンネルなどはない。

 だが、目の前には、古びたトンネルが確かにある。

 

「こなし隧道……」


 聞いたこともない名前がトンネルの入口に書かれている。

 トンネルの中にはいっさいの照明もなく、暗闇が続いているばかりだ。

 片桐は迷った。

 戻るべきか。それとも、トンネルを進むべきか。

 

「行ってみるか」


 戻るとすればどれくらいの時間がかかるか分からない。

 旧道なんかに来るんじゃなかったと自分を呪いながら、片桐がゆっくりとアクセルを踏んだ。

 

 

 真っ暗なトンネルの中をゆっくりと車を進める。

 狭そうなトンネルだが、無理すれば対向車とすれ違えるくらいの横幅はある。

 

 ―これなら、前から車が来ても何とかなりそうだ。


 しばらくすると、ヘッドライトに一台の車が浮かび上がった。

 

 小さなバスが、トンネルの中に止まっていた。

 片桐も車を止める。

 バスは、テールランプも、車内のランプもついていない。

  

「なんでこんなトンネルの中で停車してるんだよ!」


 片桐は舌打ちをしながら叫んだ。

 しかし、バスは動く気配がない。

 

「誰も……乗ってないのか」


 仕方なく、車をゆっくりと動かし、バスの左側を抜けていく。

 故障でもしたのだろうか。

 片桐がそう思ってバスの側面を見た。

 

「〇〇幼稚園……」


 それは幼稚園のバスだった。

 こんな山の中のトンネルにはけして似つかわしくない車。

 身体が総毛だった。背中に汗が流れる。

 

 そして、バスの窓を見て、片桐は見てはいけないものを見たことを知る。

 

 バスの中に、誰かが座っている。

 それも、ひとりやふたりじゃない。

 たくさんの園児が、何も言わず、ただ、まっすぐに前を見て、整然と座っていた。

 

 誰もなにも発しない。

 誰もこちらを見ない。

 うつろな表情で、ただ前を見て座っている。

 

 その光景を見てぞっとした片桐は急いで通り過ぎようとした。

 

 しかし、バスの扉がゆっくりと開くのが見えた。

 そこから、ひとり、またひとり……園児たちが降りて来る。

 

 片桐の車は、あっというまに園児たちに取り囲まれた。

 

「ひっ!」


 あまりの恐怖に片桐はハンドルに顔を伏せた。

 見たくなかった。

 こんなところに来たことを後悔した。


 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、ぺた……

 

 耳に入ってくる音。

 おもわず顔をあげて見てしまう。

 

 車の窓ガラスに、園児たちの手があった。

 前にも、横にも、後ろにも……数えきれないほどの小さな手が、窓ガラスを叩いている。

 

 パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン……

 

 叩く手の音がだんだん大きくなってくる。

 

 バン! バン! バン! バン! バン! バン! バン!

 

 そうして、片桐は気を失った。

 

 

  ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

  

  

 それからどれくらいの時間が経過したのか、片桐は後ろから聞こえるクラクションの音で目が覚めた。

 状況がよく飲み込めず、しばらく茫然としていた片桐の車に後ろの車から誰かが降り来て声をかけた。

 

「こんなところに車を止めてどうしたんだ?」


 そう言って声をかけてくれたのは軽トラに乗った年配の男だった。

 聞けば、このトンネルはずいぶんと前に廃道になった道だそうで、地元の人間でも滅多に通ることはないという。

 

 ようやく事態が飲み込めた片桐は、エンジンをかけ、ゆっくりと車を動かした。

 あれはいったい何だったのか。


「あのバスには色々あってな……あんまりこの道には来んほうがええ」


 年配の男の言葉を思い出しながら、片桐はバックミラーを見た。

 

 そこには、何年も置き捨てられたような幼稚園のバスが、誰かを待つように静かに止まっていた。










 

挿絵(By みてみん)


 


 


 

最後までお読みいただきありがとうございました。


写真については作者が撮影したものですが、撮影場所など詳細についてはお答えできません。(山の中で迷った時に偶然見つけたものなので、場所も分かりません)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 写真がガチコエーー 内容も妙に鮮明に想像出来ていたので 最後にきた写真で今夜眠れるかなあ(笑)
[一言] 最後の写真でヒェッてなった
[一言] 最後の写真、見られてるような気がして超怖いです
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