83:”シンジュ”
朝起きるとカークはぼうっとした頭で焚き木を囲う人物を見て、目を擦った。
緑の髪の男2人と赤い髪の男1人、瑠璃色の髪の女が1人と黒髪の少年1人と白髪の少女が1人。
「・・・・・・なんで?」
「貴公を守るように我が神から啓示があった」
目を擦るカークを見上げて少女はそう言い、木の器に入ったスープを渡してくる。
「いや、グール・・・・・・皆大丈夫なのか?君が長なんじゃないのか」
少女は肩口で綺麗に切られた上品な白い髪を揺らして無表情に言う。
「違う。私は今回の件であの群れに送られたヒトガタに過ぎない。いわばもう用済みなのだ」
「よ、用済み」
にべもない言い方だ。カークが戸惑いながら少女の隣に座り、周囲の人の反応を窺ったが全員我関せずと言うか、興味がないらしかった。
「君を例えば、その、突き返した場合はどうなるんだ?」
「ふむ。その場合は、単純だ」
少女は自分の持った木の器からスープを掬って口に含み、飲み込むと続けた。
「消滅するだけだ」
じゃあ、断れないじゃないか。スープを啜りながらカークは呻きたかった。
これ以上同行者が増えるのは良くない。しかし、突き返すと彼女は消滅だ。
陽の光を浴びてキラキラと輝く黒の瞳が綺麗だが、青白い顔に生気はない。
グールと生活する事など考えたこともなかった。
「期間を聞いても?」
「指定はなかった。きっと、その時になればわかる」
不思議な言葉だ。一生とも取れるが、1分後とも取れる。曖昧で確実性の無い事にあの厳格そうな神“塊屍候”が、守ろうとしていた下僕のひとりを無為に寄こすだろうか。
カークの何ともいえない曖昧な表情に少女は少し笑った。
「諸君に勝手について行くが気にするな。自分の事は自分でする」
「気にするなと言われてもな。ゼトさんたちは?」
ゼトはレラを一瞬見てから、微笑む。
「一通り、事情を説明して危険な旅であることは言いましが、意思は変わらないそうです」
「ああ、だから静かだったのか」
依頼主のゼトが気にしないのであればカークが説得する人物はあと2人。
「ルリは?」
「私はどちらでも。カークに危険が無いのであれば、それで」
「オニキスは?」
「僕も、どちらでもいいですよ。悪い方ではなさそうですし」
成程、2人とも案外お人好しだ。昨日今日あった人物と旅に出たいとは!
と言った物の、ゼト達と旅をしている時点で大差ないか。
カークはスープを飲み干した木の器を地面に置いて少女に向き直る。
「じゃあ、よろしく」
「ああ、よろしく頼む」
「ところで名前は?」
「ふむ」
名を聞かれて首を傾げる少女にカークは嫌な汗が流れるのを感じた。
(ルリも名前が無かったなあ)
「無い。あの群れは近くの街に住んでいるし、名前の必要性が無かった」
黒く美しい瞳がこちらを捉え、薄く微笑んだ。
「良ければ、貴公。名をつけてはくれまいか」
「ええ・・・・・・ああ、うん。分かった」
気軽にヒトに名前をつけさせるのが流行っているのか。
うーんと唸り、カークは色々と考える。
真っ白な髪は絹糸の如き柔らかさと淑やかさであり、煌く姿は真珠の如き。
そうだ、瞳も黒真珠のように妖しくも清廉であり、そこに宿る力強さは筆舌に尽くしがたい。
「シンジュにしよう。よろしくシンジュ」
「いい名前だ。貴公、感謝する」
微笑む少女の顔は可憐だ。カークは思わずその頭をひと撫でして、空になった器を集めた。
灰をかき集め土をかぶせて火の始末をしてから振り返ると口を尖らせたルリと目が合った。
「ど、どうした」
「私も」
耳を伏せ尻尾を上げた姿でルリはカークを見るがその先の言葉が出てこない。
カークは身構えつつ先を待つ。
「なに?」
「な、な、な、撫でて欲しいです!」
ああ、なるほど。
オニキスが仲間になった時もそんな顔をしていたなと思い出してカークは笑んだ。
(下の子が出来たお姉ちゃんの顔だ)
しばらくはルリと2人で冒険をしていたから寂しかったのだろう。仲間の機微に気づけないとはカークは酷い男である。
カークは手を伸ばして、ルリの頭をぽんぽんと撫で、彼女が満足気に鼻を鳴らすまで続けた。
「ありがとうございます」
頬を染めてルリは尻尾を上げた。耳は満足気に揺れ、ちょっと恥ずかしそうに後ろに流れている。
「いいんだ。いつでも言ってくれ、ルリ」
カークもまた、満足気に微笑んだ。




