前世勇者の魔王軍組織改革物語~前世で救えなかった魔王秘書のBADEND運命を変える~
物語の序章に位置する短編ものです。
楽しんでいただけると幸いです。
私が眠りから目を覚ますとそこは、何もないただ真っ白い空間に立っていた。
「……ここは」
周囲を見回した後、自分の服装がサラリーマンとして働いていた時のスーツのままだということに気付く。
直後、正面から強い光が放たれた為、私は咄嗟に手を顔の前に出してで目を覆い隠した。
「ようこそ、いらっしゃいました。サクライ様」
すると、正面からの強い光が消えたのと代わりに天使の様な格好をした女性が宙に浮いていた。
その光景に私は自分の目を疑った。
「サクライ様、いきなりで困惑しているかと思われます。単刀直入に言いますと、貴方は死んでしまいました。ですが、貴方には別世界にて勇者の適性があることが判明した為これからその世界へと転生していただきます」
未だ理解が追い付いていない私に、全く理解させるつもりがないまま話を進める目の前の女性。
少し理解する時間をくれ、と訴えると素直にその女性は時間をくれた。
それから15分程、目の前の女性の名がホシと判明してから、ホシに質問しながらも今の自分の立場を改めで理解することが出来た。
どうやら今の私は、ホシが言った通り現実世界で死んでしまったようだ。
まだ、記憶が曖昧で思い出し切れていないが。
だが、死後の世界に行く前に、私に異世界が救うことが出来る勇者の適性がある為、その世界へ転生し世界を救って欲しいと頼まれている。
更に、能力やいわゆる特殊な力を持った状態で転生させてくれるメリットまで提示されている。
内容から考えれば悪い話ではないと、私は考えていた。
「どうでしょうか、サクライ様。こちらの世界に行って勇者として世界を救ってはくれませんか?」
ホシは最後の確認をするように問いかけてきた。
だが私は、首を縦には降らずに、ホシに指を突き立てて私の疑問を突き付けた。
「何故、世界を救う者は、別世界からの者でなければいけない? それに、力を与えられるならば、その世界の人にすればいいのではないですか?」
「い、いきなり何を言い出すのですかサクライ様?」
私の発言に困り顔をするホシ。
その顔を見て、段々と思い出せてきた生前の記憶から、少しいつもの癖が出てしまったと思い反省した後、ホシに頭を下げて謝った。
「いえいえ。そう思われる人がいることに驚いただけです。確かにサクライ様が言う通りこの世界を救うのは、この世界の人であるのが道理です。しかし、この世界の人には私から力を付与出来ない、いえ、してしまうと死んでしまうのです。世界を救える力に体が適応出来ないのです。しかし、別世界にて死んでしまった方は別なのです。」
「別?」
「一度死んだ為、魂に直接力を付与することが出来、別世界へ転移させると同時に魂から新たな肉体が出来る為、適応させることが出来る為なのです。この様な理由から、サクライ様の様な適性者がいる場合に転生の依頼をしているのです」
ホシの具体的な説明に両腕を組んで私は頷く。
するとホシは笑顔で、私が納得したと思い再度転生のさせる許可を求めてきたが、私は拒否をした。
「な、何故拒否するのですか、サクライ様。まだ、疑問がございますか」
「いえ、疑問はないです。ただ、その話からですが貴方が提示した世界ではなく、また別の世界にも転生させることが出来るのではないかと思いましてね」
「勿論可能ですが、サクライ様の適性ではこちらの世界に転生していただく他はありません……まさか、他に転生した世界があるのですか」
その問いかけに私は笑顔を見せ、背中と腰のベルトに挟んでいた一冊の漫画本を取り出して見せつけた。
「それは……漫画ですか?」
「えぇ、出来れは貴方の提示した世界ではなく、この世界に転生させて欲しいのですが出来ますか」
「いやいやいや、そんな貴方が行きたい世界に自由に転生させる訳にはいきません。それに、それは漫画。その世界があるとは限りません」
「そうかもしれません。ですが、私は諦めません。貴方がこの世界に私を転生してくれるまで、どんな手段や行動をとり続けます。例え、死後の世界へと送られようともです。それに、私が承諾しなければ貴方は、そこの世界へ私を転生させられないのですよね?」
「うぅ……」
ホシの目は泳ぎ、少し慌て出す。
私の発言が図星であるとその時点で分かった。
だがすぐに両手を振りながら私の意見に反対してきた。
「ダメです。ダメです。そんな事を言っても貴方は、この世界にしか転生できる適性しかないのです。確かに貴方の承認は必要ですが、強制的に転生させることも出来るのですよ」
少し強気な言葉で私を諦めさせようとしているが、そんな言葉に私は負けずに駄々をこねる。
「強制的に転生させてもいいですが、私はその世界は救わない。その世界で別世界への転生方法を探し、再び貴方の前に現れましょう。私の願いを叶えて頂くまで何度でも同じ事をすることを宣言します」
「うぅ、それじゃ、貴方を転生させる意味が……と言って死者の世界へ行く魂を勝手に抜き取ってるから、返す訳にもいかない……どうすれば……」
私に背を向けて少しうずくまって、ぶつぶつと何か言いながら考え事をしているホシを見て、私はあと一息で落とせると感じていた。
だが、再び強い光が私に向かって放たれた。
「おいホシ、まだやってるのか? 早く転生させろ」
「せ、先輩―!」
ホシは強い光の奥から出て来た、天使の様な格好をした男性に抱き着いていた。
「(まだ、ホシの様な存在がいたのか。まずいな、このままじゃ強制的に転生されてしまう)」
私は、ホシ以外の存在を知って咄嗟にこの後どのように立ち回るかを考える。
が、その思考を遮る様にホシが抱き着いた先輩が声を掛けて来た。
「ホシから話は聞いた。サクライと言ったか? 何故君は、その漫画の世界に転生したいんだい?」
「せ、先輩! 説得してくれるんじゃないんですか!?」
「説得するの何も、まずは相手の事情を聞くことが初めの一歩だぞ」
どうやら、先輩という存在は私の話を少しは聞いてくれる様なので、嘘はつかずに全て答えることにしよう。
「私がこの世界に転生したい理由は、一つです。この漫画内で死んでしまうあるキャラクターを救いたいのです」
「え、それだけ? それだけの為に私の転生を拒否ってたの?」
「貴方にとってはそれの事かもしれない。だが、私にとってはその事だけの為に、この世界へ転生したいのです」
「なるほど、そのキャラクターは貴方にとって大切な人なのか?」
私は先輩と呼ばれる存在にそう問われて、すぐに頷いて答えた。
「なるほど。大切な人を救う為にその世界へ転生したいと。それが、どんな茨の道になるとしても貴方は手を差し伸べたいということかな?」
「えぇ、その通りです。彼女を救う為に私はこの世界に転生し、彼女を死から救いたい。それが私の願いなのです」
私は自分の欲望をありのまま伝えると、先輩と呼ばれる存在が両腕を組んでホシの方を見て、何かを呟いた。
それにホシは驚くが何か諦めた表情をしてため息を漏らした。
「サクライ。君の願いをホシに代わり私が叶えてあげよう。ただし、後悔はしないね。君の願う世界は本来、君が転生する適性はない。その為、特別な力も付与することは出来ないということだが、いいかい?」
「構いません。彼女を救うことが出来るのなら」
すると、私の足元が光り出す。
「今のを君の承認とさせてもらった。だが、この世界で君はとても不利な存在として転生する事になる。力もなき転生者が、君が言う彼女を本当に救えるのかい?」
「救えます。彼女を救うには、特別な力は必要ないからです」
私の答えに、ホシとその先輩も首を傾げた。
私は、漫画を開きその彼女を見せた。
「この世界は、一般的に魔王と勇者がいる世界です。その中で、彼女は魔王の秘書として働いていますが、最終的には和平を結ぶ為に出向いた人間国にて、裏切れて死んでしまいます」
「なら、やっぱり貴方に力がないとその秘書ちゃんを、救えないじゃないの? 力なき人がそこにいてもただ傍観して終わってしまうじゃない」
ホシの言い分は最もだが、彼女を救う為にすべきことは敵を倒すことではないと私は伝える。
「では、君は彼女を救う為に何をするのかな?」
ホシの先輩の問いかけに私は、漫画を閉じてそれを渡して答える。
「彼女が勤める魔王軍組織を根底から改革する」
「へぇ?」
「ほ―う」
私の答えに、ホシの先輩は私が渡した漫画を受け取ると、ホシと共に驚きの声が漏れていた。
「彼女は最後、和平を信じた人間達に裏切られて殺されてしまう。だが、元をたどると魔王軍が腐っており、自分の為に動いた者達によって殺されたんです」
「だが、それは君の妄想ということもあるのではないのかい?」
「そうかもしれない。だが、魔王軍が腐っているのは確実に言える」
「何故、漫画の世界の事なのにそこまで言えるの? それだって、貴方が勝手に思い込んでいるだけだったりするでしょ」
「いいや、それだけは絶対だ。確固たる裏付けがある」
ホシが首を傾げているたが、別に私はそれを誰かに信じて欲しいから言っていたわけではないので、理由を話すつもりはないのでそこで黙った。
「まぁ、真実は貴方が転生して確かめればいいことだし、こっちも追求する気はない。でも、最後に」
そう言ってホシの先輩は私に近付き肩に手を乗せた。
「君がやることには興味がある。遠くから見守っているよ」
すると、私の足元の光が強くなる。
「ホシ。色々迷惑な事、困らせる事を言ってしまったことを本当にすまなかった。そして、ホシの先輩。願いを聞いてくれてありがとうございます」
私は、頭を下げながらホシとホシの先輩に謝罪と感謝を示した。
直後私の全身を光が包むと、どこかへ飛ばされる感覚に陥った。
そして、サクライが転生されるとホシの先輩は振り返った。
「……行ってしまったよ、ホシ。案外と悪い奴じゃなかったね」
「まぁ、そうかもしれませんが。先輩、本当に良かったんですか、別の世界に飛ばしてしまって? と言うか、その漫画の世界なんてあったんですね……それで、この世界への転生者はどうするんですか?」
ホシの先輩はサクライから貰った漫画をぺらぺらとめくりながら答えた。
「それは、次の適性者を送れば問題ない。本来は彼が一番の適性者なんだけども。後、誰かが想像できる世界は、絶対にない訳じゃないんだ。これも覚えておけよ」
「はい……はぁ―、また適性者探しからか―、でもいくら大切な人だからって、あの人は勇者とか凄い条件を捨ててまで、その世界に行きたいと言うのは私には理解できませんね」
ホシが独り言を言いながら先輩の後についていくと、先輩が立ち止まった。
「彼という人間性が、そうさせたのかもね……」
――――
私が次に目を覚ますと、草むらの上でうつ伏せで倒れていた。
「うぅ……ここはどこだ? 転生できたのか?」
そこから起き上がり、私自身がどこにいるのか周囲を探索していると遠くから花火が上がる音が聞こえた。
その音の方へ足を進めるととある街へと辿り着いた。
そして、その街の風景やそこにいる種族を見て自分がどこにいるかを理解した。
「ここは確か、ソウガ。それに花火が上がってるということは……まさか」
すぐさま私は、どこかに貼ってあるだろう張り紙を探すために街中を走り始める。
しかし、すぐには見つからなかった。
それに街のどこにいるか分からない為、むやみに探すのは止め近くにいた種族に近寄った。
「突然申し訳ないが、魔王軍ソウガ支部人材募集の張り紙が張っている場所を教えてくれ」
「え…え、えーと…え?」
私の言葉が通じているとは思うが、何故かその種族は驚きとためらいがあった。
だが、指でその方向を指して教えてくれた。
教えてくれた種族にお礼をし、すぐさま私はその方向へと走った。
そして、目当ての張り紙が張っている看板を見つけると、すぐさま手をかざした。
すると、かざしたその手に魔王軍の紋様が浮かび上がった。
「よし、これで試験資格は得た。後は、間に合うがどうかだ」
私は、その場で魔王軍の紋様が浮かんでいる場所を探し、直線状の遠くに魔王軍ソウガ支部を見つけた。それと同時に鐘の音が響き渡った。
「まずい! もう鐘の音か。10回までにあそこに付かないと何も始まらない!」
すぐさま私は走り出した。向かいから来る人になるべくぶつからないように走るが、途中からは肩が少しぶつかっても気にすることなく無我夢中で走った。
その間に鐘の音は7回響いた。その時点で魔王軍ソウガ支部へはまだ距離があるが、10回鐘の音が鳴り終わるギリギリに辿り着く距離だった。
そして、9回目の鐘の音が鳴り終わった時には敷地内に入り、10回目の鐘の音が響いた時に、私は入口に立っていた試験官と思われる2人組みに手の紋様を見せつけた。
そのまま入口へ走り込んだの同時に、10回目の鐘の音が鳴り終わった。私は、勢いに足がもつれ入口から転がって倒れてしまった。
「あっぶない……なんとか間に合った……」
私が顔を上げると周囲に支部への入隊希望する種族が数多くおり、近くにいた者達はこちらを見て驚きの表情をしていた。
まだ採用試験の様なものが始まっていない雰囲気であったので、立ち上がり安堵のため息をつくと同時に後ろから誰かに肩をたたかれた。
「君、急に入って来るのは危ないじゃないか。それに、入隊締め切りは10回目の鐘の音が鳴った時だから、君は締め切り後に入って来てるから資格はないぞ」
「えっ? 何言っているんですか、締め切りは鐘の音が10回目鳴り終わるまでだったはずですが」
そう言って私が振り向くと、そこには入口に立っていた試験官と思われた種族だった。
その方は、私の顔を見て驚き手を放した。
「何で…何で人間族がここにいるんだよ…」
その言葉は一瞬で周囲に広がり、一斉にその場にいた他の種族達が振り返った。
そこで、自分がこの世界で異質な事にやっと気付いた。
そして、質問し時に反応が変だった種族の理由も理解した。
「そうだった。ここは、魔族側の国だった」
今更ながら、人間として転生していることを実感した。
この世界では人間族と魔族は犬猿の仲であり、戦争までと言わないが争うが起こっている地域もある。
そんな世界で魔王軍に入りたい人間がいたら目の前の状況になるのは当たり前である。
「お前、人間族のスパイだな。魔王様に近付き、人間族に情報を流すつもりだろ!」
「違う、私は純粋に魔王軍に入りたいだけだ。それに、試験資格の紋様もある!」
手の紋様を見せつけるが、試験官と思われる種族は納得しなかった。
それよりか、偽造したものだとと言いがかりまでつけられた。
私の言葉は全く相手に届くことなく、もう1人の試験官と思われる人に腕を掴まれどこかへ連行され始める。
この場から離れるわけにはいかない為、その場であがいていると頭上の方から女性の声が響いた。
「何を騒いでいるのですか? まもなく入隊試験を開始すると言う時に」
その声にその場にいた全員が視線を向けた。
「おい、あれって魔王様の秘書のシュウナ様じゃねえか?」
「まじか、あの人がここの監督試験官かよ。最高じゃねぇか。にして、やっぱり美しいよな」
皆の視線の先には、綺麗な銀色の髪が特徴的でキャリアウーマンの様なスーツ姿で眼鏡をかけている女性が二階部分からこちらを見下ろしていた。
私はその人物を見て、固まってしまった。
「シュウナ様、申し訳ありません。人間族が何故かここへ紛れこんでいた為、その対応をしていました」
「紛れ込んだ? おかしいですね、ここは試験資格である紋様を受け取っていないと入れないはずですが」
「はい、ですがこの人間族は、その紋様を偽造していた疑いがあります」
「違います! これは、偽造ではなく本物です!」
私は、話に割り込んで掴まれていた腕を払って紋様を見せつけた。
すぐに、拘束されてしまい試験官と思われる種族が、ひとまずこの場から私を連れ出そうとすると、シュウナがそれを止めた。
「貴方達は試験官であるのに、そこの人間が受け取っている紋様が偽造だと言うのですか? よく確認しなさい。それは紛れもなく我が魔王がお創りになった紋様です」
その言葉に、試験官の種族が私の紋様をじっと見つめると何かを取り出して光を当て始める。
「それと、試験資格者は、10回目の鐘の音が鳴り終わるまでにここにいた者にあります。試験官としてしっかりして下さい。今回のミスは人事への報告対象となります」
そう言い残すとシュウナは、奥の廊下へと行ってしまう。
すると変わって現れたのは、魔王軍の印が入った帽子を被った男女二人組の試験官だった。
「それでは、これより魔王軍ソウガ支部入隊試験を開始します。順に奥の部屋へとお入り下さい。そこで、一次試験を行います」
それと同時に奥の大きな扉が開いた。
試験官の指示の元、採用試験を受けに来た者達がぞろぞろと入って行く。
「た、確かにこのライトにも反応している。ってことは、本物の紋様……嘘だろ。人間族が魔王軍入隊資格があるってのか……」
「お、おい、そんな事より、シュウナ様が言ってた人事への報告の方が大切だろ!」
そう言って私を拘束していた2人の試験官は、私を放ってどこかへと走って行ってしまう。
ひとまず、試験を受けられることに安心し開いた扉へと歩き始める。
「(まさか、ここで早速出会えるとは。だが、それよりも今は先に考えることがあるな。人間族の私が魔王軍の入隊試験の資格である紋様を受け取れたのも変だよな……)」
私は、疑問を残しながらも一次試験が行われる部屋へと入った。
部屋へと足を踏み入れた直後、入って来た扉が消えると、部屋のステージ上に先程の2人組の試験官と他に違う試験官が2人いた。
「では、これより一次試験を開始します。試験内容は、適性試験です。これから、皆様は4つのグループに分かれてもらい魔王軍での適性を検査します。そして、全員の適性値から平均値を割り出し、それ以上の数値を持つ方を合格とします」
試験内容が言い渡されると、部屋に4つの大きな水晶の柱が出現する。
それぞれの水晶の柱に試験官が立ち合い、グループ分けが始まった。
そこで私は、顔を真っ青にして立ち尽くした。
それは、この世界の特有の事情の事をすっかり忘れていた為だ。
「(まずい。適性の事をすっかり忘れていた……これは、本当にどうにもならない問題だぞ)」
この世界には生まれた時から、必ず適性というものがある。
簡単に言えば向き不向きが生まれた時に決められている。
この適性ばかりは、努力をしても魔法を使用しても一切変わることがない。
そんな中、試験はどんどんと進み、水晶の柱に手をかざすと適性値が『S』から『E』の表示がされていた。
「どうする、どうする……このままじゃ、本当に終わっちまう」
私が頭を抱えていると、服装が高価そうな種族が近付いて来て見下しながら声を掛けて来た。
「何してんだよ、人間。後は、お前だけだぞ」
「えっ」
私が周囲を見ると、他の試験資格者達全員が適性試験が終わり、最後に残った私の方をじっと見つめていた。
その視線は、ゴミを見る様な視線や見下し馬鹿にする視線もあった。
「さっさとしてくれよ。何で、人間族がここにいるんだよ」
「どうせスパイとかで入って来たんだろう。でも適性は絶対にないんだからよ、早くやれよ」
周囲からこそこそ話で何かを言っているのは聞こえたが、それに反論する気は起らなかった。
それよりか、目の前にいる服装から高貴そうな種族に見下されていることの方が問題だった。
服装からすぐに、この世界でいう貴族に当たる高魔族であると分かったからだ。
魔族は貴族社会で、高魔族に逆らうとこの世界で生きていくのは難しいと言われている。
「おい、試験を受ける気がないならさっさと、失せろ!」
「っ」
威圧的な風格からの言葉に私は萎縮してしまうが、咄嗟に両頬を手のひらで叩いた。
私は先程までの後ろ向きな考えてを止め、潔く言われた通り試験を受けるために水晶の柱へ歩き始めた。
その途中で、一度止まり声を掛けてくれた高魔族一礼して再び水晶の柱へと向かい、目の前で立ち止まった。
「貴方が最後の試験者です。人間族ではありますが、試験資格を所持しておりますので、他の試験者同様に扱います。では、目の前の水晶の柱に手をかざしてください」
試験官に言われた通り水晶の柱へ手をかざした。
しかし、今までと違いすぐに結果が表示されない事に周囲がざわめきだす。
「おいおい、まだ結果がでなのかよ」
「いやいや、これはある意味結果だろ。適性自体何もないって言うことだよ」
周囲のざわめきに試験官が対応していると、そこに何処からともなく剣を紐で括り肩にぶら下げた男の種族が現れた。
「おいおい、まだ一次試験やってるのかよ。とっとと最終まで進めろ。監督役も面倒なんだよ」
「ナーガ様。申し訳ありません、まもなく一次試験終了となりますので、もうしばらくお待ちください」
どうやら彼は、この試験の監督役的立場の種族らしい。
だが、態度的に面倒な仕事を押し付けられた管理職タイプの人に感じられる。
すると、ナーガが私の存在に気付き大きな声を上げる。
「おいおいおいおい、なんか人間臭いと思ったらここに人間がいやがるじゃねぇかよ! 何で人間なんてここにいるんだ! おい!」
「そ、それは……試験資格があるとシュウナ様から言い渡されてまして……」
「なんだと。あの秘書やろうか……ちっ、魔王様の側近だからって調子に乗ってる嬢ちゃんがよ」
そこで、タイミングが悪くも私の適性結果が表示された。
その結果に周囲の試験資格者達は、目を疑っていた。
私も周囲の異変に気付き、水晶の柱に視線を向けた。
その結果に私も言葉を失った。
「どういうことだ……この適性値は間違いじゃないのか、おいそこの試験官どうなんだ!」
ナーガが近くにいた試験官に再度結果を確認させる。
だが、測定間違いでないこという返答が返ってくるとナーガはその試験官に近付き手で押しのけると自分でも確認する。
「なっ……馬鹿な、こんな結果あっていいはずがない! あの人間が適性値『SS』なんという結果など!」
周囲が一気にざわつきだす。
そんな中、シュウナが現れて手を一回叩いただけで、一瞬でその場を静寂にさせた。
「さぁ試験官、一次試験の結果を早く発表してください」
「は、はい。少々お待ちください……はい。先程最後の試験資格者の結果を踏また合格ラインの適性値は、『B』です。それ以上の方は、次の試験へお進みください」
すると、部屋の奥に新しい扉が出現し開く。
そして適性値が『B』以上だった者達が次々と向かい始める。
私も扉へと歩き出した時だった。
「お前のせいだ……人間の癖に適性値が『SS』なんてあり得ない。例年は『C』でも受かっているのに……お前のせいだ」
私を睨みつけながら呟き、周囲にはその場で膝から崩れ落ちる種族や泣き出す種族もいた。
その全ての種族が私を見て何かを呟いていたが、私は耳を傾けることなく次の扉へと向かった。
そして、一次試験合格者が全員扉を通った後、扉は閉まりその部屋から消えた。
試験官達は、一次試験で落ちた試験資格者達を帰られる扉を開き誘導し始めた。
「おい、シュウナさんや。あんた、どういうつもりだ? 人間に試験受けさせて、しかも適性値が『SS』ってどういうことだ!」
ナーガが次の試験会場へ向かうシュウナに問いかけると、シュウナは立ち止まり振り返って答えた。
「どうもなにも、あの人間にはこの試験を受ける資格が渡されていたので、試験を受けているんじゃありませんか? ナーガ様は私が何か仕組んでいるとお思いの様ですが、私はこの監督試験官の仕事を全うしているだけです。貴方も、監督試験官として仕事をして下さい。堂々と遅刻してくるのは見逃せません」
そう言い残し、次の部屋へと消えて行くシュウナ。
ナーガは手を力いっぱい握り締めると、近くの壁を殴った。
「ここの支部長は俺だぞ。お前に指図されるいわれはない……何が監督試験官の仕事だ。こんな見てるだけの仕事なんかやって……」
するとナーガは何かを思い付き不気味ににやける。
そして、近くにいた試験官を呼び耳打ちをして、次の試験会場の部屋へと消えて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
遡る事、サクライが転生されホシとその先輩が談笑していた時。
「そういえば先輩、最後にサクライ様に何か力を渡してましたよね? あれ、何渡したんですか?」
「力? あー、あれは力なんてもんじゃないよ。彼が所望した世界には、生まれた時に決まるものがあるんだよ」
「生まれた時に決まるもの?」
ホシが首を傾げていると、先輩がサクライから貰った漫画を開きホシへ渡す。
「そこに載っている適性というものさ。こればかりは、どんな力でも覆せないものでね。彼のやる事の一番の障害になると思ってね、彼の適性を全て最高値に設定したのさ」
「ふむふむ。そんな世界なんですね。でも、いくら何でも最高値にするのはやりすぎなんじゃ……」
するとホシの先輩は笑顔で答えた。
「やりすぎな位が、見る方は面白いだろ」
「(あ―これ、先輩が面白く見たいだけでやったんだ……悪い癖でてるな―)」
ホシは、先輩の黒い笑顔を引きつった笑いで返し転生させられたサクライをちょっと心配していた。
「さぁ、早く報告を終えて彼がどうなったか見に行こうか」
先輩は上機嫌で少し速足で歩き、ホシはその後を追いかけるように歩き出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一次試験が終了し、二次試験が開始され20分が経過していた。
二次試験の内容は、魔族世界の常識テストであった。
一次試験合格者は、一人一人異なる空間へ転送されそこにてシステムからの問いかけにて試験を受けていた。
普通の転生者や魔族であれば、難しい内容であっただろうが、私にとってはさして難しい問題ではなかった。
なぜなら、出題された問題全て漫画で予習済みであったからだ。
そして試験結果は、もちろん合格だった。
満点の自信があったが、点数までは教えてもらえなかった。
だが、ひとまず二次試験も突破したことを喜ぼう。
「はーい、これで二次試験合格者は全員ですね。思っていたより減りましたね。少し難しかったかな?」
二次試験合格者は、また違う部屋に集められてそこで二人の試験官に次の指示を受けていた。
するとそこへ、ナーガがやって来た。
ナーガは二次試験合格者を見定めるように見つめていると、私と目が合った。
そして、不敵な笑みを浮かべた。
「諸君、二次試験合格おめでとう! そして、次の三次試験では君達の実力をみせてもらう。試験官、対戦表を」
「こちらにご注目下さい」
部屋の中心に映像が表示され、そこに二次試験合格者の名前が表示される。
そしてランダムに二次試験合格者がマッチングしていき、表示された全員のマッチングが終了すると自動的に転移させれた。
しかし、私は転移されずその部屋に残っていた。
「お前の三次試験での相手は、俺だ」
すると、2人の試験官の奥に扉が出現し開くと、そこへナーガが歩いて行き私を手招いた。
「早くこっちに来い、人間」
私は、2人の試験官の方を見ると、2人とも焦った表情をしており1人がナーガへと近付いた。
「ナーガ様、どういうことでしょうか? こんな試験聞いていません。それに試験ルールを勝手に変更すると、シュウナ様になんと言われるか」
「あぁ? 何だ、お前は支部長であり監督試験官の言うことが間違っていると言いたいのか? シュウナだけが、監督試験官じゃないよな」
「そ、そうですが、これは……」
食い下がる試験官にナーガは、肩にぶら下げた剣をその試験官に向けた。
「例外である人間が試験を受け、ここまで残っているのがそもそもおかしいだよ! いいから、人間! さっさとこっちに来い! 俺が直々に試験して見極めてやるよ」
表情や声色から、どうやらナーガは私の事が気に入らないと思われる。
そんな相手がまともに試験をしてくれるわけがないと思いながらも、私は目的の為に受けるしかないと覚悟を決め歩き出した。
そして、試験官と入れ替わるようにナーガがいる空間へ入ると、そこはコロッセオの様な場所であった。
「さぁ、三次試験を始めようか」
「すいません、その前にいくつか聞いてもよいですか?」
するとナーガは素直に剣を下ろし聞く態勢になる。
それに私は少し驚いた。
先程の感じから、話も聞かずに襲い掛かってくるものだと思っていたためだ。
「何驚いた顔してるんだ? 俺がお前を気に入らないから、話も聞かずに襲うとでも思ったか?」
「……えぇ、おっしゃる通りです」
「お前は知らないだろうが、俺はここの支部長だ。感情のまま動くのはトップがする事じゃないだろ」
少し自慢気に教えられるが、既に矛盾が生じているように私は思っていた。
「そうですか、貴方はソウガ支部長でしたか。では、支部長である貴方が、試験を行っていただけるという事は、真正なる試験であるのですよね?」
「もちろんだ」
ナーガのその顔は、とても悪い奴が面白い事をやる時の顔であり私は、小さくため息をついた。
「それと、支部長である貴方にこそ聞きたい事があります。貴方は魔王軍が腐っていると思いますか?」
「はぁ? 何言ってんだ、人間。それは、魔王様への暴言か、それとも俺を挑発しているのか?」
「いえ、暴言でも挑発でもありません。ただ、純粋に今の魔王軍が、一組織として腐っていないかと聞いているのです」
すると、ナーガは突然私の目の前に一瞬で移動してきて、剣を振りかざした。
「腐っているわけないだろうが!」
直後、大きな音と共に土煙が周囲を覆った。
そして、その煙が晴れるとナーガは自分の目を疑った。
「な、に……」
勢いよく振りかざした剣を体を少しずらして避けられていたからだった。
すぐさまナーガは、距離を取るために後退する。
「やはり自覚がない? いや、そもそも一支部のトップが分かるものなのか? ん? いつのまにそんな遠くへと?」
ナーガの回答から考え事をしている間に、ナーガが元の位置へととんぼ返りしていることに気付き首を傾げた。
私は地面に付いた大きな跡と自分の態勢から理解した。
「そうか、体が勝手に殺意に反応したのか。意外と昔の感覚は、忘れないものだな」
「(あり得ない。たかが人間の存在で、俺の攻撃を見切ってかわすなど)」
ナーガは、距離をとったまま右斜めへ走りながら剣を連続で振るった。
振るった直後から、斬撃波がサクライ目掛けて放たれていた。
そして、ナーガは数発の斬撃波を放った直後に、進む方向をサクライへと変えて突っ込んだ。
「(このまま、細切れだ!)」
しかし、放たれた斬撃波が一発も当たることなく、サクライは涼しい顔で華麗に避けていた。
更には、最後の一撃として振り抜いた剣を両手で受け止められてしまう。
「なっ!?」
「少し落ち着いて下さい……もしかして、もう試験始まってます?」
「人間の分際で、人間の分際で、人間の分際で、人間の分際で、人間の分際で、人間の分際で、人間の分際で、人間の分際で、人間の分際で」
ナーガは俯きながら何かを呟いており、私の言葉は全く聞いていないように見えた。
それにしても、突然の事とはいえ自分が怖くなる。
ここまで攻撃に対応できたことに少し関心する。
さて、問題は試験が始まっているかどうかだが、この感じだと何だか怒っているようだな。
私は両手で受け止めた剣から手を放し、少し後退したと事から再びナーガへと声を掛けるが返答はなかった。
すると突然、今まで俯いていたナーガ顔を上げ私の方を強く睨んだ。
「人間の分際で、俺に逆らえる奴などいない! そうだ、そうに違いない。これは夢だ……アハハハハハハハハハハ」
「あ、壊れた」
突然笑い出したナーガを見て私は、思った事を口に出していた。
すぐに口を手で塞いでナーガから目を離さずにいると、ナーガの頭から触角の様な角が二本生え出した。
「夢ならば、どうなろうが問題ない。覚めるまでぶっ壊すまでだ! アハハハハハハハハハハ」
「もう試験どころの話じゃない気がするけど……」
私は他に誰かこの空間にいないか周囲を見回すが、誰も見当たらないため、助けは諦め大きく深呼吸をする。
「今までの経験上、こういう時は相手を負かすのが一番。そうと決めたら、まず準備運動」
そして、屈伸やアキレス腱伸ばしや柔軟を行っているとナーガ私の方を見ると、一瞬で接近してきて剣を振り下ろした。
私は、準備運動を継続させたまま後退した。
剣が降り下ろされた跡は、地面が大きく凹んでいた。
「なるほど、威力も今までよりも上がっているのですね」
「おやぁ? まだ壊れてないのか。早く壊してやるよ!」
そして、ナーガは再びサクライとの距離を詰めて攻撃をするが、それを同じように避けるという繰り返しが始まる。
そんな状況を客席側から見ている存在がいた。
「少し見物しに来たら面白い事になっているじゃないか。止めなくていいのかい?」
その人物は、魔女の様なハットを被り羽織ったマントには、時計と星のマークが入っていた。
そして、話しかけた人物はシュウナであった。
「シュウナ、黙ってないで少しは答えてよ」
「メリーナさん。どうして、貴方がここにいるのですか? 今日は、八星将の集まりで王都にいるはずでは?」
するとメリーナは、椅子に足を組んで顎に手をついて座った。
「それが、ダイナとイガルが喧嘩になって話にならなくなったから抜けて来たの。そんで、貴方がいる所に来たってわけよ」
「理由が何であれ、八星将の集まりを抜けるのは良くありません。魔王様に認められた8人としての自覚が足りないですよ」
「そんな硬い事、言わないの。どうせ、大した話なんてしない、形だけの集まりなんだから」
メリーナの発言に呆れ、シュウナがため息をついた。
「あんたこそ、秘書としての仕事以外にやりすぎよ。いくら、純粋な魔族じゃないからって言われていても」
「メリーナ様、私は魔王様の為に働いているのです。メリーナ様も魔王様の為に真摯に働いて下さい」
「はいはい。明日からやりますよ、秘書様。それで、目の前のあれは魔王様の為になる事なのかしら?」
メリーナはニヤニヤした表情で、シュウナに問いかけるとシュウナは、戦っているサクライとナーガに視線を戻した。
「まだ、判断しきれないからこそ、見ているのです」
「ふーん。で、ここの支部長に歯向かったのは、どんな奴なのよ。動きから中々やれそうな奴に見えるけど」
「相手は、人間です」
「人間……えっ!? 人間!?」
メリーナは、立ち上がり前のめりで戦闘を見始めた。
魔族の攻撃をなんの装備もしていない人間が避けて続けていることに驚愕していた。
そんな中、サクライの動きが突然止まった。
そこへナーガの剣が、振り下ろされた。
しかし、剣がサクライへ当たる直前でサクライの左手の甲で流されると、ナーガの腹部へサクライの右足蹴りがめり込み吹き飛ばされる。
吹き飛ばされたナーガは、地面を転がりながら剣を地面へ突き刺し勢いを止める。
そして、そのままゆっくりと立ち上がりサクライを睨みつけた。
「準備運動おしまいっと……って、そんなに睨まれましても、反撃は想定できる事かと」
「人間風情がぁぁぁ!」
怒鳴り声の様に吠えると、サクライ目掛けて走り出す。
サクライは一度小さく息を整えると、ゆっくりとナーガに向かって歩き出す。
そして、二人が衝突する直前に、再びナーガが真横から剣を振り抜く。
すると、サクライはナーガとの距離を一気に詰めると剣を握った右手の腕目掛け、左手で押し出す。
その反動で、ナーガの体が開けると顔面にサクライの右手の裏拳が直撃する。
後ろへ2、3歩よろめくが、ナーガは左拳で殴り込むがサクライは、軽く後ろに反って避ける。
サクライは、目の前のナーガの左腕を掴み上げると、自身の左拳をナーガの腹部へと放つ。
「ぐはぁっ」
ナーガは更に後退するが、剣を地面に付き刺し留まる。
直後、何かを呟くと背後から更にナーガが2人現れる。
そのまま、サクライへ攻撃を仕掛ける。
しかし、サクライは動じる事無く、その場で左右から迫りくるナーガの次の動作を目で確認する。
サクライは左方向から来るナーガに先に視線を向けると、直後に剣が降り下ろされる。
だが、左側へ少し反る様に避けると、その場で右足蹴りをナーガの顔面に叩き込み吹き飛ばす。
すると、背後からも1人のナーガが飛び掛かり剣を振り下ろす。
サクライは、右へと体重を乗せ剣を避けるが、ナーガはそこから切り替えて、サクライを追うように剣を真横へと振り抜く。
しかし振り抜いた剣は、サクライの左膝と肘で挟まれる。
「っ!?」
サクライは挟んだ剣先を、右拳で殴り割る。
流れるように、左手でナーガへ裏拳を入れ左足で蹴り飛ばす。
そして、最後に残ったナーガは気配を消して近付いていた為、背後から剣を振り下ろした際の殺気で気付く。
「(もらった!)」
そうナーガは心で思いサクライの脳天目掛けて剣を振り下ろすが、次の瞬間サクライが振り返った。
それと同時にナーガの体が斜めへ沈む。
「!?」
一瞬何が起こったのか理解できないナーガであったが、左頭部への痛みとサクライの態勢から、認知できない速さでカウンターの蹴りを左頭部に受けたのだとそこで理解した。
そのままナーガは地面へと倒れると同時に、意識を失った。
「……はっ! しまった、つい昔の感じでやってしまった。あの、大丈夫ですか」
そこで我に返り、目の前で倒れているナーガを心配し声を掛けたり、軽く叩いて意識があるかの確認をした。
そのうち、意識を失っているだけだと分かり安堵していると、背後に何かがいると感じ振り返った。
しかし、視界に入ったのは何者かの手のみでその直後、急激な睡魔に襲われ意識を失ってしまう。
「ふ―魔法的な力は効くのね。安心した。それで、これからどうするのさ、シュウナ?」
サクライを眠らしたのは、メリーナであった。
そして、メリーナの視線の先にはシュウナがいた。
「まずは、ナーガ様の治療をお願いできますか?」
メリーナは、少し面倒くさそうな表情をするが軽く手を振って引き受けてナーガへ近寄った。
シュウナは、サクライへと近付きかがんで、手をかざした。
そして、目をつむり何かを感じ取り終えると目を開け、立ち上がった。
それと同時にメリーナの治療も終了し、シュウナへと声を掛けた。
「ありがとうございます、メリーナ様。それともう一つお願いなのですが、ナーガ様とこの人間を運んで頂けますか?」
「あんた、私が八星将ってこと分かって頼んでるの?」
「勿論分かっています。ですが、今メリーナ様は、その八星将のお仕事をサボってこちらにいますので、その分こちらで少し働いていただきます」
シュウナの言葉に言い返すのは止め、メリーナが軽くため息をする。
そして、メリーナがナーガとサクライに片手ずつ向け、手を握ると2人がその場から一瞬で消える。
「で? どこに運ぶのよ」
「ナーガ様は、治療室へ。人間の方は来客室へと運びます」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私が次に目を覚ますと、ベットの上で横になっていた。
何処かと起き上がり周囲を見渡すと、机とロッカーがあり窓が1つある小さな部屋であった。
ベットから降り窓へと近付き外を見ると、既に日は沈み夜になっており街灯が灯り、街を照らしていた。
「どうなっているんだ? 私は試験を受けていたはずだったが、どうなったんだ?」
そんな事を考えていると、突然机の上に置いてあった小さな機械が光り出す。
そこから部屋の中心へと映像が映された。
「私の名前はシュウナ。魔族の長である魔王の秘書を務めています。貴方の今の状態についてお伝えいたします」
突然映し出された人物に驚いたが、直ぐにベットの方に戻り映像を直視する。
「始めにこれは映像ですので、ご質問・ご不満にはお答えできません。では、まず貴方の試験結果からですが、合格です」
「おぉ」
さらっと疑問に思っていた事の回答を貰い、少し気が抜けてしまう。
「ですが、これは特殊処置と思って下さい。本来ならば五次試験まである所、三次試験で合格としています。理由は、異常なまでの適性値に支部長であるナーガ様を素手で倒してしまった為です」
「(特殊処置で合格ってどうなんだ? 喜んでいいのだろうか?)」
そこから、難しい機関の名前や規則と言った難しい話が30分程続いた。
簡単に要約すると、人間族でありながら強力ながあることを証明してしまったので、魔王軍の監視下で働いてもらうということだった。
「明日より、魔王軍にて業務に当たって頂きます。朝には担当様が迎えに行きますので、指示に従って下さい。以上で、報告は終了となります」
映像のシュウナがそう言い終えると、映像が消える。
私はそのままベットへと後ろ向きで倒れる。
「まぁ、何にしろ第一関門は突破って感じか……でもこれからが大変だな」
ベットから起き上がり、私は机に立てかけていたノートを広げる。
引き出しにあったペンで、この後やるべき事を書きだした。
「まずは、見習いから正社員へとなるために成果を上げなければいけない。そこから、支部内での昇進、そして本部への栄転。本部でも昇進をし、八星将の部下になることでやっとシュウナと話す機会が出来る」
そこで、私は大きなため息をつく。
自分で声に出してやる事を確認して、大変過ぎる道のりで少し嫌になりかけたからだ。
だが、辞めるわけにはいかない。
これはシュウナの死の運命を変える為でもあり、私の勝手な願望でもあるからだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私がただの人間へ転生する前、私は別世界で勇者として生きていた。
その世界は、正しく人間族と魔族で抗争が絶えない世界であった。
私はそこで勇者として魔族の王である魔王を倒す使命を受け、世界を旅した。
だが、旅の中で一方的に誰かを何かを倒したり、消したりすることが必ずしも正しいとは思わなくなった。
更に、魔族側の印象を人間族が勝手に操作していた事も判明した。
そこで、私は魔族との和平を結ぶことを提案したが、人間族の王からはもちろん許可など出なかった。
その後私は、魔族側へ寝返った者として国を追われた。
しかし、私の考えに共感する者も少なくはなかった。
それから、私は仲間と共に魔族の王と何度も話し合い、独自の和平を結んだ。
その後、人間族の他の王達にも共感してもらい正式な和平を締結できた。
だが、私を追放した王だけは納得しなかった。
そんな中、魔族の王の秘書をしていた者が人間国へと新たな和平の締結をする為に向かった所で、裏切りに合い殺されてしまう事件が起こった。
その事件の首謀者は、私を追放した王であった。
その事実を知った魔族の王は、激怒し和平を破った人間へ戦争を仕掛けそうになるが、私の左腕を差し出す事で納めてもらった。
その後は、私がその国へと向かい根底から腐っている考えや不正などを見つけ、王へと叩きつけることで国を作り替えた。
そして、世界は平和を取り戻し、私は60年後に死んだ。
死んだ後、私は人間へと転生しその国で言うサラリーマンとして働いていた。
そんなある日、前世で人間に裏切られ殺された魔族の王の秘書の生まれ変わりである彼女に出会った。
傍から見たらナンパであるが、何とか連絡先を貰い、何度かご飯をいく中で彼女が漫画家であることを知る。
その漫画を見せてもらうと、内容が前世の世界に似ている内容であった。
彼女は嬉しそうに内容を話してくれた。
もちろん彼女には、前世の記憶などはなかった。
その後しばらく忙しく会えなかったが、ある日バッタリ会った日に彼女はぐったりしていた。
理由を聞くと、自分の漫画の人気が出て連載されているがその中で、あるキャラを殺すように言われたらしい。
彼女は反対したが、人気を保ちたいならやるべきだと迫られ、三日悩みやはり出来ないと伝えた。
すると、編集側で勝手にストーリが作られて従うように言われた。
反論したそうだが、従えなければ別の作者で続けると脅され、自分の世界を誰かに渡す訳にはいかない為、従うことにしたという話を聞いた。
それを聞き、私は何も言えることは出来なかった。
それは彼女が苦渋の中で決めた事を掘り返しても、何も変わらないと分かったからだ。
私にも納得できないこともあったが、何より前世である彼女を投影したようなキャラを無抵抗に誰かに殺されることが、一番許すことが出来なかった。
それは、自分の前世の記憶と被る所があったからでもあった。
その後、彼女と会うことがなく数十年経ったある日、彼女から連絡を受け久しぶりに会った。
その場で、数年前にキャラを殺してしまったことを悔やんでおり、漫画連載が3年前に終了したと言われた。
その日の最後に彼女は、すすり泣きながらそのキャラは自分そのものであり、殺したくなどなかったと呟いた。
そんな彼女を見て、私は彼女に問いかけた。
「もし、彼女を救えるのであれば君はどうする?」
その問いかけに彼女は、答える事無く立ち去った。
数日後、メールにてその答えが返って来た。
「私が私を助けることはできないわ。救えるのは、貴方の様な寄り添って、支えてくれる人が必要だった」
その答えを見て、私はある決断をした。
そして、寿命を迎え新たな転生時に彼女を救う為、前世で唯一救えなかった彼女への自分自身の後悔をなくす為に、その世界への転生を志願しようと。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次の日、朝日が窓から入る事で目覚めた私は着替え、昨日伝えられた通り、担当者が来るまで部屋で待機していた。
すると、ドアをノックする音が聞こえドアを開けるとそこには、魔王軍の紋章を付けた者が2人立っていた。
「貴方が、サクライで間違いないな」
その問いかけに私が頷くと、訪ねて来た1人から石がはめ込まれた機械を渡される。
「これから、とある場所へと移動してもらう。そこで、今後の仕事などを言い渡されるので従うように」
その直後、渡された装置から起動音がすると足元に魔法陣が現れ、光に包まれた。
次に目を開けると、先程の部屋ではなく目の前には大きな扉があり、周囲を見るとどこかの城内にある廊下に立たされていた。
「どこだここ? どこに移動させられたんだ?」
すると、目の前の大きな扉が開いた。
それを見て、ここへ入れと言われている感じがしたため、恐る恐る扉の奥へと足を踏み入れた。
その部屋薄暗く、何もない部屋に思ったが奥にもう1枚の扉があることに気付き、そちらへ近付いた。
そして、その扉を開けるとそこには思いもよらない人物達がいた。
「ようこそ、人間。八星将の集いへ」
その言葉を聞き、私は唾を飲み込んだ。
「ここには、魔王に認められた8人である八星将。そして、魔王の秘書を務める者と君しかいない。話は少しずれるが、君は我々のことは知っているかい?」
私が小さく頷くと、正面にいる話しかけて来た赤髪の八星将の1人は満足そうな表情をした。
周囲には、私を中心に半円状に八星将がおり、その後方にシュウナが立っていた。
「おい、早く話を元に戻せ。人間に知られていることに満足するな」
「わ、分かってる!」
赤髪の人物が白髪の人物に注意されると、一度咳ばらいをして話を元に戻した。
「今日君がここへ来た理由は分かっているね。これから君には、最北にあるジルド山支部にて働いてもらう。詳しい業務は、君の教育担当に聞きになさい」
これから働く場所を聞き、私は目を見開いた。
ジルド山は、この魔王軍本部から一番遠い場所にあり、魔王軍内では墓場と噂される場所であると記憶していたためだ。
「ジルド山支部では、日々人で不足でな、支部長からも多く人材が欲しいと言われている。そこで、君の忠誠心を見させてもらう。本当に魔王軍として働きたいならば、成果を見せてみなさい」
赤紙の八星将に言い渡された追放に近い命令に、私はその場で片膝を付いてその上に片腕を乗せた。
「その使命しかと承りました。このサクライ、必ずや成果を上げ、最北一番の支部とすることを誓います」
その発言に、半数の八星将が驚きの表情をし、もう半分は興味深そうに私の方を見つめた。
「申し訳ございません。この私に1つ発言のお許しをいただけませんか?」
「何だ、言ってみろ」
「おい! 何勝手に」
「いいじゃないか。あの墓場に行くことを素直に聞きれた人間だぞ。発言ぐらい聞いてやるのも面白そうだろ」
緑髪の八星将の発言を赤髪の八星将が止めるも、従わずに話を進める。
「ありがとうございます。では、ここの八星将様の中に人間と通じている者がいるとお聞きしましたが、それは本当でしょうか?」
「っ!?」
周囲の空気が凍り付く。
しかし、それを感じても私は話を続けた。
「小耳に挟んだ程度ですが、八星将でありながら敵対している人間族と手を組む方がいるならば、それは大事ではないでしょうか?」
「面白い事を言うな人間。だが。冗談はそこまでにしておけ、それ以上言うならばその首、跳ねる」
桃髪の八星将が笑顔のまま、私へ殺意を向ける。
「適当な事を言うな、人間。死にたくなければ、もう黙れ。このままジルド山支部へと転送させる」
赤髪の八星将が片手を私に向けると、足元に魔法陣が展開される。
「失礼いたしました。ですが、噂がある以上調べて頂きたいのです。これは魔王軍の未来のためでもあります」
すると、八星将の後方に黙って立っていたシュウナが小さく口を開いた。
「未来のため」
「私が魔王軍へ入隊希望したのは、魔王軍を根底から改革するためです。不当な権力行使、古からの伝承、高魔族優勢組織などと言った全てを改善しなければ、魔王軍は近い未来滅びます」
「人間の分際で、勝手なことを次々並べ、侮辱するとは」
白髪の八星将が立ち上がり、片手に魔力を溜めだす。
「私は、魔王軍の未来のためならば、貴方がた八星将との対峙もいとわない。それだけは、お覚悟を」
そう言い終えた瞬間に、白髪の八星将が片手から溜めた魔力を私に向かって放つが、寸前で魔法陣によって転送された。
部屋には、溜まった魔力が地面へと放たれ中央は、煙に包まれていた。
「よし、今すぐ殺そう。それが、いいよ」
「あぁ。賛成だ。今すぐにでも、あの人間を殺すべきだ」
桃髪と白髪の八星将が進言すると、緑髪の八星将は大きく笑った。
「面白そうじゃねぇか、あの人間が墓場からどうやって変えるのか気になってきたぞ。それに、あいつが言った噂の件も気になる点があるしな」
「貴様、あの人間の肩を持つのか! それに、人間の言葉を信じるというのか!」
「何、焦ったように噛みついてきてんだよ」
白髪の八星将に緑髪の八星将が挑発するように視線を向けると、青髪の八星将が大きく手を叩き、自分へと注目させた。
「八星将が人間の言葉に踊ろされて、輪を乱すなど論外だ。所詮、人間の言葉であり、ここは魔族の国。人間がこの国で何かを成し遂げることなど、不可能だ」
その言葉に他の八星将は、黙り込んだ。
すると、青髪の八星将がシュウナへと視線を向けた。
「それで、今日はこれだけか?」
「いえ、もう1つ重要案件があります。それは、人間族にて勇者が誕生した事についてです」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私が次に目にした光景は、周囲が煙が覆われて何も分からない場所だった。
そのまま、私は前方へ歩いていくと煙が晴れた。
「ここが、ジルド山の麓か」
正面には、雲をも突き抜けるほどの巨大な山があり、採石場と思われる場所で作業着姿の人々が働いていた。
すると、私の方へ右から近付く足音が聞こえ振り向くと、胸に魔王軍である印を付けた服を着た人物が近付いて来た。
「貴様が、人間で魔王軍に合格したと言う者か?」
「はい。サクライと言います。本日から、こちらの支部にて働く任を受けてまいりました」
初対面の先輩と思われる人物に、礼儀正しく頭を下げ挨拶をすると、突然真上から頭を掴まれた。
そのまま、地面へと勢いよく押さえつけられる。
「うぐっ」
「おいおい、マジだったのかよ。流石に嘘かと思ってたけどよ、本当にいるとはな」
「な、何を急に」
「はぁ? 何言ってんだ、人間の癖に頭がたけぇんだよ! ここで人間の常識が通じると思うなよ。ここじゃ、お前も底辺だ」
そこに、もう1人胸に魔王軍の印を付けた人物がやって来た。
「なーに、サボってるんだゴウラ」
その言葉に、私を押さえつけていた人物は背を正しその人物へと敬礼した。
「申し訳ありません、支部長! 今日より配属された、新人にルールを教えていました!」
「新人?」
すると、支部長が私の顔を覗き込んで来た。
支部長は私の顔を見ると、急に笑顔になった。
私は、その顔に背筋が寒くなった。
「そうか、君が噂の新人だね。ようこそ、ジルド山支部へ。私は、ここの支部長である、ミドーノだ。今日から命尽きるまで、魔王様の為に働いてくれたまえ」
支部長の挨拶を聞きながら、立ち上がり改めて挨拶をした。
「では、後は任せるよゴウラ。支部を案内してあげなさい。終わり次第、私の部屋へと連れてきなさい」
「承知致しました!」
そのまま支部長は、来た道を帰っていた。
そして、残ったゴウラの態度がまた変わる。
「人間いいか、ここでてめぇの反論は受け付けねえ! 言われたことを言われた通りにやれ! いいな?」
「……分かりました」
「聞き分けが良い人間は、嫌いじゃねぇ。さっさとついて来い」
ゴウラは振り返り、遠くにある支部へ歩き始めた。
私も少し距離を取りながら、後を付いていった。
「(想像以上の場所だな。それに八星将に勢いで宣言してしまった手前、後にも引けない状況だ。だが、悔いはない)」
私は、その場で足を止め振り返りジルド山を見上げる。
「(ジルド山支部。通称、墓場と言われる支部。上等だ、まずはここから改革の一歩と踏み出してやる)」
ジルド山を見上げながら、改めて自分を鼓舞していると後方からゴウラの怒鳴り声が聞こえ、直ぐざま振り返り小走りで向かった。
だが、そう簡単に改革など出来はしなかった。
それから3年間、ジルド山支部で私は働き一定の成果を出した事で、とある部署の部長へと成り上がった。
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