236:ヴロンビナ公爵
人目につかないところまで行き後ろを振り返る。
「ヴロンビナ公爵閣下はどこに住んでるの?」
「王都に行った方がいいと思います。公爵領は第2王子である娘婿が運営しているはずですし、ジャレイドさんも王都にいるはずですし」
「王都ってどの辺かな」
「ここからだと南東に250kmくらいかしら」
「【門の創造】」
薄っぺらで重厚な闇が出現し、それに一行は入る。
外に出ると街道沿いに出現した。
「うわっびっくりした」
そんなぴったりに出ることあるんだ。
街道をたどって横を見ると巨大な城壁と賑やかな街並みが見える。
「王都?」
「陽王国の王都ツァーニユレイカです」
「へー」
魔法を解除して街道に出るとまじまじと通り過ぎる人々に見られる。
この頭はどうやら王都でも目立つらしい。
街道を歩いて城壁に通りかかった所で軍人に呼び止められる。
「冒険者のカークさんですか」
「はい?」
うわ本当に目立つなこの頭。
確かに白黒頭で眼帯していれば目立つよなあ。
「はい、そうですが」
「王城に呼ばれていますよ」
「ええ……」
「ただし、ヴロンビナ公爵もお呼びです。どちらを優先するかは、カークさんのお好きに」
「ええ?」
焦った。どうしようと振り返る。
「どうする?ヴロンビナ公爵が呼んでるってことはある程度、何かの想像はしているよな」
「まあ、そうでしょうね」
ルレアの言葉にどうしたものかと考えて、やめた。
「ヴロンビナ公爵には会わないといけないしな」
「はい。呼んでいるというなら好都合です」
オニキスにそう言われて頷く。結局は避けられない。
「ヴロンビナ公爵閣下を優先で」
「はい」
そう言うとオニキスは大通りを歩く。
高級街を歩き、貴族街を歩く。
ひと際大きな屋敷の前で止まり、オニキスは緊張した面持ちになる。
「ここです」
立ち止まっていると中から執事が出てきて、オニキスの元にくるとお辞儀をした。
「エレイジェ殿下。お久しぶりです。皆さまもどうぞ中へ」
「は、はい」
恐る恐るとカーク達はオニキスを先頭に公爵邸に入っていく。
執事はそのまま来賓室に通すとお辞儀をして去っていった。
するとすぐに扉が開かれ輝かんばかりの美貌を持つ青年が現れ、誰も座っていないソファにその青年が座る。
「すぐにお祖父様もいらっしゃいます。エレイジェ殿下」
「ジャレイドさん。実は、今回はお話があってきました」
オニキスは対面に座り、そんなオニキスをジャレイドは制止する。
「まあまあ落ち着いて。鳴王国に居たと聞いたときは驚きましたよ」
「ええ、まあ、いろいろありまして」
ジャレイドの言葉通り、壮年の男性が部屋に入ってくる。
壮年とはいえ白髪の髪に白いひげ、その瞳には英知が宿り、屈強な肉体を持ち、弱弱しさはない。
「お待たせしました」
「ヴロンビナ公爵閣下、突然の訪問、誠に申し訳ございません」
一斉に頭を下げるとヴロンビナ公爵はオニキスに近づき、その肩を叩く。
「エレイジェ殿下、我が家は何も疚しいことなどございません。いつでもいらっしゃってくださってかまいませんとも」
「ありがとうござます。実は閣下とジャレイドさんにお願いが」
「はい」
ヴロンビナ公爵はソファに座り背筋を伸ばす。
「ジャレイドさんに立太子して頂きたい」
「それは、その、本当に?」
ジャレイドは嬉しそうだったがヴロンビナ公爵は難しい顔を見せる。
「その申し出は受けたいですが貴族派閥との確執が問題です。下手に動けばただこの子を殺すだけになる」
「実は、エイブラン侯爵の助力をお願いできました」
「本当に?どうやって」
「ちょっとずるをしました」
カークが悪い笑みを浮かべるとヴロンビナ公爵はカークを見て頷く。
「貴方がカーク殿かな?」
「はい」
「エレイジェ殿下を守ってくれてありがとう」
「いえ、仲間ですから」
「仲間、か」
ヴロンビナ公爵は目を閉じ苦い顔を見せる。
「エイブラン侯爵の助力があってもどこまで通じるやら」
「報酬の質を考えると相当頑張ると思いますよ」
オニキスがそう言うとヴロンビナ公爵は少し悩むように髭を撫でる。
「貴族派閥が協力し、王族派閥が後押しする。これが理想型ですけどどうでしょうか」
「そうですな。すぐにお返事ができません。そうなるとこちらも根回しが必要です」
「そうですよね。ただ、こちらも急いでいます」
オニキスの力強い言葉にヴロンビナ公爵は頷く。
「分かりました。1ヶ月以内にお返事ができるかと思います」
「……分かりました。失礼します」
「どこに滞在なさるおつもりですか?」
「きまり次第、ご連絡します」
「分かりました」
がっかりと肩を落としオニキスたちはヴロンビナ公爵邸から出る。
「1ヶ月ですか」
「まあ、領土内外の王家派閥の貴族に内示というか、まあ、パーティ―とかして顔つなぎしてパイプ作って強固にして――って考えるとそれくらいはかかるんじゃないかな」
「早い方だと思うわ」
「そう、そうですか」
オニキスはそれでも、焦っている様子で親指の爪を噛む。
珍しい仕草にやんわりと止める。
「焦っても仕方ない。王城に行くのはどうする?」
「一応行きましょうか」
「行って大丈夫かな?幽閉されない?」
「ルレアさんたちは危険ですから宿屋で待っていてください」
「そうね。じゃあ東の大通りの宿屋のうちドングリの実が3つある看板の宿屋に泊まるからそこで」
「はい」
貴族街で別れ、歩き出す。
沈黙が重い。
というかカークは足取りが重い。
王城に招かれているとはいえ、オニキスを見たら手放しがたくなるだろうやはり行かせるのは間違いでは?
うーんと悩んでいるとルリがそっと寄り添う。
「大丈夫ですよ」
「大丈夫かな」
「大丈夫です」
オニキスがこちらを心配そうに見上げるので苦笑した。
頭を撫でてよしよしする。
「こんな小さいのになあ」
「僕15歳ですってば」
「……もしかして本当?」
「竜人は成長が遅い。15歳程度じゃ人間の目からだと10歳前後に見えるのも当然だ。クェーゲルニルム様も50超えてらっしゃるぞ。ヴェノテシア様も220歳以上だしな」
「長命種怖い」
「エルデン・グライプに言われてもな」
恐る恐るとクォーツを振り返ってのけぞる。
「いくつなんだ?」
「俺か?22歳だが」
「ふ、普通」
そこまで外見と乖離した年齢には見えない。
「まあ、人それぞれなんだ。多分俺はこれ以上成長しない」
「ふーん」
クェルムも20代前半にしか見えなかったし、そんなものか。
そんなこんなを話していると王城の目の前まで来ていた。
「あーあー着いちゃったよ」
カークが肩を落とすとクォーツがばんと背中を叩く。
「オニキスが不安がるだろう」
「あ!ごめん」
「いえ、平気ですよ」
とはいえオニキスも緊張した面持ちだ。
オニキスは門番に話しかける。
「エレイジェが戻ったと話を通してもらえますか」
「は!殿下。お戻りいただきありがとうございます!」
門番は中に入り執事を連れてくる。
「殿下……よくぞお戻りに」
「……」
暗い顔でオニキスはうつむきつつ執事についていく。
一緒に入ろうとしたら門番にとめられる。
「殿下だけです」
肩を押されカークがたたらを踏んでいるとオニキスが振り返り戻ってくる。
「一緒じゃないなら戻りません」
「我儘をおっしゃらないでください。こんな冒険者風情に」
「僕も冒険者です!」
「何と野蛮な」
眉を顰める執事にオニキスは冒険者証を見せつける。
「野蛮で結構!」
そう言って踵を返すと執事が慌てて言葉を紡ぐ。
「分かりました、分かりました!一緒で結構です!」
ふんとオニキスが勢いよく鼻を鳴らす。
一行はそうして王城に足を踏み入れた。