お終い。
あれから10年経った。紗奈は30歳になった。
念願の猫カフェの自分の店を開く事になった。
しかし、数日前から紗奈は心ここに有らずだ。
王様が数日前から行方不明なのだ。
10年前からずっと王様と交流していたのに、何も告げずに居なくなった。
猫の世界の猫達に居場所を訊いても知らないとの事だ。猫は気紛れだから気にするにゃとも言われた。
(トラちゃんと通じ合っていたと思っていたけど、思い上がりだったのかな?)
王様の事が紗奈は好きだ。これが恋愛の類なのかは分からない。相手は猫だから。
紗奈にはずっと彼氏が出来ていない。というより作る気にならない。紗奈の母が「あんた。猫と結婚する気?」と訊いてきたので紗奈は「うん」と答えた。猫カフェの自分の店が出来るのである意味でそうなるなと紗奈は冷静に思ったのだ。
女性の友人が合コンに誘ってくれたから参加した事もあった。でも、人間の男性の気持ちが分からないのだ。猫の方がよっぽど分かり易い。それを友人に伝えると「あんたは猫と結婚しな」と可哀想な人を見る目で見てきた。
紗奈は、あっこれ天啓てやつだわ。と一生独身でいようと決めた。
別に恋人や伴侶が居なくても寂しくはない。王様がいてくれたら、それだけで良かった。でも、王様はいない。胸の辺りにぽっかりと穴が開いた気分だ。
それでも、時間は容赦無く進む。感情なんて対した問題では無いと心を置いてけぼりにして時間は進む。
今日は夢だった猫カフェのオープン日。夢になったのはトラちゃんと出会ったからだ。
(トラちゃんの為に……開こうと思ったんだよ?)
店の前で紗奈は空を仰いだ。清々しい青空。オープンするにはもってこいな日。しかし、心が曇天だと青空が憎らしい。
そこに花束を抱えたオープンを祝いに来たお客様が訪れた。黒髪に黒目のすらっとした高身長の日本人男性だ。20代前半に見える。紗奈を見つめてゆっくりと瞬きをする。
(……嘘)
目から涙が溢れた。
時間が進むのは知って欲しい報せが待っているから。青空なのは今日が素晴らしい日だから。
「さなちゃん。オープンおめでとう」
人間の言葉だけれども、人間の男性のテノールな声だけれども紗奈には分かる。だって、トラちゃんの事を10年間も見ていたから。
「トラちゃん!」
胸から感情が溢れた。花束がすとんとアスファルトの上に落ちる。
男性は胸に飛び込んで来た紗奈を抱きしめた。
「黙って居なくなってごめんね」
紗奈は首を振った。
「良いのっ! 戻って来てくれたなら、何でも良いのっ!」
紗奈は二度と離すまいと強く抱きしめた。
男性は「苦しいよ」と笑った。紗奈は慌てて離れた。
「ご、ごめん。痛かったね」
(嬉しくてついつい力を入れてしまった。反省反省)
男性はニコッと笑った。
「この姿はどう? ここに来るまでに人間の女性に話しかけられて、カッコいいって言われたけど、さなちゃんから見てもカッコいい?」
(んんっ!? それって逆ナンっ!?)
紗奈は嫉妬に燃えた。
「……猫の姿の方がタイプだった」
プイッとそっぽを向く。
「えぇ〜!? 流石さなちゃんらしいねっ!」
男性は紗奈の事を良く理解していた。
(私はどうせ猫好きの変態ですよっ!? ……でも、まぁそれでもいっか)
紗奈は男性に近づき背伸びして首に腕を回し鼻先を男性の鼻先にちょんと当てた。
「嘘だよ。今の姿も素敵だよ」
その光景を猫カフェの室内からブチ猫と執事猫が窓から覗いていた。
「まさか人間に生まれ変わるとは思わなかったにゃ〜。猫の姿のが可愛いのに理解できにゃいにゃ〜」
「貴方の様に楽に生きる事を追求している訳では無いのでしょう。人間の世界で王様は生きる事を決心されました。苦難の道ですが、我々がここで支えていきましょう」
「にゃ〜。面倒臭いにゃ〜。猫に戻れにゃ〜」
「たくっ。貴方という猫は……。どうやら、お客様がいらした様です。出迎えて差し上げましょう」
猫達は入り口に集まった。
扉が開き「カランコロン」 と扉に付いたベルが鳴る。
「「「いらっしゃいませ〜」」」
お終い。
読んでいただきありがとうございましたっ!