50:副作用は怖い
廊下を歩きながらルレアは必死に訴えかける。
「カークさんの実力であれば任官が妥当です!」
「俺は必要ないんです。任官したいわけじゃないですから」
「ですが、御給金も良いですし、もしかしたら陽王国の正規軍に組み込んでいただけるかもしれません。出世のチャンスです」
立ち止まり、ルレアを見る。真っ直ぐな目だった。真っ直ぐで美しい目。
それを見つめ返し、カークは言う。
「・・・・・・なあ、ルレアさん。俺、任官したいなんて言ったか?出世したいなんて言ったか?」
「いいえ。ですが、冒険者をするよりずっと安定した生活を送れます」
「安定した生活は夢だよ。だけどそれ以上に、冒険者でいたいんだ。胸の躍るような冒険をしたいし、スリリングな冒険もしたい。俺にとって冒険者は夢のような職業なんだよ」
ルレアはカークの言葉に声を失って。床を見た。
彼女が悪意あってカークに任官を勧めているわけではないのは分かっている。
彼女は貴族だ。農民の生活より、危険の多い冒険者より、貴族に近い生活の方がより優れていると考えているのかもしれないし、エルデン・グライプを国に確保しておきたいのかもしれなかった。
「心配してくれてありがとう、ルレアさん。いつかきっと任官しなかったことを俺は後悔する。けど、俺の人生は俺が決めた。だから、貴女がそんなに気を回す必要はないんだ」
口を噤むルレアにカークは何も言えず、気まずい空気の中で唐突に2人の美女に話しかけた。
「ショズヘネラとニティスクアナが人型になった時驚いたよ。他の竜もみんなできるのか?」
好奇心で聞くとニティスクアナは空気を読んで答えてくれた。
「飛竜、地竜の中と言うくくりでは私たちクラスじゃないと無理ですが、古竜や神竜は問題なく行えるかと思います・・・・・・十分な魔量があればの話ですが」
「まあ、古竜がヒトと番ったのだから道理ではあるけど、直接見ると驚くよねー」
呑気なエメディリルの声に頷くと不意に背後から話しかけられた。
「お部屋の準備が整ってございます」
使用人の言葉にカークは顔を顰めて首を振る。
「・・・・・・俺は、結構です」
「え、泊って行きなよ。疲れてるでしょ。僕なんて専用の部屋もあるし」
遠慮のないエメディリルを羨まし気に見ながらカークはため息を吐く。
「俺には礼儀はさっぱりだ。朝食とか何やらで恥をかくのは耐えられないぞ」
「誰も気にしないって!」
「そうですよ、カークさん。全員顔見知りですし、父上・・・・・・侯爵閣下は基本的にひとりで食事をなさいますから、気にする必要はありません」
元気を取り戻し目に何かの力を湛えたルレアが食いつくように勧めるのでカークは引くに引けなくなった。
「エメディリル、俺は・・・・・・」
「あ、メディって呼んでいいよ。特別ね」
話しの腰を折られ様ともカークは続けた。
「・・・・・・俺はなメディ、おれ、は・・・・・・うん、疲れてる」
眩暈を感じ、次いで浮遊感が襲う。目の前が回り、気持ち悪くてその場にうずくまった。
「え?嘘、どうしたのさ」
メディの言葉に答えられないままでいるとショズヘネラとニティスクアナが狼狽える声が聞こえルレアが慌てて蹲るカークの背を撫でてくれたが良くなる様子はない。
あっさりと横だきに担がれて、使用人に声を掛けるルレアの声が近くに聞こえる。
「カークさんの部屋はどこですか」
「こ、こちらです」
力が強いって良いなあなんて取り留めもない事を考えながらカークは部屋に運ばれていった。
「そりゃ、そうだろうね」
袋をひっくり返すメディを見ながらカークは呻く。
ふかふかのベッドに横たわり、切り分けられた新鮮な果物が部屋に運ばれ、ソファに座ったニティスクアナは此方を心配そうに窺いながら、布を握りしめていた。
ショズヘネラはカークの横たわるベッドの足元に立ち、腕を組んでいる。
そして、ルレアはメディの隣に立ってこちらを覗き込んでいる。
「なにがだ?」
吐き気を押さえて何とか絞り出した小さな声にルレアは困った様に言う。
「魔量回復の薬は副作用があるんです・・・・・・回復量が多ければ多いほど使えば使うほど強烈に」
「腕のいい錬金術師の中には副作用なしの薬を売ってるのもいるけど稀だし、めちゃ高い。で、君が使ったこれはそこそこのお値段で結構な副作用が付く。それを袋丸ごと使ったんだろ」
副作用の話は知らなかった。アンジェラが教えてくれなかったんだと責任転嫁をして、カークは頷いた。
頷くカークを見てメディは呆れたような面白がるような顔を見せる。
「こういう薬は滅茶苦茶不味くって数使う人はいないから知らないのは無理もないけど、ひとつふたつなら問題ないんだ。けど、一袋は大体100個で、全部使ったなら副作用は壮絶だ」
あ、コイツ面白がっているな。吐き気に襲われ世界がぐるぐると回転し虹色に輝く中でカークは目を閉じた。
「・・・・・・魔法でどうにかできないのか」
「出来るならやってる。魔法酔いは魔法じゃ治せないのさ。安静にする以外に方法はない」
「わかった」
無情な言葉にカークはひとつ呻いて毛布を被った。




