中1の夏
車のエンジン音が近付いてくるのが聞こえて、おれは坊主頭をかかえて屈み込んだ。遮蔽物の何もないこの場所では、外から見られれば丸見えだ。おれの焦りも知らずに、のんきなウシガエルの合唱がやけに大きく感じられた。ヘッドライトの強い光に照らされたかと思うと、おれは田んぼ道を通るテールランプを眺めていた。安堵の息がこぼれた。
家を出た時間から計算すると、深夜二時はとうに過ぎているだろう。親父にばれたらげんこつじゃすまない。早く買ってしまわないと。
自動販売機の前に改めて立った。
そこに広がる世界に、何度見ても身体がゆるむ。口もアホの子みたいにしまらない。上段のDVDコーナーにはさっと目を通し、中段、下段と順々に見ていって、下段の中央に目を留めた。
「やっぱ、これかぁ」
本のグラビアが良く見えるように、しゃがみ込んだ。
セーラー服を着た女子高生がスカートをめくり上げて、恥ずかしそうにピンク色のパンツを見せつけている。彼女の白いソックスから太ももをゆっくり目で追いかけ、つばを飲み込む。そこから、パンツの股間部を熱心に見つめた。いつの間にか、女子高生は昔よく遊んでくれた隣の家のお姉さんにすり替わっていた。かけ巡る妄想の中、いつもの笑顔のままスカートを脱ぎだして、ついにはピンクのパンツに手をかける。でも、そこから何故か想像出来ない。
野球部の先輩のマネをして、舌打ちをひとつしてやった。
ジャージのポケットにねじ込んできた、千円札を二枚引っぱり出して、お札の投入口へ近付けていく。今月のお小遣いが吸い込まれるのを見届けた。
上段以外のほとんどに購入可能のランプが灯いた。確かめるように、ゆっくりと女子高生のボタンを押した。
ウシガエルの合唱はいつの間にかやんでいた。間抜けな一匹のカエルがみんながやめた後も鳴いて、注意するように違うカエルが鳴いて、また鳴いてと、単体の調子外れの鳴き合いが耳に入ってくる。
「あれ、何で出てこないんだ」
嫌がらせのような大きな音を立てて本が出てくると、先輩が言っていたが、何の音もしない。
取り出し口のカバーを何度も開いた。
ボタンを何度も押して、気付いた。購入可能のランプが灯いていない。
「ウソだろ……」
もうダメだと分かっていても、返却レバーを引き続けた。
カチカチとレバーを引く音が虚しく耳を打つ。
女子高生のグラビアが目に入って、レバーを引くのをやめた。しゃがみ込んで取り出し口のカバーを開けた。金属の蓋のようなものを右手で上にはね上げ、左手を恐々と中に差し込んだ。金属から電流が流れてくるんじゃないだろうか。不安で止まった腕に力を込めて、真上にあげた。肌がこすれて痛かったが、自販機を見上げると、本の後ろに指先が見えた気がした。いけると思った。もう一度、左腕をつきあげた。左腕に痛みを感じて、反射的にひっこめようとしたが、動かなかった。
「おい、なんでだよ」
引き抜こうともがくと、肌がひきつった。がっちりと腕が機械にはまり込んでしまっている。痛いの我慢して思いっきり引っぱっても、つばを付けた右手を差し込んで左腕をしめらせても、動かなかった。
このまま、腕がはまり込んだまま朝が来たら……
おれは尻ポケットに入っている携帯を取り出した。親友のマサルにかけた。四コールもすると留守電につながった。
「何で出ねえんだよ」
朝になって、早起きのじいさんが田んぼに出てきて、おれを発見して、警察呼んで、親父とおふくろが呼ばれて、何の弁解も聞き入れられずに逮捕される。エロ本の自販機の見本を盗もうとした罪という、まぬけ極まりない罪で。
最悪のシュミレーションだけは容易に頭の中に描かれた。
携帯に自宅の電話番号を呼び出してみた。じっとそれを見つめていると、車のエンジン音が遠くから聞こえてきた。それに反応したのか、ウシガエルがまた合唱を再開した。
近付いてくる車と携帯をおれは交互に見比べていた。
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