26:謎の勢力
重要なのは傷がついていない事だ。あとは色が良ければ大抵大丈夫。
そう言って1匹を解体して見せ、2匹目をルリが解体しているのを見ながら、カークは何とも言えない気持ちになった。
ただでさえ戦闘で彼女にはいいとこを見せられないのに、解体でもわずかに手際が劣る事にカークはとてもショックを受けた。
既に解体を経験していたのかと問うても、初めて解体したとの返答を受けて押し黙るしか出来ない。
非常に手際よく解体してゴブリンの臓腑を分けていく様は専門業者かと思うほどだった。
カークだって小さい頃から解体を手伝い、狩人から免許皆伝を受けるほどの腕前だ。
そこまでになるのにどれ程獲物を無駄にしたか。カークは悔し涙で前が見えない思いでゴブリンの解体に精を出す。
(いや、俺の説明が上手かったんだ。ルリも器用だし・・・・・・悔しがることじゃない)
そうだ。きっとそうに違いない。
涙をのみながら解体する。倒したのは9匹だが解体できるほど綺麗な死体は4体だった。その解体が終わると革袋に売れる臓器を放り込んで切り落とした耳を違う革袋に入れ、立ち上がって背筋を伸ばした。
今日の依頼分の5匹は終わったから帰っても良いが、金が無いのでもう少し売れる薬草でも探しながら獲物を求めてうろつくことになった。
「・・・・・・前にイナンナと来た時の帰りに青鹿を見かけたけど・・・・・・」
「帰りに探しましょうか」
「そうしよう。ルリもいるしまあまあ中距離の強い魔法もあるし」
森の外に広がる草原に出れば沢山の獲物もいるし、狩りを森から草原に移すのも悪くない。
問題はゴブリンやコボルトなどの向こう見ずで知性の低い魔物があまり出ず、草原は見通しが良いので獲物は逃げるか強い奴が襲いかかって来るかの2択になりがちな事か。
だがそれを押してもいいと思えるほどにヘラジカ並にでかい青鹿の角や毛皮は高く売れる。
その分突進力もあり非常に危険な魔獣なのだが。
「高く売れるといえば、森だと緑狼とか毛長猪を狩るのもいいかもな」
正直、ふわふわの毛並みの可愛いくて花と太陽のいい匂いのする一抱え程の悩殺花鼠を狩るのも忍びない。
いや、鼠算式に増えまくるのでその時は狩るが。
緑狼は狼より攻撃性が高く凶暴で毛皮が良く売れる。毛長猪は牙と肉が売れる。どちらも解体しても重いのでどちらか2匹が限度だろう。
「あまり見かけませんね」
「青鹿は平原だけど、あいつらは森の浅い所には住んでないから、もう少し奥に行かないと・・・・・・行ってみようか」
「・・・・・・まだ昼前ですし、時間は十分かと」
「ゴブリン狩りばかりだと辛いしな」
問題は剣がぼろぼろなところか。だが、魔法が今はある。何とかなるだろう。
「じゃあ、行こうか」
森の奥の方に進むと言っても中ほどよりは手前だ。それより奥は基本的に群れているオークやトロールも住んでいるのでとてもじゃないが2人で乗り込む気にはなれない。
獣道を進むと数分で獣の痕跡を見つけた。
「緑の毛が落ちてるから緑狼か。群れてない」
周囲を見渡し、狼の痕跡を探す。獣道の先に1匹分の足跡がある。
緑狼は体毛が緑で頑丈であり普通の狼より僅かに大き目なところを除けば普通の狼と変わらない魔獣だ。
持ち帰るのに嵩張るが綺麗に剥げば銀貨40枚。カークは欲から喉を鳴らした。
だからこそ、その奇襲にカークは驚き喉をひきつらせた。
黒衣を翻し鋭い剣を片手に襲いかかってくるハイ・コボルト。数日前に見かけたあのハイ・コボルト達と同じハイ・コボルトの戦士だ。
ルリは素早く身を引いて敵との距離をとる。剣が顔をかすめる中カークは必死の思いでその後に続き、ハイ・コボルト達を観察し、引きつる喉を叱咤して声を絞り出す。
「な、何の用だ!?」
言葉は無意味だった。
鋭い剣は無慈悲にもカークとルリを傷つけようと向かってくる。ひとりに2匹が向かってくる状況。カークは油断なく目に力を込めてハイ・コボルトの動きを見逃さずに手を向けて魔法を放つ。20のMPを消費した。
「【時虹公のこぶし】っ!」
「ぎゃっ」
短く無様な悲鳴と共にハイ・コボルトの1匹が倒れる。身体の半分が抉れている。助からないだろう。
だが、どのハイ・コボルトも仲間が倒れたというのに一切の躊躇なく襲いかかってくるので、カークは剣を受け止めるので精いっぱいだ。
ルリを気にしている暇はない。
剣で受け止めているが腕力で負けているうえに一合ごと徐々に剣の刃零れが目立っていく。
決着を速めるために魔法を放とうと口を開く瞬間、敵の鋭い蹴りがカークの腹を抉る。
「ごあっ」
後ずさり痛みをこらえて唾をはくと恨みを込めて睨む。
一切怯まない敵は剣を構えて突進してきた。やばいと思うと同時に、カークは悲鳴交じりに叫ぶ。
「【時虹公のこぶし】」
言葉は不可視の衝撃となり突進してくる敵を噛み砕いた。
ルリの方を見る。1匹は倒した様子だったが、まだ、戦っている。
ルリの方に走って向かい、敵の背中に魔法を放った。
「【時虹公のこぶし】」
発動した敵の身体を無慈悲に抉って見せた。
血だまりに沈む敵の数を数えてルリを見る。
「大丈夫か?いったいなんだったんだ?」
「大丈夫ですが・・・・・・なんでしょうね」
ルリは倒れて動かない敵の死体のそばでしゃがむとその衣服を捲る。
「・・・・・・この間の帰りに襲って来た者と同じ衣服ですね・・・・・・何かに狙われていると考えるのが妥当ですが・・・・・・カーク心当たりは?」
「ない・・・・・・偶然この辺りをうろついていて襲って来た野盗とか・・・・・・?いや、それだと身なりが良すぎる。何かの組織だと考えるのが自然だけどなあ・・・・・・」
そんな、ハイ・コボルトばかり集めて彼らに十分な武器防具を与えられるような組織に心当たりはないし、狙われる理由もない。
何もかもが全く分からない状況でカークはため息を吐いて、ふと、思う。
(・・・・・・ん?こいつらはいきなり襲いかかってきたんだから、野盗と同じ扱いで良いはずだ。ってことは・・・・・・)
恐ろしい想像をしてカークはごくりと喉を鳴らした。
「装備を剥いで持って行っても怒られないのでは?」
その言葉にルリは振り返ってその顔を見返す。
「・・・・・・カーク、装備に紋章などが付いている場合は身分を示すものである可能性が極めて高く恨みを買うかもしれないのでお勧めしません・・・・・・それ以外であれば、持って行っていいのでは?彼らにはもう必要ないでしょうから」
「そう、そうだな、探してみよう」
ルリの同意も得られたのでカークは死体から服を剥ぎ取り身ぐるみはがして金目の物を探し、入念に紋章の付いた物を探して横に分けた。
4匹全員が持っていた短剣と鈍色のメダルのペンダントにヒキガエルの様な顔にコウモリの様な耳がある頭の紋章が刻まれていた。これが何を意味するのかは分からないが、持ち運びやすいペンダントをひとつ荷物用の袋に入れた。街で誰かに聞いてみよう。
盾は誰も持っていなかったが鋭い長剣が4本、食料(固めたパンと大量の何かの干し肉)、水、油、謎の水薬。金目の物も短剣とペンダントの謎の紋章以外に身分を示すようなものもない。
「剣は一本貰って行こうかな・・・・・・俺のはぼろぼろだし。食糧は怖いしやめとこう・・・・・・当たったら笑えない」
「はい」
一番状態のよさそうな剣を手に取り、振ってみると風を切る音も鋭く不思議と軽い。
こんな武器を持った相手に勝ったのは偶然か幸運に過ぎない事を心に留めて鞘に戻す。
「軽量化の魔法がかかっているのかな?軽い」
「なら、お得ですね、カーク」
「はは、そうだな」
ぼろぼろの剣を代わりに落として、持てないものはそのままに剣を一本持ったカークは後は全て地面に転がしておくことにした。
ハイ・コボルトの臓器を取るべきかもしれないが、余分な革袋は持って来ていない。両手で抱えて持って帰る訳にもいかないし、解体しても持って帰れない。
はて、冷酷だろうかとカークは一瞬考えた。だが、相手は殺意を持って斬りかかって来た敵。情けをかけても慈悲を持っても意味は無い。弱肉強食が世の真理。
だから、そう、だから、カークはあの時死んでエルデン・グライプになった。
酷く冷めた気持ちで血に沈むものを眺めた。
また、アイツらが出来ても鬱陶しいというか、カークの実力を鑑みるに不安があるので離れるように北上していく。
ヒトの手が入っていて見通しがいい浅い場所は上を見上げるとちゃんと太陽が見える。そのため、方向もしっかりと確認できるので迷うことは無い。
時折、太陽を確認しながら獣道をたどり、偶には逸れながら黙々と獲物を探した。
ウサギや鳥が逃げる以外に獲物はおらず、カークはため息を吐く。
「いないもんだな」
呼んでもない謎の敵はいたのにと不平を零すとルリが真面目に言葉を紡いでくれる。
「野生生物ですから、なかなか難しいですね」
「ああ・・・・・・肉が一抱えあれば宿屋に売るんだけど・・・・・・ん?」
カークは不満を漏らして、首を傾げた。金属音が連続して聞こえる。それから、悲鳴と怒声。
誰かが襲われている!
急いで音のする方へ走っていく。悪路のせいで速度は遅いが確実に音のする方へと向かって行き、剣を抜いて飛び出した。
居たのは真っ赤な髪が眩しいイナンナと見知らぬ3人。彼らは黒衣を纏う5匹のハイ・コボルトと一戦交えている。
「ああもう!鬱陶しいわっ!何!?こいつら!!」
流石はイナンナ。鋭く襲いかかる剣を受け流し、隙が出来たら躊躇なく敵に突進する姿は猪を思わせる。要するに力強いが見ている方はひやひやする。
だが、それを思ったのはカークだけだった。
見知らぬ3人は次々襲いかかってくる剣や飛んでくる矢を避けたり受け流したりするのに精いっぱいで、イナンナの方を見ていない。
そして、イナンナの頭上に飛び掛かるハイ・コボルトの姿を見て、カークは叫んだ。
「【時虹公のこぶし】っ!!」
敵は半身砕け血をまき散らしながら吹き飛びどこかでそれが落ちる音が聞こえる。
一瞬で視線がカークに集中するがそれは本当に一瞬の事でありすぐさま全員が目の前の敵に斬りかかる。
「何でっ!アンタがここにいるのよ!」
イナンナの怒りの濃い言葉にカークは無視を決め込んだ。そんな事より敵を始末する方が先決だ。
剣を構えてイナンナの助けようと敵の前に躍り出てすぐさま蹴り飛ばされて地面と仲良しにならざるをえなかった。無様である。
転がったカークに剣が迫るが寸での所でイナンナの炎がそれを阻む。
「【火炎】!アンタ何しに来たのよ!?」
剣をいなしながらのイナンナの怒声にカークは痛みを堪えながら顔を顰める事しか出来ない。3人の方はルリが助けに行ってどうにかなった様子で直ぐに駆けつけてくるようだ。
カークは転がって距離をとってから立ち上がり、イナンナの背中に隠れながら魔法を放つ。
「【時虹・・・・・・】っ!?」
それよりもイナンナの剣の方が早い。斬られた敵は、それきり動かなくなった。
危険がない事を3人が確認しているのを見てからカークはイナンナがこちらを睨むのを正面から受け止める。
「こんなところで何してるわけ?」
「依頼をこなしてたら・・・・・・悲鳴が聞こえて」
「・・・・・・弱いくせに、ひとを助ける余裕があるの?」
顔を歪め、そう言う彼女を窘めたのは見知らぬ3人の内のひとりだった。
「助けてくれたんだから、そんな言い方はないだろう」
カークは振り返って剣士の男に苦笑して見せた。役に立たなかったのは事実だからだし、彼女の物言いには反論できないからだ。
「いえ、役に立てなかったのは事実ですから。俺はカークと言います。彼女はルリ」
彼らがイナンナが言っていたチームだというのは分かる。
剣士の男はリーダーなのだろう。代表して会釈をすると微笑む。
「俺はトーマス。あっちの神官がピーターであのシーフはカテリーナだ。イナンナとは知り合いか?」
「ええ。以前チームを組んでいましたが、俺の実力不足でチームを解消した仲です」
肩を竦めてそう言うと剣士トーマスは曖昧な顔を見せる。多分気を使ってくれたのだろう。
「あー・・・・・・言うほど実力が低いとは思えないけどな。魔法を使っただろう?」
「あの魔法は最近習得したので、彼女と組んでいた時は使えませんでした。彼女が見限るのも仕方がないと思いますよ」
過去をうじうじと言っても仕方がない。
カークはそれよりも、と死体を指し示す。
「何か襲われるような心当たりは?」
「俺は無いな・・・・・・皆は?」
揃って首を振るのを見てトーマスもカークも首を傾げることしか出来ない。
本当にこいつらはなんで襲いかかってくるのか。
「・・・・・・実は俺達も襲われたんです。これは冒険者ギルドに報告したほうがよさそうですね」
イナンナが何か呻くのが聞こえたが無視した。
「ああ、そうだな。俺も報告しておく・・・・・・こいつら結構派手に行動してるかもな。この広い森で出くわすなんてよほどの事だ」
他の冒険者が犠牲になったら笑えない。冒険者ギルドに報告する事で警戒してもらうとしよう。それに、この森以外にも出没しているかもしれない。
実力的には“神性”を持つルリなら同じ位。カークは魔法を使わないと勝てない相手だ。カークじゃ基本的には勝てないだろう。なら、F級とE級にはどう甘く見積もっても荷が重い。イナンナはすでにD級の実力があるのは承知なので彼女がてこずる相手だということは同等以上ということになる。
カークは人知れず渋面を浮かべる。
野盗にしては実力がある。何かしらの組織が裏にいるのは確実だが全く見当がつかない。
そもそもこの森で行動している意味も分からないが、息をはく。
「・・・・・・まあ、此処で考えても仕方がない」
「確かに。カークたちはどうするんだ?」
「俺たちはこのまま平原に行きます。貴方たちは?」
「そうだな・・・・・・俺達は真っ直ぐ街に帰るよ。今の森はやばい」
そう言ってトーマスは苦笑した。
彼らと別れてカーク達は平原を目指して北西に向かう。
勿論、森は危険だ。ただでさえ危険なのに変な奴らが出てきてさらに危険度が増している。
カークも真っ直ぐに帰るべきだろうがそうもいかない事情がある。まあ、つまりは懐事情だ。
一日に必要な金は稼いだが、カークには借金がある。ぼんやりしてはいられない。
(・・・・・・一気に金が稼げる方法はないものかな)
あるといえばある。迷宮だ。
あの男の弟に会うためにも実力をつける必要があるし、手近な迷宮で実力をつけるのも悪くない。それに、難易度の高い迷宮は良い物が落ちている確率も高い。
(明日は迷宮に潜ってみようかな)
初心者用の迷宮ではなく、リスクとリターンがある迷宮を選ぶのは不安があるが、期待も大きい。
とにかく今日は青鹿を狩る事を目指すことにした。




