29:トカゲじゃないトカゲ
森の中でトカゲは目の前を歩く人間に追いつくために早歩きした。
体の構造上、走る事が出来ないのだ。
人間は時折こちらを見下ろすと嬉しそうに微笑み、声を掛けてくれる。
「大丈夫か?疲れてないか?」
きゅい、と返事をすると人間は頷き、前を向いて歩を進める。トカゲはその姿を見るのが好きになった。
優しい人間だ。勿論一緒にいた獣人の男女もハーフエルフの少女もこちらを害そうとはしないから、きっと優しいのだろうが、特別この人間の男は優しいように思えた。
空腹から勝手に肉を食ってしまっても、彼はそこまで怒らなかった。
今は赦してくれたのだ。とてもやさしい。
しかも、『温かい家庭を築こう』とまで言ってくれた。その言葉を信じてもいいのだろうか?
何週間も森を彷徨い、ろくに食事をとれないまま休めもしないままここまで来た。
小さな虫や腐肉を漁っていたのだ。やっとありついた新鮮な肉がどれ程美味しかったか、彼は分かるだろうか?
だから、出来るだけ彼の役に立ちたかった。感謝と謝罪を込めて。
歩き出して10分くらいで平原に出ると、彼は傍らを歩くトカゲの目の前にしゃがむ。
「これからヒトのいる街に向かう。そこではヒトの物を盗んだり誰かを傷つけることは禁止されている・・・・・・わかるか?」
頷き、続きを待つと彼は少々戸惑ってから続ける。
獣人やハーフエルフはその様子を見ているだけだ。
「賢いなあ・・・・・・うーん、さっきみたいに街に肉があっても誰かの物だから食べちゃいけないって事なんだが・・・・・・それも大丈夫か?分かるか?」
「きゅい」
大丈夫。誰かのものを盗んだりなんてしない。
機嫌よく鳴きながら頷くと褒めるように頭を撫でてくれる。暖かい掌が心地いい。
「あと、知らない人について行くのもダメだ。戸惑う事や見たことの無い物、恐ろしい体験もするかもしれないが、我慢できるか?」
それが出来ないなら、トカゲはここに置いて行かれる。それを十分に理解していた。
トカゲはトカゲにしては大きな体だが、満足に狩りも出来ない自分がひとりで生きていくにはあまりにも小さな体だ。この親切な人間に置いて行かれることが自分にとってどういう結果になるか“十分”理解していた。
「きゅい」
覚悟を決めて、トカゲは頷き彼の目を見た。自分の覚悟が伝わるように。恐怖の連続でしかなかった場所には帰りたくないという気持ちを込めて。そして、願わくば恩に報いたいという気持ちを誠心誠意込めて。
彼は青い目を細めて優しく優しく微笑むと頭を撫でてくれる。
「偉いな。でも、街に行って恐ろしいものに会うかもしれないってことは覚えておいてくれ。それは避けるようにするからな・・・・・・いきなり慣れる必要はないんだ。ちょっとずつ慣れていこうな」
彼は、自分がトカゲが、森の生き物だと疑っていない。その生態系から離すことを躊躇するそぶりを何度も歩いている時に見たし、話していた。けれども、結論として彼はトカゲを連れていくことを決意してくれた。
嬉しかった。生まれて初めて、母以外のヒトに望まれたのだ。
トカゲは誇らしかった。優しい彼に望まれたのが。だから誇り高く、母の名に恥じない行いをしたい。
だから、高らかに鳴いたのだ。過去と決別するように。
「きゅぃい!」
機嫌よく鳴いたトカゲの頭を優しく撫でてカークはルリを見上げた。
「名前を決めよう」
「それ、歩きながらでも構いませんか」
「あ、はい」
合理的なシャルローゼの冷たい声に返事を返して立ち上がると歩を進める。
先ほどよりも引っ付くように歩くトカゲの背中が愛おしい。
(縁起のいい名前がいいよなあ)
色んな名前が頭をよぎる。そして視線を落とし時折光の加減で縞模様に見える美しい黒銀の鱗の輝く背中を見る。
(・・・・・・さっきのティラノサウルスと鱗の感じが違う気がするな。なんかトカゲの方が蛇っぽ
いというか魚っぽいというか)
取り留めもない事を考えながら悩む。
光の加減で縞模様にも見えるその背中は美しい。ぴんときた。
「オニキスにしよう。お前は今日からオニキス」
そう言って笑うとオニキスは此方を見上げて機嫌よくひと鳴きする。
マリスがふいに振り返って口を開く。
「・・・・・・宝石の名前か。随分教養があるんだな。農民だろ?」
「教養って程じゃないさ。誰だってキラキラした石は好きなもんさ」
「そうか」
何処か疑い深げにマリスはそう言う。どうしたことか。カークは戸惑った。
宝石の名前でも希少な物の名前など知らないが、マリスはもしかしてカークが宝石に詳しいと勘違いしたのではなかろうか。
知っているのは名前ぐらいで、どうしてそういう宝石になるのかという学術的な物は一切分からない。
「名前ぐらいならだれでも知っているだろ?」
再びマリスは振り返って、僅かに顔を顰めた。
「いや、普通は関係ないからな。採掘地の工夫なら知っていることもあるだろうが、農民が知っているのは・・・・・・言いたかないが、不審だ」
「・・・・・・うちの村にはドルイドが居て、本が沢山あったんだ。そのせいで感覚がずれてるのかも」
カークは咄嗟に目を逸らした。
前世の事を誰かに言ったことは無い。言っても頭がおかしいと思われるだけだし、実際、自分でも頭がおかしいのかと思ったほどだ。
しかし、前世で得た知識や知恵はこの世界でも幾らか役に立った。村の者が不気味がり、ドルイドのアンジェラが不思議がるほどに。家族に迷惑がかかる事に気づいてカークは無知を装った。そうして村は平穏を得た。
そう、どれを知っているか知らないかはわかっても、どれを知るべきではないかは分からない。
だからこそカークは常識を知るためにアンジェラの家に入り浸り、本を読みふけった。
「珍しいな。本を取りそろえるような裕福なドルイドが村に?」
マリスは疑うというよりは純粋に驚いてそう言う。
良心が痛むが嘘は言っていない。
「ああ。宝石やら武器やらの実物がある訳じゃないぞ?けど本で得た知識は剣にも勝ると思ってね。小さい頃から世話になってた」
「そうか。それだけ教養があれば、貴族相手でもやっていけると思うけどな」
マリスの言葉に渋面を作るのはこっちの番だった。
貴族仕えというのは平民以下にとって一種のゴールと言える。だが、カークはそんな物もとめていない。
「金がもらえて安定していても、やっぱり貴族相手は怖いよ」
素直にそう吐露する。
実際に恐ろしいのだ。人権意識の低いというか無いこの世界において貴族という地位にいる人物が地位の無い人間に対してどういう態度をとるかは明白だ。
殆どの人間は権力というものに弱い。それを得た時に力を使う事を心待ちにするようになり、その隙を逃さない。それが大きければ大きい程に顕著だ。
多種多様な種族が折り重なってできているこの世界でも、本を読む限りそれは変わらない。
金を貰えるとして、明日には殺されるかもしれない場所に身を投じるのは勇気がいるだろう。生憎、カークは勇猛果敢な性格とは程遠い。
「貴族にもよると思うけどな」
それはその通りだ。マリスの言葉にカークは苦笑を返した。
「勿論、分かってるが結局の話、どんな立場でも種族でも善悪はあるし、そうせざるを得ないときもあるだろう。俺は、万一の時にその貴族の為に働けるとは思えない」
貴族に仕えるということはその人物に忠誠を誓い、万一の際には盾になるという事だ。
しかし、カークには自分をペットとして欲しがるようなヒトに忠誠を誓うのは困難だ。
食べるのも困難な村の状況を見るだに、貴族と言うものが慈悲深く思慮深いとは到底思えない。
慈悲深ければ、飢えに苦しむ村に何らかの支援を送るのが領主としての義務だろうし、思慮深ければ、税率を調整するはずだ。だが、領主は自分の取り分が減るのを嫌ってどんな年でも一律で7割の作物を持っていく。有事の際はさらに1割増える。森の側のカサヤ村はまだましだ。森の恵みに頼れるし、狩人もいる。だが、そうでない村はどうしているのか。そんな想像もできない貴族を是とする国にも不信感は強い。
しかし、
(・・・・・・結局は値段に寄るのかなあ)
カークは、貴族と言うものを好いていない。前世にしろ今世にしろ、特権階級にいる人物にいい思い出が無いためだ。
それでも、自分につけられた値段によってはこの考えもカゲロウよりも儚く散るだろう。
マリスはカークの言葉を聞いて何か考えてから首を振る。
「・・・・・・まあ、お前の自由だ」
それから、マリスとカークは村について話した。最近、農民の話を聞くのがブーム何だろうか。そんなことを考えながら1時間ほどで街に帰ってこれた。シャルローゼは無表情だしルリはしきりにオニキスを気にしている。
(下の子が出来た上の子みたいな顔してる)
そんな事を思いながらオニキスは入念にその他の4人は簡易のチェックをされて門をくぐり、真っ直ぐにラナンティアの店に向かう。その途中でカークはマリスに話す。
「これから店に行くんだけど、一緒に来るか?」
「どの店だ?」
「ラナンティアさんの店」
何かの心当たりがあったのかきゅっとマリスは一瞬で真一文字に唇を引くと数秒でため息を零す。
「ああー・・・・・・あのシャルローゼだったのか。そりゃ強い」
「は?」
「いやこっちの話だ・・・・・・俺は、あー肉もあるし帰る。またな」
さっさとそう言って帰っていく姿にシャルローゼが何処か冷たく声を出す。
「毛皮はよろしいので?」
「・・・・・・そうだった」
シャルローゼはポーチに入ってた丸められた青鹿の毛皮を取り出すと手渡し際に何かつぶやいた。
「勿論だ。彼によろしく」
マリスは飄々とした顔でそう言い今度こそ去って行った。
そしてカークはある事実に気づいて、はっとなって口を覆う。
「金くれるんじゃなかったのか!?」
その言葉は彷徨い、誰に届くこともないように思われたがシャルローゼが玲瓏な美貌に苦笑の様なものを浮かべて冷淡な声色で声を掛ける。
「私の方からお支払いいたします。マリスさんには後日、こちらから請求いたしますので」
「そうですか?いや、でも、狩ったのはシャルローゼさんですし・・・・・・」
「“カークさんに青鹿の角を持って行っていただく事”が依頼です。毛皮代はおまけのようなものなので、お気になさらず」
冷淡な無表情でそう言われて、カークは口を塞いだ。これ以上言い募ったら怒られそうだと直感して。
「はい、わかりました」
カークの言葉に頷くとシャルローゼは歩を進めてラナンティアの店まで真っ直ぐに歩いた。
そして、店の前に立つと扉を開き、軽く頭を下げた。
「どうぞ」
「オニキスも入っていいのか?」
「商品に疵をつけなければ、問題ありません」
そう言われてしゃがむとカークはオニキスに言い聞かせるように声を掛けた。
「床は仕方が無いが、中で暴れたり、商品や棚に疵をつけたりしないって約束できるか?」
「きゅ」
オニキスは短く鳴くとこちらを見る。何処か誇らしげであり、任せてくれと言っているようにも見える。
カークは微笑みを浮かべてその頭を撫でた。
「よしよし・・・・・・お前はいい子だ」
くるると喉を鳴らす姿に途轍もない愛おしさを感じながら撫でているとルリがむっとした顔で此方を睨む。
「私も店内で暴れたりしない、いい仔ですが」
「えっ?あ、勿論、ルリもいい子だ」
そう言われて満足したのかルリは誇らしげに笑みを浮かべて店内に入って行った。
(・・・・・・下の子が出来た上の子みたいな反応だな)
なんというか、カークには愛しい弟であったために経験が無いが、近所にいた子供の親を取られたくないアピールを思い出す。そしてカークは努めて気にしないことにした。そろそろ疲れたのだ。
シャルローゼの視線が零度に近づいたので立ち上がりそろそろと入ると店の内装に変化はないがカークは顔を思いっきり顰めた。
ラナンティアはカウンターの向こうに立っていてカウンター越しの目の前にあの少女エメディリルと茶髪の男が居たのだ。
カウンターからぎりぎり顔が半分出るような身長であるためエメディリルは得意げな笑顔で顔よりも大きい薔薇の様な赤い花を掲げるようにラナンティアに渡している。
「はい!」
「ロッアネッシェ?良く手に入ったね」
受け取るラナンティアに得意満面とエメディリルは笑顔を向ける。
「知り合いがくれたの。兄ちゃん欲しがってたでしょ?」
「うん。これでいい箱が作れるよ。ありがとう」
「どういたしまして!」
そこにシャルローゼが冷淡な声を掛ける。
「カークさん、ルリさんがお越しです」
入口の2人を見たのはラナンティアだけだった。
彼は美しく微笑むと口を開く。
「いらっしゃいませ」
「お!とって来た?」
ラナンティアの言葉に会釈を返してシャルローゼを振り返る。
角を持っているのは彼女だ。
「こちらでございます」
シャルローゼはポーチから角を4本分取り出していき一歩下がる。
そしてエメディリルが口を開いた。
「カークが取ってきてくれたの!これも欲しがってたでしょ?」
対してラナンティアは厳しい表情でエメディリルを見下ろす。威圧感が半端じゃない。カークは自分に火の粉が降りかからないように気配を消して一歩下がった。
「・・・・・・わざわざカークさんに狩ってきてもらったの?」
「・・・・・・いや!?自主的に!そう、自主的にカークがとって来たんだよ!」
詰問にエメディリルの声が上ずる。己の不利を悟ったのだろう、エメディリルは早口でそう捲し立て、助けを求めるようにこちらを振り向く。先ほどまでの得意げな笑顔をどこにやったのか、白い顔を青ざめさせている。
どうするか。カークはたっぷりと悩んだ。この少女にはいい思い出が無いし、此処で「狩ってくるよう強要された」と言ってしまってもいいが、そうすると西の鐘のある迷宮に行けなくなってしまう。だが、それでも悩んでしまうほどに正直というのは甘美な誘惑だった。
甘美な誘惑を断ち切って助け舟を渋々と出す。
「ええ、自主的に偶然青鹿を狩って来ただけです」
「そうですか?けれど、弟がご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
頭を下げるラナンティアの宵闇色の髪を眺めてから一拍置いてカークは自身の心臓が早鐘を打ち息も上がっていくことを自覚した。
いま、彼はなんと?
「お、おとうと?」
「え?はい。直接血は繋がっていませんが・・・・・・」
(弟!男だったのか!?)
カークは青ざめた顔を覆い隠す様に両手で顔を覆うと頭を振った。
「カーク?」
心配そうなルリの声にカークは何とか精神を安定させて無理矢理に笑顔を作る。
誰もが羨むきめ細かな白磁の肌、完璧に整った人形のように愛らしい顔、リンゴ色の頬、ふっくらとしたピンクの唇、宝石のように煌びやかな緑の美しい瞳、瞳を彩る豪奢なまつ毛、流れる赤みがかかった金の髪、そしてどこから見ても美少女だ。だが、男だという。カークは自分の中の価値感を著しく損ねた。もう何も信じられないとばかりに。
憔悴するカークを他所に話は進む。エメディリルは取り繕うように声を上げた。
「そうだ!僕たち友達になったんだよ!僕たち仲良し」
そう言って笑みを深めるエメディリル少年の意図を察知してカークは不器用に微笑む。
「そ、そう!仲良しです!友達ですよ!」
「・・・・・・本当に?」
「仲良し仲良し」
エメディリルとカークは何度も頷き、ルリは無表情になり、シャルローゼは我関せずといった感じだし、茶髪の男は相変わらず愛嬌のある笑顔を振りまいていた。
異様な光景にも見えるし、カークの薄っぺらな笑顔を見ればそれが嘘であることは明白だが、ラナンティアは胡乱気な目を向けるだけで言及はしなかった。
多分、言及してもその後どうなるかよく分かっていたのだと思う。
「・・・・・・まあ・・・・・・全くの嘘って感じでは無いしいいけど、カークさんに迷惑かけないようにね」
そう言って角をカウンターの向こうの扉の奥に持って行ってから戻ってくると美しい相貌に完璧な笑みを浮かべて見せた。
「では、角は買い取りという事で」
「あ!それは僕が払っておくから、大丈夫!さっ!こっちに来るんだ!」
と言いながらカークの腕を掴み、店の外に連れ出す。無下にも出来ずに唯々諾々と店の外に出ると少年は腰から下げているポーチから袋を取り出し、その中から金貨を取り上げるとそれを満面の笑顔でカークに押し付ける。
「ふっふっふ・・・・・・完璧だ。偉いぞ!兄ちゃんを説得できた!色を付けておいたから、感謝してくれてもいいよ!」
「お、おう・・・・・・」
掌に押し付けられた金貨の輝きを見てめまいを覚える。
「10枚は多いんじゃないか!?」
ポンと渡す値段じゃないし、角はそこまで高くない。カークは金貨を返そうと手を伸ばすが彼はにやりと笑うだけだ。
「まあまあ、いいじゃない多い分にはさ!」
そして、声を押さえてカークに屈むよう指示されたので屈むと、小さな声で言う。
「これからも仲良くしよう。兄ちゃんにバレちゃうし、きみ、面白いから」
「あのなあ、友情は金で買うもんじゃない」
「真面目だねー・・・・・・金持ちの友達いるといざというとき便利だよ。体験談」
呆れ顔でその美貌を見返す。こいつさてはダメ人間か?子どもなのに。
「そう言うのは友達と言わん。普通に友情を育もうとか思わないのか」
「・・・・・・普通って?」
「他愛のない話をしたりとか、どっかで遊ぶとか?」
ああーと気の抜けた声を出すとエメディリルは此方をにやりと見た。
あ、めんどうくさいこと考えたな。
「遊ぶって言う奴なら明日、一緒に迷宮に行くしちょうどいいや。これで友達?」
「・・・・・・友達一歩前進って所かな」
「うーん友達ってもしかして難しい?」
難しいとかじゃなくて、普通に過ごしてたら人間関係というのは築かれるもので・・・・・・と口に出しかけて止めた。多分、カークの言う普通は、彼にとって普通ではないのだろう。育ちが違えば常識も違う。あまり、押し付けるようなことはしたくないし、彼に関わるのはいまだに抵抗がある。
「いきなりは難しいさ。俺達他人だろ?ちょっとずつ、お互いを知るのが大切なんだ」
「ふーん。そういうもん?」
「そういうもん。ほら」
金貨を懐にしまうと右手を差し出す。だが、彼はそれが何だか分からないのかきょとんと見返す。ちょっと恥ずかしくなって、カークは赤くなりながら言う。
「友人の握手」
エメディリルは破顔してその右手を小さな両手で包んで上下に振った。
「あはは!握手!」
何がそんなに嬉しいのか、カークには分からなかったし深くは考えなかった。
「・・・・・・じゃあ、金貨は幾らか返すよ」
「いいんだ。防具でも買いなよ!折角面白くなってきたんだ、簡単に壊れちゃ困るし」
嫌、じゃなくて、困ると言うこところに幾らかの不安を感じるがルリの防具も欲しいし、オニキスの魔獣登録にも食費にも金がかかる。カークは曖昧に笑って金を貰うことにした。
「・・・・・・いつか、返すよ」
「出世払いって奴かな?面白い!幾らでも待とうじゃあないか」
無邪気に笑う顔にカークはやっぱり不安を感じた。
戻って来たエメディリルはご機嫌で、カークは対照的に何処か不安げだった。
だが、挨拶もそこそこに彼はトカゲと獣人の女性ルリを連れて行った。
閉じたドアを見て、ラナンティアはため息を吐く。
「・・・・・・彼は珍しいものを集める趣味でもあるのかな?」
あのトカゲ、トカゲじゃない。いや見るからにトカゲではないが。
しかし、森にいたというあのトカゲ。結構まずいかもしれない。
特に、今のタイミングは。
「あ、気付いた?あのトカゲ」
くすくすとエメディリルは笑う。新品のおもちゃを与えられた子どもみたいに無邪気で透明な笑み。それを見ていた茶髪の男、シディアは笑顔を崩さないままに問う。
「あのトカゲをお望みですか?」
エメディリルはシディアを振り返らなかった。ラナンティアは彼にとって身長差がありすぎて見上げるのは首が痛くなって億劫なのだと知っている。
「幼い上に希少な色で綺麗な鱗だし欲しいけど、“友達”の物だから、いらなーい」
シディアはひとつ頷いてそれきり黙ったがラナンティアは目を見開いてエメディリルを覗き込んだ。
「え!本気だったの?偉いじゃないか!!」
「ふふ、へっへっへ・・・・・・僕だって真っ当にちゃんと友達出来るんだ。へっへっへ」
嬉しそうに笑む顔にラナンティアは拍手喝采した。彼が成長したからだ。
拾ってからヒトらしい感情を育み人間関係や情緒を理解させるのに数十年かかった。
ラナンティアは彼と出会ってから苦労の連続だった。そして、久しぶりの友を得たのだ。勝手に買って来た奴隷でも適当に拾って来たペットでも何となくで攫って来たアクセサリーでもなく!
これを祝わずに何を祝うのか!
それからラナンティアは感動で涙を零しながら2分ほど拍手を続けた。
ラナンティア:尖った長い耳、濃藍の髪、深緑の瞳の高級道具屋の主人。どんな魔法道具でも作れるらしい。空間魔法を使える人は少ないから空間魔法収納系の鞄類が良く売れる。店の商品はほぼ手製。手製じゃないのは迷宮から出てきた物。エメディリルが勝手に飾って売る事がよくあるから、ちょっと困ってる。




