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エルデン・グライプ~「不滅者」は混沌の世界を狂気と踊る~  作者: 津崎獅洸
第一部

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49:生きたいと願うことは


「信仰はここにあり、神の思召すまま慈愛は染み渡る。【大いなる治癒】」


エメディリルの魔法は絶大だった。

欠損した2人の竜の腕も脚も治り、鱗は元通りだ。

健康そのものの姿にカークは警戒心を解いたりはしなかった。結局は口約束だ。この2人がどう出るかはこの2人次第。

だが、それは杞憂に終わった。

2人の竜は膝を折り、頭を深く下げるとその巨体を徐々に小さくしていった。

一瞬の閃光ののち、竜がいた場所に立っていたのは赤い髪から2対の角を生やし艶やかで健康的な褐色肌で神妙な面持ちの美女と白い髪が雪のようであり、肌もまた幻想的な輝きを持つ角を生やした美女だ。

2人は胸に手を当てて深く頭を下げた。


「・・・・・・プクィカのショズヘネラは貴殿に忠誠を誓う。偉大にして慈悲深き命の恩人よ」

「トゥシジのニティスクアナは貴公に忠誠を誓います。偉大にして慈悲深き御方」

「そう言うのは良いんだ。とにかく街に戻ろう・・・・・・魔物たちは君たちの配下?」


返事をしたのはニティスクアナだ。


「私の下僕です。直ぐに撤退させます」


彼女がその繊手を上空に上げシャリンと金属の擦れるような音が響くと街の方から何かが多数、走ってくるのが分かる。

魔物や魔獣たちだ。彼らは必死に逃げていき、7人には目もくれず平原の彼方へとひた走って行った。


「街は大丈夫か?」


エメディリルは肩を竦める。


「見てきたけど城門は突破されてなかったよ。城壁の中は被害なしだろう。空を飛ぶ系がいなかったのが幸いしたね」

「私は下僕は好かん。だから連れてこなかった」

「ラッキーだ。じゃなかったらとっくにカノカノスは廃墟さ」


エメディリルの言葉に頷きながら数分で城門前までやってくるとルレアが叫ぶ。


「開けてください!」

「で、ですが、魔物は?魔獣は?竜は?」

「もう、心配ありません。大丈夫です」


城門の上で半信半疑ながら警備隊長がひとつ唸り、指示を飛ばした。


「開けろ」


城門はゆっくりと開いて行く。城門の前では兵士や冒険者たちが集まって警戒している。

現れたルレアに彼は口々に声を掛け、それを制したのは城壁から降りてきた警備隊長と兵士長だ。


「本当に、りゅ、竜を討伐なさったんですか?」


警備隊長の言葉にルレアは背後を振り返って、何か考え、口を開く。


「討伐したわけではありませんが撃退しました。私たちは城に戻ります。事後処理などは任せても?」


ルレアの言葉を聞いて警備隊長は7人を見て特に角の生えた2人の美女に目を止めてそれでも何も聞かずに頷いた。


「お任せください」




街の中央に鎮座する城に向かう道すがら、怯えた目の住人たちを見た。じきに知る事とはなるだろうが彼らは自分たちが助かったことをまだ知らないのだ。

泣き声を上げ悲鳴を上げ必死に東門から離れていくため街の規模からは考えられない程に街の東側は閑散としていた。残っているのは足が悪い者や動くに動けない者たちだ。

怯えて涙を堪える身なりの悪い子どもを見下ろし、ニティスクアナは口を開いた。


「・・・・・・私には、心が無かったのでしょうね」


そう言って子どもを見て、そして歩いて行く6人の背を追いかけた。


「何の悲鳴をどれだけ聞いてもなんとも思わなかったのに、あの方に負けてからは酷く胸が苦しいんです。今は怯える目が、悲鳴が恐ろしい」

「あの御方の慈悲に触れたからだ。私も、弱いものに興味など無かったし、どうなろうと知ったことではなかった」


ショズヘネラは振り返りもせず、真っ直ぐに背筋を伸ばしてそう言う。

竜は生まれてすぐに巣から放り出されそれからは、時折出会う同胞と会話はするも教養を深めたり、他種族に興味を持ったりもしてこなかった。

強さこそが全てだった。強ければ何をしても許された。他者を侮辱しても気紛れで生かしても、強いからこそ許された。

しかし、今の自分たちはなんだ。

弱いと侮った、虫と侮辱した相手に手も足も出ずに負けて、しかも命を救われ、竜としての矜持と恩義で頭の中はパンク寸前だ。

様々な感情が怒涛の如く押し寄せて、胸を引っ掻きまわした。

負ける前まではこんなことは無かったのに。

戸惑っているといつの間にやら、城の入り口までやって来た。




「侯爵閣下・・・・・・?」

「ええ、そうです。この街の主であり、ヨウハ侯爵領を治める方。一応私の父です」


一応と言う言葉に関し何か突っ込むべきなのか一瞬考えたがカークは無視することにした。

重厚な扉の前でそう話を初めて聞かされたので、もうそれどころではない。


「俺はいない方が良いのでは?」

「カークさん!貴方のおかげなんです。貴方のおかげで、カノカノスは崩壊せずに済みました!どれだけ感謝しても足りない程です。正当な褒章を受け取るためにもぜひこの場にいてください!」


カークが何とか苦心して言葉を紡ごうとしたがそれは無為に終わった。

中から扉が開き、燕尾服姿の執事が穏やかな表情で一行を迎え入れたからだ。


「お待たせいたしました。どうぞ」

「父上。戻りました」


入った部屋は豪華と言うよりは質実剛健と言えた。執務室には必要のない剣や鎧が飾られ、絵画などに代表される美術品はひとつもない。

飾り気のない部屋の奥でどっしりとした椅子に座っていた男は青い髪を揺らしてゆっくり席を立つ。


「ああ、ご苦労だったな」


街が襲撃されたというのにこの男には全く、動揺など無い。

カークは驚いた。あの竜は少なくともルレアの手に余る相手だった(本来はカークにも手に余る)。だと言うのに、平然と報告を受け取り執務をしているのだから、カークは貴族の胆力の底力を見た気がした。

ルレアとその父が会話を始める前にエメディリルがため息を吐く。


「疲れたんだけど、座っていい?」


男は一瞬――多分カークの気のせいだが――顔を恐怖に引き攣らせてから上品に微笑み、頷く。


「あ、はい。どうぞ」

「お!ありがとうねー。んじゃ、続けて」


マイペースにエメディリルはソファに深々と座り込んで執事に何やら注文している。面々は微妙な空気の中で男の咳払いに助けられた。


「ごほん。それで、竜を撃退したのか?」

「はい・・・・・・いえ、こちらにいるカークさんのおかげでねじ伏せることが出来ました」


視線がカークに集中する。いや、見られても、礼儀も何も知らないカークには何もできない。視線を彷徨わせるカークをどう思ったのか、侯爵は目を細めそれからカークではなくヴェノに話しかける。


「どういうことだ?」

「私も見て無いから詳しくは分からんが・・・・・・まあ、少なくとも彼が竜を2匹倒したのは事実だ、アルバート」


そう言ってヴェノは一歩ずれて2人の美女に会わせた。

立派な角を2対持つ2人の美女に何か閃いたのか侯爵は顔を歪めて声を絞り出した。


「まさか、2人は飛竜と地竜か」

「はい、閣下」


答えたクェルムの言葉にそちらを見て、頷く。


「貴殿が花竜帝国軍の誉れ高き将軍がひとり、クェーゲルニルム殿か」

「・・・・・・はい。お初お目にかかります閣下」


優雅に頭を下げる礼儀正しいクェルムを羨ましく見ながらカークはぼんやりと美女2人を見た。2人は挙動不審なところはない。礼儀を知っているのか知らなくても堂々とすることに慣れているのか、とにかく胸を張ってそこに立っていた。

息を吸い込み、侯爵は彼女たちに向かって言う。


「何故、この街を襲った」


事の顛末を彼女たちは落ち着いて話した。

聞き終わると侯爵は渋い顔をして見せ、同じように渋い顔のヴェノに顔を向けた。


「・・・・・・はっきり言わせてもらう。お前の周りに裏切り者がいる可能性は極めて高い」

「いいや」


侯爵の言葉をヴェノは切り捨てた。


「いるのは、餓獣隊だ。それなら説明がつく・・・・・・私がロージニアを出発したのは4日前。そこから大都市カノカノスに襲撃を掛けるに当たって古竜に声を掛けるとなると・・・・・・可能なのは私の近辺では皇帝家だけだ」

「なら円王国か・・・・・・餓獣隊なら強行軍も可能だが・・・・・・蒼竜に親交があったのか?」

「それは2人も知らんそうだ」


口を噤む侯爵。沈黙は重く沈殿し、カークは息苦しさを感じながら愛想笑いを浮かべた。

この話にはついて行けそうにない。


「俺は、その、この話は聞かない方が良いようですので・・・・・・」


出て行かせてもらうそう続くはずだった言葉はルレアの鋭すぎて完全に喉元を狙ってきているその目で睨まれることで喉奥にしまわれた。


「今、話すべきはカークさんへの報酬かと思います」

「“それ”はただの名もない冒険者だ。満足に装備も整えられないような冒険者が竜を倒したなどと言う与太話を信じて報酬を払う気はない」


その言葉にルレアがまた切れ散らかすよりも先に赤い髪を揺らすショズヘネラが一歩前に出て美しい顔に怒りを見せた。


「では、私は誰に負けたというのだ!?どうして、心を得たというのだ!」

「諸国最強と称されるクェーゲルニルム殿に負けたのだろ?」


クェルムは肩を竦める。


「私では倒せませんでした」


信じられないようなものを見る目でヴェノに振り返るがヴェノもまた肩を竦めただけだった。

そして侯爵は厄介事とばかりに息を吐いて、椅子に座る。


「エメディリル様」

「ええ?僕じゃないよ。僕、城壁のトコにいたもん。竜にはノータッチ」


両手を上げて振るエメディリルを侯爵は胡散臭そうに見つつも声に出したりはしなかった。

カークは結局のところ、さっさと村に戻って税を2割か3割かにしてもらえればそれで良いのだ。そして、カノカノスが無事である以上、カークがここにいる意味はない。


「あー・・・・・・俺のことは、忘れてください。所詮は農民ですし、いろいろ不味いでしょう」


例えば、これがルレアが倒したなら良いのだ。A級冒険者としての立場もあり貴族としての地位もある。誰も疑わない。

しかし、カークの身なりは悪く、F級冒険者で実力はなく出身は農民。どう考えても質の悪い嘘だと誰もが感じる。

そしてそれを発表したとして誰が最も被害を被るのか?当然、侯爵だ。

怪訝な顔をして見せた侯爵よりも早くルレアが顔を真っ赤にして勢い込む。


「いけません!正当な報酬を受け取らない冒険者がどこにいますか!」

「であれば、彼女たちを街に居させてやる許可が欲しいです。それならさほど目立ちませんし城壁の中に住むには市民権が必要ですよね」


侯爵は一旦はヴェノを見た。彼の表情は苦虫をかみつぶしたような表情から変わる事はあまりないため読み取ることは難しいが不可能ではない。


「・・・・・・それであれば、特に疑問も持たれることなく処理できる」

「これなら街の復興の手伝いも出来るだろ」


ショズヘネラとニティスクアナはカークに膝を付き頭を垂れた。


「感謝します」

「感謝する」

「いいんだ。責任のひとつさ」


カークの言葉にはやし立てるような声が響く。


「おお、偉い偉い」


それを無視して侯爵に向き直った。


「十分な報酬をいただきましたので、俺はこれで」

「カ、カークさん!?」


今度は問答無用で扉から抜け出していくカークにルレア、ショズヘネラ、ニティスクアナ、エメディリルの4人がついてきた。


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