36:お金に目がくらみました
通された部屋で手持無沙汰にカークは窓の外を眺めた。
数分で入って来た “蒼天の杯”の内、チームリーダだけは青褪めた顔で頭を下げる。
「仲間が失礼な真似をして申し訳ありませんでした」
「いや、そんな」
謝る事ではない。というかこちらもやりすぎた。今彼はルリの治癒魔法で怪我ひとつない状態だろうが何かショックなことがあったらしく、部屋の外で茫然としている。
いや、F級冒険者の魔法で打ちのめされたのがそんなにショックだったのかもしれない。魔法耐性を鍛えていないのはカークの責任ではない。彼の責任だ。
なんとなく釈然としないまま紡いだ言葉だったが、リーダーである彼女の背後にいた女は顔を怒りに染めて怒鳴る。
「こんな!平民如きにF級如きに謝罪など必要ありません!貴族に歯向かったのですから、相応の罰を受けるべきでしょう!!」
うわ、こいつもか。カークはげんなりとして溜息を堪えた。
(そんなに貴族にこだわるなら、冒険者止めたらいいのに)
それを言っても火に油を注ぐだけだ。ぐっと堪えて曖昧な表情でやり過ごした。
まさかこの場でまた喧嘩を売られて魔法で打ちのめすなんて蛮行をしたいわけじゃない。
言葉を探しあぐねているとリーダーの女性がキッとその女を振り返り静かに言う。
「本来、冒険者は階級の差はあれど、対等な存在。そこに平民と貴族のルールはありません。それを貴方達は持ち出した上、勝手に喧嘩を始めて“蒼天の杯”の看板に泥を塗って・・・・・・まだ足りませんか」
「っ!それは、そいつが生意気だから起こったことであって。ホレイショは・・・・・・」
リーダーの女性は冷たい表情で女を見ると扉を開けた。
「外で待っていなさい、クローディア。今はそんな事を話している場合ではありません」
サッと青褪めたクローディアは頭を下げる。その間も腰に毛皮を巻いた金髪の男は無言だ。
「お許しを!」
「いいえ、貴女は外で待っていなさい」
それ以上クローディアが言葉を紡ぐことは無かったが、カークの方を一瞬見て醜悪な表情を見せたかと思うと部屋の外に出ていった。
「仲間が度々、失礼をいたしました」
「いいえ、気にしていません。どうぞ、頭を上げてください」
彼女は一瞬躊躇したがそれでも頭を上げてカークを見た。
「座って話しませんか」
「・・・・・・そんな長い話をするおつもりで?」
A級冒険者ともなれば一回の依頼の報酬額は破格だ。数日遊んでいても気に留めないだろう。
しかし、F級冒険者のカーク達は違う。今日の宿代を稼ぐため、今すぐ依頼に走るべきなのだ。
「すみませんが、俺は依頼をこなしたいので」
そう言って去ろうとするが彼女は徐に腰のポーチから金貨を一枚取り出し、それを机の上に置く。
「話を聞いていただければ、差し上げます」
金貨一枚。吸い寄せられるようにその金貨を見てカークは喉を鳴らす。
だが、それが欲しいと話を聞くのは何だか恥ずかしい。しかし、カークはそんなくだらないプライドを取っている場合ではない。
悶々と考えてから、諦めてカークは涙を飲みながら席に着く。F級冒険者にとって金貨1枚は10日分の稼ぎだ。プライドなど捨ててしまおう。
「ありがとうござます」
「・・・・・・いえあの、貴女のお名前をお聞きしても?」
彼女はカークの目の前の席に着くと微笑み、それから答える。
「ルレア・フォーノ・ユグ・ガデュと申します」
「ガデュさん・・・・・・」
「ルレアとお呼びください」
「・・・・・・ルレアさん。さっきの喧嘩の件ですが、俺は気にしていません」
困った様にルレアは微笑む。
「ですが改めて、謝罪させてください。当チームの1人が暴走してカークさんを傷つけようとしたのは事実なのですから。この度は誠に申し訳ございませんでした」
そう言って深く詫びる姿勢にカークは感銘を受けた。
見るからに貴族の子女だがA級冒険者としての誇りを持ち、平民のカークを冒険者と扱って謝罪する姿は清廉だった。
「大丈夫です。気にしていません」
「そうですか?」
それから彼女は戸惑うように一瞬金髪の男を振り返り、それから顔をカークの方へ戻すと話し始めた。
「気にしていないと仰るのでしたら、やはり、“蒼天の杯”に来てはいただけませんか?A級冒険者も相手にならない程の魔法の腕・・・・・・どう考えてもF級とは思えませんし、A級でも十分やってい行けると思いますが」
カークは首を横に振る。カークの魔法が優れていようともそれはカークの安全やチームの安全を担保するものではないのだ。
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます。俺は、単純に金が欲しいんです。なによりもチームの仲間だっています」
「当然、相応の金額をお支払いいたします。カークさんがエルデン・グライプであることを加味して、金貨100枚・・・・・・いかがですか」
そこまでするのかと目を見開いた。だが、やはり答えは決まっている。
プライドの問題ではない。今金貨100枚を貰ったとして、それが続くわけじゃない。金貨をどれだけ積まれようとも、長い目で見れば確実に損であり、最悪毎日死ぬような目に合うかもしれない。ようは、“蒼天の杯”を信用できないのだ。
「いいえ。お断りします」
「・・・・・・」
「何故だ?借金があるのだろう?」
金髪の男が徐にそう声を上げたのでそちらを見てカークは答える。
「そもそも、借金があるから冒険者になったのではなく、村の家族に楽な生活をして欲しくて冒険者になったんです。自力で稼げる腕が無ければ、それは分不相応でしょう」
「カサヤ村の税率は2割。森も近いしそこまで苦しい生活だとは思わないが」
金髪の男の顔をまじまじと見てカークは顔を顰めた。
「誰が俺の村を・・・・・・マリスか?まあ、いや・・・・・・」
うーんと唸ってカーク言いづらそうに口を開く。
「誰が何を言ったのかは知りませんが・・・・・・カサヤ村の税率は7割ですよ。到底、まともに生活できる税率じゃないんです」
ばんと目の前のルレアは机を叩く。驚いてそちらに顔を向けると眉間にしわを寄せた彼女と目があう。
「馬鹿な!7割ですって!?嘘でしょう?」
「嘘じゃありません。去年は7割持っていかれました。その前までは5割です・・・・・・森が無ければとうの昔にあの村は無くなってますよ」
彼女は顔を真っ赤にして首を振る。
「そんな重税許されない!陽王国の税率は2割と決まっているのにそれを反故にするのは王家への反逆行為!カサヤ村は何処の領地?」
ルレアは金髪の男を振り返り問う。
「シノア子爵領です」
打てば響く鐘のように淀みなく返ってくる答にルレアは顔を歪める。
「ペーハケク?ホレイショは知っているの?」
「分かりかねます」
返答にルレアは唇を噛んだ。
何だかついていけない展開になったぞ。カークは内心そう思い、天井を眺めた。
その間にも彼女は考え、やっと口を開いた。
「・・・・・・確認しましょう。ホレイショを連れてきて」
「はい」
金髪の男は静かに部屋から出てすぐさま先ほど打ちのめした黒髪の男を連れてくる。
「お、お呼びでしょうか」
及び腰の男にルレアは体ごとそちらを向き、冷淡な表情で口を開く。
「貴方の無礼な行いは今は置いておきます。聞きますが、シノア子爵領カサヤ村の税率を知っていますか」
彼は訝し気な顔を見せ、それから答えた。
「2割か3割では?王国の法ではそう定められています」
「けれど、7割徴税しているという話を聞きました。それは本当だと思いますか?」
「7割?まさか!そんな重税を課しても村が潰れるだけです・・・・・・誰がそんな・・・・・・」
そう言いながらも男の目はカークを捉えた。そして、苦い顔を見せる。
嘘を言うなだとか、疑うなだとか、平民の癖にとか罵声が飛ぶぞ。すくなくともカークはそう思ったが意外にも飛んできたのは別の言葉だ。
「・・・・・・思い当たる節があります。3年前に父が家督を継いでから妙に羽振りがいいんです。まさか、苦税を強いているとは考えが及ばず、汗顔の至りです」
「貴族としてそれを恥じるのであれば、取り返しはききます。お父上に進言することは可能ですか」
「・・・・・・正直な話、聞く耳を持たないでしょう」
先ほどの態度からは想像もできない程に男の顔は真摯だった。なるほど、あれが貴族の顔か。
「恥ずかしい話ではありますが、父は俺を疎ましく思っているのです。いっそ、侯爵閣下が・・・・・・」
「・・・・・・それは」
それは、の後は続かなかった。と言うかこの場にはたしてカークは必要なのか。ぼんやりとそう思えるほどに痛いほどの沈黙が続き、控えめに扉を叩く音がカークを救ってくれた。
扉を叩いた後、聞こえてきたのは何処か不満気なルリの声だ。
「マリスさんが用事があるだとかで。どうしますか」
「マリス?丁度いいわ、入れてください」
扉がすぐに開くと現れたのは狼耳の精悍な美青年マリスだ。
ルレアはちょっと疲れたようにため息を吐いて、マリスを見る。
「・・・・・・貴方、知っていたの?目的は重税の方だったのね」
「怒ってる?」
「怒る気も失せるわ。解決しなきゃいけない問題だし」
ぱらぱらと薄情な拍手を送りながらマリスはカークの隣に腰かけ、笑顔で先を促す。
「どこまで?」
「・・・・・・重税を課すペーハケク殿をどう説得するかで、悩んでいました」
「それなら簡単だ。君が行けばいい」
苦い顔をしたのは金髪の男とルレアだ。
「そんなことをして、父が何というか」
ホレイショの言葉にやれやれとわざとらしくマリスは首を振り、それから大真面目に向き直る。
「なにも不自然なことは無い。ルレアは偶然その村に行き、偶然その村の窮状を知り、偶然その村の領主に会いに行くことがあるかもしれないだろ」
呆れたようにカークがその横顔を見る。そんな暴論が許されるならとっくに領主のいる村まで村人総出で行って嘆願してる。
いくら村長が嘆願しても無視した領主がそれくらいで折れるとは到底思えない。
「おいおい、俺も一緒に行くんだ。それなら、分かるだろ?」
「あー・・・・・・まあ、無視はできないでしょうね。けど、そんなことをしてお母上にご迷惑がかかるのでは」
ルレアの言葉にマリスは肩を竦めただけだ。
「子どもっていうのはな、手間のかかるものなんだよ」
「開き直り方が酷い」
カークがすかさずそう言うと明るく笑いながらマリスは小突いてくる。
「じゃあ、今から行くぞ」
「は?」
立ち上がったマリスに視線が集まる。その視線に呆れたような声が降ってくる。
「サッと行ってスパッと終わらせるに限るだろ。どうせ、胃が痛くなるんだ。先延ばしにしても仕方ない」
諦めたのはルレアが最初だった。
「分かった。ホレイショ、クローディアと準備を」
「はい」
急いで出ていくホレイショの後姿を見ながらカークも立ち、それから愛想笑いを浮かべた。
「それじゃあ、俺はこれで」
金貨は置いて行こう。なんだかとても嫌な予感がするから。
案の定、去ろうとするカークの肩にゆっくりと手がかかる。
「まあまあ、慌てるな。お前も丁度何だか村に帰ってみたい頃じゃないか?」
にこにこと問われてカークはにべもなく返した。
「いいや。というか、この一連の流れはどう考えても俺関係ないだろ?重税は貴族側の倫理観の問題であって、しがない農民の俺には一切の関係が無い。居ても邪魔なだけだ」
「それがそうでもない。お前がいないと村に着けないなーどうしようかなー重税大変だろうなー」
「うわ、鬱陶しい」
素直にそう伝え、だが確かにと考える。彼らが村までたどり着ける保証はどこにもない。国や領主が舗装する街道と違い村道は見づらく見落としやすい。
その上、カサヤ村はホニエ大森林の北側。森林が村道を侵食し、余計に見落としやすいのだ。
それでも貴族のごたごたに巻き込まれたくなくて踏み切れないカークの態度にマリスはピンと来たのか腰のポーチから金貨を2枚すっと取り出し、無理矢理カークに握らせる。
「行きの駄賃だ」
下品だと分かっていてもごくりと喉が鳴った。
「・・・・・・帰りはちょっと遠回りするから・・・・・・多めに出そう。金貨4枚だ」
「喜んで!」
金には様々な魔力が宿っている。例えばめんどくささを押し殺すとか。
カークは狂喜乱舞しながらオニキスとルリに説明しに行った。




