41:怒るとやばい人っているよね
低い声を思わず漏らしたカークは怒りのままに続ける。
「税を取るのは、民にその恩恵を下すためだろう。こっちの村では作物が多く取れたからあっちの村に少し送る。これを制度化したものが税だ。なのに領主であるアンタは食うにも困っている村を放置してその上で重税をかし、あまつさえそれを民の不義理と言い切るのか!」
唸るような声は部屋に響いたが領主である男には大して効いていない様子だ。
しかも、嘲笑う顔のままでカークを冷たく見る。
「当然だ。もし本当にそんな気の毒な村があるのであれば、私がしっかりと管理したうえでのことであり、食うにも困るのであればそれは村人が怠惰である証拠だ。つまり、外野から税に関して何かを言われる謂れはない」
「馬鹿な!重税は確かです、閣下。こちらには帳簿があるのですよ!?」
ルレアの悲鳴じみた声に子爵は笑う。
「ですから、村長が帳簿を弄ったのでしょう」
「ふざけてるのか!!」
カークの怒鳴る声にマリスがとうとう振り返り、子爵は話の通じない阿呆を相手にするかのように肩を竦めた。
「カーク・・・・・・」
「ねえ、その・・・・・・重税だと何が駄目なの?」
ついていけてないのかエメディリルは何処か呑気にそんなことを聞く。
答えたのはマリスだ。
「重税を課すとその分、村の回転が悪くなります。村の回転の悪さは経済発展の観点からも国家機能不全をもたらす一因であり、国家への忠誠心が薄れる可能性すらあります」
機能上の話をして見せたマリスにエメディリルは微妙に分かってなさそうな顔を見せた。
「・・・・・・その経済発展とやらがキノーフゼンを起こすとして、何が問題なの?」
マリスは一瞬考えて、それから言葉を紡ぎ出す。
「・・・・・・国家が機能しなくなるということは民の生活が脅かされるという事です」
「重税が理由で?」
「はい。重税はトリガーにすぎませんが、食うに困った村人たちは犯罪に手を染めることも厭わなくなります。そうなると村から村へ伝染するように犯罪は横行していき、国の手には負えないところまで行ってしまいます。そうなってからでは遅い」
「んん?でもさ、弱肉強食じゃん。しかたないよ」
頑張って説明したマリスはため息を吐いて肩の力を落とした。エメディリルには常識は通用しないのだ。
カークはどうにか事の重要さを訴えようと口を開く。
「弱肉強食だとして、それで才能のある人物を死なせてしまっては元も子もない。その犯罪が無ければ文明や発明を発展させられるかもしれないんだ」
「農民如きにそんな知恵はない」
子爵の嘲る言葉にカークはひと睨みしたが、横からエメディリルが驚くほど冷たい声を上げた。
「黙ってて。今、カークと話してるの」
サッと顔を青ざめさせ頭を下げた子爵を見ようともせずにエメディリルはカークを見上げる。
「それってさ、もっと面白くって楽しい事が起こるかもしれないって事?」
無邪気な笑顔に一抹の不安を感じながらもカークは頷く。
「まあ、うーん・・・・・・可能性はあるかな。それに」
「それに?」
カークは愛しい家族と親しい村の人々の顔を思い出した。優しい顔、笑顔、怒った顔、泣いた顔。表情豊かに過ごし、感情も抑制されなかった日常を思い出し、カーク思わず微笑む。
「やっぱりさ、家族や知り合いが苦しんでるし助けたいんだ」
エメディリルはその言葉にハッとして目を見開いた。そして、ちょっと考えるように首を傾げてからカーク見据えてにっこりと笑う。
「そりゃ、そうだよね!」
ぐるりとエメディリルは体を回転させて子爵を見た。
見る者を不安にさせるような満面の笑みは壮絶に美しい。
「重税さ、止めてくれるよね?」
子爵は喉の奥に何か詰まったような声を出してから言う。
「重税など課してはいません!領地運営に必要な正当な税であり、これは陽王国の法にもそう記されております!何より、証拠が無いでしょう!!」
「では、監査官をノイバシッセ家から出しても?」
マリスの冷淡な声に子爵は渋面を作る。
「・・・・・・っ!ええ、ええ!どうぞ、お好きになさってください。ただし、ガデュ家がどう出てくるかは見ものですな!!」
その言葉にルレアが反応し、微笑む。
「私には父が説得できないと踏んでおられるようで」
「事実でございましょう!?」
ピキリと彼女の微笑みにひびが入ったのをカークは確かに感じ取れたし、隣に座っていたマリスなど慌ててソファから飛びのいてカークの傍まで飛んできて、彼女から距離を取った。
「あ゛?」
あら、どすの聞いたお声。
カークが美女から出たとは思えない地を這うような低い声に現実逃避をし始めるより、そして、子爵が情けない悲鳴を上げて身じろいだ後にエメディリルは鼻先で笑った。
「アルバートを説得すりゃいいんでしょ?僕が直接言ってくる。ちょっと待ってて」
疑問を挟んだり、止めたりする間もなく彼は踵を返して来客室の扉から出て行った。
だがそれでも止まらない女がいる。ルレアは怒りに顔を真っ赤に染めてソファを蹴り飛ばす勢いをつけて青い美しい髪を靡かせ、テーブルに踵の高いブーツを履いた足をどかりと乗せると子爵の胸ぐらに掴みかかった。
「大人しく聞いてりゃあ、調子に乗りやがって!テメェ、舐めてんじゃねえぞ!」
「ひぃいぃいい!!」
ぎりぎりぎりぎりと美女の細い腕が身長も体重もある成人男性を掴みあげる光景はまったくもって現実味がなく、ひどく不格好だ。
子爵の抵抗もまた哀れだった。掴みあげられてその細い腕を引きはがそうと努力しても全く太刀打ちできないでいる。横から執事が手伝ってもびくともしないのでだんだんと顔色を失っていっている。
しかもその間にもルレアからの詰りがやむことは無い。
「税ってのはなあ!国民が必死になって働いて出してくれた言わば“血”なんだよ!!それをテメエ、私腹を肥やすことに使いやがって・・・・・・人面獣心の化け物が!恥を知れ愚か者!」
低い声での怒声は威圧感たっぷりであり小さな子どもであれば間違いなく泣き喚くだろう。
カークは止めるべきかどうかを悩みながらマリスを見やる。
(こ、こいつ・・・・・・完全に関与しない気だ!)
全くやる気の無い顔でぼーと壁を見つめていたマリスを見て、カークは唖然とした。
「しかも私が、父上を、説得、出来ねえだと!?・・・・・・ぬかしやがって!どいつもこいつもっ!今に見ていろ、クソが!!」
成人男性の胸ぐらを掴みあげながらここにはいない誰かへの憎悪に満ちた睨みを見せ、歯軋りをする。
おお、こわ・・・・・・カークは咄嗟に出そうになった言葉を渾身の精神力で抑え込んだ。LVが上がって精神力が上がったお陰に違いない。
そして、その精神力をもってして勇気を振り絞る。
「ルレアさん。その辺で・・・・・・閣下も苦しそうですし」
ルレアはカークの言葉に恐ろしいとしか言えない目つきでぎょろりとこちらを見たがそのまま目を閉じて深呼吸をし、いきなり手を離した。
「失礼・・・・・・取り乱してしまいました」
謝りながらも苦しそうに咳き込む子爵には目もくれないあたりが徹底している。
乱れた服を整え、テーブルを元の位置に戻すとずれたソファも片手で戻し、そこに腰かける。
うーんA級冒険者って、いろいろ凄いな。
「エメディリル様がお戻りになるまでお茶が欲しいです」
傲然と言い放つルレアに執事は主人を心配しつつもその主人に合図をされて下がって行った。
「・・・・・・ごほっごほっ」
咳き込む子爵にルレアは微笑みを向ける。思わず子爵が身を引いてしまうのも頷けるほど冷淡な微笑みだった。
「大袈裟な方ですね。本気で締め上げてなどおりませんのに」
まあ、そりゃあの腕力と握力で本気で締め上げたら・・・・・・首がいくな。カークは心の中でそう思いながら、マリスを見習ってのんびりと待つことにした。




