91:いい服あった
着心地のいい服を身につけて顔を青くしたカークはフィッティングルームから出てきた。
――そう何を隠そう、服全てに値段が書かれていなかったのだ
どういうことだ?あまりにも恐ろしくてカークは心臓が縮んだ。
だが、着心地は良い。本当に良い。前世の服と比べても段違いに良い。
まず、生地が凄いのだ。木綿しか触ってこなかったのでこの絹のように滑らかで上質な不思議な生地に驚いた。少ししか伸びはしないがどれだけ引っ張っても破れる気配など微塵もないのでヒトの力では破れないことは想像に難くない。
そして、恐ろしい事に何処にも縫い目が無いのだ。
カークはこの違和感を探るのに1分以上かかった。気づいた時は、目を丸くしたものだ。
前世ではよく見た縫い目のない服をこの世界でも見るとは思わなかった。
上質な白いシャツを着て、ズボンは質素な黒。とは言えどちらも上等な代物であり、本来なら手も出ないような品物である。
腕まくりをして、カウンターを見るとシャルローゼが無表情にこちらを見ていたが、突然愛想笑いを浮かべる。
「いかがでしたか」
「良いものがありました。流石ですね」
カークは間髪入れずそう言うとシャルローゼは幾らか満足そうにうなずく。
「その、他にも欲しいものがあるので今のうちに言っても良いですか」
「どうぞ、仰って下さい」
「魔量回復剤・・・・・・30回復するものを200個と空間魔法付きの収納ポーチを4人分」
頷きながらもシャルローゼはカークに問い返した。
「空間魔法付きのポーチの重量はいかがなさいますか?」
「不躾な質問で申し訳ないのですが参考までに、この服はいくらくらいですか」
そう言われ彼女はカークの不安に気づいたのだろう、優し気な笑みを浮かべて口を開く。
「当店で扱っている衣類は高くても金貨5枚です。カークさんが選ばれた衣類であれば合わせて金貨6枚です」
すごい値段だ。さっきまで一枚銀貨3枚の服を着ていたカークは顔を引き攣らせて頷きながら愛想笑いを浮かべる努力をした。
「あ、はい。そうですか、ありがとうございます。なら、重量100kgの物をお願いできますか」
「畏まりました」
100kgもあればテントも入るし、素材もたくさん入る。それだけ多くの事を同時に出来るようになるし、財産も持ち歩ける。いいことずくめだ。
カークはうきうきとしながらカウンター奥の扉に引っ込んだシャルローゼを待った。
彼女が帰って来るより先にルリが先に出てきた。
「わっ」
今まで着ていた服が悪かったとは言わない。それでも、彼女のポテンシャルを活かせていなかったのは事実だと思い知らされた。
金の装飾が僅かに施された藍の燕尾にシンプルな白いシャツ、白のズボン。男装の麗人はカークに気づいていつもどおりに微笑んだ。
「カーク。どうでしょうか」
「素敵だね、ルリ」
貴族のような装いではあるが、白い革の胸当てや腰から下げられた銀の棒とポーチ類が否定する。しかし、それは彼女の高貴さを決して損ないはしなかった。
あの男の趣味なのかは知らないが、ポニーテールを支える金のリボンは確かに美しく華やかでルリの瑠璃色の髪よく似合うので、藍の燕尾がよく合った。
ともすれば、淑女ですら彼女の前では頬を染め手を握りたがるだろう。
「カークにそう言っていただけるととても誇らしいです」
「そうかい?」
ルリの言葉にカークも微笑む。彼女は純粋でカークを良く思ってくれているから真っ直ぐな言葉に気恥ずかしい面もある。
誇らしげな彼女は背筋を一層伸ばし、表情は余裕の微笑みを浮かべてはいたが尻尾を揺らして耳をピルピルと幾らか動かして興奮が隠せないようだった。
可愛らしい反応に思わずルリの頭を撫でる。
「可愛い」
「・・・・・・っ!っ!はい!」
顔を真っ赤にしてルリはそれでも嬉しそうに頭をカークの手に押し付けた。
――やっぱり、下の子が出来た上の子みたいだ
突然下の子が来て寂しかったのかもなあ、なんてしみじみとそう思いながら手触りの良いルリの頭をひとしきり撫で、手を離すと彼女は少し残念そうにした。
それからすぐにオニキスが出てくる。
彼は貴族の子息のような装いで出てきた。
光沢のある黒のベストにフリルのついた華やかな白のシャツ。淑やかなレースがあしらわれた短いズボンから覗く白い脚が健康的で眩しい。
先ほど買ったブーツにもよく合って、ひざ下までの靴下も似合っている。
銀のスカーフを首に巻き、それを止めるブローチはマントに合わせたのだろう、緑色の石と赤い蔦の留め具で煌びやかだったが、決して彼が浮くことは無い。服に着られているということは一切なく、れっきとした貴族という威厳を持ってオニキスはその装いを十全に活かしている。
「いいね、オニキス」
「ありがとうございます、カーク」
オニキスはマントを羽織るとそう言って微笑んだ。
マントと馴染んで少し派手に見えるブローチもこうしてみれば些細な装飾品に過ぎない。
黒銀の髪とも合っている。彼の着ていた服は元々上等ではあったがところどころ解れていたし、ラナンティアの店の品物の方が品質は上だ。不思議である。
「何の生地でできてるんだろうな」
「さあ?」
ルリもオニキスも分からないのか首を傾げる。
まあ、カークも大して興味がある訳ではない。好奇心はそのまま思考の渦に飲み込まれていった。
最後に出てきたシンジュは愛らしい膨らみを持つスカートを履いていたがカークは一抹の不安を感じた。
「悪い人に連れてかれないか」
「貴公。私は弱くはないぞ」
「そっか・・・・・・」
にべもない言葉にカークは幾らかしょんぼりとしながらも彼女の選択を咎めようとは思わなかった。
「スカートを履くことで得られる利益も存在する。貴公、期待していたまえ」
「う、うん」
真っ白な絹のような髪、黒真珠のような瞳の美しい事。顔の作りも良い彼女はそれだけで芸術品のようだった。
黒のシャツにはフリルとレースが豪華に彩られ、スカートは外側が薄手の上品なレース、内側が黒い厚手のレースだ。
ゴシックロリータと言う言葉が脳裏をよぎったがカークは曖昧に笑ってその言葉を脳みそから追い出した。今言っても誰にも伝わらないからだ。
ただ、前世で見かけたそう言った服と違うのはやはり、縫製技術と謎の生地だ。
「うーん、足りなくないか」
カークはそう言うと彼女の分の箱を漁る。服ではなく、宝飾品。
こだわるならとことんまでこだわりたい。
ひとつのブローチを見つけて、シンジュを振り返る。そしてしゃがんで彼女の首元を飾るためのブローチを取り付けた。
「どうだろう?気に食わなかったら外してくれ」
彼女はフィッティングルームに戻って鏡を覗き込み、それから戻ってきて、微笑んだ。
「極めていい趣味だ」
皮肉だろうか?真実そう思っているのだろうか?カークは内心冷や汗をかいたが彼女の頬が微かに上気しているのを見て、野暮な事を聞くのを止めた。
まん丸で白い真珠は美しい。
しかし、歪んだ真珠も見ようや趣味によればいい物だ。
それが、金の装飾を施されたバロックブローチで、雫のように妖艶な黒の真珠が垂れさがればこれは最早、芸術作品だった。
彼女は、その芸術作品を身につけても遜色ない。美しく、可憐で、優美だ。
「せっかくなら、ルリも」
「よろしいのですか?」
ひとつ笑って、カークはルリの箱を漁る。装飾品の中にある、ブローチを手に取るが、それと一緒に暗い銀のアスコットタイも手に取った。
ルリの首に手を回し、タイをつけると止めるためにブローチをつける。
「あ、ありがとうございます」
極めて高品質なラピスラズリのブローチ。
一幅の絵画のようなラピスラズリはいぶし銀の蔦の装飾を経て、天上の星空を見せる。
見上げる星も良いものだが、首元の彼女のための星空はどれほど価値が高いだろうか。
「君の美しさの一助になれればそれほど嬉しいことは無い」
ルリの微笑みは満点の星空よりも美しく明るく輝いた。




