227:疲労困憊
シャワーを浴び、髪を乾かし、綺麗な三つ編みに編み、服を着替えて本を読んだ。
30分ほど本を読んでいるとノックがされる。
「カーク様、お加減はよろしいでしょうか」
「はい」
うじうじ悩むのはやめだ。
命を奪ったのならその命を背負う覚悟が必要だ。結局カークはいつも中途半端で、覚悟が決まっていなかった。
だから、悩むのはやめだ。
本当につらくなったら不死牢に行けばいい。
それは今じゃない。
だからノックされた扉を開けて、メイドに微笑みかけた。
「ご心配をおかけしました」
「いえ、戦場に向かった軍人でもそうなることがよくあります。ですから、その、お気になさらず」
それではと朝食の場に向かう。
食堂を開けて入ると、ジェラルドが嬉しそうな顔をして近づいてくる。
「よかった。大丈夫?」
「はい。大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
「迷惑というなら、冒険者の君に一般人を殺させた僕も悪い。公式な場では謝れないけど個人的には謝れる。だから、ごめんね」
「いえ、自分で戦場行きを選びました。覚悟が足りなかったんです。ですから、謝らないでください」
「君がそう言うなら」
ジェラルドはそう言って頭を下げて、テーブルをぐるりと回り、窓側の椅子に座る。
扉側の椅子にカークは座り、他の皆を待つ。
ルリがすぐに入ってきて、カークが座っていることに気付くと近づいてきて、手を握ってくれた。
「今日は大丈夫なんですか?無理してませんか?」
「もう大丈夫だよ。ありがとう。錬金薬もいっぱい持ってきてくれたのにお礼を言えてなかったから、本当にありがとう」
「いいんです。カークが元気ならそれで」
ルリは微笑んで隣に座る。
次にオニキスがやってきてカークを見るや否や嬉しそうに挨拶をした。
「おはようございます!カーク!」
「おはよう、オニキス」
嬉しそうにカークの反対隣に座り、シンジュがやってくる。
「シンジュ。ずっといてくれてありがとう」
「かまわん」
シンジュはちょっと笑って、ルリの隣に座る。
最後にクォーツが通されカークが座っているのを見ると肩を叩いた。
「無理してないか」
「もう大丈夫。心配かけたな」
「軍人だった時お前みたいなやつは結構いた。軍人ですら、そうなるんだ。ただの冒険者のお前ならああなってもしょうがない。むしろずいぶん早く、持ち直した方だ」
「ハデス閣下が、お話をしてくれた」
「そうか」
「軍神ですら、悩むことがあると」
「そうなんだな」
「俺はここで止まりたくない。止まるのが怖い。だから進もうと思う」
クォーツはカークの背中を叩き、オニキスの隣に座った。
「じゃあ、朝ごはんね!」
ジェラルドは満面の笑みを執事に向けた。
運ばれてきたのはオムレツとスープ。
それを食べながらジェラルドは話始める。
「雲建の鱗、発注入ったよ」
「薙王国からですか?」
「そう。戦車の改造に使うのと新しい乗り物に試すようにって」
「何枚くらいですか100枚とか?」
「1000枚」
「え」
「1000枚」
「お、多くないですか」
「錬金鍛冶するにも元の数がないとね」
「す、数日かかります」
「専用のポーチを持ってきたから、それ持ってって。お金はもう受け取っているから、ポーチに1000枚入れたら持ってきて。交換ね」
執事が白いポーチを持ってきてカークに渡す。
「あ、はい」
「分かれて狩るか」
「2手に分かれる?」
「全員一人で狩れるだろう」
「え、大丈夫か」
「僕は狩れます!大丈夫です!」
「私も構わない」
「私も狩れます」
「オニキスは心配だな魔法が通じなかっただろう?」
カークの言葉にオニキスは首を振る。
「他の魔法で倒します。得意なのが植物系だというだけで地属性なら魔法は放てますから」
「そうか?無理だと思ったら帰るんだぞ」
「はい!」
ひき肉の入ったオムレツとスープを食べ終えて、ジェラルドに挨拶をしてから城壁の外に出る。
「ポーチは俺が持っていていいか?」
「そうしたほうがいいかと思います」
じゃあと、ポーチにしまう。
雲建の鱗を手に入れる度重なる、皮と角。牙はもう抜くのが面倒になった。
1周で40枚回収できて、走れば最速で1周1時間40分。倒すのには1分未満で回収に30分。つまり1周2時間10分。
疲労度を考えれば無理をしない範囲で5周が限界。一日に稼げるのは200枚。
夕日を見ながら疲労困憊で雪原の隅でうずくまる。
「つ、疲れた」
「……お疲れ様です」
「あ、ルリ」
ルリは疲れきった顔でそれでも微笑んだ。
「私はもう帰ろうと思います」
「俺も帰るよ。何枚取れた?」
「私は雲建を狩るのに時間がかかってしまって、全部で100枚です」
「そうか。頑張ったな。オニキスは先に帰ったかな?」
「あ、来ましたよ」
オニキスも疲れ切った顔を見せてとぼとぼ歩いていたがカークとルリを見ると満面の笑みを浮かべた。
「大丈夫か?けがは?」
「大丈夫です!」
オニキスは鱗をポーチから出して見せてくる。
「取れました!」
「そうか」
よしよしと頭を撫でて心配をかき消す。
「僕は今日全部で50枚取れました!」
「よく頑張ったな」
頭を撫でて歩き始める。
「走って帰るか」
「はい」
「はい!」
走って帰って城壁に行くと部屋に通され禁闕に行く。
クォーツの部屋に向かい、扉を叩く。
中から返答があり、疲れ切った顔のクォーツが出てきた。
「ああ、ほら100枚だ」
「ありがとう」
ひょいひょいと白いポーチに鱗をしまっていく。
「疲れた。2手にしよう」
「そりゃ疲れるよ。そうしたほうがいい。俺は一人でも大丈夫だから」
「本当か?」
「ああ、今日だけで200枚とってこれた」
「そうか。ルリは?」
「100枚」
「オニキスは?」
「50枚」
「シンジュは?」
「まだ聞いてない」
「一緒に行く」
「そうか」
そうして4人連れ立ってシンジュの部屋をノックする。
扉は無言で開き、シンジュは涼しい顔で立っていた。
「お帰り」
「ただいま、シンジュ」
「鱗は120枚だ」
「ありがとう」
「貴公のためだ」
「本当に助かるよ」
「これで570枚か。明日には集まるか。明日もバラバラに狩るか」
クォーツの言葉にオニキスはちょっと疲れた顔をした。
「数日かかるって話したし無理する必要はないよ。ゆっくり狩ろう」
「そうは言うが」
「慌てないほうがいい」
「分かった。ゆっくり狩ろう」
シンジュは涼しい顔で頷き、オニキスはちょっと嬉しそうにして、ルリは淡々と頷く。
クォーツは疲れたように微笑んで、部屋に戻っていった。
夕食まではまだ時間がある。
部屋で本でも読もう。
「じゃあ、夕食に」
「はい」




