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エルデン・グライプ~「不滅者」は混沌の世界を狂気と踊る~  作者: 津崎獅洸
第一部

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70:街道を歩く2


「殺したか」


問われたハイ・コボルトは首を振る。

次いで、抉り取らんばかりの強烈な痛みが頬を走った。

床に刺さったナイフに目もくれず、ハイ・コボルトはただ頭を下げ主人の気が収まるのを待つ。

思いつく限りの暴言を吐き、数分で彼の主人は荒げた呼気を整えてハイ・コボルトに向き直る。


「陛下は何としてもロイノーネ陽王国で命を奪えと仰せだった!それが出来なかっただと!?」

「申し開きのしようもございません」


頭を垂れ率直に謝罪するとまた数本のナイフが飛んでくる。

がむしゃらに投げられたナイフは壁に床に天上にとてんでバラバラに刺さるが気にする者はいない。

冷静さを再び取り戻した彼らの主は口を開く。


「残った部隊はいくつだ」

「48人、6部隊です」


男は思案し手元のナイフをくるくると回す。

連中がフォージェ山脈より東に来た時点で暗殺の手はずは整い、“餓獣隊”以外も動員して何度も試みられた。

だが、それは全てが失敗に終わっているから、主も、その上の主も不満を隠さず“餓獣隊”を叱責するのだ。

ヘトネベア花竜帝国の誇る9将軍。その内の1人が同行しているのだ。本来ならば、餓獣隊には手が余り、手出しすらできないのに無理に任務を遂行している。悪戯に人員を喪っているだけだとしても目の前の利益の為に彼らは考えを改めないだろう。

そもそも何も己が率いる餓獣隊だけが悪い訳ではないだろうに、それでも、特別悪し様に罵られるのは納得がいかない。

が、納得がいかなくとも隊員の為には頭を垂れる以外何も出来ない。

主人は考えを纏めたのかナイフを足元に投げて突き刺すとハイ・コボルトに言う。


「帝都――いや、フォージェ山脈に到達するまでに殺せ」

「は!しかと承りました」

「貴様らには失望した。せめて、これくらいの仕事はやって見せろ」


ハイ・コボルトはただ深く頭を下げた。




――眠い


カークは朝日を浴びながらうんざりと欠伸を漏らす。

今日はトヴェンセからロージニアの間にある唯一の宿場町に着く日だがカークの心はそれくらいでは晴れなかった。

多分、何日か城で優雅な生活をしていたせいで体が付いていけていないのだろう。

げんなりとしながら皆に挨拶をして不味い栄養バーのようなものを朝食にとり、片づけを始める。

テントをひとつ貸してもらえたのは本当に幸運だった。彼らのテントの近くでごろ寝しようとしていたから。

正直、テントは高価だし、持ち歩くには少し重く嵩張る。身軽さを求められる冒険者には致命的だが、必須の道具なのだから大変だ。

それを何ともなく貸してくれるその懐の広さに感涙し咽び泣いたがゼトには苦笑されただけだったし、ノアとレラには苦い顔をされた。


――この仕事が終わったらもっと大容量の空間魔法付きポーチが欲しい


そうしたら、テントを入れられる。


「いや、テントを買う金がなくなるか?そこまで高いテントでなくてもいいか?」

ひとりでうんうん唸っていると背後から声を掛けられる。

「何だ、どうした」


ノアは旅の中でその長い髪を一体どうやって艶やかに保っているのか本当に謎だった。いや、その謎はゼトとレラにも言えたが。


「テントは高い方が良いかどうか、考えてて」

「成程。経験から言わせてもらえば、値段と言うよりは質だな」

「まあ、そりゃなあ」


頷くとノアは苦笑しながらまとめた荷物を腰のポーチにしまい、カークに続ける。


「それに旅の規模にもよる。大規模でも小規模でもひとりひとつのテントなんてのは無理だし無駄だ。そうなると必然的に小規模なら何人かでひとつのテントになるだろ?その時に、どれだけ頑丈で良いテントを選ぶかはお前ら次第だ」


目を細めるノアにカークは問う。


「頑丈さ」

「そう。例えば、山岳で狼の群れに囲われても破かれないテントってのはそれだけで価値があるし、ゴブリンには切れないロープを張れるのも重要だろうし通気性も大切だ。虫や動物を避けてくれる魔法をかけるのもありだ。そこらへんは素材や職人の腕だな。帝都なら良い職人を知ってるから、紹介してやるよ」

「え!ありがとう!」


カークが目を輝かせてそう言うとノアは得意げに笑いカークの背を叩いた。


「そろそろ出発だ。村まで頑張れ」


もしかしたら顔に疲れが出ていたのか。他の誰も疲れた顔をしていないことに気づいてカークはあまりの羞恥で顔を赤くして苦笑した。


「ああ、うん。ありがとう」


ノアは先頭に向かい、レラが一番後ろを守る。この隊列は帝都に着くまで崩す気は無いようだった。

その方がありがたいとカークは素直に思う。

武器が優れていても、魔法が優れていても、カーク自身の能力に光るものはない。与えられた精神力と魔力だけだ。索敵能力や継戦能力があるとはお世辞にも言えない。

一番後ろに配属されて不意打ちをされ、音もなく殺されたらその段階でこの一行は終了一歩手前だ。カークにそんな重責は耐えられない。

かと言って一番前に配属されても結局道が分からない。カークは己の無力さにさめざめと泣くがこれは仕方がない事だ。

なにせ、花竜帝国に足を踏み入れるのは生まれて初めてだし、道を任せることは何があってもあり得ない事だからだ。

ただ、それを考えるとゼトが守られるように配備されているのは少し不思議だった。

いや、何も不満がある訳ではない。ゼトも剣を持っているし花竜帝国には詳しい。なら道案内も出来るだろうと思うが、絶対にノアが最も危険な先頭を歩く。

街道を歩いているとは言え確かに魔獣が襲いかかってくる危険も分かる。

なんとなくだが、もっと危険な何かを想定したような動きをノアが見せることが多々あるのが不安を掻き立てる。

しかし、今更だ。今更、この仕事を降りるわけにはいかない。

カークはこの謎の危機感が杞憂に終わりますようにと、神以外の存在に祈った。



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