過去の過ち。
霊とか怨霊とか聞くと、昔の事を思い出すんだ。トラ猫のあの仔猫は、私を呪っていないのかな?
「ブチ猫さん。この世界は人間の世界の猫もいたりするの?」
ブチ猫は「にゃにを当たり前にゃ事を訊くのにゃ!?」とこの世界の事を語り始めた。
この猫の世界は人間の世界で生きて生きていけなくなった猫の為の世界。人間の世界では一部の猫しか生き延びられない。
「ここは猫の最後の砦にゃ。人間に見捨てられた猫は大概こっちに来るにゃ」
鼻がツーンと痛む。視界が涙で歪んだ。
ブチ猫はとんとんと肩を叩く。
「おみゃ〜の事は向こうの世界の猫から教えてもらったにゃ。捨てられた猫や飼えなくなった猫を保護してるんにゃろ? 里親募集ってにゃつもやってるらしーにゃ? 猫はにゃ、恨みは絶対に忘れにゃいが、感謝も忘れにゃい。末代まで恩を感じるにゃ」
ニャンコはやはり優しい。泣いているとそっと寄り添ってくれる。
「おみゃ〜ににゃんか頼み事があった気がするが、まぁいっかにゃ〜」
ゴロゴロと喉を鳴らして私にすりすりと身体を寄せる。猫の体温はあったかい。ゴロゴロという音に癒された。
「あのね。もしかすると、ここにいるかもしれないんだ」
「にゃにが?」
「昔。私が7歳の時に……ううっ」
思い出すとまた涙が溢れて蹲み込んだ。尻尾でぽんぽんと頭が撫でられる。
(言わなきゃ)
「一緒に居たくて、親兄弟から引き剥がして車に載せて、博物館の駐車場に飛び出しちゃったトラ猫の仔猫はいないかな?」
大人になって分かる。子供とは無知ゆえに残酷な事を時にやらかしてしまう。
=/\-×-/\=
家にはそこそこ広い庭があって、そこには野良猫の家族が餌をもらいにやってきた。紗奈は食パンや煮干しを何度もあげた。紗奈の母は「ちょっと! あげないでよ!」と文句を言っていたが、紗奈がいない時はこっそり餌をあげていた。紗奈の父は「へー。鰹節好きだなぁ」と色んな食べ物を猫の家族にあげていた。母に「ネギはダメでしょ!?」と止められていたなぁ。母がしっかりと猫が食べれない物を調べていたのが面白かった。
紗奈は猫の家族とずっと暮らせると思っていた。だが、他でもない自分がそれを壊してしまった。子猫のトラ猫が特に紗奈はお気に入りだった。身体を擦り付けて「にゃあにゃあ」と紗奈に甘えていた。
父が「おーい。夏休みの課題で博物館行かないといかんだろう。母さんも今日は家にいるから行くぞ」と出かける準備をしていた。
紗奈は「はーい!」と返事して「ぐるぐる」と喉を鳴らしてすり寄ってくるトラ猫の子猫を見た。小さな頭を撫でて「一緒に来る?」と聞いた。
すると「なー!」と返事をした。紗奈は「じゃあ、一緒に行こう!」とリュックサックにトラ猫の子猫を入れた。
父は運転席で、母は助手席に座っている。私は後ろに乗った。リュックのファスナーを緩めてトラ猫の子猫に話しかけた。
「楽しみだね」
トラ猫の子猫はリュックの隅でじっとしていた。
(どうしたんだろう?)
子供だから良くわからなかった。あれは怯えていたんだ。
博物館に着いた。森に囲まれた場所で、駐車場が広かった。
車が駐車場に駐車された。
「よしっ。着いたぞっ」と父。
「運転お疲れ様」と母。
「じゃあ、トラちゃん行こっか!」と私。
「「えっ!?」」と両親が後部座席を振り返る。
リュックサックから車内にトラちゃんを下ろして、車の扉を開けた。すると--
トラちゃんが外へと逃げ出してしまった。
「トラちゃ--ん!?」
慌てて外へ出て捜した。駐車場も博物館の中もくまなく捜した。でも、見つからなかった。
帰る時も私はずっと落ち込んで、駐車場で蹲って「トラちゃんが来るまで帰らない」と駄々をこねた。
父は「置いて帰るぞ?」と酷い。
母は「気にしないの。誰かに拾われたのよ」と励ましてくれた。
(一生懸命捜しても見つからなかった。なら、きっと誰かに拾われたんだ。トラちゃん可愛いからきっとそうだ!)
無理矢理そう思う事にした。
家に帰った。猫の家族が来る事はもう無かった。
あの時は分からなかったけど、トラちゃんが居なくなったから、この家は危険だと判断したのだろう。
=/\-×-/\=
「そんな猫はゴロゴロいるにゃ〜。でもそうだにゃ〜。猫は恨みは絶対に忘れないから、おみゃ〜の名を出せば、逃げるんじゃね〜?」
「名前で逃げ出すっ!?」
猫好きにはショックすぎる。が……何だか心当たりがある。
「私。王様に逃げられた。でも、王様はトラじゃない」
「にゃにゃ? 知らないにょか? 猫は8回生まれ変わるにゃ。その度に毛皮を変えるのにゃ」
紗奈は「にゃんですとっ!?」と驚いた。
ブチ猫は肉球の手をグッパーと閉じたり開いたりする。
「さっさと行って来いにゃ〜。みゃ〜は眠いのにゃ〜」
くわ〜と口を大きく開けて舌を伸ばす。紗奈はどうやら追い払われているそうだ。さっきまで慰めてくれたのにこの手のひら返しだ。猫とはとってもマイペースにゃのだ。
紗奈は「ありがとうっ! そのマイペースなところが好きっ!」と告白して黒の王様を捜しに行った。
ブチ猫は「むにゃむにゃ」と地面に寝転びながら尻尾で返事した。