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エルデン・グライプ~「不滅者」は混沌の世界を狂気と踊る~  作者: 津崎獅洸
第一部

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44:街の東側は酷いありさまだ


警備隊長は城壁の上から夜の中真っ直ぐに城門を目指してやってくる数多の魔物と魔獣を見下ろして顔色を失う。

――無理だ。

率直な感想はそれだった。

あの数の魔物を相手にするのは少なくとも街の警護や治安維持を仕事にしている自分たちには不可能だ。それでも、城壁の上から矢を放ち魔法を打つ冒険者や兵士の顔には必死の色が濃い。

まだ諦めていない。士気は落ちつつあるが底辺ではない。それだけが救いだった。

正体不明の黒髪の大男が細身の大剣を振り回して前線を1人で切り開き、次次と魔物と魔獣をなぎ倒している姿が兵士たちに勇気を与えているのは明白だ。

彼が居なければとっくにこの城門は突破されていた。こうしている間にも住人たちは西へと逃げている。ただ、西側が安全かと問われれば頷きがたい。

あくまでも“今”襲われていないだけなのだ。伏兵が居て、西からも襲われては目も当てられない。だから東西南北の城門にはそれなりに腕の立つ兵士と冒険者を配備して万一襲われたとしても時間が稼げるようにしている。飛竜や地竜がこれ以上いないことを祈って。

城壁の外は夜闇の中でも分かるほどに惨憺たるありさまだ。制度上、農民は城壁の中には住めない。街の外で農地を耕す農民は、誰にも守られることなく魔物たちに蹂躙されただろう。

警備隊長は目を閉じ、苦悶の表情を浮かべてからそれを一瞬にして消し去る。

今守るべきは生きている者だ。

しかし、それも難しい。黒髪の大男は魔物たちをなぎ倒すのに精いっぱいで遠くで時折咆哮する地竜にはいまだ届かない。

もし、此処からでもその姿が確認できるほどの大きさのアレが真っ直ぐに突進してくれば城門などひとたまりもない。

一刻も早く、あの化け物をどうにかせねばならないのに。

歯軋りをし、顔を歪めたタイミングで俄かに背後が騒がしくなっていく。

振り返ると顔に緊張感を持った青い髪の美女とその後ろを息を切らしてついてくる金髪の男の組み合わせだった。

見知った顔に希望を見出して簡易な敬礼をして警備隊長は口を開く。


「ルレア様!い、いつおもどりに?」

「さっきです。状況は?」


駆け足でそう聞きつつもルレアは城壁から身を乗り出す。

無数の魔物たちの死体とそれを生産し続ける男の姿を見て、ルレアは息を整えている男に話しかける。


「飛びます」

「・・・・・・は?」


返事を聞く気もなくルレアはカークの腰を抱き寄せると城壁から飛び降りた。

どすんと言う音を聞いて、カークは緊張のあまり体が強張ったが気にしている時間はない。

離れたルレアと共に剣を抜き、疎らになってこちらを窺う魔物に向かって突撃した。


(つ、つよ・・・・・・っ)


カークの身体能力は一般人並。歴戦の勇士でもなければ戦いの才人でもない。特殊な技能や異能を有しているわけでもなく、ただ、死んでも蘇ると言うだけの一般人にこの魔物を押しとどめるのは無茶な願いだった。

しかし、諦めるわけにはいかない。

巨躯の狼の様な魔物に噛みつかれて苦悶の表情を浮かべ、叫ぶ。


「【時虹公のこぶし】」


瞬間。20の魔量(MP)を消費して作られた衝撃波は狼を襲い、その巨体を吹き飛ばした。

吹き飛び倒れ伏す絶命した魔物。他の魔物たちは一瞬その姿に躊躇したが、どこからか聞こえる金属をこすり合わせるようなジャラともシャリとも取れる不思議な音色に怯えるようにしてカークに一斉に襲い掛かって来た。一対一でもこのありさまだ、カークには多数を相手することはできない。いや、魔法を使えば不可能ではないだろう。ただ、カークはあの地竜や空を旋回する飛竜に攻撃を喰らわす為にここにいる。魔量(MP)の回復手段を持たない以上、むやみに魔法を放つことはできない。

涎を零し必死になってこちらを襲う姿にどこか違和感を抱きながらも後退しカークは痛みを堪え右往左往と逃げ回る。

突然痛みが薄れた。しかしながら周囲を見渡す余裕などない。誰がしたのかは次いでかけられた言葉によって判明した。


「【中級治癒】。カークさん、このまま直進してあの大剣の方の所まで行きましょう」


流れ出す血を止めたのは背後から走り寄るルレアだった。

ルレアの提案にカークは頷きながら避けて回る。


「わ、わかった!」


ルレアは魔物たち倒し、それが動かないことを確認すると増援が来ないうちに走り出す。

息を切らして魔物の死体が積みあがる道を走り、その男のもとに駆け付けると驚いたことに見知った顔だった。

血生臭く血と肉の焼ける臭いの充満する場所でカークは間の抜けた声を上げる。


「あ、あれ?なんで、ここにヴェノ様が?」


魔法で焼かれた家屋からの火でよく見える。

長い黒髪。赤い瞳。神経質な程に整えられた顎髭。

ゼト、ノア、レラと共に護衛した人物が大剣をもって、冷たい表情で此方を見た。


「・・・・・・此方の台詞だ。何故貴様が?大して役に立たんだろう」


もっともな意見にカークが頷きかけると、ルレアも驚いている様子だった。


「アゼランサス閣下!ど、どういうことですか?」

「その言葉には答えられない。ここにいるのは将軍ではなく、友のために戦うひとりの男に過ぎない。ルレア嬢」


その言葉にどれほどの意味があるのか、カークには分からなかったし聞く気もなかった。聞いたところで答えてはもらえないだろうし、聞く意味もまた無いからだ。


「か、畏まりました」


ルレアがそう言って頭を下げようとしたのを留めてヴェノは息を零す。


「そんな暇はない。私の事はここではヴェノと呼びたまえ」

「はい、ヴェノ様」


そして、ヴェノはカークに向き直り冷たく見下ろした。


「・・・・・・問答している時間も惜しい。地竜の所まで走るぞ」


詰問されたらどうしようかと内心慌てていたカークは頷いてその背を追い始めた。




走り寄る。あまりにも、遅い速度で走ってくるその生き物たちに地竜は揺らめく火に照らされたために幽玄を思わせる白色の鱗の体をジャラと震わせた。

虫を恐れる恐怖からではない。

虫を潰す歓喜からではない。

これはただ、咆哮をする前準備だった。


「――――キィイィジャァアアァアア!」


音が圧として押し寄せ木々をなぎ倒し土煙を上げ、振動が遠くまで伝わったようだ。

己の本気の咆哮はこんなものではない。しかし、今必要なのは虫を潰す力ではなく、目標を見つけたことを報告するためだった。

遠目にも虫たちの街の上を旋回していた彼女は応じて咆哮した。

「グイギイイイ!」

短く、行くとだけ言われ、彼は正面を見据えた。賢明に足を動かす虫どもはこの咆哮に少し驚いた様子ではあったが、構わずこちらに向かってきている。

そうでなくては、困るのだ。


こっちに来て、無残な姿を見せてくれ。





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