89:角売れた
「空間魔法のポーチ、服、毛布、あとは・・・・・・」
ラナンティアの店へ向かいながらカークは指折り数える。
「魔量回復剤もか」
ラナンティアの店がある路地裏に向かう前にある、大きな鍛冶屋に入ると以前もいた巨躯の男が剣を磨いているところだった。
「何で店先で磨いてるんですか」
磨くなら外か中の工房だろ。その言葉に男はへっへと大型犬のように笑って剣を背後の棚に戻すと答えた。
「アピールに決まっとるじゃん。うちは良い剣置いとるにーってね。今日は何しに来ただん」
「防具を揃えに」
「その防具は嫌かん」
カークは慌てて首を振った。
「いえ、新しい仲間の防具が欲しいんです」
「ほーん。子どもじゃん。まあいいに、どんなのが欲しいか言ってみりん」
オニキスとシンジュを振り返って首を傾げると彼らもまた首を傾げた。
「重いのはちょっと」
「私も重い物は、好まんな」
男はうめき声を上げて、額に手を当てると口を開いた。
「・・・・・・うちじゃなくてラナンティア様んとこ行きん。ブーツとか、革の手袋や鎖帷子とか鎧はうちのがいいけどな、魔法使いとか野伏系の奴らにゃ重いもんしかないもんで、うちで革ん防具買うよか、あの方の服のが頑丈だでね。金はあるかん?」
どうやらラナンティアの店は最早万事屋である様だった。防具までおいているとは。
「あ、はい。臨時収入がありまして」
「ほれなら、なおさらそっちが良いでね。代わりに、うちでブーツ買っていきん。高いのだすで」
「ははは・・・・・・」
ぼったくるというより明らかに作ったはいいが誰も買わなかった系の防具を持ってくる顔をしていた。あれは在庫を押し付ける顔だ。間違いない。
数分で男は戻ってきて丁度、オニキスとシンジュに合ったブーツを持ってきた。子ども用に見えるが、何故作ったのだろうか。
その疑問は直ぐ氷解した。
「ラナンティア様んとこにさ、エメディリルおるじゃん。そん奴が、作れつったから作ったったのに気に食わんて買わんでおいて行き寄ったじゃんねぇ。その在庫が結構あるんだに?酷い話だら?」
「はあ」
そうですか。と言うわけにはいかないので曖昧に頷いてブーツを受け取り、店の中の椅子に2人を座らせてブーツを履くように言うとぴったりと合ったようだった。
「痛くないか?足の指はブーツの中でちゃんと動くか?」
「はい大丈夫です」
「こちらも問題ない」
「元の靴は、どうする?よさそうな靴だけど」
身なりの良い2人の靴も相応にいい靴だったが、防御面では不足が多く見える。
けれど、捨てていいということは無いだろう。思い出もあるはずだ。
「いりません」
「捨ててくれ」
「そ、そうか」
すっぱりと切り捨てるような答えにカークは動揺しながらも元の靴を受け取って男に渡す。
「処分を頼めますか」
「おう。頼まれた。ブーツは買うかん?」
「はい。おいくらですか」
男は手元の小さな靴とカークの顔を見て、にんまりと笑う。
「ちょっと安めにしとくでね、良い素材、売ってくれんかん」
「・・・・・・いい素材ですか?持っているのは、竜の爪と角と牙が数本ですね」
片眉を上げて男は訝し気な顔を見せた。
「青鹿狩っとったら。皮は?」
「何で知ってるんですか?いいですけど、売りましたよ、それ」
随分前の事に感じるなあなんて思いながらそう言うと男はちょっと考えるそぶりをした。
「何の竜だん。小竜だら?」
「えーと・・・・・・ティユレイ種です。磁竜フェグガヌの」
ギルドで受けた言葉を思い出して言って浮かべられた男のぽかんとした顔はいっそ面白かったがカークは笑いを堪えるというよりも戸惑いが先だった。
――何が欲しかったんだ
「う、鱗はどうしただん!?」
「売りましたけど」
「ぐあああああ!!!くそっ!今度倒したら、真っ先にこっち持ってこりんよ!いいもん作るし、高額で買い取るでね!!」
男の慟哭にびくりと身を竦ませて一歩引いたのはカークだけだった。
ルリもオニキスもシンジュも微妙な顔で相対している。
「あ、はい」
「そいで、角があるんだら?それは買い取るわ。だしん」
カウンターをいささか力強く男は叩き、カークはどぎまぎしながら空間魔法のついたポーチから角をズルリと取り出した。何度見ても小さな腰のポーチから大きなもの出てくるのは正気を疑う光景だ。
「この光沢。間違いねえな。よく狩ったじゃん」
「偶然ですよ」
「ほんほん。まあ、素材がありゃ満足だで何でもいい・・・・・・一本金貨100枚でどうだん」
「あー・・・・・・相場が分からないんですけど。それでいいです」
呆れたように男はカークを見て、それから角を指さす。
「いいかん。竜の中でも飛竜地竜の角は高値で取引されるんだわ。ティユレイ種なんかの高レベル高ランクの古竜に引けを取らん連中の角ともなりゃ、買い手はいくらでも付く。倒せる奴ぁ限られるでね」
そこで言葉を切りにやりと獰猛な笑みを男は浮かべる。
「けど、素材を十全に活かし最高に仕上げられる職人は少ないんだわ。だで、儂が買い取ってなんか作る。どうだん、悪ないら?」
「は、はあ」
作られても何だか分からん。カークは門外漢だ。
「ナイフを2本作れる。残りの素材は儂の物ってことで、一本金貨100枚どうだん。ナイフ代はタダだに」
「どうおもう?」
ルリ達に聞くが彼女たちも曖昧に首を傾げるだけだった。
ただ、シンジュはちょっと興味を持ってカークを見上げる。
「少しいいか、貴公」
「なに?」
「すまない。私は見ての通り、小柄だ。大きな獲物は振り回せんし、魔法の才能も低い。野伏の才能は幾らかあるし弓を使えるが、近距離戦で弓を振り回すのは良くないだろう。貴公さえ良ければ、この先の為にも私にそのナイフをくれないか」
ぱっと、カーク快活に笑った。シンジュが頼ってくれたのが純粋に嬉しく、この上なく心地よかったからだ。
真白い絹のような美しい髪を撫でてカークはそのきらきらした黒い瞳を見つめて言う。
「分かった。君の為なら」
「・・・・・・感謝する」
ねだったことが少し恥ずかしかったのか彼女は僅かに頬を染めて俯いた。




