68:不安と共に出発
夕暮れ時、クェルムは不意に口を開いた。
「指輪、結局見つからなかったね」
親友の言葉にアレスはむすっとした顔をした。
これ程探しても見つからなかった品物だ。それはもう不機嫌だ。
「見つかるかどうかは賭けだった。諦めるしかあるまい」
「まあ、そうだけどさ」
探していたのはただ一つしかないがありふれたデザインの指輪だ。
薔薇のモチーフの指輪は何処にでもある。どの国でもどの種族でも作っているような誰もが好むもので、その分特定の指輪を見つけるのは非常に困難だ。
「指輪なしでどこまでできるかな」
不安げな親友にアレスは珍しく安堵させるように微笑んだ。
「流石の古竜も軽率に丸ごと滅ばしたりはすまい。あと30年は大丈夫さ」
「その間に国が分裂しそう」
苦笑を漏らすが実際、花竜帝国はそれほどの危機にある。
先々帝が在位60年中ずっと軍拡に腐心した上に先帝が10年で崩御。
貴族たちは先々帝から公然と地位を買ったり、財拡に夢中になり、腐敗はもう酷いありさまで、思い出すだけでもクェルムは顔を顰めた。
ただ、身内びいきかもしれないが帝都側、南西側のアーヴェルニア公爵家はまだましだった。皇帝家に代々仕える武官の一族で、父は力こそすべてと考える生粋の脳筋だったがために腐敗よりは実力を重視した。
母の理性があるおかげで公爵領は今も栄えているし、兄たちが控えているお陰で竜の襲撃による被害も少ない。
若くして将軍職まで上り詰めた弟である自分を非常に可愛がっていたが今はさぞ怒り狂っているだろう。どちらの方面でかは知らないが。
怒り狂っているのは分かっているがアーヴェルニア家から直接刺客を送り込んでこないのは、こちらの実力を十二分に理解しているが故か、弟に対する情か。
肩を竦めてどうでもいい思考を吹き飛ばすとクェルムはアレスを見た。
「ぎりぎりまで探す?」
アレスはクェルムの言葉に逡巡したが首を振る。
「いや、それよりも準備だ。薬や旅の準備をしよう」
「了解」
クェルムは微笑み、桃色の髪を揺らす。
その、尻尾のように揺れる髪から香る、華やかで甘い香りにアレスは目を伏せた。
――ここにいるべきじゃなかった。連れてくるべきじゃなかった。巻き込んでしまった。
けれども、全部今更だ。アレスは決して後悔を口にはしない。
一度死んで蘇った時、アレスに灯った光はただ一つだったのだから。
堂々とその道を行く。それだけしか教わっていないのだから。
それに、後悔を口にするにはあまりにも遅すぎたし、何よりも彼に対する最大の侮辱だ。
「クェルム」
アレスに呼ばれて彼は甘く煌く赤い瞳を細めた。
「ん?」
「簡単には滅ぼさせたりはしないさ」
「分かってるって」
彼はアレスの不安を溶かす様に美しく微笑んでアレスを小突くと先に進んだ。
翌朝になってカークは荷物の確認を再びした。
装備はしているし、消耗品も十分。7日分の食料もあるし、魔量回復の薬もある。
カークはひとつ息を吐くとギルドで彼らを待った。
緊張するカークとは裏腹にルリもオニキスも気負った様子はない。胆力が優れているのだろう。
待ち始めて10分程で彼らはやってい来た。
緑の髪のレラとノア、赤い髪のポニーテールを揺らすゼトは良く目立つ。
「お待たせしました」
「いえ、それではいきますか」
「おう、俺についてきな」
ノアが以前そうしたように先頭を歩き、南門を目指す。
街の中で危険はないだろう。カークは息を吐いて緊張をほぐす。
街中で緊張するなんて、これから先の旅が不安になってしまうからだ。
カークの緊張を読み取ったのかゼトが微笑みかけてくれる。
「しばらくは気を張っていなくても、大丈夫ですよ。問題の地点はフォージェ山脈を越える時ですから」
カークは顔が引きつるのを押さえられなかった。つまりは、そこに行ったら確実と言っていい程、竜がいると言う事だろう。
「わ、分かりました」
カークの返答にゼトは微笑み、前を向く。
最後尾を歩くレラはずっとピリピリしていて到底話しかけられる雰囲気じゃない。
トヴェンセまでの7日間が非常に不安になってくるが今更嫌だとは言えない。




