52:名を知るな
「体は動きそう?」
昼頃に来たメディに言われてカークは上体を起こす。
ニティスクアナとショズヘネラはルレアと一緒に街についての情報を集めて、必要な支援方法を探るそうだ。
「うん。だいぶましになった」
「・・・・・・ははーんさては君、魔力か精神力のどちらかが相当高いな?もう動けるなんて並大抵のことじゃない」
どう答えるかカークが悩んでいる内にメディは肩を竦めてベッドわきの椅子に座る。
「まあ、それはどうでもいいんだ。君の魔法に興味があってさ」
「ああ、うん。能力表でよければ見せるよ」
「お!やった!見せて見せて」
右手に半透明の板を出現させてメディに見えるように位置をずらす。
するとメディは食い入るように見ると、能力表のページを捲り、魔法の項目で手を止めた。
「【時虹公のこぶし】か。使えるひとは久しぶりに見たなあ」
「以前にもいたのか」
「いた。100年前かな?それくらい前・・・・・・その時はあんまり有用な魔法じゃないと思ったけ
ど、なるほどね。これだけ魔量があれば力押しも可能か」
ちらりとメディを見ると彼もまたその美貌を此方に向けていた。ただ、悪戯っぽい笑みが不安を掻き立てる。
「“誰”にあったの?」
「え?」
「いや、“風刻の君”には会ってたよね。じゃあ、彼から?」
カークの背筋が凍る。知っていたのか、メディは。
「な、んで」
「責めている訳じゃないよ。彼らは基本的にはこっち側に何かする力はない。誰に会おうとも、君が“自我”を保てるならそれでいい」
メディの言葉の意味が理解できなかった。何故、自分は今、責められると思ったのか。
そうだ、そもそも“アレ”はなんだ。連中はなんだ?
固まったカークにメディは首を傾げた。
「まさか、連中の正体を知らなかったのかい?」
「し、しらない。連中は一体?」
喉を鳴らしカークはメディの言葉を待つ。彼は少し悩んだ後、ため息交じりに話し始めた。
「“理解してはいけないもの”、“知ってはいけないもの”。ありていに言って、神と称される存在さ。5000年前、古代文明が滅ぶと同時に連中は放たれ、世界は混沌に満ちた」
いや、連中が放たれたから、文明は滅んだのだ。
エメディリルはその時、認識番号以外を持たない兵器として運用される人工生命体のひとつだった。
昏く淀んだ空を思い出して瞬く。赤い月があれからずっとそこにいる。
現れた“邪神”は瞬く間に世界を亡ぼし、あらゆる生命を虐殺した。
確かに“邪神”によって得られた恩恵だってあった。文明が進化し、より強い人間が現れるようになった。だが、それよりも滅亡の方が目の前だった。
それに対抗すべく生み出されたのが、自分たちだ。
人々は世界が滅ぶ前に出来る限りの力を振り絞った。
そして、“邪神”に対抗する“善神”を召喚することに成功し、連中はそれぞれ封印された。
だが、封印しただけだ、と“善神”は言った。決して、思い出さないようにとも。
だから、連中は“名前ごと”封印され、あらゆる生き物からの信仰を失い、力を失ってしまったのだ。
そこまでしてやっと、滅茶苦茶になった世界の復興が始まった。
汚染された地域を義兄や生き残った仲間と共に周り、浄化して回った。
言うべきことは、言ったが言わなくても良い事は言っていない。メディは微笑んだ。
「兎に角、連中の本当の名前を知らなければいいだけさ」
「わかった、注意するよ。世界を滅亡させたくないし」
「そうそう、そういうこと。ひとりふたりが知ったところで大したことはできない。けど、そこから爆発的に増えていけば・・・・・・目も当てられないって事さ」
理解の速いカークにメディは一層綺麗に微笑んで、傍らの椅子から降りる。
「それじゃ、僕はホシヤ村に戻って進捗を覗いてくるよ」
「あー・・・・・・ルリとオニキスによろしく伝えてくれるか?あと、マリスにも」
「いいよー。んじゃ、明日また来るね」
手を振り去っていくメディに手を振り返して、カークは息を吐く。
“神”がいたとは驚きだ。
だが、それだと神竜はどこで何をしていたんだ?
もしかして、神々の争いの後から存在したのか?
いや、神竜が命を守るものだとは限らないか。
分からないことだらけだが、確かなことは、“邪神”の名を知らないでいる事だ。
特別彼らから聞かされることは、確かになかった。称号で名乗っていたのは名前が封印されて名乗れなかったからか。
「納得がいくというか、嫌な事を聞いた気分だ」
カークは知らなくてもいい、理解してはいけない事を知ってしまった気分で、うすら寒く感じながらベッドに潜り込んだ。




