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エルデン・グライプ~「不滅者」は混沌の世界を狂気と踊る~  作者: 津崎獅洸
第一部

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31:“風刻の君”

何時間進んだのかは分からない。太陽など見えないし、時計などと言う高級品も持っていないからだ。

だが、エメディリルは気にした風もなく先に進み、魔物をばっさばっさとなぎ倒していく。みていて爽快というよりは極めてグロテスクであるという感想だ。

的にされた魔物は頭をハンマーで撃ち抜かれて目玉と脳漿と骨が飛び散ってもまだ綺麗な方で、大半はエメディリルの身長が足りないがゆえにトロールなどの中型以上の体躯を持つ魔物は体の真ん中あたり、腹の辺りを撃ち抜かれる。そうすると必定、臓物がぶちまかれて臭気が酷くカークは鼻にしわを作ったがルリは平然としていた。だが、それをしている本人は涼しい顔で全く不思議な事に血に汚れることもなく、やはりばったばったとなぎ倒して回るのだ。

作られた血の道を一回滑って危うく臓物ダイブをしかけたので滑らないように慎重に進む。倒された魔物から何も剥ぎ取れないのは勿体無い気もしたが気にしてられない程に襲いかかってくるので気にするのは早々に辞めた。


「お?なんかある」


エメディリルは入った四角い部屋の隅に置かれている袋を何の警戒心もなく持ち上げて中を覗く。


「銀貨40枚って所かな?はい、あげる」

「ええ・・・・・・?」


そんなポンと渡すような金額ではないがエメディリルは気にしない。本当にこれまでも気にしたことが無い。初心者用のあの迷宮とは違い、ものが意外と落ちているのだがしかしこれまでもいくつかの物を拾ってきたが大半はカークに押し付けていた。

ほんのり暖かいが手のひらサイズしかない布地。よく燃える枝。美味しくないが栄養はたっぷりの乾パン。極めて苦い解毒の水薬。傷跡を無くすのに役立つが臭い軟膏。

嵩張るものばかりでカークはちょっとげんなりした。

迷宮と言えばもっと派手で凄い煌びやかな宝物が出てくるものだと思っていたが、そんなことは無いらしい。幻想は打ち砕かれた。


「剣とかは出ないんだな」

「うーん。ここなら武器防具系はもっと深い所じゃないとなあ・・・・・・それに大したものは出ないし」

「ああ、そうなんだ」


うんうんと頷き、エメディリルは振り返る。


「出てもミスリルとかの剣とかナイフとかだよ。魔法も掛かってない。正直ビミョー」

「・・・・・・ミスリルなら儲けものじゃないか」

「ええー?そうかなあ。あんな柔らかいのじゃ、この先は生きてけないぞ」


軽快に笑いながら先を進むエメディリルにカークは心の中で突っ込みを入れる。

ミスリルは相当固いぞ、と。

ミスリル鉱石は希少金属のひとつであり、その性質は鉄よりもはるかに硬くまた、鉄よりもはるかに軽いのだ。

強い魔法適性も持っていることから魔法付与された武器防具が出回っている。ただし、どれもカークの手の届かない値段だが。

感覚のずれを再認識しながらルリを振り返る。


「大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」


ケガはないようだし、疲れている様子もない。それに安心してエメディリルの後を追う。

いくつかの四角部屋を通るとふと大きな緑色の扉が行く手を阻んでいた。


「なんだ?」


今までこんなものはなかった。

つるりとした緑の石の表面に何の文字も記号もなくただ、そこにあった。


「階段はこの先なんだけど・・・・・・」


エメディリルが悩むのを尻目にカークは嫌な予感を抱きながらその扉に触れる。

大きな扉はゆっくりと開く。カークは誘われるようにその隙間に身を滑り込ませた。




扉の先は四角の部屋ではなかった。

草原だ。遠くに緑の山が見える、穏やかな草原だった。

気持ちのいい風が吹く草原でカークは振り返った。ルリとエメディリルは来ているだろうかと。しかし、そこには誰もいなかった。扉もまた、無くなっていた。

カークは驚き周囲を見渡す。少し離れたところに白い毛玉が動いているのが見えたのでそこに向かって歩き出す。

予想が正しければ、この奇妙な場所はあの男の弟がいる場所だろう。

ルリとエメディリルが入ってこれなかった理由は分からないが、あの男の弟に用事があるのは変わりがない。とにかく、用事を済ませてから考えよう。

近づくにつれて白い毛玉が何なのかが分かった。羊だ。

数十頭の羊は思い思いに草を食む。その中に立っている手に羊飼いの杖を持つ人がいた。

カークは思い切りよく話しかける。


「すみません」


その声に反応してその人物は顔を羊からカークへと向ける。年の頃はカークよりは年上で、30代前半と言った感じだ。

年季の入った上等な黄色の長いローブの中は品の良い黄色のベストとズボンだ。どれも土と草で汚れており、羊の白い毛もいくらか見受けられる。男は羊たちと触れ合うのが好きな穏やかで活発な人物だと分かる。

金の華やかな髪、金色の煌びやかな目、整った顔に走る傷跡が痛々しいがそれでも、美しい顔立ちは損なわれていない。

男は僅かに首を傾げてから不思議そうな声を出す。


「どうやってここに?」

「・・・・・・分かりません。迷宮に扉があって、そこをくぐったらここに居ました」


男はカークの的を得ない言葉にちょっと笑ったようだった。


「まあ、そう言うこともあるだろう。もしかして、ああ、そうか」


何処か痛まし気に彼はカークを見る。


「・・・・・・あの泥の神性を持っているんだね。それじゃあ、此処にも足を踏み入れることが出来るだろう」


泥の神性と言う言葉をあの男も使っていた。何かのトリガーなのだろう。それは、エルデン・グライプであることと同義なのだろうか。


「此処には何しに来たんだ?迷い込んできただけか?」

「あの、伝言があるんです。貴方はお兄様がいらっしゃいますか?」


カークの言葉に男は顔を酷く顰めた。まるで醜い肉塊でも見るような顔だ。


「・・・・・・いると言えばいるが。名を聞いても?」

「『水獄の君』とおっしゃる方です」


変化は劇的だった。穏やかに吹いていた風が酷く淀み、腐臭が混じる。向こうに見える木々は枯れ果て、草原の草は色を失い、羊が一頭もいない。シミが、あちらこちらに赤黒いしみが出来上がっていた。ぞっとする。背筋が凍り、喉が渇く。悍ましい何かがこちらを見ている。

獰猛に男は歯を剥き出しにして、呻いた。


「あのクズから伝言だと?」


今にも食い殺されそうな雰囲気の中で危機感を抱きながらカークはかすれた声を絞り出す。


「また遊ぼうと伝えるようにとっ」


咳き込む様にそう言うと、目の前の男は顔を一層歪めて、一瞬で感情を失ったように温度の無い無表情を浮かべる。その落差が異様で、気持ち悪く酷く悍ましい。


「・・・・・・あのクズは何も考えちゃいないか。お前、あのクズに目をつけられたな?気の毒に」


憐れむような目を向けられる覚えは無いが、あまりにも恐ろしくて物を言う気にはなれない。荒廃した草原は一瞬のうちに入って来たとき同様に穏やかな物へと戻っていた。

一頭の羊が男の足元にすり寄る。その頭を撫でて、男はため息を零す。


「お前に当たっても仕方がない」


それきり男は黙ってしまった。静かに羊を撫で、穏やかな風が流れる草原でカークは茫然と立つ。もしかして帰れないのか。

ふいに振り返るとそこにはのっぺりとした緑の石の大きな扉が立っていた。いつからそこにあったのか。


「あの・・・・・・お邪魔しました」

最後にそう声を掛けたが、やはり反応はない。

諦めて扉に手をかけて少し開いてから振り返ってもう一度男にお辞儀しようとした。

ああ、そこに、そこに、あそこに。あの山はいつから化け物だったんだ。

黒い山だ。巨大な化け物だ。穏やかに過ごす羊たちもそれを撫でる男もまるで気にしていないのかそれとも気付けないのか。

あれはぎょろりとこちらを“見た”。巨大な目が金の目がこちらを見ると細めて嗤う嘲笑う。

吐き気がした。偉大な存在だと一瞬で理解できた。悍ましい化け物だと一瞬で理解できた。

あれは冒涜している、何もかもをだ。世界の理を、命の循環を、風の生末を、すべてを冒涜しその果てに・・・・・・愛している目だ。

全てを愛し、全てを憎み、全てを諦め、それでもなお愛することを止められない哀れな犠牲者の目だ。

あの目はカークを見た。

そして、この存在を間違いなく憎み、否定した。

そして、この存在を間違いなく愛し、肯定した。


「―――」


何と言ったのだろうか。だが確かに、言葉を投げかけられた。

慈しみに溢れた言葉だったようにも思える。罵声に近い嘲りの言葉にも近かった。

けれども、カークには理解できず、その言葉が届くことは無い。

カークの鼻先で扉は閉まり、意識は四角の部屋に向けられた。


「驚いた、何もないじゃないか。どうかした?」


エメディリルは此方を不思議そうに見上げて、ルリは心配そうにこちらを見ていた。


「いま、化け物が」

「は?」


カークはかいつまんで説明をする。おかしな男がいたことを羊のいる草原の事を。

エメディリルは頷いて見せる。まるで信じられないと思っていたので驚いた。


「なるほど。君は通れたんだ。僕たちは通れなかったからそれは見て無いよ。この迷宮にいるらしい存在の話は昔からある。けど、通れるヒトは極僅かでその法則性も見つかっていない」

「エルデン・グライプなら通れるんじゃないのか」

「いいや。そう言う法則性はないね。過去に泥じゃなくても通れたヒトがいるんだ」

じゃああの泥の神性と言う言葉は何だったのか。全く分からない。

ルリは気遣わし気にカークに話しかける。


「大丈夫ですか?お怪我は?」

「ないよ。大丈夫さ、ルリ」

「カークがお会いになったのは『風刻の君』かと思われます。苛烈な方だと思っていました」

「怒ったら怖いタイプだな。それ以外は話の通じる普通のヒトと変わらない」


戸惑ったようにルリは頷く。


「じゃ、先に行っていい?」

「あー用事は済んだから、もう帰りたいかな」

「・・・・・・まあ、帰るか。ここ面白くないし」




跪いたまま怒りのあまり、男は張り付けていた笑顔に亀裂を走らせた。


「・・・・・・戻れとは」


男は桃色の髪を揺らし、美貌に冷たい物を挟む。

どの口が何を言っているのだ?誰のせいで、いや、何も知らない人に言っても仕方がない。

部屋の中で唯一椅子に座る赤い髪の青年は冷たい空気の中で勇気をもって口を開く。


「このままでは国が危うい。ひとりでも多くの信頼できる仲間が必要なのです。戻って来ていただけないでしょうか」

「・・・・・・お断りいたします」

返答は決まっている。クェルムは微笑を浮かべたままで恭しく答える。

返答に怒りを見せたのは青年ゼトの傍らに立っている、アゼランサス将軍だ。不健康にも見える白い相貌に青筋を浮かべて唸る様な声を上げる。


「貴様。殿下が仰せなのだから、謹んで受けよ」

「・・・・・・お言葉ですが、先帝陛下が崩御なさったのは将軍の最低でも1人が裏切ったから。その中に戻れと仰るのですか」


ごくり、と誰かが唾をのむ。誉れ高き将軍の中に裏切り者がいる。その言葉は何よりも重い。

知っている。そうだ、あの時先帝を弑害申し上げられたのは、将軍だけだ。


「証拠はない。それに裏切り者がいるというのなら戻って弾劾すべきだろう」

「私には私の使命がございます。お判りでしょう」

「・・・・・・」


アゼランサスは言葉に詰まり、跪くクェルムの背後に立つ人物に目を向けた。

精悍な黒髪の男。アレスは冷たく光る赤の瞳をようやくこちらを見ると鼻を鳴らす。


「我々に戻る意思はない。もう、お前たちの国だ」

「民がどうなっても良いと仰るのですか!!」


冷たい言葉にゼトは悲鳴に近い声を上げる。


「このままでは国は分裂し、戦争が起こり、民に被害が出ます!伯父上、お考え直しを!」

「俺を殺した者を見つけられないで、国を次帝に渡した。その責を負うべきだろう」

「それは、私のせいでは」


詰まる言葉に冷酷な言葉が重なる。


「・・・・・・いいや?皇族の責だ。貴族の責だ。もう、ヘトネベア花竜帝国は俺の国ではない。奪ったのはお前たちだろう」


部屋にいる者を見渡し冷たく極めて冷たく言い放つ。


「俺を殺してまで奪った国だろ。殺した相手に希うのは筋違いだ」


その言葉を残して、彼らは部屋から去ってしまった。



アゼランサス:本名が長い。ヴェノテシア・アザレア・ルロンセ・シシア・アゼランサス。長い黒髪、赤い瞳の大男。花竜ルロンセの血脈であり、ヘトネベア花竜帝国の皇帝家に長く仕えている、忠誠心の篤い人物。貴族であり、将軍であることを誇りに思っている冷酷非情で傲慢な性格。

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