25:能力値って大切なんですよ
※カークの能力値に誤りがありましたので修正いたしました。申し訳ございません。
瞬く。
眩しい朝日を見て、寝過ごしたかと横を見るとイナンナはとうにベッドから出て行った後であり、ルリも控えめにこちらを覗き込んでいた。
「おはようございます。カーク」
「おはよう。すまない、寝こけていた」
そう口にして起き上がり身なりを整える。
貧乏な冒険者は着の身着のままだ。余裕のある上級冒険者達ならいざ知らず、カークに着替えなど無い。
汗のにおいがする服の皴を伸ばす努力をして、ルリを伴って部屋から出る。
軋む床板を踏み鳴らし食堂を目指した。まだ、食事は残っているだろう。
銀貨一枚を用意して食堂に着く。中はいつもより遅い時間のせいで空いていた。
誰ともぶつかることなく食堂のカウンターに銀貨一枚を置き、そこに立っていた恰幅の良い男がじろりとカークとルリを見てから振り返って窓から厨房に向かって一言声を掛けると出てきた盆に乗った冷めた食事を2つ差し出す。
「おら。さっさと食え、寝坊助ども」
「ありがとう」
寝坊したことをしっかりと見抜かれてぶっきらぼうにそう言う男にお礼を返して選び放題な席に着く。
全く人がいないわけではない。しかし、大抵は頭を抱えて僅かな音にも敏感になった気分の悪そうな冒険者か純粋に体調の悪い病人だった。
冒険者の仕事が早い者勝ち順である以上寝坊は致命的である。カークは味の薄いスープに黒パンを浸しながら呻いた。
勿論、寝坊は悪い事だ。悲しむべきだろう。
だが、今のカークにとっての問題はそれだけではないのだ。
あの『水獄の君』とやらの夢を見た。それだけでも精神力を削られるのに、約束までして!
カークはため息を吐いた。吐かざるをえないだろう。得体のしれないものと約束を交わすなんて。どうかしてしまったのか。いや、永遠に夢に閉じ込められるということがあったかもしれないのだ、これは賢明な処置だったと己を納得させるしかない。
「・・・・・・カーク、どうかしましたか」
ルリの控えめな声に顔を上げてその美しい顔を見返して苦笑した。
考え込んでしまったが、彼女に心配をかけたいわけではない。
だが、あの男の弟に会いに行くということを説明する必要があるだろう。
「実は夢で『水獄の君』に会ってさ・・・・・・彼の弟への伝言を頼まれたんだ」
目玉が飛び出したのではないかというほど目を見開いてルリは木製のスプーンを取り落とす。
「彼の御方に会われたのですか!?」
「ん?会うも何も・・・・・・迷宮で会ったじゃないか」
疑問をぶつけるとルリは悲鳴交じりに声を上げる。
「迷宮は重なっているためにお会いできる確率が高いですが、外はかなり稀な事ですカーク!」
「たかが、夢だろ?」
「夢であるからこそ、彼の御方の権能は生かされるのです。夢は彼の御方の“舞台”にすぎません。カーク、気を付けてください。『水獄の君』は大いなる4人の御方の中でも慈悲深い方ではありませんし、下手をすれば夢の中で死んでしまうこともあり得ます」
ぞっと背筋を這う寒気に心臓が早鐘を打つ。
もしかしたら、夜の夢の中で死んだかもしれないのだと知って。
あの無慈悲で無機質な夢の中で死んだらどうなるだろう?
現実で死ぬのと同じように蘇ることはできるのだろうか?
味の薄いスープの椀を見下ろしカークは息を吸った。
昨晩の様な調子に乗った態度は控えるべきだ。
「分かった気を付ける。ところで“繋がった”と言われたけど、意味は分かるか?」
「はい。御方の仰る“繋がった”は魂に関してかと思います。魂が文字通りに繋がったのではないでしょうか」
お?嫌な予感がする。
それはつまり、この先、あの男が夢から出ていくかこっちの魂が無くなる事が無い限り、夢を見るたびあの男とチキンレースをしなければならないという事では。
勿論、あの男のとの繋がりを断ち切るような手段があれば別だが。
いや、あの男の夢を見ることは、体感、そう頻繁ではないそこまで気負う必要はないかもしれないが、楽観はできないだろう。
もしくは、そう、もしくはあの男の言う通り、“神性”を獲得するか。
青褪めたカークの顔をルリは気遣うように覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫・・・・・・ルリの夢には現れないのか?」
「私の夢には・・・・・・」
首を振るルリを僅かに羨ましげに見てしまったのしょうがないだろう。
ルリはあの男の被造物だ。魂が繋がるということがどういうことなのかイマイチよく分からないが、そう考えるとあの男が夢に現れても不思議ではないのにも関わらず、何故ルリの所に行かないのか。
これに関しては考えても解決しない。カークは早々に諦めた。
「・・・・・・ああ、それで、あの男の弟に会いに行かなきゃいけなくなったんだ。一緒に来てくれるか?」
「ええ、勿論ですカーク。お供させてください」
「ありがとう。頼むよ」
そう言ってカークは冷めきって味の薄いスープを飲み干し、スプーンを拾うルリを見ながらふと、思う。
(能力表はどうなっているんだろう?)
あの男の言う事を信じるのであれば身体能力が向上したはずである。思い立ったが吉日。掌を上に向けて半透明の板を召喚し、その中身を覗き込んでからため息を吐いて、閉じた。
例えば、参照する本にもよるが人間の筋力ならば6くらいが平均値だとされている。これは人間族の特別鍛錬を重ねたりしない武器を持つことも無い農民や市民、商人に貴族に軍人も冒険者も含んでの数値だ。他の種族とはやはり平均値が違う。
ヒト型の種族であれば、獣人が最も平均筋力が高い。次点でドワーフだ。サイズなどを考えないのであれば断トツはドラゴンである。多くの魔物は筋力が高いだろうが、魔物との意思疎通は知性のあるゴブリンは稀だし他の魔物たちも他の種族に対して友好的とは言えない。ドラゴンや巨人は基本的に他種族を見下しはするが意思疎通は図れるので懇願すれば能力表を見せてもらうこともできる。それ以外の意思疎通の図れない種族は外部から能力表を閲覧するような特殊な技能が必要なために確かめる術が限られ、確認のしようがない。
人間に限らず過酷な労働を行う冒険者や騎士を代表する軍人になるのであれば武器を振るう事を考えると筋力は8以上が望ましいとされる。
10もあれば有望な軍人として扱われ、農民上がりでも任官も夢ではない。それほどに有力な数値なのだ。
カークの現在の筋力値は6。ついこの間上がってやっとこの数値だ。長く上がらなかったことを追記しておく。
基本的な能力として、頑健さ、筋力、素早さ、器用さ、魔力、精神力、知性がある。(カークの知性は4。教育を受けた市民と同程度だ)
この基本的な能力値に技能や異能が合わさり、体力や魔量、防御力や抵抗値や命中率などが決定される。
さて、魔法という摩訶不思議なものが存在するこの世界においては魔力と精神力という数値が存在する。
もちろん、魔法がなくっても精神は存在するし、この数値があっても不思議ではない。一部の魔法、所謂、回復系の魔法は魔力ではなく精神力を参照して発動をし、威力が変動する。神官のクラスを持つルリはこの数値が高く14ある。傷跡すらなくすほど優れた回復魔法を扱えるのも納得だ。
14。この数値は高いのか低いのか。カークは知っているこれは極めて高い事を。
初級クラスである神官としては破格の数値だ。侍祭どころか司祭か、その上の司教に上がっているべきだろう。精神力の平均値は5である。神官であれば7が妥当の所をルリは倍持っている。大抵の事には動じない精神力だろう。
カークの精神力は16だった。あの男から司教のクラスを得た影響で10も上がっていた。
喜ぶべきだが上がり方が尋常ではない。後々に身体的精神的負荷がかかってしまわないだろうかと心臓が跳ねる数値だ。ようするに心臓に悪い。
さてさてさてさて。問題は次だ、魔力の数値。
魔法は魔力素養を必要とする。カークにはこれがなかったため魔法使いの道を諦めざるを得なかった。魔力の数値は1。絶望的に才能が無い。
他の能力は上げる余地がある。カークはまだ若く、筋力だって体力だってつけることが出来るだろし、統一の方法を学べば精神力だってあげられる。
だが魔力だけは基礎魔力が無いと伸ばすこともままならない。
ルリの数値は8。魔法使いとしてもイナンナを超える数値であり、魔力の平均値が3であることを考えればやはり、ルリが規格外であることが分かるだろう。正直、カークに付き合って冒険者などやっていないで魔法学院などに所属したり貴族と懇意になるほうがルリにとっていい選択になるだろうということはカークにとって重荷だった。
それを考える暇もない程にカークは冷や汗をかいて重苦しい息を吐くのを必死にこらえる。
26
最悪だとカークは思った。そして堪え切れずに溜息を零すと目の前のルリが怪訝そうにこちらを見る。
魔法の素養がなかった男に26倍もの魔力を与えてどうするのか。魔力と言うものは繊細で暴発しやすいものだ。それを規格外を超えてドラゴンなどに肉薄する化け物じみた数値にされたら、カークは喉を引きつらせることしか出来ない。
暴発させないようにするだけで精いっぱいの状態だとルリに伝える必要がある。
「ルリ、すまない」
「なんでしょうか」
ごくり、と喉を鳴らす。
今から言う事は情けないと思われないかと緊張し、しかし直ぐに考えなおす。
この宿屋すら吹き飛ばしかねない魔力を持っているのだとカークは背筋を凍らせる。
自分はいま、爆弾と同等だ。しかもいつ爆発してもおかしくない状態の。
意を決してカークは口を開く。
「あの男に会ったと言ったよな?・・・・・・実はその時に水獄の君の司教になったんだ」
「おめでとうございます、カーク!司教の地位を賜る事はとても素晴らしい事かと思います」
「ああ、ありがとう。それで、能力値が上がったんだ・・・・・・俺は、ほら・・・・・・魔法の素養がなかっただろ?」
気遣わし気にルリは目を細めて、優しい声を出した。
「カーク・・・・・・大丈夫ですよ。私が付いていますから・・・・・・魔力が無くても、問題ありません」
極めて優しい笑顔を向けられてカークは改めて羞恥から口ごもる。
いや、彼女が優しいのは知っていたがこれほどまでに優しく、寛容だとは理解していなかった。違う今は彼女の優しさに動揺している場合じゃない。
「・・・・・・魔力を上げられたみたいで・・・・・・今、暴発しないようにするので精一杯なんだ」
「・・・・・・カーク、申し訳ないのですが、よほどの大魔法の儀式を失敗しない限り魔力の暴走は滅多に起こりません」
先んじて与えられた言葉に拍子抜けし、カークは背筋を伸ばした。
彼女の知識にはいつもお世話になっている。これだけ特別嘘ってことは無いだろう。
おお?じゃあ、胃が痛いのはこの瞬間に居なくなってくれて構わないぞ!
「なーんだ!本に書いてあったのを鵜呑みにしたよ・・・・・・ありがとう、ルリ」
「その本は随分古いもののようですね。構いません、カーク」
お互いにニッコリと笑って、食堂の親父にさっさと出て行けと怒鳴られながら食堂を後にした。
賑やかではあるが早朝の騒がしさが落ち着いた冒険者ギルドに足を踏み入れる。
大半の冒険者は依頼を受けて出発した後であるが、それでも残っている者は多い。
納得のいく依頼が無い場合はチームで相談して行ける迷宮に向かったり、森で魔物や魔獣を狩ったりする者や寝坊してぼんやりと依頼を眺めている者がいる。
カークは依頼表が張り出される掲示板の前に立ち、依頼をざっと眺めた。
ゴブリン退治の依頼はやはり下がったままだった。実入りが少ないため基本的にゴブリン退治の依頼を受けるのはD級以下だ。
しかし、剣がボロボロなカークに選択肢はない。ゴブリン退治の依頼の木で出来た表をひとつとって受付に持っていく。
暇そうな受付のニール青年はにこりと営業スマイルを浮かべてその表を受け取る。
そこで、カークは話しかけた。
「すみません。入口に鐘のある迷宮ってどこにありますか?」
ニールは青の髪を揺らしてこちらを見ると怪訝そうに答えてくれた。
「西門から出て街道沿いにあるので見つけやすいですが・・・・・・あの迷宮はC級以上向けとされています。言いにくいのですが、危険では?」
「ああ、そうなんですね。ありがとうございます」
危険だ。C級以上向けってことは実力に伴って装備の整っているような中級者向けって事だ。
最下級のカークには無理な迷宮であることを聞いて、焦りが生まれる。
確かに期限は言われなかった。しかし、早目に伝えることが自身の安寧につながることは明白だ。なのに、実力が無くて難しいとなれば、当然焦る。
魔力が上がったからなんだというのか。使える魔法もないのに。
(・・・・・・いや、確認していないし、何か魔法を習得しているかも)
後でまた覗いてみようと思いながら、ニールが手続きが完了したことを伝えてくれたのでお礼を言って受付カウンターから離れてルリに話す。
「言っていた迷宮だけど、今はまだ早そうだ・・・・・・もう少し装備が整ってから行くことにしたよ」
「分かりました」
ルリを連れてギルドを出る前に隅の椅子に座って能力表を呼び出す。
ショッキングな能力を流し見しつつその表をスライドさせて習得魔法の項目を見た。
――時虹公のこぶし
謎の魔法がある。謎の名前だ。その名前に触れて詳細を呼び出した。
「えー・・・・・・9m離れるごとに威力の下がる不可視の一撃を与える。消費MP1に付き6の攻撃力を得る・・・・・・俺のMPは210か。最大で1260?俺のHPが65・・・・・・ルリ?」
「はい。どうかしましたか」
ふと、不安になってルリに話しかけて、もごもごと言葉を紡ぐ。
どうかこの魔法がカークにとって過剰な戦力でありませんように。
「ルリのHPを教えて欲しいんだ」
「はい。95です」
ああ駄目だ。がっくりとカークは肩を落としてからでも、と考え直す。
武器はぼろぼろで次の武器を買う金もない。先に防具を買いたいのだから。
つまり、このタイミングで新戦力は歓迎して然るべきでは。
とにかく、この魔法の試し打ちをするべきだ。ゴブリンには悪いと思わないが的になって貰おう。
過剰な物を貰ってしまったという重い気持ちと魔法という火力を得たという興奮を伴って東の森に出発した。
東の森でゴブリンに会うのはうんざりするほどに簡単だ。森を散策して、昼食用にと木の実を回収しながらぶらぶらしているとこちらを見つけたゴブリンが汚い声で叫び声をあげて襲いかかってくるのだから。
森の浅い所はヒトの手が入っているために木がそれほど密集しておらず見通しがいい。
棍棒を振り上げどたどたと走ってくる姿を認めてカークは緊張した。
「ゴブリンのHPなんて知らないしなあ・・・・・・MPは5でいいかな」
9mごとに威力が下がると書いてあったので十分に近づいたのを確認して魔法を放つ。
「【時虹公のこぶし】!」
意気揚々とそう叫ぶとゴブリンの上半身は消し飛び血潮を上げて残った下半身が遅れて倒れた。
「・・・・・・」
ぴくぴくと痙攣するそれを見て立ち込める悪臭の中でカークはため息を吐く。
(なにも剥ぎ取れないじゃないか。威力が高すぎる)
「次は2で試そう」
騒ぎを聞きつけた次のゴブリンも冗談みたいに同じ様な走り方でカークに向かって走ってくる。ルリに襲いかからないのは多分、ルリが強いからだろう。
「【時虹公のこぶし】」
微妙に長いこの魔法名は叫ばなくてはならないのか。カークは分からなかったがとにかく叫ぶ。手を向けただけで発動するなら良いが、この状況で発動しなかったら目も当てられない。
不可視の衝撃を受けたゴブリンは汚い悲鳴を上げて倒れて緑の肌を濃くして呻き、手足をばたつかせている。
それを警戒しながら見て、いつまでたっても起き上がらない為にカークは眉を顰めた。
「・・・・・・なんで起きないんだ?衝撃が強すぎたのか?」
「そのようです」
「ゴブリンのHPって13か14なのか?いや、こいつがそれくらいのHPってことか」
いつまでたっても呻くばかりで起き上がらないゴブリンにぼろぼろの剣で止めを刺しながらそう言い、周囲を見渡す。
次に襲いかかってくる者はいないかとの確認だ。
確認してよかった。複数のゴブリンがこちらに向かってくるところだったからである。
「この魔法って、複数を対象に選べるのかな」
「さあ」
カークはルリと一緒に首を傾げて、ゴブリンを睨む。
そして十分に近づいたゴブリン3匹に向かって魔法を放った。
「【時虹公のこぶし】」
MPを2消費した魔法は3匹の内1匹にだけ当たって他の2匹は何の痛痒も感じていない様子だった。
焦ってボロボロの剣を振り1匹を切ると残った1匹に棍棒で殴られる。
ルリの増援は望めない。彼女もまた4匹のゴブリンと戦っている。
「【時虹公のこぶし】」
もう一度魔法を発動して1匹減らし倒れているゴブリン2匹に止めを刺してルリを振り返った。彼女は驚いた顔をして槍を構えていた。
「大丈夫ですか!?カーク」
「ああ、魔法のおかげで大丈夫だ・・・・・・凄い魔法だな」
ゴブリンのHPはどうやら13以上30未満であるらしい。
MPを3使用すれば確実に殺せるというのは剣の腕も剣自体も頼りないカークにとって嬉しい事だ。
ただ、慢心してはいけない。ヒトがそうであるように魔物にも個体差がある。
ゴブリンだって個体によって能力値が違う。慢心しないように心に留めてカークはゴブリンの解体を始めようとしてふとそろそろルリに解体の仕方やいい臓腑の見分け方を教えようと声を掛けた。




