78:”塊屍候”
広場に戻るとそろって青白い顔のグールたちが十数人とノアとゼト、オニキスが居た。
お互いに話しをしている。
グールの少女が真っ先にこちらに気づき、驚いたような目を向ける。
「なに?生きているのか?竜はどうした」
「倒しました。戦った周辺の家屋や畑の損害が酷いです。ご容赦ください」
瞠目したグールの少女は口を開きそれから、背後のグールたちを振り返る。
そして、もう一度カーク達を見て訝し気に口を開く。
「まさか、本当に?嘘だろう?」
疑う気持ちは分かる。カークの身なりは竜が倒せるようには到底見えないくらいには良くない。ルリはさっきついてきたところだし、レラは血だらけだ。
その上、あの竜はニティスクアナ達クラスの強者だった。普通に挑めば倒せない相手だ。
だから、カークは信じてもらえるように真摯に対応するほかない。
「間違いなく、倒しました。向こうに死体が残っていますから、確認してください」
グールの少女が何か言う前にカークは続ける。
「竜は一匹だけですか?」
「・・・・・・周辺を確認したが下僕も別の竜もいなかった」
「そうですか。ゼトさん、どうしましょうか」
安全確認すれば後は依頼主の言葉に従うだけだ。
ゼトは血だらけだが平然と立っているレラに視線を送り、それから、ノアに意見を仰いだ。
「どうでしょうか」
「何がだ?損害報告書を書いて、資金援助位なら出来るけどな・・・・・・ここの領主が図に乗るから気をつけねえといけねえし、ちょっと話す時間が必要だ」
「ああ、分かった。うまい方法を考えてやるさ」
ゼト達は適当な家屋に入って行った。
沈黙の時間が過ぎ、グールたちと見つめあう。
カークは何か自分が無礼な事をしていないかと冷や汗をかきながら彼らの反応を窺うがうんともすんともない。
オニキスが背後でカークの服の裾を引っ張る。
振り返ると何処か恥ずかしそうな表情が見える。
「あのー・・・・・・良かったら村を見て回りませんか?」
「うん?いいぞ」
そう言って手を差し出したが、「僕は15歳なので」と断られてしまった。少し寂しい。
手をつなぐのに年齢など関係ないのに。
「ルリも一緒に行くか?」
「はい」
僅かに肩を落としながら3人で家屋が倒壊していない里山の方に向かう。
すると、背後にグールの少女が付いてきていた。
「な、なんですか?」
「気を張る必要はない。お前、いや、貴公は我々の恩人だ。畏まるな」
畏まるなと言われても態度はでかいままなんだな。その言葉を飲み込んでカークは愛想笑いを浮かべる。
「あ、うん」
「貴公のおかげで、竜の脅威は去ったし村もだいたい無事だ。感謝する」
そう言って頭を下げる少女にカークは微笑みを向けて頷く。
「いいんだ。俺は依頼をこなしただけだから。村にも損害出ちゃったし」
「ある程度は仕方あるまい」
少女はそう言いながら里山に近い家屋の間をすり抜け、この普通の村には似つかわしくない立派な木造の小屋の扉を開いた。
「入れ」
離れたところからそう言われてカークはとりあえずそこへ向かう。
招き入れられた小屋は木の香りのする随分と丁寧に作られたものだ。
そして、その中にあるものは一抱え程の像と祭壇。
「見ろ」
顔の無いも手足もない、芋虫か蛆のように見えるそれは異様な気配を持って恭しく飾られていた。
丁寧に磨き上げられ、様々な動物の肉の供物もささげられている。
何か問おうと口を開いた時、頭の上になにか重いものが降って来た。
「ぐっぎぃっ!?」
瞬時に身体は床に叩きつけられ痛みが全身を襲う。
そして、自分を押さえつけていた重圧が去ると顔を上げた。
そこは――――真っ白な神殿だった。
荘厳な神殿、と言うよりはシンプルな白い石の棺のような場所である。
長方形の部屋に窓はないが、扉はある。
白い石の扉に目を向けて、けれども、そこに向かうことは叶わなかった。
「ああ、ああ、ああ。人間。よくやった」
扉とは反対側に玉座が置かれていた。白い石で出来た玉座に飾りっけはないがなぜか酷く不安にさせ、魅了される美しさを感じることが出来る。
声を出せないままでいると玉座に座った女は微笑んで、手招きした。
「緊張するな。貴公は私の大切な下僕を守ったのだ。その恩に報いよう」
「はっ!当然のことをしたまでであります“塊屍候”様!」
一瞬で己の立場を理解して膝を付き首を垂れる速度は感嘆に価した。
しかし、彼女はそうは思ってくれなかったようだった。
「先も言った。“畏まるな”」
「はい?」
それを言ったのはグールの少女だ。
不意に頭の中でピースが揃い、血の気が失せた顔が引きつった。
――そんな事も出来たのか!?
「そうだ、あれは私の一部。外を覗く程度しか出来ぬ、力のない人形にすぎんがな」
「さ、左様でございますか」
とは言った物の「あ、じゃあ気楽に行きますね」とはいかないのが大人である。
絶対罠に違いない。“時虹公”は本当にひどかったのだ。他の“神”がそれをできないと、しないとどうして言えるのだろうか。
「さて、何か望みのものはあるか?とは言え、信仰の薄い私は大したことは出来んが」
“塊屍候”は頬杖をつき、こちらを見下ろす。
冷や汗が止めどなくあふれる中で何を言えばいいのか。
「いえ!お気持ちだけで十分でございます」
「そう言うな、貴公。働きに報いるのは勤めでもあるのだ。ふむ、何もなければ“纏穣公”のように子作りでもするか。孕めるとは思わんが、試すのも一興よな」
「いいえ!!それだけは!!お許しください!!」
必死にそう言うと心底面白そうな笑い声が降って来た。こちらとしては死活問題である。笑わないでいただきたい。
「悪ふざけだ許せ。あの“纏穣公”と褥を共にせなんだろ?何とも貞淑な男だな、貴公」
「心無いまぐわいに興味が湧かないのです」
「ははは!今日、聖職者でも貴公程には貞淑ではあるまい!」
そう言って笑われるのはなんとも、度胸の無いと言われている気がするのは被害妄想か。
カークがただ頭を下げたままでいるのを眺め、“塊屍候”は息をついた。
「いい加減、頭を上げ給え。恩人に頭を下げさせるのは何とも嫌なものだ」
「は・・・・・・」
頭を上げるとやはりどこか愉し気な“塊屍候”の金の瞳と目が合う。
「泥の神性を獲得している貴公に出来る事など僅かだ。しかし、泥の神性を持つ貴公であれば褒美も渡せると言うもの。如何ともしがたいな」
カークは愛想笑いを浮かべるしかない。
「そうだな、呪文を授けよう。こちらへ来て手を出したまえ」
「はい」
恐る恐る立ち上がり、玉座に近づくと“塊屍候”はその繊手を伸ばした。
「さあ」
唾をぐびりと飲み込む。恐ろしい一歩だ。これは恐ろしい一歩だろう。
それでも、カークには断れない理由がある。
――今よりもっと強くなりたい
これが根底にある。もっと強くなれば、今回だって家屋にも畑にも被害を出さずに済んだかもしれないのだ。
それに冒険するにももっともっと金が必要だ。貪欲に貧食にカークは瞬いた。
そうして、繊手を掴む。
「【炎の外套】だ気をつけて使いたまえ、貴公」
瞬間、魔法のおぞましさと苦痛と絶大な恩恵を理解し、呪文を使えるようになると同時に背後から凍てつく空気が立ち込める。
振り返る事の出来ない程の冷気と暴虐な炎の渦が襲いかかる。
「――――」
悲鳴を、上げたはずだった。
だが、カークは瞬時に物言わぬ灰となり果て、この空間から消え去った。
あとには白い神殿と黒い淀んだ蛆にも似た生き物が何処か申し訳なさそうに息を潜めるのみだった。




