85:希少素材はお高い
「此処からあの宿場街まではえーと」
健康な成人男性が1日に歩ける距離はどれくらいかだいたいで考える。
10時間ぶっ続けで歩くというのは現実的ではない。休憩は1時間前後。
そう考えると一日に歩けるのは9時間ほどで、魔物や野盗の襲撃が無ければずっと歩ける。
このメンバーは全員体力があり、結構なスピードを維持できる。
5時間で40kmから50㎞が妥当な数字か。
宿場街からこの村までは妨害なく早朝から昼まで歩いてきたから・・・・・・。
「50㎞くらい?」
カークの言葉にノアが頷く。
「まあ大体それくらいだな。正確には測ってないから知らんが」
肩を竦めたノアに笑い返して精神を集中させる。
「じゃあ、3消費で良いかな。【門の創造】」
宿場街の少し離れたところをイメージして魔法を発動させる。
何処からか、濁った黒い塊が流れていき、生臭い息が吹きかけられたようだった。
驚いて目を開けると目の前には黒い門がそこに鎮座していた。
不釣り合いな光景だ。村の真ん中に黒い淀みのような辛うじて長方形を形作っているとうな不定形な、門がそこに立っているのは酷く冒涜的で悍ましくすら感じる。
「これ、これの中に入ったら、向こうは本当に宿場街の前辺りなのか?」
「さあ」
レラは首を傾げる。それはそうか、術者のカークにも何が何だか分からないのだから。
「先に俺だけ行って、確認してくるよ」
「大丈夫ですか?」
ルリの心配そうな声にカークは微笑んだ。
「ちょっと見てくるだけさ」
そう言って暗い闇の門に足を踏み入れた。
それは霧を進むように周りが見えず、不安を煽ったが直ぐに視界は開けて、平原に出た。
少し遠くに宿場街が見える。
カークは思わず、笑ってしまう。とても便利な魔法だ。
そして、ノアの言う通り、危険な魔法だ。
踵を返して黒い門の霧を抜けて村に戻ると6人に声を掛けた。
「大丈夫。繋がってたよ」
「不思議な魔法ですね」
ゼトは感心したようにそう言い、ノアとレラも感心したがやはり何処か警戒したようにその門を注意深く見ている。
オニキスは門を躊躇なく通り、ルリもそれに続く。シンジュも同様だ。
(うちのチームは淡泊というか豪胆と言うか)
自分だったらこんな怪しい物を信頼できないが。
うーんと唸りながらもカークも門をもう一度くぐった。
あの村の村長を探すのはさほど苦労しないらしい。これに関しては、きっとノアとレラが軍人なのかもしれず、その伝手で村長の所在を探らせたのかもしれない。
4人で宿場街の冒険者ギルドに向かう中でシンジュは周囲を興味深げに眺めそれからカークを見上げた。
「・・・・・・少し小さい街なんだな」
と言うことはシンジュはここよりも大きな街から来たのか。
「基準が分からないな。シンジュは何処の街から来たんだ?」
「リフォアノだ」
「大きな街なんだ?」
シンジュは頷き、少し誇らしそうだった。
「勿論。その街の墓所に“塊屍候”の祭壇がある。私はそこで生まれたのだ」
「そっか」
シンジュの頭を撫でて歩を進める。
道に迷いながらも冒険者ギルドに辿り着くとやはり、建物の中は賑やかだった。
受付の女性に声を掛けてカークは愛想笑いを浮かべると、竜の鱗を取り出す。
「買取をおねがいします」
「は・・・・・・はいっ?」
輝く白の鱗。強固でありながらも優美さと宝石の如き輝きを持つそれを受け取った受付嬢は酷く困惑しながらもキリキリと背後の鑑定士に手渡しに行く。
カークはぼうっと待つことにした。
(いくらくらいなんだろう・・・・・・)
悲鳴のような声が聞こえてそれから冒険者ギルド内が静まり返って誰もが悲鳴の上がった方へと目を向ける。
それから、次いでカーク達に目線が移る。
子ども2人を連れたチームなど極めて目立つ。カークは少し恥ずかしく思いながらも待った。
2分程待つと受付嬢は顔を青くして鱗を震える手で持ち、カークを恐る恐ると見上げた。
「フェグガヌのティユレイ種を討伐なさったのですか!?」
恐怖すら滲む声でそう言われ、カークは困惑した。
――じゃなかったら、この鱗は何だというのだ。盗んできたとでもいうのか
僅かに苛立ちながらカークは口を開く。
「え?はい。農村を襲った竜を討伐しました。鱗の買取はしていただけないのでしょうか?」
目の前の受付嬢の困ったような表情にカークは自分の浅慮を恥じた。
(しまった!そうか。俺の身なりじゃ疑うのは無理もない!)
ボロボロの衣服に申し訳程度の皮の胸当て。たったそれだけの防具に質素な剣を下げているし、冒険者登録票の色はF級の白。どう好意的に考えたって、あり得ない事だ。
受付嬢の戸惑いを理解してカークは悩む。
「信用できないという事ですか」
「はい、その申し訳ございません」
だが、それなら取れる方法はある。
「ならここでの買取は諦めます。それでは」
信用できないとそう言われたら仕方ない。身なりが良い訳でも実力があるように見えるわけでもないカークを頭ごなしに否定するならこちらもそうするだけだ。
少々値段が下がろうが、これほど美しい鱗であれば買い手は付く。
錬金術師や魔法道具を作る者や鍛冶師は竜の鱗を欲しがるだろう。
そう考えて頭を下げて立ち去ろうとしたカークに声がかかる。
「待ってください!買い取らせてください!!」
振り返ると受付嬢を押しのける女性がいた。
その目は好奇心と渇望で爛々と輝き、竜の鱗にその視線が釘付けである。
涎すら垂らしそうなその顔で息を呑んで彼女は続ける。
「金貨50枚いや!!60枚っ!それで買い取らせていただけませんか!!」
随分高値が付くんだな。とカークは思ったが良く考えてみればあのレベルの竜を倒すのは困難だ。であれば妥当な値段か。鱗の値段が分かれば後はレラが持っている鱗を丸ごとゼトに買い取ってもらうだけでいい。
売り物になる鱗の数は34枚。
(大金持ちじゃーん)
カークは微笑んで、鱗をカウンターに置いた。
「分かりました。金貨50枚でお売りします」




