237:陽王
通された部屋は来賓室だった。
豪華な調度品の数々に目移りしているとメイドが話しかけてくる。
「何かお飲み物を」
カークが返事をしようとしたらオニキスが厳しい声を出す。
「そこまでの時間は滞在しません。必要ありません」
「はい。畏まりました」
お辞儀をしたメイドは静々と去っていき、カークはその背中を眺める。
どれくらい待たされるんだろうとソファに座るオニキスの後ろに立ち、装飾品を眺める作業に移った。
ただその作業はすぐ中断されることになった。
ばんと乱雑に扉が開かれ威風堂々とした若々しい黒髪、刻まれたしわの数が年齢を思わせる壮年の男性が現れたのだ。
力強い瞳でオニキスを見ると、顔をしかめる。
「どうして脱走など!」
「息苦しい王城で監禁されて過ごすつもりはありませんでした、陛下」
「花竜帝国の皇帝を唆したカラミティジェーンとまで言われたお前の母親を守ってのことだ!」
「外聞がそれほど大切なら放っておいてくれたらよかったでしょう」
「生意気な口を」
手を挙げた陽王とオニキスとの間に立った。
そのまま殴られたのはカークだった。
「平民風情が何の真似だ」
ぎろりと睨まれおーこわと内心思いつつ頭を下げる。
多分、手、痛いだろうな。
「今すぐ打ち首に」
「よろしいので?どうぞお好きに。そう癇癪を起こす短気を責められるだけだと思いますが」
陽王は酷く醜い顔を見せてカークを睨む。
「貴方がお呼びになったカークですよ。ご存じない」
「確かに呼んだが、それは貴様についているエレイジェを連れ戻すためだ」
オニキスは身じろぎしてクォーツがそれを制する。
オニキスは溜息を吐き告げる。
「今日はジャレイドさんが立太子するという話をもってきました」
「そんな話は受けられない」
陽王はぶすっとした顔を見せてソファに座る。
「もうエイブラン侯爵にもヴロンビナ公爵にもお話は通しました」
「なにっ」
流石にその2大巨頭を無視はできまい。
片や貴族派閥の発言権の高さを誇る貴族、片や王族派閥のトップ。無視などしたら外聞が悪いなんてものじゃない。
「今更私を立太子させるのは困難ですよ。もうあきらめてください」
そう言ってオニキスは立つと扉に向かう。
「ではもうお会いすることはないでしょう」
「まて!捕まえろ!」
扉から軍人が出てきてオニキスを取り押さえようとするがLV差が大きい。
ひょいひょいとオニキスは巨躯の軍人達を投げ飛ばし、扉から悠々と出ていったのでカーク達は慌てて出ていった。
「あんなに煽ったらあとで怖いだろう」
「外聞が第一の方なので、大それたことはできませんよ」
そのまま誰にも呼び止められることもなく王城から出て、東の大通りに向かう。
「とはいえ、1ヶ月は王都で過ごすほかないよな」
「ヴロンビナ公爵のお話もありますしね」
東の大通りのドングリが3つある看板の宿屋はすぐ見つかった。
というより大通りの好立地の場所の高級宿屋だった。
中に入りカウンターの女性が微笑んでこちらを見る。
「5名様のお泊りですか?」
「はい、とりあえず1ヶ月」
「かしこまりました。1名様1泊2金貨です」
「青貨でいいですか?」
「もちろん大丈夫です」
青貨3枚を取り出しカウンターに置く。
「確かに。こちらカギでございます」
「ありがとうございます」
「どうぞごゆっくり」
「ヴロンビナ公爵閣下に言わないとな」
ラウンジに向かうとそこにはソファで寝落ちしているホレイショと必死にルレアに話しかけているクローディアとそれを時折窘めるアストン、黙って聞くルレアの姿が見えた。
「お待たせ」
「は!?無事に帰って来たのか!?」
毒々しい顔でクローディアがそう言いその顔をルレアが一睨みし、ソファから立つ。
「よかったわ。もう戻ってこないかと思ってた」
「大丈夫、オニキスが強くて」
「で、どうだった?陛下はいいって?」
「ううんダメだって」
「ええ……」
「でももう断れないところまで来ているし、あとは待つだけ」
「確かに断れないわね」
「エイブラン侯爵がどう動くかが気になりますね」
とはいえ、どうにもできないのでそっとしておくほかないだろう。
「俺は冒険者ギルドに行こうかなって」
「いいわね。私も行こうかしら」
「ロージニアに戻らなくていいの?」
「あら、もう帰っていいの?」
「まあ、もうできることは俺たちもないしな」
「なら帰ろうかしら」
ホレイショを叩き起こしルレアは立った。
「いつでも呼び戻してくれていいから」
「うん。じゃあ、街道に行こうか」
歩いて街道まで出ると街道から外れて人目がつかないところに出る。
「【門の創造】」
薄っぺらで重厚な長方形の闇が浮かぶ。
向こう側に行くと、ロージニアまで歩いて30分くらいのところに出た。
ルレア達が来るとロージニアを見る。
「まあ、じゃあ、またね」
「うん。今回はありがとう」
クローディアにそう言うと顔をそらされる。
「ふん!」
「……うんまあ、またね」
そう言って握手を交わし去る。
王都側に戻り、魔法を解除し宿屋に戻った。
「お待たせ」
「おかえりなさい」
「冒険者ギルドに行こうか」
各々ソファを立つ。
「どんな迷宮があるかな」
わくわくとカークが先頭を切って歩くと冒険者ギルドの場所は通りの反対側にある。
冒険者ギルドに向かい、扉を開けると熱気が迎える。
こんな時間でも、かなりの人数がボードと向き合っていたり、相談していたりする。
黒い紙に白いインクのS級向け依頼を眺めつつ迷宮はないかときょろきょろする。
「〈遊覧〉の竜の鱗を20枚。鍛冶師ギルドだな」
この距離で読めるのか。凄いなと思いつつギルド職員のもとに向かう。
「この辺のS級向け迷宮を教えてもらえますか」
胸元のD級冒険者証を見られて微妙な顔をされつつ紹介される。
多分暇だったんだろう。
「〈展覧〉は一本道の迷宮で出てくる魔物がかなり強く、10階層目の最終層は地竜と飛竜の組み合わせです」
「ほうほう。トラップとか」
「ないですね。ただ、誘惑する宝石の魔物が多く、精神力が低いとそこで廃人になる可能性があります」
「こわ」
「〈遊覧〉は川を自動で動く船に乗って襲い掛かってくる魚系の魔物をいなしながら進む迷宮です」
「最終層は?」
「10階層目の最終層は浅瀬の川辺で足元が悪い中、地竜と戦闘です」
「戦闘系ばっかりだなあ」
「まあ、S級向けだとな」
「F級でもはいれる〈名探偵〉もありますけど」
「〈名探偵〉」
「計算とか文字の読み書き、状況証拠からの犯人……まあ魔物ですけど、捜しなどです。最終層はいまだ解決に至らず」
「うん?迷宮が発生してから何年ですか?」
「100年ほどです」
100年未解決の最終階層を踏破できるとは思えない。
「どうしようかな。〈展覧〉なんかいいかな?精神力も足りてると思うし」
「え。D級ですよね」
ギルド職員の言葉に苦笑いを見せて、場所を移る。
「〈展覧〉かな」
「まあ、大丈夫だろ。精神力強化の魔法とっておけよ」
クォーツに言われて能力表を出し、精神力強化の魔法をとる。
「よしとった」
「じゃあ、行くか」
ギルド職員の元に戻ってにこにこと話しかける。
「〈展覧〉の位置ってどこですか?」
「え。行くんですか?やめた方が」
「大丈夫です」
「西門からでて街道に沿って1時間ほど歩いたところです。小さな城みたいな外見の迷宮です」
「ありがとうございます」
ルリ達の元に戻り、頷く。
「じゃあヴロンビナ公爵閣下に宿屋を教えてから行こうか」