88:いったん戻る
宿場街から離れる事10分。
「これくらいかな」
周囲を見渡し危険がない事を確認すると意識を集中させる。
ロージニアに向けて魔法を放つ。
「【門の創造】」
ずるり、と何かがカークの前に顕現し黒く歪み生暖かい風を通す門が現れる。
「何か、嫌な感じなんだよな、これ」
便利な魔法ではあるが、率直に言ってなんというか、嫌な予感と言うか見てはいけない何かを見せられているような正気を疑う光景を見せられているような、そんな感覚を覚えるのだ。
だが、3人はそうは思っていないらしい。ピンとは来ていない顔で此方を見ただけだった。
「まあ、うん。文句を言っても始まらないし、行こうか」
「はい」
ルリの返事に微笑み返して一歩を踏み出す。
黒い霧を越えると確かに、そこはロージニアが見える位置だった。
近くはないが、歩いて1時間もかからないあたりに出たらしい。
「大体、計算通りかな」
安全を確認して作った門を消す。
「良かったですね、カーク」
「ありがとう、オニキス」
オニキスの頭を撫でながらカーク達は歩き始めた。
ロージニアの市街を歩きながらカークは不意に口を開いた。
「シンジュは冒険者登録するか?」
真白い頭を見下ろしてそう言うと彼女は少し悩み、微妙な表情を見せた。
「私はグールだ。ヒトの世界で生きるのは困難だと知っている。不可能ではないか」
「冒険者は知っているんだな?」
「勿論だ。未知を既知にする者。誉れ高き英雄たち。そして無謀の権化。欲深き探索者達。そうだろう?」
容赦の無い言葉にカークは大きく笑いシンジュを正面から見据えた。
「その通り。冒険者になれば身分証明も出来るし、いいことづくめだ。損はない」
「グールでもなれるものなのか」
「言葉が通じて常識を学ぶ気があれば、問題ないさ。本を読む限り過去にはトロールやオーガ、ケンタウロスにミノタウロスの冒険者もいた。物語の中である可能性もあるけどな」
「ふむ」
彼女はそういうカークを見上げてからルリとオニキスを見て、それから頷き微笑みを浮かべる。
「いいだろう。冒険者となるのも一興だ」
「それは良かった。冒険者ギルドに一緒に行こう。手続きはすぐ終わるから。読み書きは出来るか?」
「問題ない」
そう言ってシンジュはカークを見たので、その頭を撫でてからギルドへの道を進む。
少し歩くと冒険者ギルドが見えてくる。その大きな扉を開いて中に入るとやはり賑やかでうるさかった。
奥の方で誰かが喧嘩をしていて、壁の方にある席では口論が勃発している。
「随分と賑やかな者たちだな」
シンジュの言葉に苦笑しながら受付に向かう。
昼下がりの今の時間帯は比較的すいている。直ぐにカーク達の番が回ってきて、カークは受付のニールに声を掛けた。
「すみません、冒険者登録をしたいのですが」
ニールは訝し気な顔を見せて新入りであるシンジュの顔を見ると微妙に怒ったような引き攣った顔を見せた。
「・・・・・・気のせいでなければ、その?」
「ええ、はい、シンジュです」
カークがそう言って紹介するとシンジュはカウンターに手を乗せて無表情に首を傾げた。
「冒険者と言うものになりに来た。さて、登録させてくれるかね」
ニールは完全に顔を引き攣らせ、喉からかすれた声を絞り出した後で息継ぎを忘れた牛のような声を出した。
「グールでは」
「よく分かりましたね。ですが彼女は良いグールです。保証します」
「我々受付はある程度の看破系の技能を持っているんです」
「あ、そうだったんですね」
ニールは一息つき困った様にシンジュを見る。
「ヒトを食べますでしょう」
「いいえ、食べません。食べたこともありません」
知らないけど。
食べたとしてもこれから食べなければいいのだ。過去は変えられないが、これからは未来は変えられるのだ前向きに行こう。
だいたい、食用ではない竜の肉が微妙だったのだ。食生活に気を使ってるわけでも食用肉である訳でもないヒト肉が美味い訳がない。ゴブリンなどの劣等種がヒトを喰うのはそれが“簡単”であると知っているからにすぎないのだ。そんな粗末な肉が美味いと感じるのはただの思い込みと自身の嗜好の問題だ。
「ふむ。その通り、ヒト肉に興味はない。どちらかと言うと牛肉や鹿肉を好む。それとも、なにか証明して欲しいかね?しかし、証明方法はないだろう?」
首を傾げてニールを射抜くシンジュの堂々とした態度に彼は幾らか諦めたようにそれでも声を潜めた。
「分かりました。しかし、お節介を承知で申し上げますと、貴方方は非常に目立つ。それだけは気を付けていてください。悪い噂が立たないよう、注意を」
「はい、分かりました、ありがとうございます」
例えば、物取りをする噂が立つ者に依頼はこないしギルドも避ける。何かあった時、真っ先に切り捨てられるし、通報もされる。
冒険者は信頼商売だ。相手を貶すのも、自分を安売りするのも避けなくてはならない。
シンジュがグールの冒険者であることは直ぐ広まるだろう。
このギルド内でもちらちらと目を疑うようにシンジュを見るものがいる程だ、想像に難くない。
もし将来、ヒトがこの街で襲われることがあったとして、その時に真っ先に疑われる覚悟を果たしてカーク達は持てるのか。
カークは拳を握った。
「シンジュは俺達の仲間ですよ。信頼しています」
シンジュはカークの言葉を受けて、何処か寂しそうに嬉しそうに少女らしく笑った。




