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エルデン・グライプ~「不滅者」は混沌の世界を狂気と踊る~  作者: 津崎獅洸
第一部

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46:翼の意味


相対した男は一足飛びに後退し、距離を取って大剣を振り払う。

厄介な相手だ。踏み込んでも空に逃げられてしまうし、例え攻撃が当たっても何の痛痒も与えていないようだった。

鱗が邪魔だと半分愚痴りながらヴェノは再び大剣を振りかぶる。

剛撃を避けて赤い鱗の竜は嗤う。


「混ざりものの割によくやるじゃないか」


“混ざりもの”と言う言葉にヴェノは毒々しく醜悪な顔をして見せた。

全ての古竜の熾りは僅か3柱だけの偉大なる存在“神竜”。

そして、“神竜”から発生したのが古竜。今日の竜族たちの祖である。

古竜は神竜とは違い他種族に興味を持つことがあり、ヒトと共に生きることを選んだものもいた。

そうした古竜たちの末裔が半竜人と呼ばれ、古竜の力を色濃く受け継いだものを竜人と呼んだ。

それに対して彼ら飛竜、地竜は違う。

竜こそが最強種であると考え他種族を顧みなかった古竜たちの末裔だ。傲慢で話を聞かずに他種族を平気で害する性格からヒトによって討伐対象になる事も多々ある。

己を最強最高と自負する矜持が肥大化した性格の竜たちにとって、他種族の血を受け入れた古竜の末裔と言うのは汚物に等しい。

だから彼らは口をそろえて嘲るのだ“混ざりもの”だと。

屈辱から奥歯を噛み締めた。顔を合わせるだけで嘲りを受けるのがどれ程苦痛か、この飛竜に味合わせてやりたい。

腹を引き裂くように下段から大剣を振り上げた。速度は十分。容易に避けることはできない。

この一撃を竜は嗤って受け止めた。剣先が僅かに鱗に覆われた腹を傷つけるが、そんなものはかすり傷ですらない。


「なんだ、なんだ、なんだ。こんなものか?」


ヴェノが手にする大剣は実力に見合ったオリハルコン製の逸品であり極めて鋭利だ。それでも切り裂けないのはひとえに竜の防御が堅牢であるが故だった。

時間稼ぎすら難しい事に気づき、ヴェノは端正な顔を歪める。

花竜帝国に仕えて300余年。家名に恥を塗るまいと生まれてこの方鍛錬を怠ったことは無い。

将軍に就いてからはなおのこと、己の腕を磨いてきた。並の竜族であればヴェノの敵ではないだろう。

しかし、現実はどうだ。飛竜の中でも最強に近い存在に手も足も出ない。

それでも、諦めるわけにはいかない。大剣を振り、強大な竜を見据えた。


「おお、おお、おお。まだやるか?可愛い可愛い虫けらが、頑張るなあ・・・・・・!?」


嘲る声は一瞬で途切れる。上から何かが凄まじい勢いで降ってきたのだ。

暗闇でも分かる。煌びやかな燐光を放つ長剣の輝きが闇夜を照らすようだった。美しく、装飾品にしか見えないその剣を飛竜の掲げられた右手に突き刺した男は花の匂いを強くまき散らして、舌打ちをする飛竜の左手から逃げた。

ヴェノの側に来た男は何も言わずに桃色の長すぎる髪をしならせたまま姿勢を低く保ち、獣のように足をばねにして加速する。

あまりにも早すぎて風があとから吹きすさぶほどだ。

ヴェノは大剣を構え直し、飛竜をその圧倒的な速度で翻弄する桃色の髪の男、クェーゲルニルムを補佐する動きを始めた。

左腕を上げれば右腕を切り裂きにかかり、それに夢中になればクェーゲルニルムが隙を突く。

長すぎる彼の髪が優美な尻尾のようにその背中を追い、空間に花の香りが充満すればするほどその速度や剣の鋭さは徐々に上がっていった。


「くそ、くそ、くそ!枯花のルロンセめ、忌々しい匂いをさせおって!」

「祖たる古竜を侮辱するなと教わらなかったのかい?」


一旦はなれ、剣についた竜の血を払い、彼は冷たく微笑んだ。赤い瞳は冷酷に輝く。飛竜は怯んだように一歩下がるがクェーゲルニルムはそれを許さない。

ぱき、と骨か何かが折れるような音が響くと背筋が凍るような光景が広がる。

咎めるような声が彼の背後から上がるが気にした風は無い。


「暗闇で見えやしないさ」


クェーゲルニルムの背が盛り上がると数本の太いツタが背中から地面に付くほど伸び、赤く美しく繊細な彼岸花(リコリス)を咲かせ始める。

10輪以上の花はたちまちツタを覆いつくし、大きな花弁を下へ下へと伸ばす。それは最早深紅の大翼にしか見えないだろう。

だが、それが何を意味するか分かっている飛竜とて黙ってみているわけがない。

口に炎を宿し灼熱を生み出すと今しがた彼岸花(リコリス)の翼を生やした男目がけて吐き出した。


「燃え尽きろ!」


己が得意とする火属性は連中“花竜”の血族にとって致命的な弱点だ。勝利を確信しながらも、カッとなって炎を吐いてしまった自分を恥じた。

まるで混ざりもの如きが対等であったかのような戦い方だ。まったく恥じ入るばかりである。

業火の中で灰も残らず燃え尽きたはずの物を見て咄嗟に夜空を見上げ飛竜は顔を醜く歪める。何故傷ひとつなく平然と立っているのだ。虫如きが今の炎を避けられるはずがない!

防御魔法を放った相手に殺意を向けて吠える。


「鬱陶しい羽虫が!!」

「羽虫は酷いや。まあ、僕他のとこに行かなきゃなんないし、じゃあね」


闇夜に映える大翼を羽ばたかせて陽気に手を振りエメディリルは空を駆けて、いまなお襲われている街の方へ去って行った。

竜が純白の背を追うよりも早く一足飛びに桃色の髪を靡かせて風を置いてきぼりにした男が傾国の美貌を歪めて笑い、剣を地面に突き立てる。


「沈め」


ずん、と音が響く。地面が沈み、急速に成長した植物が一斉に竜へと襲いかかる。

たちまちに竜は植物の緑に覆われるが大笑いした。


「あーははは!!弱い弱い弱い!!枯花のルロンセはこの程度か!」


そして、その巨大な体を発火させると植物たちを焼き掃い上空へと舞い上がった。

見上げてヴェノは呻いた。あの位置から火を吐かれたらひとたまりもない。


「飛ばないと無理だな」

「・・・・・・相性が悪い。なんで、あの方は私なら倒せるって言ったんだ」


愚痴の様なものを零しつつため息を吐いて翼を動かす。生憎この翼は飛ぶことは不得手だが、飛ぶしかない。空中戦に持ち込まれたら圧倒的にクェーゲルニルムの不利である。

しかもそこに属性相性が付く。勝利は絶望的だ。

打つ手を考えていると不意に悲鳴が轟く。轟くほどの悲鳴とは全く恐ろしい声量だが正体は直ぐに分かった。


「――――ッギャアア!!」


続く言葉は聞き取れなかったがこの声量を生み出せるほどの巨体はこの場に2体。

つまりはあっちは2人で竜を1体倒したという事か。

ヴェノとクェーゲルニルムは顔を見合わせた。あちらの竜を直接見たわけではないが飛竜も地竜も基本的に群れない。群れたとしたらそれは同等の強さを持つときだけだ。つまり、こちらで苦労している飛竜と同格の地竜を自分たちよりもはるかに劣るはずの実力で倒したことになる。あり得ない事だ。いや、あり得てはならない事か。

声のする方を見たのは2人だけではなかった。上空の竜もまたそちらを見て、呻く。


「馬鹿が。油断するからそのざまだ」


奴もまた火を吐くことが出来たのにそれをしなかった。つまり、遊んでいるつもりが遊ばれていたという事か。つまらない事で五月蠅く喚くのは無様が過ぎる。

悲鳴を上げる余裕があればまだまだ生きている。ちょっと苛めてそれから殺してやろうとそちらに身体を向けて走ってくる虫どもを威嚇するように側を通り抜け、馬鹿な竜の元へと降り立つ。

血の海の中で彼女は悲鳴を漏らし続け涙を流している。

それはそうだろう。竜は納得した。彼女の自慢だった角、右前腕と右後脚がちぎれてどこかに吹き飛び、鱗もほとんどが引き剥がされて皮膚もズタズタだった。

どうやったらこんな無様なことになるのか。


「ひ、ぐ・・・・・・たすけ、たす、たすけ、て。痛いよ、いたい、いたいぃ」


無様な姿を見て、竜は嘲笑った。所詮こいつも弱いのだと。


「ああ、ああ、ああ。助けてやるとも」


そう言って右手を振り上げた。






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