32:実は竜人なんです
※先週11月26日に掲載予定でしたが、体調不良のため、出来ませんでした。
誠に申し訳ございません。
オニキスはご機嫌で日向ぼっこを楽しむ。
宿屋の軒先。日当たり良好とは言い難いが、それでも温かい日差しが舞い込む場所もあるのでオニキスはたまに場所をずらしながら日の当たる場所で日向ぼっこをした。
今日は朝、カーク達に置いていかれて不貞腐れたが、一方でこの姿の自分は弱いのだからしょうがないという気持ちもある。
少なくとも朝はいっぱい食べたし、なんなら厨房の人が食材の捨てるところを分けてくれたので満足している。だが、それでもやはり置いて行かれたのは寂しい。
時折道行く人を眺めて過ごしているとひとりのひとと目が合う。
甘く優しい赤い瞳、桃色の髪は膝裏まで伸びる三つ編みでよく目立つがそれよりも目立つのは長いがエルフよりは短い耳と中性的な傾国の美貌だ。
彼だか彼女だかは此方を見て瞬き、傍らにいる怖い顔をした黒髪の大男に話す。
「君、隠し子いる?」
「は?お前は何を言い出すんだ・・・・・・」
胡乱気な目を向けられてその人はオニキスを指し示す。
オニキスはぼんやりとその白く細い指を見上げる。
「・・・・・・“そう”なのか?」
「“そう”だね。君じゃない?」
「俺じゃないな。居たとしても陽王国にいる道理が無い」
ふたりの視線にさらされて微妙に居心地悪く感じながらふたりを見る。
ひとりは自分と同じ耳だ。もしかして、この人も同じだろうか?
「可能性が高いのは、女癖の阿保程悪かった親父」
「・・・・・・あー・・・・・・」
桃色の髪の人は此方に近づき、微笑みを浮かべると口を開いた。
「君はどうしてその姿なんだい?」
「きゅぃい」
声を上げるとその人は首を傾げる。
「戻れない?けど、その姿は目立つから戻る必要がある」
オニキスの言うことが分かる!この人は同じだ!同じ種族の人だ。
一瞬考えたそぶりを見せると背後の黒髪の男を振り返る。黒髪の男は肩を竦めたのでちょっと苦笑いを見せたのちオニキスに手招きをする。
「宿屋のなかで話そう」
「きゅ」
日向ぼっこは楽しかったが同種族の人は初めて会ったので興味があった。オニキスは素直に桃色の髪の人の後について宿屋に戻った。
宿屋の中は薄暗い。多分日向ぼっこをしていて暗い所に目が順応しないせいと言うよりは単純に日当たりが悪く、魔法光も無いので薄暗いのだ。
宿屋の一階は例に漏れず酒場兼食堂だ。いるのは宿屋の主と頭を抱える冒険者くらいで静かなものだ。
身なりの良い2人とオニキスを見て微妙な顔をした宿屋の主を無視して酒場兼食堂の部屋の隅側の椅子に座ると桃色の髪の人はオニキスを見下ろす。桃色の美しい髪が床についているが、良いのだろうか。
黒髪の男は店主を呼びつけて何か注文した様だった。
「さて、私の名前はクェルム。君の名前は?」
「きゅきゅい」
「オニキス?良い名前だね・・・・・・オニキスはヒトの姿に戻りたくない?」
戻りたいか戻りたくないかで言えば、確かに戻りたい。
しかし、気付いたらこの姿になっていてその上必死の思いで森の中を駆けていたせいでそのタイミングがなく、戻り方も分からない。
注文を受けてカウンターの向こうの厨房に引っ込む店主の背中を見ながら呟く。
「・・・・・・きゅうきゅい」
「さっきも言っていたね。戻り方が分からないって事?」
「きゅ」
肯定するとその人は悩んで、ため息を吐く。
「・・・・・・手を貸してあげよう」
そう言ってその人はオニキスの前足を手に取る。温かい掌から魔力が流れてくるのを感じる。
「集中して。君は“ヒト”だ」
変化は劇的だった。言われた通りに集中し、自分のヒトの姿を思い浮かべて目を閉じると全身に熱がこもり、目を開けた時には慣れ親しんだ人の姿に戻っていた。
ところどころ解れた服、エルフにしては短く人間にしてはかなり長い耳、黒銀の髪、真っ赤な瞳。
間違いなく自分のヒトの姿だ。
「わ、わ、わ・・・・・・!!ありがとうございます!」
オニキスは親切なその人の手を握りしめて満面の笑みを浮かべる。
こんなにあっさりと戻れるとは思っても見なかった。
「いいんだ。あの姿はどうしても目立つ。世の中には悪い人も多いから、良くない」
事実そうだ。オニキスはカーク達と一緒に街に入り、ずっと一緒だったからいいが時折、濁った目でオニキスを見る者もいた。もしひとりであれば、攫われて酷い目に合っただろう。
「はいあの、助かりました。ありがとうございます」
何度も礼を言うとクェルムは苦笑して席を勧めた。
勧められたままに席に着く。黒髪の男は此方を見て眉を顰めた。
「・・・・・・分からんが、親父が怪しい。流石に爺さんは年齢的に無理があるからな」
「え?」
「ごめん、こっちの話。あー・・・・・・君、ご両親は?」
その話題にはオニキスは口を噤むが恩人の言葉だ、渋々と口を開いた。
「・・・・・・父は会ったことも無いので知りません。母は、数か月前に亡くなりました」
「そうか、辛い事を聞いてすまない」
「いえ、お気になさらず!クェルムさんは恩人ですから!」
慌てて気にしないように言うとクェルムは苦笑して、それから辛そうな顔を見せた。
「君は自分の種族は分かっている?」
「はい、竜人ですよね」
「そう、竜人。君は何処の竜の血脈?」
クェルムの問いにオニキスは首を傾げるしか出来なかった。
何の話か分からないのだ。
いや、本で読んだ限りの知識だが竜人を継ぐことが出来るのは古竜種の血脈だけだという。
古竜には沢山の種類と言うかヒトともいうべきかが居て、その数は100柱を超える。
その為、どの古竜の血脈かと聞かれてもオニキスには全く分からない。
「・・・・・・黒の鱗は何処の血脈でも現れるけど稀なんだ。出来るだけ、竜の姿にはならない方が良いだろうね」
稀だから、竜にならない方が良いという意味が理解できずに首を傾げる。
「稀だと、駄目なんですか?」
「希少価値と言う言葉がある。君の鱗は一枚でも宝石よりもずっと価値があるんだ」
「つまり、鱗を剥がされるって事ですか」
サッと青褪めて問うとクェルムは肯定する。
恐ろしい。つまり酷い目に合うという勘はあっていて、あそこにいた時よりもずっとひどい目に合ったかもしれないのだ。
「もう少し成長したら自在に変態できるようになるだろうから、それまではヒトでいた方がいい」
クェルムの言葉に頷く。自分は危ない所だったのだと強く自覚して、頭を下げる。
「助けていただいて本当に、ありがとうございました」
クェルムは微笑んで頷き、黒髪の男が食べている肉料理の肉団子を横からつまんでぱくりと食べた。
「意外と美味しいね」
黒髪の男は気にした風もなくいつの間にか運ばれていた酒を呑んでため息を吐く。
「話は終わりか」
「・・・・・・あーもし行くところが無いなら結構遠いけど花竜帝国に行った方が良い。竜人なら確実に衣食住を保証されるし、教育も受けられる・・・・・・必要なら連れて行ってあげるよ」
「お前、勝手に」
「いいじゃないか。一番近い帝国領都市のトヴェンセまでなら1週間。飛ばせば4日。直ぐだよ」
笑うクェルムに黒髪の男は渋い顔を見せる。
恐る恐ると声を掛けた。
「いえ、あの・・・・・・僕は、」
「クェルムとアレス?なんでいるんだ?」
待ち望んだ声にオニキスは顔を紅潮させ尻尾を大きく揺らして、現れた人物を見上げた。
太陽の様な金色の髪、空よりも深く澄んだ瞳。カークだ。
「カーク!おかえりなさいっ!」
「えっ?うん?ただいま?」
カークの背後から現れたルリもこちらを見てきょとんとしている。
オニキスは満面の笑みで説明した。
「つまり、オニキスはトカゲじゃなくて竜人だってことか」
「はい」
よく分からん場所に行ったと思ったら、帰ってみるとトカゲがトカゲじゃないと来た。
カークは額に手を当てて呻いた。
トカゲじゃなかったことに驚いたがなにより、オニキスはまだ10歳前後の子どもだ。なのにカークの元にいるのは教育上にも悪いが何よりも親に悪い。
「言いたくはないんだが、ご両親は?」
その質問にオニキスは口ごもり、顔に影を落として答える。
「・・・・・・両親はいません。僕はひとりぼっちです」
咄嗟にカークは頭を下げた。
「すまない!知らない事とは言え不躾な質問だった。許してくれ」
「大丈夫です。気にしないでください、カークさん」
強がって笑む顔にカークは胸が締め付けられる。どれ程強がっても、子どもだ。
こんなに小さな子どもが親の庇護もなく生きねばならないという。
カークは迷った。このまま一緒にいるのはオニキスにとって良い事とは言えない。
「オニキスは本当の名前は何て言うんだ?」
「・・・・・・ありません。僕の名前はオニキスだけです」
力強い目と口調に二の句が継げない。
服の解れが気になるが身なりはいい。元は貴族だろうと思わせる精緻な刺繍を施されたベストにフリルのついた絹にしか見えない真っ白なシャツ。半ズボンは品の良いレースがあしらわれている。それを子どもと言う成長の早い人物に惜しげもなく着させることへの愛情か執着が見え隠れする。
カークの脳裏に様々な憶測が浮かび、悲しい事に保身を考えた。
このまま、この子どもと共にいて自分たちは無事でいられるだろうかと。
例えば、オニキスの親戚が探していてカークがオニキスを連れまわしているのを見て、誘拐だと思わないだろうかとか。
これほど身なりが良いのだから、親はきっと有力な貴族だっただろう。とすると、その子どもが居なくなって誰も探さないというのはよほどのことが無い限りあり得ない。
カークは頭を抱えた。
名前を捨てるほどの覚悟を持ってカークと会話するオニキスを無下には出来ない。
そもそも、家族として迎える覚悟を持っていたのだから、ここで分かれるのは不義理だ。
しかし、やはり、自分が冒険者であり、不安定な職であることは不安だ。
子どもには出来るだけ伸び伸びと育って欲しいし出来れば学校にも通わせたい。
カークの村に学校は無かったが代わりにドルイドのアンジェラがいた。十分な教育とは言えないかもしれないが、それでも得られる物は大きく素晴らしいものだ。
思考が迷走しだしたところで、オニキスが怯えたように声を出す。
「僕がいると、迷惑ですか・・・・・・?」
「そんなことはない!オニキスは大切な家族だ!!」
思わず出た大声にカークははっとした。
そうだ、家族だ。オニキスに親戚がいるとして、どうして、これほどいたいけな子どもを森に一人でいさせた?
危険な魔獣のいる恐ろしい森に一人寂しくそこにいた。
孤独と恐怖の中、この子の心はどれほど傷ついただろう?
オニキスの黒銀の髪を精一杯の誠意を込めて撫でる。
「・・・・・・俺達は家族だ。けど、オニキス・・・・・・本当の家族の所に戻らなくていいのか?」
決然とオニキスはカークを見返した。
「僕の家族はカークさんとルリさんです。それに僕はもう15歳。自分の意思でカークさんたちと一緒に居ても不思議じゃありません!」
そして、その大きな赤い瞳を潤ませて見上げるのだ。
「もしかして僕は、要らない子ですか?竜人だから、捨てられちゃうんですか?」
ああ!何と言いう事か!カークは良心が痛み、胸を押さえる。
どうして、か弱く幼気な子どもを見捨てることが出来ようか!
涙を湛えて、カークと共に居たいと訴える姿にどうして胸が打たれずにすもうか!
「いや!いや、いや!そんなことは無いっ!」
オニキスの小さな手を優しく握り、力強く頷く。
「絶対に捨てるなんてことは無い!大切な家族だ!あの時言った、共に幸せになろうという言葉に嘘偽りはない」
柔らかく右手でオニキスの涙を拭う。
不安な気持ちにさせてしまったことへの贖罪であり、自身への戒めの為にカークは微笑む。
「俺は不甲斐ない。お前を不安にさせた。だが、信じて欲しいのはお前の幸せを願っているという事だ。オニキス、俺は冒険者だ。もしかしたら、飯を食えない日もあるかもしれない。それと、お前の教育は考えてはみるが懐が寒いのは事実だ・・・・・・なかなか難しいが、いつでも教育が受けられるよう俺は努力するつもりだ・・・・・・あとは」
「あ、あの、カークさん・・・・・・僕、さっきも言った通り15歳です。それに教育なら十分に受けましたから、お気になさらず。一人の男として扱ってください!」
その言葉にカークは感銘とショックを受けた。
(・・・・・・男の子だったか)
あまりにも可愛かったから勘違いをしてしまった自分を恥ながらオニキスの頭を撫でる。
「そうか・・・・・・しっかりしているんだな。さんなんてつけなくていい。カークと気軽に呼んでくれ」
「カーク?」
「そう、カーク。オニキス、なんでも遠慮なく言ってくれ体調が悪ければちゃんと休んで、遊びたいときはしっかり遊ぶんだ」
オニキスは曖昧に微笑んで首を振る。
「僕、魔法使いなんです!冒険者になってカークとルリさんのお手伝いがしたいんです」
今度はカークが曖昧に笑う番だった。
こんな小さな子どもをどうして危険の多い冒険者に出来るだろうか。
だが、望みを無下にできない。口ごもるカークにクェルムが面白そうに言う。
「連れて行ったらいいじゃないか。意外と何とかなるかもしれない」
オニキスは助太刀に目を輝かせ、カークは渋い顔をする。アレスとルリは我関せずと言った感じで酒と茶を飲んでいる。少しは関心を持って欲しい。特にルリは今、子どもが冒険者になるかどうかの瀬戸際なのだから、もう少し興味を持って欲しい。
「その子、多分だけど君より強いよ」
「えっ?」
クェルムの言葉にオニキスは照れくさそうにはにかむ。
「あの、僕は竜人なので魔力が高いんです。知ってる魔法は少ないですけど」
「しかも竜人は生まれつき技能を習得している稀有な種族だ。かく言う僕も持っているよ」
ぎょっと目を剥いてクェルムを見た。
「ああ、竜人だったんだ・・・・・・」
「そう。めんどうくさいからハーフエルフだと思われても訂正しないんだ」
「へ、へえ」
カークはひとつ息を吐いて、オニキスに向き直る。
「危ない仕事だ。宿屋で大人しくしていた方が良い」
「僕、色んなものを見たいんです!カーク、駄目ですか?」
色んなものを見たい。その気持ちはよく分かる。
かく言うカーク自身、色んなものを見たいという好奇心で冒険者を目指したのだ。
森の奥深くに何があるのだろうとか、山の向こうにはどんな生き物がいるのだろうとか。
好奇心を阻害するのは子どもの発育に悪い。
カークは必死に説得する言葉を探した。
「カーク。僕、森の中でも数週間生きてられました。見た目よりもずっと頑丈です!」
「・・・・・・まあ、確かにあの森で過ごせたなら・・・・・・」
返事の渋いカークに対してクェルムが不意に笑いだす。
「諦めなって。その子の意思は固いし、君ちょっと過保護だよ。冒険者に限らず、弱肉強食が世の常。ある程度は諦めて行かないと」
にやにやと面白いものを見つけたとばかりに笑うクェルムにカークはため息を零す。
確かに過保護かもしれない。カークは懐に余裕がある訳でも実力がある訳でもない。そこに魔法使いの竜人が加わるなら普通は心強く感じるだろう。
再びため息を吐いて、オニキスの力強い瞳を覗き込んで口を開いた。
「オニキス。冒険者は危ないことが多いんだ。俺やルリが守れない事だってある・・・・・・それでも、冒険者になりたいか?」
「はい!」
力強い返事にオニキスの頭を優しく撫でた。
無理に意思を捻じ曲げるよりは兎に角やってみて、それから考える方がいいかもしれない。
「じゃあ、よろしくな。オニキス」
「はい、カーク。よろしくお願いします!」
元気のいい返事と満面の笑みに何も言えずただその頭を諦め交じりに優しく撫でた。




