43:東門まで駆け抜ける
カークはどんよりとした空気の部屋の中でぼんやりとマリスと共に待っていた。
ルレアはマイペースにお茶を飲んでいるし、その前に座っている男は青い顔で項垂れている。
30分待ち、そろそろカークは部屋に戻らせてもらおうかと考え始めた頃にノックもなしに突然エメディリルは帰って来た。
その、ガデュ家のいる場所と言うのは近所なのか?
カークが疑問を挟むのをためらったのは彼の表情が何処か切羽詰まったものだったからだ。
「・・・・・・何かあったのか?」
説得が出来なかったのか。問おうとすると、子爵は顔色を取り戻して余裕のある笑みを浮かべた。自身の勝利を確信したのだろう。
「うん。カノカノスが襲撃を受けてるんだ。相手は沢山の魔物と魔獣とあと、はあ・・・・・・飛竜と地竜」
「え!?カ、カノカノスが!な、何故ですか?」
驚いたルレアの疑問の声にエメディリルは首を振る。
「知らない。けど、時間が無い。直ぐに君を連れてカノカノスに戻る」
「直ぐに、準備を整えます」
そう言ってルレアは部屋を飛び出していった。マリスはその様子を見て、エメディリルに話しかける。
「侯爵閣下は?」
「説得自体は問題じゃなかった。ただ、このままだと飛竜たちに蹂躙されてカノカノスが無くなる。それじゃあ、この話は根本からダメになっちゃうでしょ?」
「それは・・・・・・」
マリスが押し黙るとエメディリルは再び顔色を失う子爵を向く。
「説得は出来たけど時間が無いの。時間が出来たらまた来るから、それまでに必要な手続きを済ませておいてね」
子爵は何とか言葉を紡ごうとしたが冷たいエメディリルの表情や声色にただ頭を垂れた。
「・・・・・・はい」
慌ただしい空気の中でカークは数度口を開閉して、それから声を出す。
「俺に何かできることはあるか?」
少年はカークを見上げて、一瞬考えた。そして、口を開く。
「うーん・・・・・・地竜相手に時間稼ぎできそう?」
「・・・・・・俺がありったけの毒とか爆薬を抱えて地竜に食われるとかなら出来ると思うけどな」
「意味ないよ。連中、各耐性は天下一品だ」
竜と言うのは本で読んだことがあるがそこまで隔絶した強さを持つとは思わなかったカークは押し黙る。
「いや・・・・・・カーク。お前の魔法ならいけるんじゃないか?」
「え?」
エメディリルとカークの視線を集めたマリスは続ける。
「ホレイショの耐性を貫通しただろ。ティラノサウルスもだ・・・・・・なら、地竜でも飛竜でもいけるんじゃないか」
そうだ。そうだった。カークはエメディリルを見下ろして、言った。
「出来るかも」
「でも、死ぬかもよ。覚悟はある?」
「ある。俺はエルデン・グライプだ。ここで死なずにどこで死ぬ」
何か言いたげにエメディリルは見上げたが、結局は肩を竦めただけだった。
「いいよ。ルレアと一緒に連れてく。ただし、気軽に死ぬのは止めてね。友達なんだから」
少年の透き通るような微笑みにカークは頷く。
「勿論だ。無為に死んだりはしない」
「俺は、どうするかな・・・・・・」
「此処からカノカノスまでは歩いて3日だけど」
うわそんな遠いのか。いや、じゃあなんで直ぐにいって帰ってこれたんだ?
カークが疑問を挟む時間はなかった。ルレアが仲間とともに戻ってきたのだ。ルリとオニキスの姿もある。
「それでは、カノカノスまでお願いします」
「連れて行けるのは2人までだよ。僕そんなに抱えられないし」
不満を漏らそうとする仲間を制してルレアは向き直る。
「私とあと一人は?」
「カークを連れてく。ほら、行くよ。時間が無い」
そう言って部屋を出ようとする3人に怒声を上げたのはクローディアだ。
彼女は酷く顔を歪めてカークを指さす。
「こんな!F級如きを連れて行くなら私を連れて行くべきです!」
瞬間。部屋の空気が激変した。
冷たく灼熱の中、そこは音の反響する洞窟の中のようであり一切の音を光を吸収する暗黒ですらある。その空気にクローディアも他の者も身を竦めた。
エメディリルはゆっくりとクローディアを振り返り、強欲に光る緑の目を細め嗤う。
「“時間がない”そう言ったよねえ?問答してる時間はない」
猛獣だ。いや、猛獣よりも質の悪い何かがそこにはいた。
誰かが唾を飲み込む音がする。エメディリルは固まって動けないクローディアを鼻先で笑い、カークとルレアをみて扉を開く。
「サッと行こうね」
扉の先で窓を開き、少年は2人の手を引いて強引に窓から飛び降りた。
カークは悲鳴を噛み殺した。いや、悲鳴を吐く暇も与えられなかったというのが正しいか。
エメディリルの背中にはその小さな体からは想像もできないような純白の大翼が生えて風を掴み、凄まじい速度で夜空を駆け抜けていた。
魔法の作用なのか叩きつけてくるはずの風はなく、ただ、星空の中を吐き気のする速度で駆けていくのだ。
(・・・・・・人間じゃなかったんだな)
冷静にそんなことを思い横目でその美しい横顔を盗み見た。しかし、だからといって彼が彼でなくなったわけではないし、彼の性質が変わるとは思えない。
カークは邪念を振り払うと遠目に見える明りに気を取られた。
明るい街だ。遠目からでも分かる程の明りを街中に配備しているとは相当でかい街だろう。ただ、なんだかうすら寒いものを感じる。それは、あの月夜の空を飛ぶ馬鹿みたいにデカい飛竜からの威圧に違いなかった。
どれ程の殺意を向けられてもエメディリルは微塵も速度を落とさずにそのまま進む。
あとわずかと言う所で彼は大声を出した。
「カノカノスだ。落とすからルレアよろしくね。僕はロージニアに行かなくちゃいけないからさ」
「はい!お任せください」
ルレアは躊躇なくそう答え、カークはサッと青褪めた。
カークの身体能力は凡人クラスだ。一般人そのものである。街を一望できるような高さから落とされてはひとたまりもない。
しかし、文句を言う暇もなく無情にも手は離されカークは夜に沈み騒がしい街へと落とされた。
「ぐえあ!?おぼえてろよぉおお!!!」
悲鳴と罵声は多分彼には届かなかっただろう。純白の大翼を翻し彼は取って返したのだから。
墜落しながらカークは必死に考える。どうにか無事に降りる方法を!
あと数十mで墜落と言ったところでカークは目を閉じ、来る衝撃に身を任せようとしたが、それは訪れなかった。
代わりにカークの腰に腕を回したルレアの声がする。
「カークさん。行きましょう」
ついで、地面に着地する。どうやら、ルレアが抱えてくれたようだった。
「騒ぎは東の方からです。そちらに向かいます」
「あ、うん。はい」
説明はないんだな。いや、してる場合じゃないか。
人々は東の方から走ってきて必死に何かから逃げている。カーク達が降りたのは南。
見上げるとあの赤い鱗の飛竜が3つの月を背に旋回していた。
(・・・・・・何か探しているのか?襲って来たのに攻撃しない意図が分からないな)
訝しんでも仕方がない。カークは思考を切り替えて東へと走った。




