23:遊びとはいったい
ワンサイドゲームを見て冒険者たちは一斉に顔色を悪くする。
負けている冒険者が弱いのもあるがあまりにもあの美少女が強すぎるのだ。
「・・・登録票がないから冒険者じゃないのか?あの子ども」
誰かの呟きにまた誰かが反応した。
「知らないのか。あの人も冒険者だ」
振り返れば顔色を悪くした渋面の男が呻いていた。
どうしたのかと問う前に答えてくれる。
「目に付いた奴を片っ端から打ちのめすんだよ、あの人は」
かつて自分も自業自得で目を付けられた。結果は推して知るべし。
迫る剣を避けようと体を捻るがそれを追うように剣は追従してくる。
(反則だ!)
何か特殊能力を使っているとしか思えないほど正確無比な攻撃はカークを何度も地面に叩きつけている。
違う。この子どもの剣がカークよりも何倍も早いのだ。
何が子ども相手に手を抜くだ!この子どもはその細い体からは想像もできなかったが自分とは比較するのも無駄なほど強い。
地面に転がって思考にふけり、ぼんやりしている場合じゃない。次の一撃は、
「・・・ごぁっ!」
腹部への容赦ない鋭い蹴りがお見舞いされて呻く。
カークがなすすべなく吹き飛ばされてもそれを剣が追ってきて、身をよじるのが精いっぱいだった。
痛みを噛み殺して立ち上がり剣を握り、強すぎる子どもに剣を振るう。
しかし、腰の入っていない怯えた一撃はいとも簡単にはじき返されて相手の攻撃を許す。
頭に向かって来たそれを寸での所で躱すと子どもは感嘆して声を漏らした。
「おお!動きが良くなってきたね」
凄い凄いとはしゃぐ姿に恨みがましい目を向ける。
遊びじゃなかったのか?容赦なく打ち込みやがって、と。
うまく避けなければとっくに失神していただろう。それ程苛烈に容赦なく剣戟を繰り出したのだ。
強さへの嫉妬、羨望が渦巻き怒りになる。そのまま強く踏み込み、一閃。
子どもの剣に阻まれ届かなかったが次を繰り出す。
(・・・・・・流れだ)
そう、流れを意識して攻撃しなくてはならない。
今まで単純な攻撃をするだけの魔物や魔獣を相手にしかしてなかった。
だから薪を割るような単純な攻撃しか出来ない。
それではこの子どもに一撃すら届かない。
どう打ち込んでも木剣は吸い込まれるように子どもの木剣に阻まれる。
上段も下段も横なぎも弾かれ無為になるが繰り返し打ち込んで隙を狙う。
右から打ち込み弾かれ、下段から切り上げるが、弾かれる。
上段から振り下ろして弾けれた瞬間に左腕を伸ばした。
子どもは驚いた顔をしてその拳を受け流し悪戯っぽく笑ったが気にせずにカークは次の攻撃に移る。
右手の木剣の柄を強く握りしめ、子どもの顔を目がけて殴り掛かった。
右手は子どもの顔を的確に殴り飛ばしたが直後の前蹴りにカークは突き飛ばされる。
足癖の悪い奴だと悪態をもらしたくなる。
子どもは僅かに赤くなっている殴られた左頬を撫でて酷く獰猛に美しく笑う。
「・・・ふは、あはは!あー・・・いいね。楽しいね」
「俺は楽しくない」
吐き捨てれば心外そうに子どもは目を見開くが気にしてられない。
結構力を込めて殴った。それこそ殴り倒す勢いで殴ったのだが結果は僅かに頬を染めた程度。逆に自分の右手は少し痛む。
明らかにおかしい。自分が弱いとか子どもが強いとか、そう言う以前の話だ。
(異能か・・・?)
あまりにも頑丈すぎるし、強すぎる。
速度をあげるような異能や頑丈になる異能を使っていてもおかしくない。
いやもしかしたらこれこそが“LV差”と言う奴なのか。
思案していると子どもは無邪気に笑って見せる。
「これから楽しもう、泥くん」
そう言って飛び掛かる子どもの動きが速すぎて追いつかない中でも敏感に風を感じてかろうじて弾き返す。
奇跡のような防御に周囲の冒険者たちから感嘆の声が上がるが、それすら煩わしい。
なにせ暴風のような子どもは止まらずに次の攻撃へ移っているのだ。
やはり身長差のせいもあるのか上段からの攻撃は少ないがその分下段の攻撃が苛烈だった。
右を防御すれば左から蹴りが飛ぶがそれの防御に足を使えばバランスを崩す為に突撃が襲いかかる。
突撃してくる切っ先を柄頭で寸での所ではじき返して蹴りを撃つ足を払いのけ、素早く距離をとって体勢を立て直す。
僅か数秒で息が切れ汗が止まらない。だがさっきまでの数分の一方的な試合ではなくなった。
これにはカーク自身も驚いている。何かが頭の中でかみ合ったような感覚で体が思うように動く。
この感覚を明日も覚えておこうと心に決めながら目の前の獰猛な子どもを見据えた。
メディは目の前の必死で息を継ぐ青年をじっくりと観察した。
前半戦とは違い、動きが格段に良くなっている。これはとてもいい傾向だ。
ヒトは環境で育つ。だがすぐ諦めてしまう者もいる。
諦めてしまったものを無数に見てきた身としてはすぐさま学ぶ姿勢のある存在は愛おしい。
雨のように無数の経験をしてもそれを受け止めるだけの受け皿がなければ無駄に終わってしまう。
バケツ一杯の経験で満足してしまっても、終わってしまう。
無数の経験を無限に欲する強欲で貪欲で罪深い者だけが強く強くなれる。
これは世界の理なのだ。
(しっかり貪れ)
メディは心の底から嗤った。
猛攻を必死ではじき返し、たまに来る蹴りを足で咄嗟に防ぎ、またコケるのを繰り返している内に自分の身体が軽くなっているのを感じる。
剣を振る速度が上がり足さばきもましになって来たように思えた。
だがそれでも目の前の子どもには遠く及ばない。
左に来ると分かって防御しようとしてもその速度に追いつけずに打ち込まれる。
少女は不意に歪み切った不安を煽るような笑みを浮かべると一瞬で無邪気な笑みを浮かべ直し、木剣を構えなおす。
「さてさて・・・・・・これを最後の一撃にしよう」
ごくりと生唾を飲み込んでカークは身構えた。
ロクなことにならないと本能が叫んでいた。背中を見せて真っ直ぐに逃げ出したい。
だがそれでも金貨2枚は惜しいのだ。滅多にないチャンスをつかんで滅多打ちにされているが、それでも惜しい。金貨2枚もあれば革の防具を買える!!
その気持ちが少女を真正面から睨める源泉だ。
少女は笑い笑い笑う。煌びやかな緑の目を貪欲に淀ませて獲物に食いつく獣のように駆けだす。
風と共に走るような速度。到底、目視は不可能だろう。しかし、カークは残像をしっかりと捉えて真上から振り下ろされる木剣を防ごうと剣を水平に掲げ、衝撃に備える。
たしかに少女の木剣は振り下ろされた。だが衝撃はいつまでたってもやってはこなかった。
「10分経ちました。試合終了です」
目の前には木剣を振り下ろした体勢で止まり、カークの顔を目を見開いて見る少女は静かに微笑み、こういった。
「この試合で君、何度死んだ?」
「は?」
言っている意味が分からない。この試合は木剣で行われた模擬だ。死にそうな目に合っても死にようがない。
質問の意図が分からず眉を顰めると少女は何処か冷たい目で此方を見た。
煌びやかな目がガラス玉のように冷たく透明だった。
「・・・・・・真剣なら?この試合が真剣で行われていたら?」
たらればの話は意味がない。それでも、答える。
「真剣であれば、数えきれないほどかな」
その答えに少女は頷くと木剣をさっきの不愛想な冒険者に渡して、代わりに差し出された金貨2枚を受け取る。仲間だったのか。
「君の命“は”無限だ。それは覚えておいて」
「ああ、分かっている説明された」
「・・・・・・分かった率直に言うよ。“命”は無限だが、精神や記憶といった物は有限なんだよ」
少女の言葉に一拍置いて冷や汗をかく。
そうだ、そうだ。武器や服だって再生しない。なら、見えないところでも。
「気軽に死ねると勘違いする泥がたまにいるがこう言う奴らは不死牢に連れていかれてしまう。君が狂わないことを祈っているよ」
何処か慈悲にも似た言葉を零すと少女は金貨2枚をカークの手に握らせると仲間を伴って訓練場を後にした。




