65:冒険者たるもの
ルリとオニキスが戻ってきたのは20分近く経ってからだった。
宿屋からギルドまでの距離を考えれば急いでもそれくらいだろう。
夕方が近づいてもなお騒がしい冒険者ギルドに足を踏み入れた2人に向かってカークは手を上げた。
「こっちだ!」
オニキスは頷き、ルリはカークを見つけて満開の花を思わせるような明るい笑顔を見せる。
「カーク!」
喜色を浮かべルリはカークへと足早に近づき胸の前で両手を組んだ。
「ああ!お待ちしておりました!カーク」
拝むような、いや、実際拝んでいる。居心地悪くカークは口を開く。
「うん・・・・・・うん・・・・・・置いて行ってごめんな。今はちょっと、話があるから・・・・・・」
何とかそう言うとルリをテーブルにつかせてオニキスとルリの間にカークは座る。
「お待たせしました」
「いえ、大丈夫ですよ。単刀直入に申しまして、依頼をしたいのですが」
ゼトの言葉にカークは頷いた。
「クェルムからも聞いています・・・・・・詳細は知りませんが」
「彼から?・・・・・・そう、ですか。やっぱりそう、なのですね」
「え?」
聞き返してもゼトは曖昧に笑って誤魔化し、けれども直ぐに表情を固くした。
「隠していましたが、我々は花竜帝国から来ています」
「え、あ、はい。そうなんですか」
国籍など突然言われても困る。カークは微妙な顔をして続きを待った。
「それで、ですね・・・・・・ヘトネベア花竜帝国の帝都ティレーニアまで護衛を頼みたいのです」
「・・・・・・それは俺達には荷が重いと思います。もっと高位の冒険者に依頼を出した方が良いのでは」
慎重なカークの言にゼトはレラを横目で伺い、決意を固めた目でカークを見た。
「いいえ。貴方がいるチームでなくてはなりません。貴方が最も我々を安全に帝都まで送り届けてくれる可能性が高いのです」
「根拠をお聞きしても?実際我々のチームは全員がF級であり、最下級の冒険者なんです。安易に護衛対象を危険に晒したくはありません」
ゼトは俯き、息を吐いた。恐怖を押し殺すような、それを認めるわけにはいかないかのような息の吐き方だった。
「――竜、をご存じですか」
「はい」
話しの流れが分からずカークは困惑しながらも頷く。
頷いたカークを確認してからゼトはポーチから3色の宝石を4つずつテーブルに置き、覚悟を決めるように息を吐く。
「貴方たちを信頼して、お話しします」
「・・・・・・はい」
「我が花竜帝国はこの赤い宝石の勢力です」
カークから見て右手に赤の宝石だけが避けられる。
「花竜帝国は古竜である花竜ルロンセが守護する国です。しかし詳細は言えませんが今は守護が途絶えている状態で・・・・・・そこに磁竜フェグガヌが目をつけている可能性が高いと判明したんです」
カークの目の前に避けられた黄色の宝石。つまり、赤と黄色は敵対関係にあるのだろうか。
「これは・・・・・・証拠がある訳ではないのです。あくまでも、可能性の話しでして」
「はあ・・・・・・」
「問題なのは、遊竜ピジウと黄金竜ティフォネが同盟を組んでいて、フェグガヌがそれを潰そうとしているんです。他でもない、花竜帝国で」
「んん?」
青の宝石がカークから見て左側に避けられ、黄色から2つと青から1つの宝石が取られて中心に3個が置かれる。
全く話が入ってこない。分からない単語ばかりで脳みそが茹だる。
耳から脳汁が出ていないか心配になり、耳に手を当てたが無事だった。
だが、なんとなく頭が痛い。
「ピジウは祖たるルロンセとは友です。花竜帝国をそれなりに気遣ってはくれるでしょうが、相手は古竜ですから、人々のことまでは配慮外でしょう」
ゼトは顔色をちょっと悪くしてどれだけ深刻な状況なのか必死に伝えようとしてくれていた。それは伝わるが、どれだけの重大さなのか、カークには理解できない。
「・・・・・・ああー、巨大爆弾と巨大爆弾が真正面からぶつかるようなもんか?」
「はい?」
「いえ・・・・・・ええー・・・・・・心苦しいのですが、古竜相手に守れる自信は全く持ってありません」
カークの言葉にゼトは緊張がほぐれた様に笑い、首を振る。
「まさか、古竜を相手にして欲しい訳ではありません。もし古竜が出てこれば、その時点で我々は終了ですから」
「それはそれで悲しいなあ・・・・・・でも、ならなぜ?」
「古竜は基本的に下界に興味などありません。生き物に興味が無いのです。けど、それが古竜同士の争いなら手近な飛竜や地竜を送る事があるんです。相手を煩わせるためだけに、飛竜や地竜を送り込む」
「そうか・・・・・・ん、花竜帝国・・・・・・危険、じゃないですか?飛竜、地竜がうろついてるんですよね・・・・・・ピジウとティフォネを狙って」
「はい。彼らの塒はここからだと南に位置するノホルグラ大山脈から伸び、花竜帝国を東西に分けるフォージェ山脈です。悲しい事に、飛竜や地竜が街や村を襲う事があります」
カークは顔を覆った。話しがでかい。でかすぎる。聞くべきじゃなかった。
「いえ、あの、すみませんが俺達には荷が重いですね」
「・・・・・・ですが、カノカノスではプクィカ種とトゥシジ種の2体を撃退したとか?」
「あ〝―っ!?そういう事か!クェルムめ!!」
クェルムとゼト達は元々知り合いだったのだ!花竜帝国の現状を知るクェルムはゼトに言ったに違いなかった。
“ヴェノテシアがカノカノスで竜に襲われたがカークが竜を撃退した”と。
カークは頭を抱えて必死に考えた。どうするのが正解だ?
いや、竜の撃退には成功している。けれどそれは運が良かったにすぎない事をカークはよく理解している。
“9m”の制限がある以上、相手が空を飛んで上空から攻撃してきたり、地平線から高速でひき殺されたら手の施しようがない。
けれど、けれど。見殺しにするわけにもいかない。
「くっ!うう・・・・・・俺だけ行きます。それなら、ルリもオニキスも危険な目には合わない」
「え!?嫌ですカークっ!共に、共に行きましょう」
ルリの懇願にも似た言葉がカークの胸に刺さる。
――カークが居なくて無気力だった
それを聞いていればなおのことルリに対して申し訳なさが立つ。
「危険は承知です、カーク。僕も行きます」
「だめだ。聞いてただろう?竜がうろついているんだ。危険すぎる」
オニキスは強い目でカークを見上げた。
「危険は承知だと言いました。カーク・・・・・・僕たちは“冒険者”なんですよ。危険など、当然です」
そうだろうか。“冒険者”だから危険に飛び込むべきだろうか。
ルリもオニキスもカークも見つめ、それから、オニキスは悲しそうに言った。
「“チーム”ですよね。僕たち、“チーム”で・・・・・・カーク、嘘、だったんですか?僕を拾ってくれた時、家族に迎えると言ってくれたじゃないですか。冒険者になったらチームだって言ってくれたじゃないですか。全部嘘だったんですか?」
涙ぐむオニキスにカークははっと息を呑む。
例えば、ハサミが危険だと遠ざけても子どもは何も学習しない。ハサミのない世界が出来るだけだ。もしくは、ハサミの危険性を知らずに育つだけだ。
危険だと言って遠ざけるのではなく、守ると言う決意こそがなによりも重要なのではないか。
「ああ、そうか。俺が悪かった・・・・・・チームだ。俺達は対等なチームだ。一緒に、行ってくれるか?」
「勿論です、カーク!」
「ご一緒します。カーク」
2人は嬉しそうに、微笑んだ。




