47:命を乞うという事
「よせ!」
振り返り、カークは咄嗟に叫んだ。絶叫と言ってよいほどの声量に赤い鱗の竜は右腕を白い竜に振り下ろさず振り返る。
「おい、おい、おい。虫がなんだ?何の用だ」
「仲間だろ!?なんで今、殺そうとした!」
信じられないものを見るように歩いて竜に近づくカークの背後でルレアが目を見開き、クェーゲルニルムとヴェノも竜を追って来た。
ヒトが四人が近寄っても竜は危機感など抱かずに大笑いする。
「わーっはっはっは!聞いたか?お前を殺すなと言っているぞ!」
「・・・・・・っひ、ひ・・・・・・こ、こ、ろさな、いで、おねがい」
とうとう泣き喚く力もなく薄くとぎれとぎれの声で血に沈む竜は助命を乞うた。
私は虫とは違う。虫じゃない。こんなに痛い事があるなんて知らなかった。死ぬのがこんなに怖いとは知らなかった。私は死にたくない。死にたくない。死にたくない。
その思いを込めて出来る限り、彼女は諂った。
それをみて、聞いて、赤い竜は怒りを見せた。
「誇り高き竜が命乞いだと!?恥を知れ!弱いお前をこの私が殺してやると言っているのだ。誇り高く死ね!」
恐怖に凍りつき、白い竜は口を僅かに動かした。
ああ、そうか。こうやって、虫いや、ヒトも生き物もみな、死んでいくのか。
私は、殺したのか。遊び半分で、命をもてあそんだのか。
――これほど、恐ろしかったのか。
息も絶え絶えに、自分が追い立て殺して回ったあの人々が口にしていた言葉を白い竜もまた同じように口にした。
「おねがい、たすけて」
「恥知らずが!死ね」
振り下ろされた巨腕を避けるだけの力は残っていなかった白い竜は冷たくなっていく体を感じながら、ただ目を閉じた。
カークは怒りに身を任せるがまま、叫ぶ。
「【時虹公のこぶし】!!」
「ぶぎゃっ」
相手が9mの範囲には入っていなかったため、損傷値は下がっただろうが赤い竜が白い竜から離れただけでカークは構わなかった。
間髪入れずに手に持った袋から錠剤を取り出して貪り、吹き飛んだ巨体に近づいて行く。
不思議と苦みは気にならなかったが、噛み砕いていてもやはり飲み込むのが困難だった。
困惑する3人には目もくれず赤い竜は向かってくるカークをぎょろりと睨み、口を大きく開けた。
「ふざけるな!虫の分際で何をした!?」
「【時虹公のこぶし】」
「ガギャァアアァアッ!!」
まだだ、殺せない。錠剤を噛み砕き、無理矢理に飲み込む。もう口の中の感覚が鈍い。
痛みにのたうちまわり鱗をまき散らす赤い竜は血の涙を流し口からも鼻からも血を垂らした。巨腕の爪も剥がれて地面で輝いているのが見える。
「ぶち殺してやる!!虫の分際で!虫の分際で!虫の分際で!!」
疾風に等しい速度で赤い竜は大きく口を開きカークを噛み砕かんとする。
「カークさん!!」
悲鳴と共にルレアがかける音がして、瞬間。やけに、カークには間延びした空間に思えた。
ゆっくりと赤い竜がカーク目がけて牙を向けている中、カークは怒りで真っ赤になった頭でつぶやく。
冷酷に。従順に。貞淑に。享楽的に。美しく。醜悪に。全てを愛し、全てを蔑んだ。一切を憎み、一切を無視した。その果てに、カークは極めて優しく何もかもを許す慈父の様に微笑むのだ。
「【時虹公のこぶし】」
不可視の一撃はどれ程の速度を持っていても避けることはできないのかもしれない。不意にカークはその考えに至った。
でなければ、この竜の速度に追いつくことができるはずない。
不可視の一撃は確かに赤い竜の体を抉り、苦痛を与えた。尻尾ははじけ飛び、後ろ足は両足共に吹き飛んだ。赤い竜の巨体を浮かす皮膜の張った大翼は根元から折れて皮膜はズタズタにされている。もう飛ぶことはできないだろう。
2対の角が折れ砕け、赤い竜は鼻先に立つカークを見て、血を吐く。
「・・・・・・馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な」
竜の言葉を無視してカークは虚ろな目で微笑みを浮かべたまま錠剤をまた口に運ぶ。それを見て悲鳴を上げたのは、白い竜だった。
「おねがい。ゆるして、ごめんなさい」
涙を零し、白い竜は息も絶え絶えに続ける。
「知ってることを話すわ。そこの黒い髪の男を殺しに来たの。私たちは、知らなかったの。あなたたちが生きてるってことを理解してなかったの」
懇願する声にカークは優しく微笑みかけた。
「ああ、そうだろうな。俺だって潰す虫の命を意識することは無い。だが、虫と侮辱した口で許しを乞うのは信条に反するんじゃないのか」
「そうだ、殺せ」
容赦なくいや、気高く、赤い竜は断頭台に立とうとする。だがその目には恐怖がある。痛みと死への恐怖だ。誰だってそうだ。痛く苦しい事は嫌だ。それが死に繋がるならなおのこと。
白い竜は潰える息の中でささやくように言う。
「いや、いやよ。私は、死にたくない」
その言葉でカークは穏やか表情を見せた。冷たく鋭利で慈悲深い微笑みではない。温かく染み渡るような慈愛に満ちた微笑みに。
「跪いて赦しを乞うて、その先で生きたいのか」
「ええ、ええ、死にたくない。生きていたい。おねがい」
「・・・・・・知っていることを話すなら考えてやる」
「話す、話すわ」
「・・・・・・貴様、ふざけるなよ」
赤い竜の言葉を無視してカークは拳を強く握り、苦みで鈍い口の中で砕けた錠剤のじゃりじゃりという音を立てて歯を食いしばった。
こいつらは、街を襲った。街の人たちを殺した。到底許される事じゃない。
カークも命を狙われた殺されそうだった。けど、それはカークも一緒だ。
魔物たちを殺して竜の元にたどり着き、殺そうとした。これにどれほどの差があるだろうか。
「ルレアさん」
「え?はい?」
振り返り、ルレアの不思議そうな顔を見て、カークは言う。
「この2人を治してあげて欲しい」
「街を襲った竜ですよっ!直ぐに止めを刺すべきです」
「そうだ。どうやったのかは知らんが、瀕死なのだろ?手に負える相手じゃない。直ぐに止めを刺そう」
続くヴェノの言葉にカークは首を振る。
「情報を持っています。それなら、引き出した方が良い」
「問答している間に死にそうだし、とにかく止血をしてもらおうかな?」
桃色の長すぎる髪を持つ美青年はカークの意見に同意のようだった。
「クェルム?なんで、ここに・・・・・・」
「まあ、それは後だ。今は竜の話をしよう」
「じゃあ、ルレアさんよろしくお願いします」
「・・・・・・大丈夫ですか?」
「止血程度なら問題ないさ」
不安そうなルレアは2匹の竜から離れたところから魔法を放った。
「【中級治癒】」
白く清浄な光が辺りを包みその2つの球体はそれぞれの竜に飛んで行く。
すると、2の傷が塞がっていく。ただ、欠損した部分は戻らず、剥がれた鱗もまばらに治されていく。
「私ではこれが限界です。エメディリル様ならもう少し回復できるかと」
「回数打てばいいってものじゃないのか?」
カークの質問にルレアは困った様に首を傾けた。
「魔量回復の薬は高価ですし、私の実力では複数回打っても大して回復しません。相手は莫大な体力をもつ竜ですからなおのこと・・・・・・」
「なるほど」
魔法って難しいな。そんなことを思いながら、咽び泣く2匹の竜を眺めた。




