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エルデン・グライプ~「不滅者」は混沌の世界を狂気と踊る~  作者: 津崎獅洸
第一部

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22/272

20:旅は道づれだし

ギルドで手続きをして施設の外で待っていると4人の男が現れた。


「あ?見た顔だな」


開口一番そう言われて確かにとカークは頷く。

忘れもしない緑の髪の双子はそろってこちらを見ている。

見たこともない仏頂面の怖い美丈夫もこちらを見ている。

双子は革の胸当てを付けマントを羽織り、以前見た細い棒を腰の後ろで交差させて下げているし、多分あれは武器なんだろう。

貴族風の怖い美丈夫も上等そうなマントを羽織り細身の普通の剣を()いている。

ゼトもまた昨日は佩いていなかった刀を佩いていた。

何せ全員の革の防具やマントはいかにも高級品で、それが4人ともなると壮観である。

麻のシャツにパンツのカークは微妙な居心地の悪さを感じつつも挨拶をする。


「おはようございます。ゼトさんのご依頼で伺いました、カークとルリです」


こちらがそろって頭を下げると4人の集団の中で最も友好的な笑みを浮かべた青年ゼトが挨拶に前に出てくる。


「おはようございます、ルリさんカークさん。こちらの紹介をさせていただきますね。まずは僕がゼト」


明らかに貴族の長い黒髪を流す美丈夫を手で示す。

190cmを超えているであろう大柄な体躯からの威圧感にカークは顔を引くつかせる。


「こちらが我々の主のヴェノテシア様」

「・・・・・・・・・・・・」


赤い瞳を細め、不満気な顔のヴェノテシアを無視して次に緑髪の双子に手を向ける。


「こちらの双子は護衛でひとつ結びがノア。ふたつ結びがレラです」

「どーも」

「よろしく」

「皆さま、よろしくお願いします」


カークがひとつ頭を下げるとめいめい会釈をする。

全員瞳が赤いのはどうしてなのか長髪が流行っているのか問いたい気持ちがあったが、それをぐっと抑え込み、カークはゼトを覗った。


「揃ったので行きましょうか」


にこりと笑い彼はヴェノテシアを振り返ると恭しく頭を下げて胸に手を当てる。


「ヴェノテシア様。用意が整いましたので出発いたします。よろしいでしょうか」


苦悶に満ちた顔を見せたヴェノテシアはそれに頷いて答える。

ゼトの前にノアが進み出て先頭になった。


「旅の準備は済んでるな?じゃ、こっからは俺が先頭。ついてこーい」





最初の敵に出会ったのは森に入ってから20分ほどしてからだった。

鬱蒼とした森の中どうやって目的地を目指しているのか目印でも見えてるのかと思える迷いのない足取りで森を進んでいるとコボルトが5体現れた。カークは剣を抜き、ルリは槍を取り出す。

しかし、それを横目にノアが固まって獲物を狙って動かないコボルトに一閃した。

腰から抜かれた細い棒は踊るように操られ、優雅さすらある動きでコボルト5体の首をすべて刈り取る。ただの棒だと思っていたカークは驚いて目を凝らした。

棒は、ただの棒ではなく、剣だったのだ。仄かに緑に色付く白い刀身は極めて薄く鋭く細い。

そんな武器もあるのかと目を白黒させながら剣を仕舞った。


「凄い剣ですね」


思わずそう言うと、4人の目が集中した。何かおかしなことを言っただろうか。


「見る目があるな。俺たち用の特別製なんだよ」


得意げにノアが満面の笑みを浮かべ剣を仕舞う。

レラが最後尾で僅かに顔を顰めたが、ノアは気にした風もなく話した。


「花竜帝国にはいろんな花や木がある。その中でも・・・・・・超!超!超!ちょーう!希少な木の葉で作られたのがこの剣だ!かのオリハルコンよりも硬く鋼鉄すら切り裂き、花弁のように軽い!魔法加工で造られ、【頑強】の魔法までかかった、最高の一品!!それがこの剣だ!」

「おおー」


よく分からないなりに感嘆の声をカークがあげるとノアはふんぞり返って鼻たかだかとばかりに胸を逸らして顔を空に向ける。

まあ、兎に角凄い剣である事には違いないし、それを扱える彼の腕も一流なんだろう。

いくらくらいなんだろうかと益体もない事を思う。


「さっさと進め、ノア」

「うるせぇな、分かってるって」

レラの言葉にぶつくさと文句を言いつつも森を雑草や低木を踏み倒しながら先を目指す。

「・・・・・・まさか全員そんな凄い剣・・・・・・なんですか?」


苦笑したのはノアの後ろを歩くゼトだ。彼は振り返って答える。


「いいえ、2人だけです。本当に希少な素材なので」


ほっとしたような、そんな凄い剣が勢ぞろいした所を見たかったという気持ちが合わさって愛想笑いが零れる。

もし、カークがその凄い剣を振るえるとしたらどうだろうかと想像する。

直ぐにカークは顔を歪めて頭を振った。

どう想像してもすっぽ抜けて失くすイメージしか湧かない。

貧相な想像力を悲しみながらも歩を進める。

木々を縫い、草木をかき分け進むのだが本当にどうして迷いなく進めるのか全く分からなかった。




数時間歩き通しでカークが疲れて息が上がった頃、ようやくというべきか昼休憩と相成った。

休憩地点に選んだ少し広い空間は大きな木が切られ草木も刈られていた。もう結構な奥地であり、誰がこんな場所で休憩でもしたのか見当もつかなかった。だが、助かったのは事実だ。

各々適当な丸太を椅子にして休憩を始めた。

ルリは昨日買ったばかりのウエストポーチから堅パンと干し肉を取り出す。カークもまた、同じように取り出した。

4人もマントに手を入れると堅パンと干し肉と同じものを取り出す。貴族みたいな人でも同じものを食べるんだなあと思いながらカークは干し肉を齧る。

全員がもくもくと食事をとり、それが終わると革袋の水筒に口を付けた。


「旅慣れしているんですね」


カークがそう言うと、反応したのはゼトだった。


「ここひと月ほど旅をしているので、そのせいですね」

「へぇ、そうなんですか」

「そうだ、カークさんの話を聞かせてください。どこの出身なんですか?」


突然の質問にカークはまごまごと口を動かして答えた。


「カサヤという村です。ロージニアから少し離れたところにある寒村です」

「そこでは何を?」

「農民なので、基本的には農作業です。ただ、俺は狩人の真似事やゴブリンなんかの魔物が森から出てきたときに退治もしてました」

「森ですか」


曖昧な顔をしたゼトに慌てて付け加える。


「ええ、森が近かったんです。ロージニアの北西に広がる森がありますよね?そのずっと向こうにカサヤ村があるんです」

「・・・・・・あの森は本当に広大なんですね」


その言葉にカークはおや?と思う。

あの大森林が広大なのは周知の事実だ。陽王国の住人であればよほど小さい村の農民でもない限り知っている。

俊峰連なるノホルグラ大山脈の麓から広がる広大なホニエ大森林いや、樹海というほうが正しいかもしれない。この大森林は莫大な資源を抱えている。

陽王国にとっては財源と言い換えてもいいだろう。それだけ大切な物なのだ。

それを知らない、というのは少しばかり不自然だった。


「珍しいですね、大森林が広大だと知らないなんて」


カークは気軽にそう言って水筒から水を煽った。瞬間、全員の目が――ルリは食事に夢中だった――こちらに向く。ゼトの顔色がいくらか悪かった。

それには気付かずに水を飲み込み、続ける。


「王都からいらしたんですか?」


遠い所からすごいなあ、なんていうと双子と怖い美丈夫の顔は真正面に戻った。

ゼトは安堵するように息を吐き答える。


「ええ、ええ。遠い所から、来たんです」


そうか、王都から来たなら知らないかもしれないなと呑気に考えて頷く。

王都以北は大森林からかなり離れているし、市民であれば大森林にわざわざ近づくこともない。

知識が無くても不自然ではないだろう。

少し声を押さえて話した。


「ははあ・・・・・・大変ですね。遠くから護衛だなんて」

「・・・・・・どうでしょうか。でも、やらねばならない事なので」

思いつめたようなけど、温度の低い声にカークは僅かに違和感を覚えたがカークは気にしなかった。

「・・・・・・そろそろ先に進むぞ」


ノアの声に慌てて立ち上がる。

昼食をとって10分後の戦いにも関わらず涼しい顔で数匹の魔物を倒して剣払うノアを横目に窺った。巨大な蜘蛛はそうして息絶え、足を丸めた。

カークはルリと協力して倒した蜘蛛から剣を引き抜き、付いた体液をポーチから取り出した布で拭う。

ルリにも渡そうとして不意に目に付いたものがあった。

地面の草むらの木の根元のそこに黒い布のようなものが。

カークはルリに布を渡してそれを見に行った。僅か数歩。あと一歩という所で、レラが鬼の形相でカークの肩を掴み止める。


「やめろ」

「え?」


厳しい声に構わずカークは間の抜けた声を出した。

溜息をついたレラは棒いや剣を鞘ごと抜いて地面に落ちている布を突く。

何も起きない。カークは訝しんでレラを見たが、彼は気にした風もなく首を振る。

カークを無視して振り返るとヴェノテシアに耳打ちをした。


「・・・・・・間違いないか?」

「はい」

「手がかりがあるかもしれん」

「分かりました」


短い言葉でやり取りをすると黒い布のあるあたりにレラは入っていった。


「何かの罠ですか?」


思わず聞いた言葉に答えたのは不機嫌を極めた後に苦虫を喰わされたような顔の男ではなく、気楽なノアだった。


「かもな。おい、2人ともこっちにこい」


そう言われて行くとノアは極めてあくどい顔で此方を見ている。


「この先にいるお方はなあ、悪戯好きなんだ。きっとそこら中に罠が仕掛けてあるぞ」

「何ですか?それ・・・・・・本当に?」


不安になってそう聞くと、にやりとノアは笑う。それを呆れたようにゼトが見た。


「ああ、ああ、本当さ。小さい頃、よくやられた」

「・・・・・・・・・・・・それは、ノアさんが悪い事をしたとかではなく?」

「失礼な奴だな。俺は品行方正だと評判の善良な子供だった」


不満気に、彼はそう言うがカークには信じられなかった。

それを嗅ぎつけたのかノアはなおも言い募る。


「その証拠に今だって眉目秀麗で品行方正な好青年だろ」

「・・・・・・」


それでも胡乱気な目を向けるとノアは諦めたのか両手を上げて降参したかのようにしながらも口を尖らせて不満顔をして見せた。ルリは興味がないのか話を聞いているかも怪しい。


「・・・・・・3体です。もう少し調べますか」


レラの声にカークは振り返った。

何事かをまた耳打ちして、ヴェノテシアは首を振った。


「・・・・・・いや、必要ない。先に進むぞ」

そう言ってヴェノテシアが顎をしゃくるとノアが一つ手をあげる。

「じゃ、行こうか」




その広場に屋敷は本当にあった。

カークはその素朴な木でできた屋敷を見上げて思う。本当に屋敷があるとは思わなかったのだ。

なにせ危険な森の中でしかも奥地。国境も近く、魔物に魔獣に野生生物と当然危険が多いのになぜここに住もうと思ったのかカークには理解できなかった。

ノアが扉の前に行き数度ノックすると、直ぐに人がやって来た。

出てきたのは品の良い老執事だ。

場違いなほどに整った服装にカークは目を白黒させた。


「エリス・ケネロニーニャ・クェセ・ノイバシッセ様は御在宅でしょうか」

「はい。主人はおります」


そう区切って老執事は一行を見渡した。そして、大男、ヴェノテシアにその視線が固定されると深くお辞儀をする。


「アゼランサス様。ようこそおいで下さいました」

「久しいな。エリスを呼んでくれるか」

「直ぐに伝えてまいります」


それから老執事はノアと何か話をして頷くと一行を中へ招く。

内装は街で言えば商人が住んでいそうな清潔感があって広々とした木の香りがする広間だ。

通された応接室は簡素で実用を重視したような作りで、飾られているのは鳥の羽で出来た工芸品や魔獣の毛皮、それと、魔物の角などがある。

それらハンティングトロフィーを見渡しながらカークたちは待った。いや、物珍し気にハンティングトロフィーを眺めていたのはカークだけだったし、ルリに至ってはカークの隣で背筋を伸ばして突っ立ってる。

ソファはテーブルを挟んで2つしかないために貴人を差し置いて座れず、かと言って同席する事も出来ないために、ひとりソファに座ったヴェノテシアはそれらに一切の興味を払わずにメイドが運んでい来た紅茶に口を付ける。


「・・・・・・ああ、いい茶葉だ」


カークはぎょっとした。あの大男が、苦虫を大量に噛み潰した後にレモンを4個は食ったかのような顔をいつもしていたあの男が喜色を浮かべるとは思わなかったのだ。


「それはようございました。主人も喜びます」


老執事の言葉にヴェノテシアは肩を竦める。

数分で件の主人は現れた。数度のノック。返事も待たずに扉を開けたのは悪戯っぽい微笑を湛えた獣人の女である。

皴の刻まれた褐色の顔は衰えを感じさせるがその瞳にはエネルギーが詰まっていた。

あれはなにかへの渇望にも見える。それは尊く、即物的で、邪悪にも見えるが少なくとも純粋だ。


「ヴェノテシア様!ようこそいらっしゃいました。他の皆さまもご苦労様です」


立ち上がったヴェノテシアは一礼する。


「エリス様。突然の訪問をお許しください」

「いいえ。貴方様の為でしたらいつでも我が家の門は開いております」


それにと彼女は双子を見て笑う。


「久しぶりですね。ノアロデヌネ、レライデヌエ。貴方たちもいつでもきて構わないのですよ」

「・・・・・・随分お久しぶりです、エリス様」

「お久しぶりです、エリス様」


カークは見逃さなかった。一瞬2人が見せた渋く苦悶に満ちた表情を。

完全に何か嫌な思い出がある顔だ。じゃあ、さっきノアが言っていたのは本当だったのか。

上品そうに見えるのに結構えげつないのかもしれないとカークは身構えた。

いや、よく考えたらカークとルリは部外者だ。知り合いでもなんでもない。

興味はこっちに移らないだろうと高をくくって安堵したのも束の間、エリスは鋭さを持ってこちらを見た。


「そちらの3人は知らない方ですね」

「僕はヴェノテシア様の部下ですが、こちらの2人は冒険者です」


ゼトはそう言うと微笑んだ。あ、これは売られたかなとカークが思うと同時に彼女は微笑みかける。女神の微笑というよりは、鬼の慈悲に近い僅かに獰猛さを感じる笑みだ。


「冒険者ですか。級は?」


その質問に恥じ入りながらカークは答えた。


「駆け出しのF級です」

「私もF級です」


エリスは訝しんだようにヴェノテシアを見上げる。


「何故?」


確かに不相応な人選だとカークも思うが目の前でそう言われると憮然とする。


「・・・・・・有用だと判断しました。それだけです」

「そう、そうですか。閣下がそう判断なさったのなら・・・・・・差し出がましいことを申し上げました」

「気にしていません」

俺は気にしているけどな、という心の声を聞いたのかヴェノテシアは振り返り5人を見ると口を開く。

「2人で話したい」

「・・・・・・ダリル、お客様を部屋にご案内して」


反応したのはドアの横に立っていた年若い獣人の男だ。


「は!皆様此方でございます」




連れていかれた者の背を見送り、扉の閉まる音がして2分はしてから二人は肩の力を抜いた。


「座って話をしよう、エリス」

「はい、お祖父様。ルパート、お茶のセットをお願いできるかしら」

「すぐに」


老執事が動くのを横目にソファに座ると彼女は疲れたように笑った。


「ここまで来るのにご苦労をおかけしました」

「必要なことだ」


ヴェノテシアは息を大きく吸って、ため息を吐き、首を振った。

茶の準備を終えた老執事ルパートは扉の前に向かうとそこで待機する。


「先に伝えておこう。皇帝陛下が4か月前に薨去(こうきょ)された」


その言葉を聞いてエリスは息を詰めた。手を震えさせて平静を保とうと胸に手を当てる。


「な、なぜ・・・・・・!新皇帝が立たれてほんの10年でございます!何があったのですか!?」


そうだ、早すぎる。ヴェノテシアは顔を伏せた。

人間からすれば10年というのは十分な年月だろう。しかし、花竜帝国の貴族たちに置いてその常識は通用しない。“古竜”花竜の血を引く者、貴族たちは基本的に300年近く生きるのだ。特に赤目の貴族は特別長生きで、将軍にはこの赤目も多く在籍する。

“先帝”が即位して僅か10年で崩御。花竜帝国に置いて由々しき事態である。

何故か?先々帝が国をほぼ滅茶苦茶にしたせいだ。西方への進軍に腐心し軍拡を続け、祖先たる花竜すら冒涜した。政治機関は在位60年中に緩やかに腐敗し、緩慢な死を迎え、その上で先々帝はなおも軍拡を止めなかった。心あるものは誰もが、そう、自分ですら諌言した。それでも止められず、先々帝が病に倒れた時には思わず希望の念を抱いたほどだ。

――これで次帝に国が、と

そんな風に滅茶苦茶になった国の地盤は固まらず、各省庁へのパイプも構築中。不完全で不満もたまっている。貴族院のおかげで持ちこたえてはいるが、それもどれが味方か分からずに怪しいのが現状だ。

正直言ってヴェノテシアは不安定な花竜帝国から出るべきではない。いや、帝都からも出るべきではなかった。

しかし――

唾を飲み込みヴェノテシアは嘆息する。


「詳細は言えぬ」


エリスはひゅっと息を詰める。恐ろしい想像をしたためだ。


「・・・・・・まさか、枯死ですか」

「違う。それは言える」


枯死。花竜帝国の貴族のそれも赤目が疾患する特有の病の末路だ。

そもそも、赤目は花竜の加護を得た証拠たる“守護花”を持つ、という花竜帝国に置いて特別な証明だ。花竜の加護を受ける故に身体能力が高く、寿命が長い。

だが、稀に“守護花”が病む事がある。“守護花”が病めばその者の命は危うい。

“守護花”はその者の心臓と言って過言ではないのだ。それが病めば誰でも命が危ういだろう。

“守護花”が病むと宿主の命を吸い上げて、少しずつ一輪の“守護花”に相当する花が咲かせる。そして、満開になると宿主は眠るように死んでしまう。

かつての友を思い瞼を固く閉じて、首を振った。


「・・・・・・ただ、詳細は言えぬのだ。許せ」

「いえ、こちらこそ取り乱して申し訳ございません。しかし、そのような大事を私は初めて聞きました。何が起こっているのですか」


思わず神経質に整えられた髭をひと撫でして窓に目をやった。

緑の迷宮を見ながら答える。


「陛下が何をお考えなのか・・・・・・私も分からぬ。だがあと2か月もすれば正式な発表があるだろう」


そう。ヴェノテシア自身、何が起こっているのか分からずに帝都を出てきた。

先帝崩御から1か月間喪に服し、新しい皇帝が立った。先帝の弟だ。

新皇帝はさらに1か月間引きこもったかと思えば、酷く取り乱し、帝都から突如脱した将軍の1人アーヴェルニアを本家ごと非難した。その上で逃走した将軍の貴族としての権利さえ剥奪したのだ。余りにも苛烈な行動だ。これを諫めるためにヴェノテシアは上申しようとしたがそこで皇位継承者たるゼトに付いてくるよう命じられ今に至る。

危険な行為だ。しかし、皇位継承権を持つ存在をみすみす放り出し傷つけるような真似が出来ようか。国への忠誠心から決してそれは出来ない。結果として危険な行動になってしまったが、自分がいればまだ何とかなるのだ。そう、まだ何とか。

ただ、皇帝はまるで人が変わった様に遮二無二何かを探してる。

探し物のひとつは分かる。理由も。だが、もうひとつが見当もつかないのに、随分な熱の入れようで国を傾けかねないほどだった。今はもっと酷いかもしれない。事によっては、自分がいても危ういだろう。

物憂う横顔を見て、エリスは目を伏せてから口を遠慮がちに開いた。


「ハノリアト円王国も動いております」

「来る途中に見かけた。衣服から推察するに、奴らの飼っている餓獣隊。ただどれも殺されていた」


それを聞いてエリスは皴の寄った顔に奇妙な表情を浮かべた。

言うべきか言わざるべきか。それを悩んでいるような奇妙な顔。


「・・・・・・誰か将軍がこちらに向かったということはありませんか」


このタイミングで聞くべきではないおかしな質問だった。ヴェノテシアは眉を寄せて首をひねる。

だが、心当たりはあったのだ。


「アーヴェルニアがここに寄ったのだな」


静かに問うとエリスは戸惑いながらも頷いた。


「ええ、アーヴェルニアの末弟が。近くに来たからと寄って行きました。ただ、軍服を着ておりませんでしたので」

「なるほど。あれは、奴の仕業か」


餓獣隊の雑兵程度なら物の数ではないだろう。仮にも誉れ高き将軍なのだ。


「なんというのか・・・・・・これも私には分からぬのだ。奴は気づいた時には帝都から離れていた」


何を考えての行動か、さっぱりわからないが迷惑極まりない。

ひとり憤慨し、ため息を吐く。


「いや、まったく分からない訳では無いが」

「まさか、円王国に・・・・・・」


寝返ったとそう言おうとして口を噤む姿を見てほほ笑む。


「ないと言い切れる。奴は円王国に寝返ったりしない。花竜帝国を裏切るくらいなら、自害する。だから将軍になれたのだ」

「これは、失礼を」


頭を下げるエリスに手を振ってせいした。

問題は、そう、問題は


「・・・・・・誰か連れていなかったか」


眉を跳ね上げてエリスは首を傾げる。


「アレスという青年を連れておりました。護衛だとか」

それが何かと問う姿にヴェノテシアは苦い顔と安堵の表情を同時に浮かべた。

ここまで来て手ぶらというわけではないと知って。彼がまだ、守っていると知って。

エリスが遠慮がちに口開く。


「エルデン・グライプについて何か調べているようで、しきりに私に何か知らないかと聞いておりました」

「そう・・・・・・か」


訝し気な顔を見せるエリスにただ首を振ることしか出来なかった。

それを取り繕うようにヴェノテシアは口を開く。


「・・・・・・お前の方はどうだ。森での生活は楽しいか」




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