3:旅に出ます
荷物を詰めたリュックサックを背負い両親の顔を見た。
「気を付けていくのよ、危ないことはあまりしないで・・・人様に迷惑をかけては駄目」
母はのんびりとした口調でそう伝えると潤んだ眼で心配そうに、しかし、どこか誇らしげに微笑んだ。
「・・・大変なことがあると思うわ。けど、忘れないで欲しいの・・・母さんと父さんはいつでもあなたを思っているし、愛しているわ」
「ありがとう、母さん」
父は無表情だった。怒っているわけではなく表情に出にくいのだ。
無口で不愛想な父は戸惑うように言葉を紡ぐ。
「魔法に熱心だったお前に魔法の才能がないのは残念に思っていた。だが、お前には剣の才能がある。驕らずに研鑽しろ」
「もちろんだよ、父さん」
「・・・・・・荷物に不備はないか?毛布の代わりのマントはあるか?糧食は十分か?剣は早めに換
えろ。魔物の強さはピンきりだから安易に知らない魔物と戦うなよ?古いリュックサックだが頑丈さは折り紙付きだ、安心しろ。だが盗賊に襲われたらそれを投げ出せ。命より高いものはない。滅多な事では会わないだろうが街では貴族には逆らうな。街についたら真っ直ぐに冒険者ギルドに向かえ。持たせた薬草を買い取ってくれるからな」
普段無口で滅多に話さない父が饒舌にまくし立てるのを驚いて受け止めていたが、カークは微笑んで頷いた。
「分かった。ありがとう父さん」
「死ぬなよ」
その言葉はなによりも重かった。父は背を向けて家に入ってしまう。
母は潤んだ眼でそれでも無理に微笑んだ。
「・・・・・・いつでも帰ってきて、旅のお話を聞かせて頂戴?カーク」
そう言うと母は両手を広げてカークを抱きしめる。
温かく優しい抱擁に勇気づけられて頷く。
「楽しみにしていて、母さん」
「兄ちゃん、元気でね」
「ああ」
村中の人から声を掛けられ、手を振ってもらい時にはハグをして村から出るとカークは空を見あげた。
薄い雲の散らばる青空だ。直射日光は厳しいだろうと思いながらも歩を進める。
村から街道に延びる道を歩く。ギリギリ荷馬車が通れるほどの狭い上、舗装などと言う言葉からは程遠い道だが道に迷う危険がない点で優秀だ。
街道までは数時間で出られる。街道から目的の街まではさらに数時間といった具合。
歩きながら手のひらを上に向けて能力値を覗く。
この何処からともなく現れた半透明な板に映る能力表という存在には酷く混乱させられたが、慣れると意外に便利だった。
自身の体力や筋力を数値化してもらえると、どこまでが出来てどこまでが出来ないかを説明しやすく、理解もしやすい。
しかしながらそんな能力表を眺め、カークには悩むことがある。
「・・・LV2・・・・・・・・・LVってレベルだよな?練度とか、そういう意味での。全く上がらな
い。アンジェラ姉さんはそう言うものだとしか言わなかったし」
村では薪割りをし、時には森からやってくる魔物を退治して過ごしていたが中々上がるものではないらしい。剣も斧も結構重いのに。
魔力の値がカークよりも上だが、隣を歩くイナンナもまた似たようなものだ。
能力値の伸びしろが少ないのであれば、どうせ刃が潰れてロクに使えない剣だからと村長は譲ってくれたがどうにかして早急に新しい剣を調達せねばならない。
弱く愚鈍なゴブリンくらいなら大丈夫だろうが、少しでも賢いゴブリンとは戦いたくない。
なにせ刃が潰れた剣(鈍器)なのだ。誰だって武器とはみなさないし命を預けるには心もとない。
ほつれた柄をいじりながらそんなことを考えていたせいかイナンナは的確に何を考えているか当ててきた。
「父さんがくれるって言った剣、貰えばよかったじゃない」
「ほとんど新品の剣なんて貰えるわけないだろ。それに廃棄寸前の剣でもイナンナと一緒なら、しばらくはしのげる」
イナンナは肩を竦めて先を歩く。
何をするにも金が要る。ドルイドのアンジェラが言うには街の近辺には“迷宮”が存在するらしい。
水晶が浮かんでいてそれに触れると入るたびに構造が変わる迷宮に入れる。
それらは勇猛果敢な冒険者によって開拓攻略されていく。
迷宮には様々なお宝があり一攫千金も夢ではないが魔物が蔓延り、罠が仕掛けられていたりと当然障害がある。
ふたりで迷宮に挑むのはただの自殺だ。しかし、信頼できる人に出会えるかは運次第。
カークはこれに頭を悩ませていた。
「LVがもっと気軽に上がってくれれば能力も上がってひとりでゴリ押しも可能なんだけどな」
命は一つだ当然惜しい。ゴリ押しはあまりにも考えなしで無駄が多いが、適当な人物と組みたくない。
考えれば善人しかいないなどと言う夢物語は悍ましいだけで何の価値もないのだ。
騙される危険性や可能性を考えて慎重を喫するべきであり、裏切られる可能性も考慮しなくてはならない。
そう考えるとどうにかして村から一人でも多く連れてくるべきだったかもしれないが、生憎農村だ。貴重な若い働き手を何人も失うのは村がさらに貧しくなるだけだ。
とにかく街に着いてから考えるしかないとため息を吐いた。
「難しいこと考えても、仕方ないわ」
ひとりでぶつぶつと呟いているとイナンナは励ます様にそう言ってくれた。
「うん、そうだよな」