72:グールもぴんきり
白身魚とハーブ、それからほうれん草の入ったパスタを食べている時に彼らはやって来た。
少し憔悴したように見えるゼトはノアとレラを伴っていて、酒場をぐるりと見渡す。
「ゼト」
手を上げて席を立つと彼は此方を見て愛想笑いを浮かべるとテーブルにつく。
ルリもオニキスも気にしないだろう。ノアもレラも気にせず、席に着きウェイトレスを呼んでいた。
「どうかしましたか」
珍しく憔悴した顔を見せるゼトにカークが問うと彼は躊躇しながら答える。
「実は、南西の村で問題が起こっているようで」
「問題?」
カークのいた村でも問題はいつでもあったが、どういった類の物だろうか。カークは言葉を待つ。
しかし、言葉を継いだのはレラだ。
「なにも、問題ない」
「レラっ!放って置くことなどできません」
ゼトが怒ってレラに身体を向け、大きな声をだす。初めてゼトが大声を出すところを見た。
そんな事を思いながら成り行きを見守る。状況が分からない状態では口の出しようもない。
オニキスは気遣わし気にゼトを見て、何とかしようと考えているようだったが、ルリは我関せずと言った具合だ。
「どれ程危険か分かるだろう?罠の可能性もある」
「日数が合いません。あり得ない事です」
「あり得る。ゼト、感情で話すな」
レラの冷徹な言葉にゼトは苦い顔を見せ、唇を噛む。
その2人の姿にオニキスが勇気を出してとうとう口を開いた。
「ゼトさ、ん。何があったんですか?」
「此処から南西にある村で襲撃があったと聞きました。報告、んん、聞いた話によると、グールが集団で村を一斉に襲ったとか」
その言葉に疑問を呈したのはカークである。
「グールが何匹で?ていうかその村、何してたんですか」
「確認出来ただけでも13匹。特別な事は何も・・・・・・生き残った人はそう話していました」
グールが集団で獲物を狩ることはよくある。が、それの対象は、例えば朽ちた墓所に足を踏み入れた旅人であったり、グールの村に迷い込んだり、森の深くを通った時やグールが近くを拠点にしているところを通りかかったりと兎に角、“グールが村に向かって襲撃する”と言うのは稀な事だ。
カークが知る限り直近のそういった惨事は、村人の誰かがおぞましく冒涜的な儀式をして呼び寄せた時である。
そこまでしないとグールと言うのは他者を優先しては襲わない。
グールは言葉が通じる程賢く、危機管理能力が高く、高い知性もあるからだ。無益な殺生が外敵を呼び寄せる要因になる事を良く理解している。ゴブリンとは大きく異なるのだ。
そんな知性ある魔物に襲われた、となれば村を熟知している者が犯行に及んだ可能性が高い。
「村に、そもそもグールが居た可能性もあります」
「共存不可能でしょう?グールはアンデッドですよ」
カークはゼトの言葉に首を振る。
「見た目は人間と変わりません。確かに日光に弱く、夜目が利き、身体能力も高いなど違いがありますが優れた狩人です。ちょっと体臭が匂いますが共存は可能な種族です」
ゼトは否定的な感情をあらわにするがカークは肩を竦めた。
「ヒトを喰わないグールもいます。正直、ヒトだって動物や植物の死体を食べているんですから。大して変りませんよ」
「カークさんって少し変わってますよね」
「どうでしょうか。変わっているかもしれません」
色んな種族がいるなら助け合った方がいろいろお得だろう。カークはそう思いながらパスタを一口食べた。
いや、勿論ヒトを目の前で食べられたら自分だって危険なわけだ。そのときは殺すが。
「変わっているかどうかさておいて、グールは賢く慎重な種族です。安易に本性を表したりはしませんし、共存できていたのなら無理に壊す必要もなかったはず。考えられるのは――」
カークは全員の視線が集まったところで息を呑みこんだ。
「1:村人グールが第三者からの圧力を受けた。2:村人グールが暴力衝動に身を任せた3:一般村人の誰かが多数のグールを呼び寄せた。4:予期せぬ不幸な事故」
息を吐いたのはレラだった。
「理由が何であれ、村に行くことは無い」
「村を襲ったグールが何を考えたかは分かりませんが異常事態であることに変わりはありません。行
きます。私は行きますよ、レラ」
レラはもう気の毒なほどに顔を白くして表情を殺し顔を覆うと首を振る。
「駄目だ。冒険者に任せればいい。何も聞かなかったことにしろ」
「本気で出来ると思っていますか?ここは花竜帝国です。村が、民が襲われたなら率先して助けに行くのが義務でしょう」
本気の目ではっきり言いきったゼトを見て、カークは並々ならぬものを感じ取る。これが、貴族の決意というものか。
「なあ、優先順位は分かっているよな。お前が帝都に帰るのが一番なんだ」
ゼトはレラの言葉を聞いて力強く頷いた。
安堵したようにレラが言葉を紡ぎかけるが、ゼトが先を制した。
「貴方の優先順位も分かっていますよね」
「・・・・・・この、もう、ああ、クソ!」
レラは悪態を吐いてむすっとした顔をするとカークを睨む。
グールの説明をしただけだ。睨まれる謂れはない。カークは容赦なく目を逸らした。
「覚えとけよ、泥め」
「ご寛恕賜りたいですね」
カークは3人分の食事が運ばれてくるのを眺めながらぼんやりとそう宣った。




