81:あの人は全力疾走
「ふっざけんじゃないわよ!!!」
叫んだ少女は大男の小脇に抱えられ森を駆け抜ける。
ポニーテールにした赤い髪がリズムよく揺れ、上品なマントがその所作にそぐわない。
「舌を噛むぞ」
冷たく言い放つ大男は黒髪を靡かせて何かから逃げるようにひたすら走り続けた。
少女が小柄とは言え、人ひとり抱えて走れるのだから常人の筋力ではない。
ヴェノテシアはロージニアで雇った喧しい冒険者に幾らか呆れながら先を急ぐ。
背後からは武器を手に手に襲いかかる黒装束のハイ・コボルト達。
数が多いので正直、相手にしていたらきりがない。ヴェノテシアの撤退もやむなしである。
「あいつら、しつこいのよっ!なに!?あれ!」
本当にしつこい、実にしつこい。これ程しつこいとは思っても見なかった。
ヴェノテシアは苦虫を11匹は噛み潰したかのような苦い顔を隠さなかったし、それを見た赤髪の少女、イナンナは流石に2日で慣れたのか何も言わない。
初日は苦い顔をする度に文句と辛気臭いという不平不満を容赦なく吐いていたが飽きたのだろうと思う。
「やっぱチームごといた方が良いんじゃないの?」
幾らか冷静に彼女が言うのでヴェノテシアは呻く。
「無理だ。目立ちすぎる」
「・・・・・・まあ、いいですけど?依頼料は貰ったし」
この少女にとっては破格の値段で雇った。元々ダメもとで赤い髪の18歳くらいの少女か少年を探した結果、彼女が居たのだ。この僥倖を逃す手はないと金を積み、彼女を雇って帝都を目指している。彼女のチームごと雇わなかったのは“目立ちすぎる”から。
依頼の内容は単純明快。
『帝都まで付いてきて欲しい』『髪はポニーテールにする事』それとあとひとつ。
この怪しすぎる依頼を彼女は二つ返事で受け入れ、依頼料も受け取った。
先に金貨200枚。後に金貨400枚。彼女にとっては極めて高額な収入のある長期間観光と相成ったが、ヴェノテシアは詳細な説明を一切しなかった。
意図しての事だ。真実を知るものは少ない方が良いし、彼女はこの年齢にありがちな情緒が不安定と言うかちょっと信頼がおけない。若いわりに強いが落ち着きなども皆無。非常に不安だった。
だが文句を言っても始まらない。ヴェノテシアは走る速度を徐々に上げながら森を駆け抜ける。
「花竜帝国まではとにかく走る。それだけだ」
「走ってばっかね。疲れないの?」
ヴェノテシアの地位など知る由もないとはいえ、気負わない性格とは何とも怖いもの知らずである。
ヴェノテシアはとうの昔に無くした無垢さを感じながらも肩を落とす。
「走るしか無かろう」
「はいはい」
我関せずとイナンナはそう言ったきり、黙った。
ハイ・コボルト達を撒いたのはそれから数十分経っての事だ。森を抜け、平原を走り続けて見晴らしのいい場所に出ると追ってはこなくなった。
連中は姿を見られるのが好きではない。草が伸び放題とは言え森よりは見晴らしのいい平原で襲う気はないのだろうし、もしそうなったら、どれ程の数が居ても森とは違い、平原ではヴェノテシアに軍配が上がる。こればっかりは武器のリーチの差だ。
(花竜帝国内で弑する気は流石にないか)
連中は意外と冷静かもしれないなどと考えながら少女を地面に下ろす。
ぶつぶつと文句を言うイナンナは不意に大男を見上げて、ニヤリ、と笑った。
「森をあの速度で駆け抜けるのはちょっと楽しかったわ」
「そうか」
「何よ。喜びなさいよ。褒めてるのよ?」
「・・・・・・そうか」
喜びを共有できないことに苛立ちを覚えたのかイナンナはひとしきり地団駄を踏み、肩で息をしてヴェノテシアを見上げて首を傾げる。ちょっと首が痛そうな角度である。
「で?次は?」
「ノホルグラ山脈側の街道を進む」
“目立つように”、わざわざ街道を進む。
そうでなくては、意味がないのだ。上手く餓獣隊も引っ掛かってくれている。このままなら炙り出しも容易かもしれない。
算段を組みながらも歩を進める。流石に2時間近く走り続けたのだ、疲れた。
イナンナは気軽な様子でその後に続き、マントを靡かせた。
「花竜帝国っていい魔法あるの?」
「歴史のある国だから、お前にあった魔法もあるだろう」
「あら、良いわね。楽しみだわ!」
この少女の好きなものは“魔法”だ。魔法剣士になりたいと彼女は言う。
実際彼女の実力であればそう遠くない将来に実現するだろう。慢心しなければ。
「何か、魔法知らないの?頂戴、私に」
真っ直ぐすぎて痛いほどの言葉にヴェノテシアは珍しく、苦笑した。
規則上、ヴェノテシアから自国の軍属ではない者に軍事力と同等の魔法を教えることは出来ない。とは言え、彼女にはそれは伝えていない。
地位を教えることのリスクが高い。が、結局はいつか知る事になるだろうと思いながら、誤魔化した。
「魔法は得意ではない」
「あー!本当かしら?」
疑わしいとばかりにヴェノテシアを見て、イナンナはつんと口を尖らせた。
「カークも変な事を言ってたし、魔法使いってみんなそうなのかしら」
ぎょっとしてぴょんぴょん跳ねるポニーテールを思わず目で追ってしまう。
「・・・・・・エルデン・グライプと知り合いなのか」
「える、なに?カーク?なら、知り合いよ。私のついでで街に来たくせに、最近見かけないのよね」
ぶつぶつと独り言を言い始めたイナンナをヴェノテシアは途方に暮れたように見て、結局もういここまで来たのだ、どうしようもないとあきらめの境地に至った。
「向こうと合わないように気をつければいいだけだ」
肩を落としながら少女と共に街道を目指した。
そうして、ついでに警告もした。
「いいか、街に着いたら、お前の名前は“ゼト”だ」
「分かってるわよ」
彼女は笑ってそう答えた。
本当に分かっているだろうか。なんとなく先行き不安に思いながらも先を急いだ。




