4:ロージニア
街の名前はロージニア。
内円と外円の2重の壁がある平原の都市だ。
内側は貴族や高級商業が軒を連ね、外円より内側は市民の家や各ギルドの施設がある。
外円より外はスラムや農民の住むエリアであり、外敵から身を守るのは頼りない木の杭の柵だ。
カークは周囲を見渡し感嘆の声をあげる。
「村とは全然違う」
思っていたよりも人口があり活気もある。
魔法石の細工で出来たランタンが等間隔に並び、街の近くの街道は石畳が敷かれていた。
家々はしっかりと木組みと土で補強され見た目も良く隙間風が少なそうだ。
村とは天と地ほどの差がある。
左右を見渡し驚きながらも外円の壁に向かって行くと門が見えてきた。
立派な門であり、衛士が左右に立っている。
旅人も商人も誰もが自由に行き来しているのでそれに習って真っ直ぐ通ろうと思ったが、冒険者ギルドの位置が分からないことに気づいて左に立っていた衛士に話しかける。
「すみません。冒険者ギルドは何処にありますか」
カークの声が聞こえると衛士はまじまじとこちらを見てから口を開く。
「・・・大通りをこのまま真っ直ぐに行くんだ。右側の大きな建物が冒険者ギルドだよ」
「ありがとうございます」
衛士に頭を下げて礼を言うと街並みを見ながら歩き出す。
その背を見ていた衛士はひとりごちる。
「ぼろぼろの剣を下げた農民が、冒険者になりにきたのか」
冒険者は農民よりはずっと夢がある仕事だ。
畑を耕すよりも金銭を得られるし、場合によっては名誉も得られる。
しかし言い換えれば夢以外は命の危険の非常に高い仕事なのだ。
若い奴らはそれでも冒険者になりにここにやってくる。
勿論、衛士だって否定するわけじゃない。冒険者によって魔物の討伐が行われ、薬草などの採取もしてきてくれる。
彼らは無くてはならない存在だが、身の程をわきまえない者はあっさりと死んでしまう過酷な仕事だと彼は分かっているのだろうか。
分かっていることを祈りながら衛士は仕事に戻った。
冒険者ギルドは賑わっていた。
多種多様な種族たちが行きかい、たまに騒ぎ、どこかで相談をする。
奥の方で誰かが喧嘩していたからか熱気があり、暑苦しいくらいだった。
天井から吊り下げられた受付と書かれた看板を頼りにそちらに向かい、受付をしている水色の髪の青年に話しかける。
「すみません、冒険者になるにはどうしたらいいですか」
そう問われた青年はカークの金色の髪からおんぼろの革ブーツまでを見てから一瞬無表情になって、それを取り繕うように満面の笑みで答えてくれた。
「いらっしゃいませ、私はニールと申します。冒険者登録はこちらで承っております。どうぞおかけください」
「はい。よろしくお願いします」
リュックを足元に置いてからにこやかな青年の前に座ると一枚の紙が差し出される。
「文字は読めますか?書けますか?」
この世界では識字率が低い。読めない人はざらだが、村でドルイドのアンジェラから文字を教わっている。
紙を見てから頷く。
「読み書き出来ます」
「助かります。名前と年齢を書いてください」
差し出された万年筆を受け取り、書くと隣に座ったイナンナに万年筆を渡す。
「冒険者ギルドでの規則を簡単にご説明します」
頷くと青年ニールは続ける。
「冒険者同士での争いは冒険者同士で極力解決する事。困難な場合はギルドに連絡する事。魔物を呼び寄せる真似をしない事。野盗行為をしない事。ギルドの要請に従う事」
「はい。なるべく冒険者同士仲良く、悪戯に魔物を刺激せず、他者を傷つけるような恥知らずな行動は控えます・・・イナンナ?」
「え?ええ、私もそうします」
そう言うとニールは微笑む。
「冒険者のランク分けをギルドでは行っております。駆け出しの冒険者は白のF級E級、黄色のD級、緑のC級、青のB級、赤のA級、一番上が黒のS級冒険者と上がっていき、登録票の色も変化します。一年以内にF級冒険者はE級に上がるように心がけてください」
一息ついて続ける。
「1年を超えてF級のままですと、ギルドから除名処分を受けますのでお気を付けください」
「分かりました」
頷き、返事をするとニールは机の下から何か重そうなものを取り出す。
机に出されたのは台座に乗った手のひら大もある水晶だった。
「これに手を当ててください」
言われるがまま手を当てると数秒で水晶は発光して突然小さくなる。
驚いて目を剥いているとニールは小さくなった涙型の水晶をつまみ上げると傍らからキリを取り出し水晶の真ん中より少し上へ突き刺した。
また驚いて身を震わせたが、指から水晶が滑ってその手にきりが刺さるような惨事もなければキリが水晶に通らないという常識的な事象も起きずにすんなり水晶に穴が開く。
その穴に次は細い鎖を通して差し出してきた。
「これが登録票です。大事にしてください、結構高価なので」
「あ、ありがとうございます」
恐る恐る受け取るととりあえず首から下げておく。
「冒険者ギルドへの登録代は銀貨36枚ですが、1年以内の余裕のある時に少しずつ払ってください。登録票で返済額が分かる様になっていますので」
「おお・・・温情ありがとうございます」
「農民から冒険者になる方は多いですからね。まあ、こんな制度があっても怒る方はたまにいらっしゃいますけど」
疲れたようにため息を零す姿にカークは同情した。
前世――自分の妄想でないなら――では散々そう言った客に苦労した。
目の前に青年の気持ちが凄くよく分かる。
「ああ、大変ですよね。ああいう人たちは言葉が通じないのかもしれません」
そう言うとニールは何度も頷き気を取り直して微笑んだ。
ふと思い出してカークは口を開いた。
「ところで、薬草や本などは此方で買い取っていただけますか」
そう聞くとニールは頷いた。
「内容によりますが大抵は買い取っております」
何を持ってきましたかと問われてリュックから薬草を一袋とアンジェラから貰った本を取り出す。
「これです」
取り出されたものを見てから薬草の袋を開けるとニールは頷いてから答えた。
「薬草は一袋で3銀貨ですね。本の方は鑑定を行いますので少々おまちください」
いって席を立ち、ニールは机に向かっていた何人かの職員の内、道具や箱や本に埋もれた先端がとがった長い耳の女性に声を掛けて本を差し出す。
女性は本を受け取りひっくり返しページを捲って裏表紙を撫でてから何かつぶやいてニールに本を返した。
戻ってきたニールは何処か戸惑うようにしながらも席に着き、本を机に置く。
売れないような本だっただろうか?内容は魔法と浅い歴史の本だ。やましい本ではないが。
不安に思っているとニールが口を開く。
「こちらの本は金貨2枚で買い取らせていただきますが、いかがなさいますか?」
「ええ?」
問われて、驚き、顔を顰めてしまった。
そんな高価な本だったのか。金貨2枚もあれば村で余裕を持って一年暮らせる。
何故簡単に渡したのかと渋面を作りながらも、頷いた。
何せ持ち金は乏しい。アンジェラが良いというなら薄情でも売るしかないのだ。
「か、買取をお願いします」
「かしこまりました。少々おまちください」
再び席を立ったニールは机に向かう職員たちを通り過ぎ、その奥の扉へと入っていった。
先ほど本を鑑定した女性が閉まった扉を首を伸ばして確認してから猫背でカークの前にやって来た。
「あの本はあなたの物?盗んだものではないの」
「はあ?失礼じゃない?」
疑い深げにそう言われてイナンナと同様に苛立つが冷静になれば確かにおかしいと気付いた。
自分たちの身なりは良くない。冒険者になりたいというのに剣はぼろぼろで防具すら身につけていない。
そこに高価な本を持ってくれば盗品を疑われても仕方がないだろう。
カークは首を振って答えた。
「村の知り合いから成人の祝いにと貰った物です。誓って盗品ではありません」
素直にそう言うと女性はまじまじとカークを見てから不満気に軽く頭を下げる。
「・・・そう、疑って悪かったわね」
彼女は素っ気なくそう言ってさっさと自分の席に戻るがイナンナはその背中を恨みがましく睨んでいた。
少々面食らって茫然としていると白い布の上に金貨と銀貨の乗った盆を持って戻って来たニールが声を掛けた。
「どうかしましたか」
「いえ、お気になさらず」
そうですかと小さく言うとニールは盆を机に置くと確認を促すように手を向ける。
「こちらが金貨2枚と銀貨3枚です」
2枚の金貨と3枚の銀貨を見て頷く。
「ありがとうございます。登録代の72銀貨を今支払ってもいいですか?」
「承りました。先ほどの登録票を貸していただけますか。先に28枚の銀貨をお返ししますね」
首から登録票をとっている間に机の下から銀貨の入った箱を取り出してニールは銀貨10枚の塔を2個と8枚の銀貨を手早く用意するとカークとイナンナから登録票を受け取った。
受け取った登録票を傍らの道具入れから取り出した台座に置くと一瞬登録票が僅かに光り、板を中空に浮かべる。
(能力値の板と同じに見えるけど)
そう思っている間にもニールは指を動かして中空の板を数度叩き、台座から登録票を取り上げて丁寧にカークとイナンナへと返した。
「はい、完了しました」
「ありがとうございます」
付け加えるようにニールは口を開く。
「最初の内は簡単な依頼などをこなしてください。慣れてきたら迷宮へ行くのもいいですが、迷宮では助けが来ることはありません。緊急脱出用の道具を手に入れてからの迷宮入りが堅実です」
「迷宮内では何故かチーム以外の冒険者同士が会わないようになっているんでしたか」
「はい、そうです。他の冒険者チームが助けに来てくれることはあり得ませんのでお気をつけて」
頷いて言葉を受け取ると首から下げた水晶を弄う。
「気を付けます」