76:村を守るには2
家から飛び出すと空には竜が飛んでいた。
大きな2対の皮膜のある翼。長い胴。鋭い爪も牙も隠す気はないようだ。
その竜は此方に気づいて叫ぶ。
「人間共!この俺が殺しに来てやったぞ」
嘲笑うような声は村中に響き渡り、カークは顔を歪めた。
あまりにも強大な相手だ。
ニティスクアナやショズヘネラと同じ位にも思える。そんな強大な相手に勝てるのか。
いや、カークは首を振った。
勝たねばならない。負けるということは、ゼト達が死ぬという事だ。冒険者の誇りにかけて、そしてヒトとして、仲間と依頼主は守るものだろう。
顔を青くするゼトにカークは叫んだ。
「貴族としての誇りは分かります!しかしここは退避してください!!」
ゼトは唇を噛んだ。ゼトだって決して弱くはない。ゴブリンなんかの小型の魔物であればそうそう負けることは無いだろう。
だが、今回の相手はかなり悪い。ゼトは拳を握って口を大きく開けようとして、腰に佩いていたはずの2本の剣を何処かに置いてきたノアに頬を叩かれた。
「おい!逃げるぞ!」
突然頬を張られて目を見開くゼトを無視してノアはゼトの襟首をつかむと一足飛びで里山の方へ消えていく。
凄まじい速度だったがカークがそれに疑問や不満を漏らすべきではない。
「ルリとオニキスはグールたちの援護を頼む。俺は魔法を使いながら何度か薬を使う必要があるから」
「分かりました」
オニキスがそう言い、ルリも頷く。
死なないだろうか。彼らが死んだりしないだろうか。
胸が苦しい。酷く寂しくて恐ろしく、悲しかった。
けど、彼らはこれを了承した。危険を顧みずに依頼を共に受けてくれた。
その信頼に答えたい。
そして、振り返ってグールたちに聞く。
「貴方方は?」
「我々は竜の下僕たちを狩る。大抵はいるからな」
「分かりました」
グールの少女の答えに頷き、恐怖を追い払うようにカークは顔を叩いて、走り出した。
一本。
レラは空中から尻尾で叩きつけ攻撃を繰り出す竜に向かって剣を投擲した。
その速度は極めて速く、風すら切る速度だ。
だが、堅牢な鱗に阻まれ剣が刺さることは無い。跳ね返った剣は吸い込まれるように地面に落ちていき、刺さる。
二本。
次は目だ。爪による攻撃を回避して目に向かって投擲する。
鋭い矢のように飛ぶ剣を竜は避けず嘲笑う。
刺さらない。
そこで、レラは戦法を変えることにした。
落ちた二本の剣を取りに戻り、鞘に戻すとノアの分の剣を佩き、八本の剣で戦う事にする。
本当はここまでするべきじゃないだろう。
実力は隠してしかるべきだ。冒険者など、いつ敵になるかもわからないのに手の内を明かすなど愚行そのものだ。
けれど、主の願いは出来うる限り叶えたい。それが、友の願いであればなおの事。
「空飛ぶトカゲは偉そうだ」
鼻先で笑うと竜は家を壊し、畑を荒らして地面に降り立つと目の前の卑小なモノを睨んだ。
「混ざりもの風情が!口の利き方に気をつけろ!!」
混ざりもの。舌打ちをひとつして剣をひとつ抜く。
「てめえもな」
疾走。疾駆。それは風をすら置き去りにする速度だ。いや、風も、ともすれば音も置き去りにしかねない速度で正しく狙いを定めてレラは竜の鱗と鱗の僅かな隙間に剣を差し込んだ。
だが、そううまくいくものではない。
竜の速度は確かにレラには劣る。しかし、その防御性能は比類なきものだ。
鱗と鱗の間にさえ、その技能や能力による防御性能が生かされ剣は弾かれる。
剣が刃こぼれしないのは奇跡ではなく、それ程の材質で出来ているが故である。
「っくそ」
「はは!そんなちんけな棒で何ができる?」
レラは長い髪を翻し、風に踊る花の様に剣を何本も入れ替えながら竜に向かう。
――こいつは花竜ルロンセの血脈を甘く見ている
どの竜も同じだ。ヒトと暮らすことを選択した古竜の血脈を見下す傾向は強い。
だが、それは欠点である。
ちりり、と竜の鱗が削れた。
異変を敏感に察知した竜はそれまではされるがまま嘲笑っていたのにも関わらず鬱陶しそうに身震いをしてレラを追い払おうとした。
「なんだ?何をした?」
「馬鹿か。攻撃だろ、どう考えても」
嘲笑うのは、レラも同じだ。馬鹿が。戦闘中に余裕を見せるからそうなる。
鱗ひとつが傷つこうとも、竜にとっては大したことではないだろう。
しかし、それが続けばどうなるか。よほどの阿呆でない限り分かる。
恐怖からか鬱陶しさからか身震いし、飛び立とうとした竜の腹にレラは剣で斬りかかる。
1本で斬りかかり裂こうとし、次の2本目で左から斬りかかる。3本目で突き刺し、4本目で傷を広げようとした。
竜の鱗は堅牢だ。だが、腹の外皮はそれよりも比較的柔らかい。
血が滲む腹に5本目を突き刺し、6本目でさらに傷を広げる。7本目を手に取った瞬間。
レラは周囲の建物が崩壊する音と共に地面にたたきつけられた。
「お、ぐっ」
全身から強烈な痛みが走り、呼吸困難になる。滲む視界で見上げると竜が刺さった剣を地面に落としながらこちらを見下ろしていた。
指一本動かせない激痛と衝撃の中茫然と竜を見上げる。竜が空中で一回転するともう一度、その長く巨大な尻尾が振り下ろされるところだったのだ。
死ぬんだな、と血を吐きながら理解できた。
「――――ぜと」
迫る影に咄嗟に出た悲鳴じみた声を、誰か聞いただろうか。
――すまなかった、俺は弱い
強いなどと自惚れていた。誉れある竜人として翼も展開できずに、こんな竜の一匹も倒せないで、あのクェーゲルニルムにも勝てると豪語していたのだ。傲慢な俺を笑ってくれ。
ああ、友よ、兄よ。こんな俺をせめて笑って、くれ。




