80:竜の解体
「竜の鱗は剥がれ辛い。これで根元からたたき割れ」
渡されたのは鑿と金槌だった。レラは片手にバールのような物を持っていたが。
「・・・・・・え?」
耳を疑い再度問うとレラは呆れたようにカークから鑿と金槌をひったくり、竜に近づく。
そして、首筋の鱗に向かって鑿を当て、金槌を振り下ろす。
凄まじい音を立てて鱗が割れ、剥がれるとレラは振り返って戻ってきてカークに鑿と金槌を渡した。
この鑿、何でできてるんだ?
「こういうことだ」
「あ、はい」
粉砕した鱗がぱらぱらと落ちる様は美しいなと思いながらカークも同じように鑿を当て、金槌を振り下ろす。
ただ、先ほどのような音は鳴らず鈍い音が響いて鱗が中途半端に剥がれた。
「力が足りない。思いっきりやれ」
いや、思いっきりやった。力の限り振り下ろした。
カークはその言葉を飲み込んで曖昧に笑い、次の鱗にとりかかった。
全長十数mもある巨大な竜から売れそうな鱗を取るのは困難だとよく分かった。
何度も金槌を打ち下ろして痺れた腕をぶらぶらとさせながらカークは唸る。
「こん、こんなに巨体なのに売れる鱗はこれだけ・・・・・・?」
ボヤキに対して涼しい顔で手際よくバールのような物で次々と鱗を剥がしてたレラはそれを魔法収納のポーチにしまいつつ苦笑いした。
「初めてにしては良くできた方だ。竜を討伐しても状態によっては一枚も売り物にならない場合もあるからな」
「うへえ」
レラの説明では売り物になるのは傷がついていても良いが7割以上無事な鱗だけだという。
カークは力があるほうではなく、また、器用でもない。大半いや、9割程は砕けて土の栄養になっている。偶然まともに取れた1割など数枚だ。
ただ、レベルが高い竜程鱗が剥がし辛く、コツも必要だし専門の器具がいるとのことだった。簡単な作業ではないのだと自身を慰めるしかない。
それに鱗を剥がさなければ皮を剥いで腑分けも出来ない。
鱗を一枚残らず剥がした竜の巨体を見上げ、カークはげんなりとする。
ここまでで2時間かかった。これから皮をはぐ作業だ。
「竜の血はそのまま土地の栄養になる。魔力を吸って、良い作物が育つ傾向にあるからな」
「ああ、そうなんですか」
レラはカークを見て、それから、心底可笑しそうに笑った。
「・・・・・・敬語じゃなくていい。もう、気にするな」
「え、あ、え?いいんですか?地位とか立場とかを考えると、不味いのでは?」
「いいさ。言いたい奴には言わせる、なあ、カーク」
吹っ切れたような、朗らかで柔らかな笑顔だった。カークにはどうして彼がそれほどカーク自身を評価したのかは分からない。
竜から守ったのが良かったのか、竜を倒せる実力を示せたのが良かったのか。
それまでの彼は酷く苛ついていて不安定に見えた。カーク達を敵視とまでは行かないが、冷たく突き放し信用している気配は一切なかったのだ。
なのに、この変化である。うすら寒いものを感じるのは失礼かもしれないが、そう感じずにはいられない。
「はい、いや、うん。分かったよ、レラ」
「ノアも、大丈夫だからな。気軽に話してやってくれ。あいつはおしゃべりだから。ただ、ゼトに関しては状況による。すまないが、まだ理由は詳しく言えない」
「分かった」
頷き、カークもそれに同意する。ゼトは多分じゃなく確実に貴族であり、ノアとレラほどの実力のある人物が常時警戒しながら帝都まで送り届けなくてはならないほどの上位貴族だろう。気軽に接していい場面と悪い場面があるのは重々承知だし、冒険者などと言う存在を気軽に信用していいはずもない。
情報など何処で漏れるか分かったものじゃない。カークがどれだけ気を付けていても、不意に口走ってしまうこともあるだろう。
そうなったら、申し訳が立たない。
レラはカークが納得したのを見て、ひとつ頷き、腰からナイフを抜く。
黒の刀身に螺鈿細工を施されたような美しいナイフだ。けれども一目でそれが鋭く無慈悲な存在だと理解させるだけの冷ややかさがあった。
それの背を持ちカークに柄を渡す。
「解体してみろ。翼は俺が切り落とす」
そう言ってレラは剣を抜き、翼に斬りかかった。
すっぱりと切れた。説明によると生きている内は本人の技能や異能で全身に強固な防御網があるが、死亡した場合はそれがなくなり、鱗も剥げるし翼も切れるとの事だ。
確かに。でなければ竜の素材など出回らないだろう。剥ぎ取るのが不可能になる訳なのだから。
とは言え、カークは躊躇する。これ程の獲物の皮を自分が剥げるのかと。
その躊躇をレラは竜の巨体の上から見下ろして、肩を竦める。
「失敗を恐れるな。何事も経験だ」
「確かに」
「それに見ての通り、巨大な皮だからな。どの道、切り揃える必要がある。気負わず剥ぎ取る方が良い」
「ああ、分かったよ、レラ」
そう言ってカークは竜の首にナイフを突き立てた。




