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エルデン・グライプ~「不滅者」は混沌の世界を狂気と踊る~  作者: 津崎獅洸
第一部

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21:森は危険がいっぱい

作法など分からないので夕食を辞退しようとしたが、ゼトの強い勧めで結局その席に着くこととなった。

食堂は応接室と同じ様に素朴で実用性を求めたような作りだ。

その部屋の中で何とか失礼に当たらないよう必死に村で読んだマナーの本を思い出しながらデザートまで平らげて愛想笑いを浮かべる。

老いているとはいえ不敵で華やかな笑みを浮かべる屋敷の主エリスは当然、他の5人も礼儀作法を守って食事を楽しんでいたのがカークにとっては苦痛の種だった。誰かの失敗を願うなどゲスのすることだが、完璧にマナーを守れるものしかいない空間に放り込まれれば誰でも胃を痛めながらそう願う事だろう。

執事もメイドも折り目正しく動き、無駄な動作など一切しない。

カークは緊張感から吐き気を覚えながら食事をしたのだ。誰かに褒められてもおかしくないだろう。

とにかくそんな苦痛の時間から食後の時間に移った時、執事からコーヒーを受け取りそれを飲もうと手をかけた瞬間を待っていたかのようにエリスが声を出す。


「ところで、お2人は冒険者だと仰いましたね。どの様な冒険を?」


F級だぞ。そう思ってエリスの顔をまじまじと見た。

カークははっきりと言った。自分たちは駆け出しのF級だと。どう考えたら話すような冒険をしたと思うのだろうか?

しかし、考えなしに話しをするような人物には見えない。

執事やメイドたちは皆一様に教育が行き届いているし、こんな場所に屋敷を建て、地下などは凄まじかった。それ程のコネも資金もある。相当な名家の貴族だろうというのは明らかだ。こんな、危険な森の山奥に住んでいるのが異常なほど。そんな人物の機嫌は損ねたくない。最近、機嫌を取ってばかりだと心の中でため息を吐き、ルリが何も答えるつもりが無いのを横目で確認しつつ、カークは生唾を飲み込んで上座にいるエリスに向かって愛想笑いを浮かべた。


「本当に駆け出しのF級ですので、大したことはしていません」

「おや?そうですか。では、質問を変えましょう。最近倒した魔物や魔獣は?」


最近。一番最近はあの巨大な蜘蛛だ。


「此処に来る途中で出てきた巨大な蜘蛛をルリと一緒に倒しました」

「・・・・・・それ以外は?」

「ゴブリンやコボルトを相手にしていましたから、正直お話しできるようなことは何も」


それを聞いたエリスは紅茶を飲むヴェノテシアにトマトだと思って食べたらチョコレートケーキだったくらいの釈然としない顔を向けた。

そんな顔をされる謂れは無いとカークは憮然としながらコーヒーを飲む。非常に美味しい。

フルーティーな味わいと豆の苦みがカークの心を幾らか癒してくれる。

このコーヒーだけでもここに来たかいはあった。いや勿論、食事は美味しかった。しかし、極めて緊張感を持った食事だったために味などすでに覚えていない。なんちゃらのなんとかかんとかが出てきたときには耳を疑った。まるで何を言っているのか分からなかったのだ。

カークが食事の名前を思い出そうと無駄な努力を裂き始めたところでエリスは大袈裟に喉を鳴らして唾を飲み込むと覚悟を決めた狼の様に真剣にヴェノテシアに向き直る。


「よろしいのですか。このような・・・・・・」

「先も申し上げました通り、有用だと判断したまでです」


“有用だと判断した”とはカークもさっき聞いた。しかしながら、何を有用と判断したのかはカークも知らなかった。いや、ルリを指して有用だと言っているのなら納得する。

(優れた治癒士にして、戦士。いやあ、ルリと組めるなんて奇跡だよなあ)

そして、具体的に指示さないところを見ると、もしかして知られたくないのでは、と勘繰ってしまう。

何を知られたくないとか、それはカークの領分ではない。静かに黙って何も考えず作法を守って小さくなっているだけでいいのだ。それこそがカークに求められた“作法”だろう。ルリはどうだろうか。ちらりと見ても彼女は優雅に紅茶を飲んでいる。

(・・・・・・まあ、ルリには関係なのかな?自分の話は気になるもんじゃないのか)

頭から飛び出る丸みを帯びた愛らしいチンチラの耳もふかふかしていて猛烈に可愛らしい尻尾も何の反応も示さない。本気で興味が無いのだろう。まだゼトと3人で夕飯について話していた時の方が感情豊かだった。


「これは、失礼を」

「お気になさらないでください」


いや、俺は気にしてるけどな。と心で呟きながら様子をうかがう。

エリスは何処か諦めた風であるし、ヴェノテシアはどこ吹く風だ。

どういう事なんだろうなと呑気に考えている内に夕食は終わりを告げた。




18年ぶりのふかふかのベッドだ。カークはベッドを見て感動を覚えた。

今世にいたって、村では木枠に藁や干し草を詰めてその上に襤褸切れを乗せて冬は毛皮を被って寝ていた。街に行っては、金がなく安い宿しか泊まれないためにベッドというよりは板の上だった。

しかしながら、今、目の前にあるのは正真正銘のベッドだ。

ベッド自体は部屋の景観を損ねない装飾の少ない素朴で優しい作りではあったが、整えられたささくれの無い木枠にふかふかした分厚いマットレス。毛並みの揃った汚れひとつない清潔な毛布にシーツ。

個人で使うには十分な広さの部屋でカークは鼻の穴を十分にでかくして意気揚々とベッドに触れる。

適度な反発、さらさらなシーツ。


「ああ、来てよかった」


ちなみにカークが今着ているのは執事から渡された上質な服だった。

多分、埃っぽい服でうろついてほしくなかったんだろう。それに関しては何も言えない。

カークはそのベッドに横たわって存分に睡眠を味わった。




朝になり支度を整える。朝食は昨日の夕食程苦痛ではなかったがそれでも気を使ったので、気疲れを感じながら荷物を確認した。

忘れ物がない事を確認すると、ふかふかのベッドに別れを告げて扉を開ける。

だが、正直よく眠れなかった。緊張もあったが、もう上等なふかふかのベッドで眠る事が難しい程に硬い寝床に慣れ切っていたのだ。

悲しみのあまり、カークは項垂れながら階段を上る。地上階のエントランスに出ると4人は既に集まっていて何か相談しているようだ。


「どうかしましたか」


カークの言葉にルリが真っ先に振り返り、頷く。


「ただの雑談です、カーク」

「そ、そうか」


何処か困ったような顔をするゼトに幾らかの罪悪感を覚えながらもカークはその輪に交じる。


「ヴェノテシア様は」

「エリス様と相談がある様です。少々時間がかかるでしょう」


ゼトの言葉に頷きその場で待っていると数分でヴェノテシアはエリスと共に現れた。


「それでは、お世話になりました」


会釈をするヴェノテシアに合わせて5人は頭を下げる。

頭をあげるころにはエリスは微笑みを浮かべて言う。


「また是非、いらしてください。いつでも歓迎させていただきます」

「ええ、また寄らせていただきます。エリス様」


挨拶もそこそこに別れを告げると一行は森に踏み出す。

行きと同じ様に道なき道を進む。

いや、行きに倒した草木の痕を進むことで幾らかは道があるのでましだったかもしれない。

順調に進むこと2時間ほどか。その時、先頭を歩くノアがぴたりと止まる。

周囲には何もない。鬱蒼と茂る森が続くだけだが、ノアは剣を抜き息を殺したようだった。

カークはその動作でやっと異常に気づく。ピリピリとした空気が漂う中でカークも剣を抜き、鞘走る音が続く。


「誰だ」


ノアの敵意のある誰何の声に答える代わりに何者かが剣を片手に襲いかかってくる。

剣を受け止めたノア。対して憎々し気に顔を歪めるのは犬の顔のコボルトだった。

しかし、ただのコボルトではない。ハイ・コボルト。コボルトが人間の子ども程の体躯に対して、ハイ・コボルトは成人した人間ほどの体躯を持つ魔物だ。

魔物であるはずの彼らは黒い衣服に身を包み、鈍色の剣を振る。ただの魔物ではない。異常であるとカークですら分かる状況で動揺するものはいなかった。


「カークさん危険ですからヴェノテシア様と一緒にいてください」


ゼトの言葉に一も二もなく頷くと後退する。実力の無さに嫌気がさすがカークがいても出来ることは無いことはあの一合でよく分かった。ルリはどうだろうか。ルリを見ると平然と槍を構えている。

相変わらずだなと口に出さず呟く。

ノアから距離をとったハイ・コボルトは木々の合間に隠れた。


「ああ、まあ、森だしな。めんどくせーな」


本音をためらわず漏らすノアの次の行動はカークにとって恐怖と驚きを提供した。


「ほらよ!」


ひゅっと音がすると次の瞬間には前方5メートルにある木々が倒れる。何が起こったのか理解できずにカークは混乱の中でつばを飲み込む。

木を斬り倒したのは分かるが、ノアの剣はそんな長さはない。

何の技能か魔法が手伝いこの非常識な事態になったのか、知識の無いカークには分からない。

分からなくてもハイ・コボルトは唸り声を上げながらかがめた身を起こすのが離れていても分かった。


「今なら見逃してやるぞ」


ノアの言葉に唸り声を返すとハイ・コボルトは疾駆する。

ギリギリカークが目で追えるほどの速さで飛び込んできたハイ・コボルトの剣を難なくノアは受けると剣をもう一本抜き、それで切り裂いた。

切り裂かれ内臓をこぼしたハイ・コボルトは倒れ伏すとあっけなく、絶命した。

剣の切れ味に瞠目しているとノアはばつが悪そうに振り返り、どこか不機嫌そうなヴェノテシアの顔を窺う。


「ついうっかり」

「・・・・・・先に進むぞ」


ヴェノテシアはやはり不機嫌にそう言ってノアを促した。




ロージニアの街に着いたのは夕方ごろだ。

カークはぼんやりとゼトとヴェノテシアのやり取りをみる。


「・・・・・・やはり、その」

「賛成できない」


その言葉に一瞬眉を顰めたゼトはそれでも顔をとりつくろって頭を振る。


「分かりました」


そう言ってカークとルリに近づくと微笑んだ。


「お疲れ様でした。依頼料はギルドで受け取ってください」

「はい。ありがとうございました。また機会があればよろしくお願いします」

「ええ、勿論よろしくお願いします」


そうれではといって別れるとカークは真っ直ぐにギルドに向かう。


「今回はルリのおかげでいい仕事が出来た。まあ、俺は何もしてないけど」

思い返してもカークは何もしてない。行きも帰りもほとんどノアの活躍だったし、護衛という名目で付いて行ったのにもかかわらず不甲斐ない結果だ。

当初の予定通りカークはほとんどゼトのおしゃべり要因だった。陽王国の事や森の薬草などよべつまくなし聞いてくるので答えたが調べれば分かる様な事ばかりだったので、カークはやはり不安を抱いていた。


「そうですか。お役に立てて光栄です」


何処か得意げにルリがそう言うのでカークは思わず笑った。



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