53:恩を売るには
「どうだった」
夕方。闇が徐々に街を飲み込んで行く時刻、青い髪の壮年の男は執務机に向かいながら入ってきた人物に言った。
書類はひと段落したところだ。家屋を移動させ、より防衛向きにするべきかもしれない。そんなことを頭の片隅で思いながら男はソファに座る人物の言葉を待った。
「城壁内の被害がないのは僥倖だとしか言いようがない。ただ、城壁の外は東が壊滅、北と南は損傷軽微。西は気にしなくてもいいだろう」
ヴェノはそう言ってアルバートを見た。
アルバートの顔には疲労の色が濃い。それもそうだ。襲撃からまだ一日で復興などそう進むものではないし、いつ次の追手が来るかもわからない。
では、何故すぐさま目標であるはずのヴェノを追い出さないのか?そんなもの簡単だ。合理性の欠片も無いからだ。
今、ヴェノを追い出しても、目標を殺せずカノカノスを落せなかったことを当然古竜は知るだろう。カノカノス陥落が目的ではないとしても、“わざわざ”ここにいるタイミングで襲撃を仕掛けたのだから当然、副次効果を狙っていただろうことは想像に難くない。古竜並に匹敵する強さを持つ飛竜と地竜を寄こした相手の次の一手が分からない。その時、長い時間を生きた人物がいるのといないのとでは取れる戦術に大きく差がある。
「・・・・・・あれ以上が来ると思うか?」
「流石に、無理だろう。あのクラスはざらにいるものじゃない。古竜本人が来るなら別だが・・・・・・」
お互いに不安交じりの顔を見せる。
「古竜が来るなら最初から来ればよかった。それをしない理由は・・・・・・分からん」
「古竜を従わせている人物がいるか、古竜と親密な人物がいるか。正直、情報がなさすぎる。そこから攻めるのは無理だぞ」
ヴェノの言葉にアルバートは頭を抱えた。
どうすれば、街を守れるか。全く分からない。結局今回の襲撃を生き残れたのは運に過ぎないのだ。
飛竜が甘く見積もって上空から攻撃してこなかった。
地竜が侮って地上を率先して荒らさなかった。
助けを呼びに行ってくれる人物が側にいてくれた。
だからこそ、この程度の被害で済んだ。
次は無い。そのことをアルバートは良くよく胸に刻みこみ息を吐いた。
「そういえば、あのエルデン・グライプは知り合いか?」
その言葉にヴェノは無表情で言う。
「以前護衛を頼んだ」
「・・・・・・護衛?何故だ。必要か?」
「・・・・・・」
押し黙り何も言わないヴェノから何かを聞くのは諦めて泥の話を続ける。
「泥とはいえ、無茶な奴だ。大した装備も持たずに竜と戦おうするとは」
アルバートの言葉にヴェノは肩を竦めて見せた。彼も知らないのか。
いや、あの顔は何か、思いつめた顔か。
「ヴェノ」
「・・・・・・正直な話、彼が居なければ私は死んでいただろう。いや、全員か」
「はぁ?」
あの青年にそれ程の力があるとは思えない。不肖の娘も言っていたが、何故そこまで過大評価するのか。
「エメディリル様が気に入っているからと言って過大評価は良くないだろ」
「それが・・・・・・竜に攻撃していたのは本当だ」
反応に困る言葉だ。生憎、アルバートの戦闘技術はそれなりであり、到底竜など相手に出来ない。それが、竜を攻撃するというのが何を意味するのかが分からないのだ。
「ああ、そうか。アルバートは竜と戦わないから分からないか・・・・・・連中の物理も魔法も防御
能力が異様に高い。ただ切り傷をつけるだけでも相当苦労する」
それから、ヴェノは数秒口を噤み、真っ直ぐにアルバートを見た。
「アイツら相手に魔法を一発撃って、損傷を与える・・・・・・それも相当な傷を負わせるというのは異常なことだ、アルバート」
「だが」
「言いたいことは分かる。見間違いだと言いたいんだろ。それ程の実力があるならF級冒険者でいる意味が分からんからな・・・・・・だが、事実、彼が居なければ私はここにいなかった」
アルバートは真剣なまなざしが何を言いたいか察して先回りした発言を取る。
「・・・・・・ヴェノ。クェーゲルニルム殿も言っていたがそれを私が信じたとて周りは信じん。無理だ。少なくとも陽王国では・・・・・・むしろ他の貴族が排除に動かないとも限らん」
「狩りの為に銀王国がでしゃばるとは思えん。エルデン・グライプをまた逃す気か?」
「20年前の父の失態を蒸し返さないでくれ。あれはタイミングが悪かったんだ」
互いにそこで肩を竦める。これから先は泥沼だ。
「まあ、なんだ・・・・・・彼に恩を売っておいて損はない」
「彼女たちに市民権をやったろ」
「それはそうだが、竜を倒しねじ伏せたのは彼の功績だ。それに彼女たちはあくまでも自分たちが破壊した場所の復興が目的だ。直接わかりやすく、彼にも恩を売るべきだろう」
そうは言われてもアルバートは釈然としなかった。
所詮は平民。それも安定しない冒険者の中でも最底辺のF級冒険者だと言うではないか。
何故そんな人物におもねる必要があるのか。実力を自分の目で見たわけでもないのに。
もちろんヴェノたちが嘘を言っているとは思えないだが、それが、過大評価だとしか思えないのだ。
――ヴェノほどの人物が倒せないと言い切った竜を倒せる相手を、軽視できないのもまた事実か
思いつめる顔にヴェノは呆れたような声を掛ける。
「円王国に持っていかれても、文句は言えんぞ」
ひやりと背筋が凍る。確かに、そうだ。ヴェノでも手に負えない相手をねじ伏せた者とまともに取引も戦いもできやしない。
「・・・・・・何か、良いものがあればいいんだがな」
「金に困っているらしい。その線で検討してみては?」
「分かった。ありがとう、ヴェノ」




