199:時計
訓練は休憩とのことでジュリエットに別れを告げ城下町を見に行くことにした。
「でも道わからないな」
そんなことを言いながら適当に道を選んで外に出ようとする。
王宮は広い。が、メイドたちが廊下を歩いているので道を尋ねるのには苦労しない。
仕事の邪魔をして申し訳ないと思いつつ声をかける。
「お仕事の最中申し訳ございません。道を尋ねたいのですが」
「はい。お客様、どちらに行かれるのでしょうか」
「城下町まで行きたいのですが」
「はい。かしこまりました。こちらでございます」
「よろしいのでしょうか。お仕事の最中では」
そう問うとメイドは美しく微笑んだ。
「問題ありません。どうぞこちらへ」
そういわれて10分ほど歩くと王城の大きな扉が見える。
「お待たせしました。あの扉のそばの扉からどうぞ。行ってらっしゃいませ」
腰を深く折られ見送られる。
「ありがとうございます」
「はい。ありがとうございます」
メイドは頭を下げたままカーク達が去るのを待っている。
多分去るまでこのままだろうと思い、扉に向かった。
大きな扉のそばの小さな普通サイズの扉から出ると白亜の石畳が並ぶ大きな道が現れる。
振り返ると扉の両隣に白い軍服の軍人が帯剣してたっている。
いきなり出てきてしまって気まずく思いながらも真正面を見ている2人からすーと視線をそらし王城から離れていく。
貴族街かと思われる瀟洒な屋敷の並ぶ通りを通ってどんどん進んでいくと20分近く歩いてようやく、にぎやかな通りに出た。
大通りには賑やかとはいえ上品な空気が漂う。
どの商店も高級品を取り扱っている様子で、上品な獣人の夫妻が商店から出てくる。
何のお店だろうと覗くと時計を取り扱っているお店だった。
そりゃ高級品だ。
魔法道具としての時計のほうが安く済むほど、時計というのは精密機械だ。
そんな高級店をのぞき込んでしまったものだから、店員と目が合う。
彼女は会釈をして微笑んだ。
「お召し物はティニーノ様の新作ですか?」
ぎょっとして店員をまじまじと見てしまう。
この服は確かに派手だが、誰が作ったかわかるものなのか。
「その通りです。よくわかりましたね」
「ティニーノ様の服は特徴的で見てわかるものですから」
「確かに」
店員の言葉に頷き自分の服装を鑑みる。
派手な薔薇の刺繍にフリル満点の燕尾と袖。
透け感のある涼やかさと華やかさを両立した薔薇のレースのあしらわれたズボン。
見る人が見ればリリギアニスの作品だとわかるだろう。
恥ずかしいと思いながらその場を去ろうとすると背後から声がかかる。
「おーい」
「ん?ん?」
振り返ると絶世という言葉が霞むほどの美貌を持つ少女が豪奢なドレスを少し鬱陶しそうにしながらも駆け寄ってくるところだった。背後には執事が付き従っている。
ジェラルドは片手を挙げてフレンドリーにカーク達に声をかけ、近くにいたオニキスの肩を叩いた。
「僕も行く!」
「いや、執務は……」
「ねっ!いいよねっ!」
「あ、はい」
押しが強い。強引だ。
だがこの国で逆らってはいけないランキング上位の人物の機嫌を損ねたくない。
彼女がついてきたいというのであれば、それに従うほかない。
「頭どうしたの?イメージ変えてみよう月間?」
「泥の神性でこうなりました」
「ああー。両方とっちゃったか」
じぃっとジェラルドはカークを見たかと思うと笑う。
「そうとう神性が深まったね」
「えっ。そこまでわかるんですか」
わっはっはと彼女は笑いカークの背中を叩く。
「外見に出てくるのは神性が深まった証拠さ」
「わあ。聞きたくなかったです」
「それより何?時計ほしかったの?」
時計商店を覗くジェラルドに気圧されながらもカークは言葉を紡ぐ。
お辞儀をする店員に手を振るジェラルドを見た。
「いえ、恥ずかしながら冷やかしです。高級品ですから」
「誰か懐中時計くらい持ってないの?」
「持ってません」
「持ってないですね」
「持ってないです」
「持ってないな」
「持つ必要性がわかりません」
各々が答えるとジェラルドはショックを受けたようにルリたちを見る。
「冒険者なんだから時計くらい買おうよ」
「さすがにここでは買えないですよ」
「僕買おうか」
「いえ、ちょっとそれは」
「〝知識”のセフィラになったお祝い!」
にこにこと笑ってはいるがこれは押しが強い。
断りたいが断ると後が怖いやつだ。
断る方便を考えているとルリが口を出す。
「リリギアニス様の服飾にあったものでなければ、問題が生じるかと思います」
思わぬところから来た手助けに思わず心の中でガッツポーズをした。
が、次の言葉でそれも霧散した。
「じゃあ、ルリ達全員にあげよう。カークは仲間外れね」
「えぇ。まあいいですけど」
別に仲間外れでもいいがそんな高価なもの4つも購入して大丈夫なのか。
むしろ悪化してないか。
「じゃあ中に入って」
セフィラになったお祝いなのに、カークは仲間外れで話が進む。まあ、気にしてないが。
それより金額が気になる。
中は上品なオーク調。時計が反射光で見えないなんてことはないように魔法光も暖かい光に調整してある。
何より、その品ぞろえは驚嘆した。
大振りの宝石がはめられた懐中時計から、歯車が懸命に動く姿が見られる透明のケースに嵌められた時計。
どれもこれも芸術作品だった。
「好きなの選んで」
「値段書いてないですけど」
「そりゃそうでしょ。時価だもん」
恐怖の言葉。時価。
「これなんてどう!?ミスリル銀の時計!」
「お値段は?」
「値段を気にするなんて野暮だなぁ。こういうショッピングは選ぶ楽しさを買ってるんだよ」
「はあ、そうですか」
つぎは気軽に赤金の時計を手に取り小さな手からぶら下げる。
「ヒヒイロカネの時計は?」
「ヒヒイロカネ!?」
「頑丈だし、波紋も綺麗に出てる。おすすめ」
緻密な彫刻が施された時計を見て、冷汗がでる。
「頑丈だから冒険者にもおすすめ。いいと思うけど。クォーツはこれにしようか」
「ありがとうございます」
クォーツは深々と頭を下げそれを受け取る。
「ルリは青より銀って感じかな。ミスリルもいいけど、ハランバ銀は?頑丈さはミスリルより上だよ。花の模様が出て女性に人気」
見せられた懐中時計は小さな花の模様を浮き出させて輝く。
ギラギラとした輝きではなく、穏やかな花模様が太陽を愛しているようだった。
「ありがとうございます」
「気にいってくれて何より。オニキスはそうだな、緑。金の下地に緑の宝石」
そういって店員を見るジェラルドは商品を出させる。
いくつかの懐中時計が黒いビロードに乗せられオニキスの前に出された。
「これがいいです」
そういって手に取ったのは金地に緑の宝石がはまった落ち着いた懐中時計だ。
「見る目あるね!次はシンジュ」
「私は必要ない」
「まあ、まあ、そういわず」
そこで初めてシンジュは困ったような表情を見せる。
「本当に必要ないんだ。時間は体内時計で狂いなく回せている」
「え。そうだったのか。グールはみなそうなのか?」
「大抵のグールはそうだ。よほど理由がない限りは」
「えーでもさーおしゃれでいいじゃん。もっときなよ」
「そこまで言うのであれば。使わないがいいか?」
「いいよいいよ。シンジュは黒かな。ディアブラ金ある?」
「はいございます」
打てば響くように返ってくる声にジェラルドは満足げに鼻を鳴らす。
赤いビロードに乗せられて持ってこられた黒金の懐中時計はシンプルなもので、彫刻も緻密ではあるがしつこさはない。
妖艶な夜の淑女を思わせた。
「いいだろう」
「いいね!じゃ、カークは仲間外れ」
「悲しいなあ」
各々がポケットに懐中時計をしまい、留め金をホールに止めているのを見てジェラルドは執事を振り返る。
「会計」
「はい。かしこまりました、お嬢様」




