33:勧誘
「そういえば、あの迷宮で“水獄の君”に会えたか?」
オニキスから向き直り、アレスの器から肉団子を次々と奪っているクェルムに話しかける。
クェルムはその言葉に奪う手を止めて曖昧な顔を見せた。
「いや、それが・・・・・・10回以上は30階まで行ったんだけど、全く何もなかったんだ」
カークは“風刻の君”や“水獄の君”が言っていた単語を思い出す。
「“泥の神性”が必要なのかもしれない。どちらも同じような事を言っていたし」
「泥の神性?何それ。エルデン・グライプを指しているのかい?」
「さあ?」
カークもその言葉を言われただけで詳しいことは分からない。
「もしかしたら、やけに詳しかったエメディリルが何か知っているかも。あ、エメディリルっていうのは・・・・・・」
その名前を聞いた瞬間アレスとクェルムは渋い顔を見せた。
「・・・・・・あー、うん。その人なら知ってる」
「知り合いだったか」
「一応知り合いかな。話しを聞いたけど、泥の神性とやらは話してなかったなあ。エルデン・グライプには関係ないだろう」
悩むクェルムは結局首を振る。
答えが出なかったのかもしれないし、答えが出たのかもしれない。
「・・・・・・エルデン・グライプは情報が少なすぎる」
ため息交じりの声に、カークも頷く。
エルデン・グライプは伝説とされるような曖昧で不確かな存在として語られている。その中から確かな情報を知りたければ、それこそエルデン・グライプ本人を捕まえて聞きだすほかないだろう。
だが、エルデン・グライプは伝説になる程に希な存在だ。出会える可能性は低く、まだ、居場所の分かっている古竜の方が会える可能性があるし、本人もエルデン・グライプについて知っているかは運次第だろう。
「悩んでも仕方がない。適当に情報収集といくさ」
「足しになるかは知らないけど、西の門から向かう鐘のある迷宮で“風刻の君”とやらに会った。恐ろしい化け物もいたけど・・・・・・」
「“風刻の君”?うーん?関係あるか分からないけど、調べようかな」
水獄の君に会えなかったとなると風刻の君にも会えない可能性は高い。それでも、調べるというのは彼らがそれだけ情報を探しているという事である。
「さて、そろそろ行くよ」
「あっ!ちょっと待ってくれ」
カークは不意に思い出したことを口にする。
「このメダル。何かわかるか?」
腰のポーチからそう言って取り出したのは森で襲って来たハイ・コボルトが身につけていたヒキガエルのような顔とコウモリの様な耳の何かが描かれたネックレスのメダルだ。
それを受けとり、クェルムは顔を顰める。
「・・・・・・円王国の餓獣隊のメダルだ。どこでこれを?」
「東の森で襲われたんだ。なんで襲われたか理由を知りたくて持ってきた」
「餓獣隊は追跡が専門の部隊だ。戦闘行為は滅多にしないから襲われるのはそれだけの事を何かしたって事なんだけど。心当たりは?」
カークは全く身に覚えがなく、首を振った。
それを見てクェルムは首を傾げる。
「東の森は国境が近いから連中がうろついていても不思議じゃない。けど、襲いかかってくるのは何かの意図があるって事だ。知らないうちに何かしたのかも」
「ええ?そんなあ」
肩を落とすカークにクェルムは苦笑する。
「理由が分からないうちは、東の森は避けた方が良い」
「分かった。ありがとう」
「いいさ。それじゃあ、また」
クェルムはそう言って去って行った。
後からついて行くアレスの顔色は優れない。酒に酔ったというわけではなさそうだが、もしかして肉団子を奪われて少し機嫌が悪いのかもしれない。
気にしても仕方が無いので一息つくとオニキスが興味津々とばかりにこちらを見上げる。
「カークはエルデン・グライプなんですか?」
「うん」
返事をして頷いて見せるとオニキスは感動したように一声上げて赤い瞳をきらきらと輝かせる。
その様子に苦笑してカークはオニキスの頭を撫でた。
「特別な能力とかはないからヒトと変わらない。あまり期待しないでくれ」
「そうなんですか?エルデン・グライプってみんな途轍もない力を持っているって聞きました」
「うーん・・・・・・俺は蘇る以外は特には何も能力が発現したりはしなかったしなあ。人に寄るのかも」
夢を抱く子どもの夢を砕くようで良心が痛む。
しかし、事実何の恩恵もない。あるのは嘘か本当かリスクのある復活だけ。
家族の為に死ぬわけにはいかなかったとはいえ、もう少し何か恩恵が欲しかった。
そうしたら、ゴブリン相手に苦戦する事もないだろう。
そんな事を思いながら、夕食にすることにした。
3人で味の薄いスープと硬いパンを食べているとにわかににぎやかになる。
入って来たのは冒険者の一団だ。見るからに高級な使い込まれた装備、眼光も鋭く周囲を油断なく見渡している。
見ていたのがばれたのだろう。ひとりがこちらに気づき、近づいてい来る。
「この宿屋に不滅者・・・・・・泥がいるって聞いたんだが、知らないか」
「知らないな。聞いたこともない」
咄嗟にカークは嘘を吐く。“カーク”ではなく“泥”を探す奴は大抵ロクデナシだ。
ペットショップで“うさぎ”を探す人はいいが、“肉”を探す奴はやばい理論である。
すっとぼけたカークの顔をまじまじと見たその女は振り返って鼻を鳴らす。
「強かだ。少なくとも考えなしの馬鹿じゃない」
その言葉を受け取った青い髪の女は緑の瞳を瞬かせ微笑むとカーク丁寧に話す。
「失礼いたしました。カークさんとお見受けいたしますが、今お時間はよろしいでしょうか」
「・・・・・・」
食事中だと断ろうとしたが青い髪の女の背後に立つ2人の男と女の眼光たるや凄まじく、到底断れる空気じゃない。
カークは嘆息し空いている隣のテーブルに移った。
「何の御用ですか」
カークには取り立てて褒めるべき点も誇るべき点もない。ゴブリン相手に苦戦する程度の実力だし、金もない。
それなのに明らかに上位の冒険者が声を掛けてきたのだ。わざわざカークの元に来てまで。
何故か相当な高評価を下しているのか、はたまたそれ程に疚しい仕事を押し付ける気なのか。
青い髪の女は優雅に席に着くと微笑んで答える。
「カークさん。単刀直入に申し上げますと、我々のチームに入っていただきたいのです」
「何故ですか」
カークの最もな切り返しに反応し激昂したのは背後に立っていた黒髪の男だ。
「おい、“蒼天の杯”が誘ってやっているんだ。咽び泣いて喜んで受けろ!」
「“蒼天の杯”?A級冒険者のチームじゃないか。で?理由は?」
「貴様!舐めているとっ・・・・・・」
顔を斑に染めた男を制したのは青い髪の女だった。
彼女は片手をあげて男を制するとカークに頭を下げる。
「仲間の非礼はお詫びします。理由ですが、カークさんが我々と同等かそれ以上の実力をお持ちだと思ったからです」
「A級チームに匹敵する程の実力は持っていません。多分、情報の行き違いでは?」
カークの言葉に女は微笑みを絶やさない。どこか不安を煽る様な美しい微笑みである。
「西の森、ホニエ大森林の外縁で魔獣ティラノサウルスを撃退しましたよね」
「・・・・・・ええ」
それを知っているのは本人かマリスかオニキス。
カークは肩を落とした。マリスが情報をリークしたのなら何処に目的があるのか分からないからだ。
ただ情報を流したわけがない。直ぐに足が付くような真似をする考えなしの人物ではない。だが、そこに利害があれば別だろう。ではその利害は何か?
それを読み違えるとカークは永久にミンチにされるような凄惨な目に合う気がする。
「魔獣ティラノサウルスの成獣は若い地竜に匹敵する能力を持っています。それを撃退できるのですから実力は十分かと」
「あれは、魔法で・・・・・・魔量が底を突く魔法を使ったおかげですので。あれを期待して俺をチームに入れると後悔しますよ」
ルリに助けを求めるように振り返るとオニキスがキラキラとした目で此方を見ていた。
“蒼天の杯”は有名な冒険者チームだ。憧れる冒険者も子どもも多い。
期待を裏切る様で心が痛むがこれも自己防衛と自分のチームのためだ。
「そうでしょうか?剣の腕も十分で、狩人としての才もあるとか」
「後ろの方々の方が上手いかと思います。その毛皮は貴方が剥いだものでしょう?綺麗に始末されています」
青い髪の女は振り返ってその金髪の男を見る。
金髪の男の腰には彼自身が剥いだ黒い毛皮が巻き付いている。
「何故、彼が剥いだと?」
「腰の狩猟用のナイフはミスリル製でしょう?切れ味が極めて良く、断面も綺麗だ。それに狩人が毛皮を身につけるのは獲物を見せびらかすためか、狩りの為です。俺の実力じゃあ彼の足元にも及びません」
そうして頭を下げた。
「何より、俺はすでにチームを組んでいます。ですから、お断りいたします」
下げた頭に掛かったのは男の罵声だった。
「平民の分際で」
「止めなさい」
窘めたのは青い髪の女だ。カークは頭を上げると怒りを隠そうともしない男がこちらを睨んでいるのに気付く。
「仲間が申し訳ありません」
「リーダー!こんな薄汚い平民風情に、これ以上時間を割く必要はありません!」
「そうですね。全くその通りかと思います。それではこれで失礼します」
男の言葉ににっこりと返答してカークは引き留める声を無視してルリとオニキスを連れて部屋に戻った。
「どういうつもりですか」
冷たい怒りの空気を敏感に察知して男は項垂れた。
「平民風情が、無礼を働いたので・・・・・・我慢できず」
「我々は冒険者です。相手も冒険者であれば、基本的には対等に接するべきでしょう。もし、それが許せないなら屋敷に帰すと約束しましたよね」
「それは、その・・・・・・」
しどろもどろになった黒髪の男に助け舟を出したのは金髪の女だった。
「リーダー。あれは確かに無礼だよ。“蒼天の杯”が誘っているんだから一も二もなくはいと言えばいい物をごちゃごちゃいってさ・・・・・・きっとこっちから金を巻き上げようとしたに違いないよ」
呆れて青い髪の女はため息を零す。
あまりにも考えなしの2人だ。初対面の相手には誰だってあんな態度になるだろう。貴族の外の世界をあまりにも知らなさすぎる。
いや自分だってあまり知っている方ではない。友人が教えてくれた以上の事はよく分からないのだから。
「兎に角、マリスはエルデン・グライプの彼の事を話したのですから、何か意図があったはずです・・・・・・仲間に引き入れるのは難しいでしょうけど」
青い髪の女はひとり、嘆息した。




